子猫の実力とメグ先輩
首輪の部分が整合性がとれてなかったので、リボンに変更しました
(俺に魔法を使ってみせろって…本気か?)
「にゃん?」(本気?)
トビアスの目は冗談ではないと言っていた。子猫はトビアスが猫の言葉が判るわけがないと知りつつ尋ね返してしまった。
「本気と書いてマジだぞ」
「にゃっにゃー!」(言葉判るのか)
"あんた実は日本人じゃないのか?"とトビアスにツッコミたくなったが、それよりも彼に子猫の言葉が通じてしまったことのほうに驚いてしまった。
「うむ、先ほど精神感応の魔法を唱えておいたからの。お前さんの考えている事はなんとなく判るのじゃ。…しかし猫がこれほどちゃんと考えているとは思わなかったぞ」
この精神感応の魔法は、言葉が喋れない種族と意思疎通を行うための魔法である。相手の考えを読み取り、自分の意思を伝えるというテレパシー的な魔法であり、これを使えば相手が動物であっても意思疎通ができる。この魔法、使い方によっては相手の思考を覗き見ることができるので、魔術学校及び王国は準禁呪として習得と使用を制限している。そうトビアスはドヤ顔で子猫に精神感応の魔法について説明してくれた。
(エーリカはそんな魔法知らなかったよな。さすが魔術学校の校長というべきか)
子猫がそんなことを考え込んでいると、
「当たり前じゃ、儂は魔術学校の校長じゃぞ。ほれ早く魔法をみせんか」
とトビアスが子猫を急かしてくる。
「うみゅー」(判りましたよ)
考え読まれている状態では迂闊なことはできない。子猫は諦めて魔法を使うことにした。
(不可視の矢で良いよな)
「なー…みゅー…みゅー…みゃお~ん」(不可視の矢よ我が刃となって敵を滅ぼせ~インビジブル・ボルト)
子猫の放った不可視の矢が標的の岩に命中して、岩を砕く。子猫の不可視の矢は、リュリュよりは威力があったはずだ。
「おぃ、猫まで魔法を使ったぞ。使い魔なのか!」
「あの獣人の娘の使い魔なのかな?」
「あの若さで使い魔を持っているのか」
子猫が魔法を唱えると、学生達の間から驚きと、子猫の主人だと思われたクラリッサに対する賞賛の声が上がる。
「みゃん?」(こんな感じで良いかな?)
子猫は小首を傾げて可愛らしくトビアスに聞いてみた。おそらく猫好きなら一発で落ちる可愛らしさ満開の仕草だったのだが、
「エーリカ先生の使い魔がこの程度のわけは無いはずじゃがな…本当の実力を見せて欲しいところじゃが、これ以上授業の邪魔をするのもまずいのう。今日はこれぐらいで勘弁しておいてやるのじゃ」
トビアスはじろりと子猫を睨んでそう言った。リュリュも女子学生も子猫の仕草にメロメロ(死語)で、表情の少ないクラリッサですら少し口元が緩んでいるというのにトビアスには通じなかったようだ。
(子猫の魅力が効かないのか…手強い)
トビアスに子猫は敗北感を感じてしまった。
◇
魔法の実力測定を終えた俺達はトビアスの書斎に戻って来ていた。
「お前さん達は、魔術科の3学年に編入させることにするぞ」
トビアスが机の引き出しから小さなバッチのようなものを取り出すと、クラリッサに手渡した。バッチは赤く塗られ表面には3と書かれていた。どうやらこのバッチの色と数字で生徒の科と学年が判るようになっているらしい。
「生徒は授業を受ける際にはこのバッチを服のどこかに付けておく規則になっておる。私生活…寮では付ける必要はない」
「みゃーみゃー」(俺はどうするんだ?)
子猫は服など着ていないのでバッチを付けることができない。トビアスにそう訴えると、
「ん、お前さんはこれじゃ」
そう言ってトビアスは子猫にリボンを差し出した。リボンはバッジと同じく赤色で3と書かれていた。
(…リボンか~)
「猫ちゃん、可愛い」
「プルート似合ってる」
何故かリュリュとクラリッサはリボンを付けた子猫を褒めてくれたが、子猫としては複雑な心境であった。
◇
授業の参加は明日からと言われた俺達は寮の割り当てられた部屋に来ていた。
「にゃーー」(疲れたーー)
子猫は何か解放された気分でベッドの上に飛び乗った。隣ではリュリュがベッドに寝転んでゴロゴロと転がっている。
「リュリュ、服がシワになるからゴロゴロしない」
クラリッサに怒られて、リュリュは慌ててベッドから降りて服の乱れを直した。クラリッサはてきぱきと持ってきた荷物を整理している。
荷物と言ってもほとんどが着替えで、大事な物は子猫のポケットに仕舞われている。リュリュの荷物も冒険者らしく少ない。10分ほどで俺達は荷物の整理を終えてしまった。
コンコン
荷物の整理を終え、さてこれからどうしようかと思っていた所でドアがノックされた。
「誰?」
「お客さん?」
「クラリッサさん、リュリュさん。メグです」
クラリッサがドアを開けると、そこには寮を案内してくれた黒髪の女子学生メグが立っていた。
「先ほど校長先生からお二人が寮に入られたと聞いて、何かお手伝いすることがあればと来たのですが…」
メグは部屋を見回して、
「…必要無かったようですね」
とションボリしていた。
(お手伝いに来てくれたのか…優しい娘さんだな~)
この寮に入るのは地方の貴族の子女が殆どである。貴族の子女なので自活出来ない者が多い。そうなるとメイドや侍女を付ける必要があるのだが、地方の弱小貴族では魔術学校にメイドを付けて入学させるほどの余裕がないことも多い。そしてメグもそう言った地方の弱小貴族の子女であった。
寮で一人暮らしをすることになり、途方にくれていた彼女を助けてくれたのは、同室の先輩であった。メグはその先輩を尊敬しており、自分も機会があればその先輩のように後輩を助けて上げたいと思っていたのだ。
クラリッサとリュリュが入寮しててきたことで後輩を助けるということが実践できると意気込んできたのだが、貴族ではない二人にそんな必要は無く、当てが外れてしまったのだ。
俺も大学や会社の寮で後輩を世話した事があり、先輩風をふかしたい彼女の気持ちが理解できた。子猫はメグに先輩らしい事をさせてあげたくなってしまった。
「な~ん」(まってー)
肩を落として立ち去ろうとするメグの足元に子猫は擦り寄って待ってほしいと鳴いた。
「ん?」
子猫が擦り寄ったので、メグは立ち止まった。
「なーなーみゃーん」(クラリッサ、食堂に案内してほしいとメグに頼んで)
「メグ先輩、そろそろお昼なのですが、食堂を案内してくれませんか?」
クラリッサは子猫の頷くと、メグにお願いしてくれた。
クラリッサのお願いを聞いた途端、メグの顔がパッと明るくなった。
「そうでした、お二人にはまだ食堂について説明してませんでしたわ」
メグはクラリッサの手を握ってそう言うと、そのままクラリッサの手を引いて食堂に向けて歩き始めた。
(寮生活で優しい先輩がいると助かるからな~)
子猫とリュリュはメグとクラリッサの後を追って食堂に向かうのだった。
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