追跡
魔法の手を使って子猫は屋根の上を跳ぶ。リュリュを攫った奴は飛んで城壁の方に向かっているので、時々屋根の上から上空を見回して姿を探しているが、なかなか見つからない。
(もう城壁を越えてしまったのか?)
そんな焦りを感じながらも子猫は諦めずに城壁を目指して跳んで行く。
「見つけた!」
そろそろ城壁に辿り着こうかというところでようやく空を跳ぶ黒い人影を見つけた。真っ黒なマントに身を包み肩には毛布に包んだ子供のような物を担いでいる。
毛布の中身はリュリュだとすると、それを担いで飛行魔法を使って空を飛べると言うことはかなりの魔法の使い手である。
(いままでリュリュを狙ってきた奴らとは格が違うな。これは慎重に行動しないとまずい)
子猫は黒マントを見失わないように屋根の上を跳んで追いかけた。
黒マントは城壁を目前にして高度を下げていくと地面に降りてしまった。
(あれ、城壁を越えないのか?)
子猫は黒マントが降りた地点を目指して、気付かれないように慎重かつ素早く屋根の上を進んでいった。
屋根の上から下を覗くと、黒マントが降りた路地裏には一台の箱型の馬車が止まっていた。子猫が見た時丁度黒マントは毛布からリュリュを取り出し馬車に乗せるところだった。リュリュを馬車に乗せると、黒マントは御者台に乗り馬車を走らせ始めた。
(ここで一気に制圧してしまうか…いや、飛行魔法といい、迂闊に仕掛けて良い相手じゃない。それにどうせならリュリュを狙っている奴らのことを知りたいし、しばらく後をつけよう)
屋根を跳んで馬車を追いかけようかと思ったが、黒マントは馬車を操るのに気を取られている。今なら馬車に飛び乗れそうだと思った子猫は、そっと馬車の屋根に飛び降りた。
「ん?」
子猫が飛び降りた気配を感じたのか黒マントは後を振り向く。子猫はヒヤリとしたが、黒マントは気配を消した子猫に気付くことは出来なかったようだ。
馬車は深夜の街を城壁の門を目指して走って行く。このまま城壁の門を抜けるのかと思ったのだが、途中から城壁に沿って走る道に入りしばらくすると停車した。
そっと様子を伺うと、馬車は城壁の側に有る廃屋(?)らしく家の前に止まっていた。
「依頼された娘を連れてきた」
黒マントが廃屋に向かって呼びかけると、中から人相の悪い二人の男が現れた。どう見ても黒幕ではなく下っ端である。子猫は少しがっかりして成り行きを見守ることにした。
男の一人が月を見上げ「さすが時間通りだな」と頷く。
「娘は馬車の中で眠っている。魔法で眠らせてあるからしばらくは起きないだろう」
「後をつけられて無いだろうな?」
男の一人が確認するかのように黒マントに尋ねると、
「俺がそんなミスを犯すと思うか」
それを聞いた黒マントから怒気が漏れ出す。子猫はその怒気を受けて毛が逆立ってしまった。
「い、いや、あんたがしくじるとは思わない」
「そうだ、こんな時はそう聞くだろ普通」
男達は慌てて取り繕い、それを聞いて黒マントは怒気を消し去った。
「俺の依頼は娘を攫って此処に連れてくるまでだ。さっさと確認しろ」
男達は慌てて馬車に乗り込んで眠っているリュリュを確認する。男達はリュリュの姿が描かれた羊皮を持っており、それで容姿を確認し、胸元を探りペンダントをつけている事も確認していた。
(いやらしい手でリュリュを触るな)
子猫はいやらしく胸を触る男を達をその場で叩きのめしたくなったが、そこはグッと気持ちを押さえた。
「確認した。間違いない」
「約束の報酬だ」
男の一人が懐から袋を取り出し黒マントに投げる。黒マントはそれを受け取ると中身を確認して頷いた。一瞬だが、その黒マントの懐からネズミが顔を出したのを子猫は見逃さなかった。
(あれが彼奴の使い魔か。窓の外から魔法を打ち込んだのは彼奴だな)
「報酬は受け取った。こんなくだらない依頼を二度と依頼するなとお前たちのボスに言っておけ」
そう言って呪文を唱えると瞬く間に黒マントは飛び去ってしまった。
「「ふぅ~」」
黒マントが飛び去ると男達は先ほどの怒気を受けた時に吹き出した汗を袖で拭っていた。
「緊張したぜ」
「"14人目の死神"に小娘の誘拐を依頼するなんて、うちのボスも度胸が有るよな」
「さすがに彼奴もこの王都の盗賊ギルドの依頼を断れないだろ?」
「いや判らんぞ、何しろ前のギルドのボスをやったのは彼奴って話だからな」
「暗殺の依頼を失敗したことは無いんだっけ?」
「彼奴の背後に黙って回り込んだ奴は魔法で殺されるって話だぜ」
二人はそんなお喋りをしながら馬車に乗り込んで馬車を走らせ始めた。
(彼奴の通名は"14人目の死神"か。しかし何処のゴル○13って感じだな)
二人のお喋りからリュリュの誘拐を計画したのは盗賊ギルドと言うことが判明した。盗賊ギルドがリュリュを必要としているわけはなく、おそらくそこに依頼した者がいるはずだがそれを知ることは難しいだろう。
この二人にしても真の依頼主について知っているわけはない。
(このまま馬車に乗っていても盗賊ギルドに連れて行かれるだけだな。じゃあ…)
盗賊ギルドに連れ込まれてしまったらリュリュを助けだすのは無理である。子猫は二人を制圧してさっさとリュリュを助け出すことに決めた。
子猫は馬車の上でアダルトバージョンに変身した。
「お前一体何処から…グハァ」
俺は御者台に座ると、手綱を奪って男を蹴り飛ばした。男は馬車から転げ落ちて行く。
手綱を操って馬車を停めると、
「おい、どうした。何故馬車を止める」
馬車の中からもう一人の男が出てくる。
「お前は誰「マナよ雷となりて我が敵を打ちのめせ。ライトニングボルト」…」
男が腰の短剣を抜く前に俺が唱えた電撃の魔法が炸裂する。男は電撃を喰らってピクピクと痙攣していた。もちろん致命傷にならない程度に威力は調整してある。
(まあ、後遺症ぐらいは残るかもね)
二人を手近の木にロープで縛り付け額に「調教中です。構わないでください」と張り紙を貼り付けておく。
「リュリュの胸を触ったんだからこれぐらいの罰は受けてもらうよ」
少し可哀想な気もしたが、ペンダントを調べるふりをして胸を触っていたのを見ていたのだ。
馬車の中のリュリュは騒ぎに気付くとこなくまだスヤスヤと寝ていた。俺は馬車を宿に向けて走らせた。
◇
宿の手前で馬車を乗り捨ててリュリュを連れて俺は宿に戻った。宿にはクラリッサしか残っていなかった。アマネとケイロはどうやらリュリュを探しに宿を飛び出していったらしい。
「プルート、おかえりなさい」
「ただいま。疲れた~」
ベッドにリュリュを寝かせると俺は床に座り込んでしまった。しばらくするとアマネとケイロが宿に戻ってきた。その頃には俺は猫の姿に戻っていた。
クラリッサはリュリュを攫ったのは盗賊ギルドであり、"14人目の死神"という凄腕の魔法使いが襲ってきたことをアマネ達に話した。そしてリュリュを助けたのはエイジと言うクラリッサの知り合いのお兄さんということにしておいた。
「どうして彼がリュリュを?」
「知らない、途中で不審な男達がリュリュを担いでいるのを見つけて助けたと言っていた」
「ふーん、そいつは運が良かったね」
アマネにはエイジが子猫であることは教えてある。アマネは子猫の頭をうまくやったねと撫でてくれた。
「そうですか。…クラリッサさん、そのエイジという方にお礼をしたいのですが、会うことは…」
「王都のどこにいるか知らない。今度会えたら話しておく」
エイジに会いたいというケイロに対してクラリッサはうまくごまかしてくれた。
今日はもう襲撃が無いだろうと思ったのだが、今度は部屋の中でケイロとアマネが見張りをすることになった。子猫は走り続けて疲れてしまったので、そのまま眠ってしまった。
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