入学と依頼とアダルトでお買い物
リュリュを魔術学校の寮に入れることで身の安全を確保しようとしたのだが、ケイロが入学金の事で難色を示した。子猫はそれを打開するための方法を考えているのだが、なかなか良い案が浮かばなかった。
(ケイロは変なところで固いよな。入学できてラッキーと思ってくれれば良いのに。)
そんな事を思いながら出てきたお茶うけの饅頭をかじっていると、部屋の扉がノックされ一人の女性が入ってきた。
(トビアス校長の秘書かな?)
部屋に入ってきたのは落ち着いた感じの30代ぐらいの女性である。年齢的にどう見ても学生ではないので、トビアスの秘書だと子猫は思った。
「ドロシー様、そろそろお時間です。一度お屋敷に戻りませんと。」
「あら、もうそんな時間ですの。判りました。校長先生、今日はこれで失礼させていただきます。」
ドロシーはそう言って部屋を出て行った。入ってきた女性も彼女の後に従って退出する。
(秘書じゃないのか? もしかしてドロシーのお付の侍女なのかな。貴族が多いってことはそういった人達も居るのか。…そうか。)
子猫はクラリッサの肩に駆け上がり耳打ちする。
「……」
「それなら…ケイロも納得。」
子猫の考えを聞いてクラリッサは頷いた。
「ケイロ、リュリュが学校に入るのは難しいなら、プルートを学校に入れることにする。そしてリュリュをプルートのお付の人として雇いたい。」
「えっ? でもそんな事が可能なのかな…」
ケイロがトビアスの方を見ると、
「ああ、そういった者もおる。」
「リュリュはプルートのお世話をしてくれる?」
「猫ちゃんのお世話? 大丈夫だよ。」
リュリュは今ひとつ状況が判ってないようだ。
「それなら、仕事なら…いや、この仕事をリュリュに受けさせて下さい。」
ケイロはクラリッサに頭を下げてお願いしてきた。
(これでリュリュが魔術学校の寮に入る事が出来る。)
子猫はほくそ笑んだ。
「これで、リュリュも寮に入れる?」
「うむ、お付の者が寮に入るのは問題無いじゃろ。」
俺達の魔術学校への入学でリュリュも一緒に寮に居ることができる。トビアスの了解も得ることができたし、後は寮へ何時入ることが出来るかだ。
「できれば早く寮に入りたい。宿の料金がもったいない。」
「急いでおるのじゃな? まあ、寮なら部屋の空き具合をみておくから、明日もう一度…お昼すぎに来てくれんかな。」
クラリッサが子猫の気持ちを組んでくれたのか、寮の空き具合を聞いてくれた。トビアスと明日会う約束をして俺達は魔術学校から宿に戻ることになった。
「ねえ、ケイロお兄ちゃん。リュリュはこの学校に通うの?」
「リュリュはプルートのお世話をするんだよ。」
帰り道、脳天気にお話しているケイロとリュリュ兄弟であった。
◇
「ええぇ、リュリュを魔術学校に入れるって?」
宿に戻ると、クラリッサはゴランに魔術学校に入学すること、そしてその付き添いの者としてリュリュが付いて行くことを話した。
「ゴランさん、すみませんがリュリュはパーティから外れることになります。」
「そ、そうか。まあそういうことなら仕方ないな。はぁ、魔法使いがいなくなると仕事が結構限られるんだよな。…ところで、ケイロはどうするんだ?」
「僕は魔術学校に入れませんし…今まで通りパーティに居させてください。」
「判った。今のところ一週間後に王都を出る予定だから、よろしくな。」
そう言ってゴランはツェッタとベーズと共に夜の街に繰り出していった。
そんなゴランを尻目に俺達は宿の食堂で夕食を取りながら今後の事を話し合っていた。
「寮に入るまでは警戒が必要。アマネは夜は一緒に居て。」
「えーっ、せっかく王都に着いたのに飲みに行けないのかよ。」
本当ならゴラン達がリュリュを守ってくれれば良いのだが、護衛のためと言って女性の部屋に入れるのは不味い。そこでアマネの出番なのだが、どうも今晩は飲みに行くつもりだったらしい。昨晩二日酔いになるまで飲んだはずなのに元気なものである。
「にゃー」「我慢してとプルートが言ってる。」
「仕方ないな。じゃあここで飲むしか無いのか。おっちゃんエールをもう一つ追加で。」
「みぎゃー」「飲んだら意味が無い。」
外に飲みにいけないからといってここで酔いつぶれては意味が無い。アマネに突っ込む子猫とクラリッサであった。
◇
翌日、子猫とアマネは寝不足のまま朝を迎えた。襲撃者を警戒していたが結局現れなかった。
「にゃー」
「プルート、おはよう。」
「猫ちゃんおはよー。」
リュリュとクラリッサに朝の挨拶をすると、代わりにアマネがベッドに倒れこんで寝てしまった。かわいそうなのでベッドの横にポケットから酒瓶を出して置いておく。
部屋の外ではケイロが憔悴した顔で立っていた。彼も一晩中寝ずに番をしていたのだ。昼の間は子猫とクラリッサが護衛をするので彼には宿で休んでもらうことにした。
「リュリュを頼みます。」
敵を警戒しての完徹は辛かったのだろう、ドテッと音がしそうな感じでケイロはベッドに倒れこんで寝てしまった。子猫はそっと扉を閉めてケイロを静かに寝かせてやった。
二人と一匹で朝食を取ると俺達は出かけることにした。行き先は冒険者ギルドである。昨日提案したプルートの付き添いの仕事を冒険者ギルドで正式な依頼とするためである。
冒険者ギルドを仲介するのはリュリュへの依頼として冒険者ギルドに承認させることで、他の冒険者の介入を牽制する為である。もしかするとリュリュを狙う者達が冒険者を雇ってくるかもしれない。その時、依頼が子猫の護衛となっていれば冒険者ギルドに介入をお願いすることが出来る。
「ふぇぇ、人が多いね~。」
冒険者ギルドへ来るのは二回目だが、さすがに王都だけに冒険者の数は多い。大方は地方からの商隊の護衛などの依頼を受けた者達で、折り返し別の護衛依頼などを受けて地方に戻っていく。午前中はそういった依頼を受ける冒険者が多く、ロビーには百人近い数の冒険者がいた。
「リュリュ、依頼するからこっちに来て。」
クラリッサと子猫は依頼をするために受付カウンターに並んだ。周りはゴツイ男の冒険者ばかりで、その中に子猫とクラリッサとリュリュが並んでいるのは違和感があるのか、周りの冒険者からジロジロと見られた。
こういう状況ではお約束としてクラリッサかリュリュが冒険者に絡まれるイベントが起きそうなのだが…子猫が期待していたようなお約束なイベントは起きなかった。
「はい、次の方は……お嬢ちゃん?」
受付の(年齢的にギリギリ)お姉さん…綺麗というより愛嬌のある顔の受付嬢は、カウンターに来た俺達を見て少し戸惑っていた。
「この子の護衛の依頼をしたい。」
クラリッサがカウンターにそっと子猫を下ろす。
「あのね、お嬢ちゃん、ここは遊びに来る場所じゃないのよ?」
十歳の獣人の少女が猫を連れて来たのを見て、受付嬢は何かの間違いかイタズラだと思ったのだろう、少し怒った顔でそう言った。
「遊びじゃない、それにほら私達も冒険者。」
クラリッサとリュリュはタグを見せる。タグにクラリッサが初級の上クラスの冒険者と書かれているのを確認すると受付嬢の顔は真っ赤になってしまった。
「失礼しました。…依頼の内容をこれに記載して下さい。それとも代筆が必要でしょうか?」
冒険者でも文字が書ける人は少ない。しかも十歳の獣人の少女に字が書けるとは思っていなかったのだろう、流暢にペンを走らせて依頼書を書き上げるクラリッサを受付嬢は目を丸くして見ていた。
「これでいい?」
「はい、拝見させていただきます。」
受付嬢のクラリッサへの対応が丁寧になってきたのは、彼女がクラリッサを認めた証だろう。
受付嬢は依頼内容を確認していくつかの指摘をしてきた。
「依頼はこの子猫の護衛ですか? ですが報酬が月に金貨5枚と言うのはかなり高額なのでは?」
普通であればこの程度の依頼であれば金貨2枚が良いとろこである。報酬が高額すぎると思ったのかクラリッサがそんなにお金を持っていないと思ったのか、受付嬢が報酬額が多いと指摘した。
「問題ない、お金はある。」
クラリッサはそう言って金貨二千五百枚の割符を見せると、
「失礼しました。ではこれで問題ありません。ではこれで依頼は受け付けられました。」
受付嬢が冒険者ギルドの印を押して依頼書は正式な物となった。その依頼書を掲示板に持って行こうとした受付嬢をクラリッサは呼び止めた。
「依頼はこの子が受ける。」
クラリッサはリュリュが依頼を受けるという事を受付嬢に伝えた。
「はあ、そういうことですか。冒険者ギルドとしてはこういった行為は容認出来ないのですが。」
受付嬢は俺達が依頼の自演をしているのではと疑ったようだ。
依頼に対してそれを達成できる能力を持った冒険者を推薦するのが冒険者ギルドの役目でもある。もし依頼が失敗した場合それは冒険者ギルドの評判に関わるからである。受付嬢は仲間の冒険者に実績を積ませたいと思ってこんな依頼を受けさせるのだと思ったようだ。
「そんな理由じゃない。これは他の冒険者への牽制。失敗しても文句は言わない。依頼書にもそう書いてある。報酬もちゃんと払う。」
クラリッサの書いた依頼書には、護衛が失敗しても責任を問わないと記載されている。
「では、この依頼によって彼女の功績を査定しないとしてもよいでしょうか?」
「それで良い。」
クラリッサの目の前でその旨が依頼書に書かれた。
周りの冒険者は、十歳の少女が冒険者ギルドの受付嬢と対等にやりあい依頼を申請したのを見て皆驚いていた。もう一方の当事者のリュリュはやりとりの内容が判らずぽや~んと微笑んでいただけだった。
ついでに子猫はクラリッサに頼んで冒険者ギルドで金貨二千五百枚の割符を金貨500枚と二千枚の割符に交換してもらった。二千枚の割符は魔術学校の入学金として使用し、金貨は子猫のポケットに仕舞われた。
冒険者ギルドをでると、俺達は近くの洋服店に向かった。昨日魔術学校に行った際に柔皮鎧姿で周りから浮きまくったので、今日はもう少し学生らしい服装にしようと考えたのだ。
ちなみにクラリッサはどうでも良いといったのだが、子猫がTPOをわきまえた服装にするように説得したのだ。
王都ともなれば、一般市民向けの洋服を売る店から貴族向けのオーダーメイド専門の店まで並んでいる。その中で子猫は裕福な平民向けの洋服を扱う店を選んだ。
「いらっしゃいま…せ…。」
出てきた女性店主は愛想よく応対しようとして俺達を見て失望してしまったようだ。確かに小娘二人と子猫では金を持っているようには見えない。
(こりゃまずったかな?)
子猫は、クラリッサに"しばらく我慢していて"と耳打ちすると慌てて店の外に出て路地裏に飛び込んだ。
(やっぱり保護者が必要だよな。少し大人な感じで変身だ。)
路地裏で子猫は人間形態に変身した。いつもの13~14歳ぐらいでは問題が有るだろうと20~25歳に見える姿である。この大人バージョンは、何時かアレを取り戻した時に大人の店に入るためにと魔法陣を日々研究した成果だ。まだクラリッサにもこの姿は見せていない。
洋服もちゃんと見栄えの良い物を購入してあるので急いで着替えて店に向かった。
「やあクラリッサ待たせたね。」
俺は歯をキラリーンとさせて、女性店主に何か言われていたクラリッサに声をかけた。リュリュは少し涙ぐんでいたので何か酷いことを言われていたようだ。この姿は初めてなのでクラリッサが演技に合わせてくれるだろうか少し心配だったが、
「遅い。」
「あ、あの…この獣人いえ、娘さんのお知り合いでしょうか?」
「ええ、申し訳ありません。私はこの娘の知り合いでして、実はこの店で落ち合う約束にしていたのですが遅れてしまって。ところでこの娘が何か粗相でも?」
ここでもさわやかな笑顔を忘れず、あくまでイケメン風に振る舞う。女性店主は顔を真赤にして首を振った。
「いえいえ、とんでもありません。申し訳ありません子供二人でしたので…。」
「それは、私が遅れてしまったのが悪かったのです。貴方のせいではありません。」
歯どころが耳まで浮きそうなセリフを言って俺は女性店主のゴキゲンを取った。
(大人の店で受けそうな容姿にしておいて正解だったな。)
このアダルトバージョンでは、俺はイケメン風の容姿に変身しているのだ。そんな俺に話しかけられて女性店主は舞い上がっていた。
「クラリッサちゃん、このお兄さんは?」
「知り合いのお兄さん。王都で会うのを約束していた。」
「へ~。」
「初めまして、君はクラリッサのお友達かな?」
「私は、リュリュと言います。お兄さんは?」
「僕はエイジ、地球は狙われている…違った。僕の名前はエイジ、クラリッサの親戚のお兄さんさ。」
リュリュに嘘の名前(転生前の名前だけど)を告げる。
「そうなんだ…なんか前に会った獣人の男の子と雰囲気が似てるな~。」
(ギクッ)
意外と鋭いリュリュの言葉に俺は少し慌てた。リュリュに子猫が人間に変身できることはまだ秘密にしておきたいのだ。
「そうなの? 僕は初めて君と会ったけど?」
とりあえず俺は白を切ることにした。
リュリュとの自己紹介を済ませると、俺は女性店主に二人が魔術学校で違和感なく着られるような服を見繕ってもらった。
「ええ、この二人が魔術学校に入学されるのですか?」
魔術学校は貴族の子弟が通うという事はこの女性店主も良く知っていた。そこに入学できる獣人、貴族でないならかなり裕福な家の子供であると考えるだろう。いきなり愛想良くなった女性店主が色々な服を持ってきてくれたので、その内良さそうな数点を買い込んだ。
俺からなかなか離れない女性店主を振り切って店を後にした。
「お兄さん、私の分まで服を買ってくれてありがとうございます。」
リュリュが俺に服を買ってもらったお礼を言う。そんな彼女の頭をワシャワシャと撫でて、
「クラリッサと仲良くしてくれているお礼だよ。後子猫も可愛がってあげてね。じゃ、クラリッサまたこんどね。」
そう言って俺は二人から離れて路地裏に駆け込んだ。
(危なかった~)
路地裏に駆け込むと同時に俺の変身は解けてしまった。本当ならこの姿のまま二人とお茶でもするかと持っていたのだが、女性店主がしつこかったおかげでその時間が無くなってしまった。
(うん、でもこの大人バージョンはいい出来だと確認できたな。)
俺は早く大人の店に行けるようになりますようにと女神に祈った。いや何とかしろと念を送るのだった。
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