魔術学校への入学
エーリカの知り合いで魔術学校の先生であるトビアスは、ガンダ○フ似の魔法使いであった。子猫が今まであった中では一番魔法使いらしい容姿である。
「エーリカにこれを渡すように言われた。」
クラリッサがエーリカから渡された羊皮紙の束と手紙を差し出す。
トビアスはそれを受け取り手紙をちらりと見ると顔をしかめた。どうやらエーリカからの手紙に何か嫌な事が書いてあったようだ。
トビアスは俺達を見回すと、
「うむ、確かに受け取った。こんなところで立ち話もなんだな…エーリカ先生の話も聞きたいことだし儂の部屋に来てくれないか。」
俺達はトビアスの部屋で話をすることになり、彼はついでと言って学校を案内してくれることになった。
「クラリッサ、あたいはもうこの辺で帰って良いかな?」
「駄目、アマネがいないと困る。」
一人逃げ出そうとしたアマネの首根っこをクラリッサが引っ張っぱり、俺達はトビアスの後にぞろぞろと付いて行く。入り口にいた時と同様に学園内では俺達の姿は浮いており生徒たちに注目されていた。
「校長に案内されている人達は?」
「知り合いかしら。」
「みすぼらしい格好の奴らだな。」
「魔法使い…だけじゃないわね。まさか冒険者なのかしら?」
「校長先生が冒険者を? 何か必要な素材の採取でも依頼されるのかしら。」
こそこそと俺達を値踏みする声が聞こえてくる。
(校長先生? トビアスは先生じゃなくて校長なのか? 確かに外見からしてそれっぽいが。しかし王立魔術学校の校長といえば凄い役職じゃないか。トビアスってもしかしてかなり偉い人なのか?)
「あれが100年前にドワーフ達によって建てられた学校の本館で、学生たちは毎日あそこで授業を受けておる。授業は詠唱と魔法陣の描き方など基本的な魔法の使い方ばかりでのう、儂は魔法はもっと実践的に覚える必要があると常々言っておるのだが…なかなか受け入れてもらえん。右に見えるのが魔法の練習場で、火炎弾程度の魔法はあそこで練習することになっておる。」
トビアスは観光案内よろしく学校内の施設を説明をしてくれた。子猫はクラリッサに抱きかかえられながらきょろきょろとあたりを見回していた。
(大学のキャンバスって感じだな。いや広さからすると学園都市?)
途中に学校の案内地図が有ったが、それによるとこの学校はちょっとしたテーマパークぐらいの広さがある。人数に比べ敷地が広い気がする。
「あっちが学生寮で、遠方から来ている学生達…まあ地方貴族の子弟が多いのだが、あそこで暮らしておる。」
そう言ったトビアスの案内を聞きながら歩き続けること三十分。ようやく彼の部屋に辿り着いた。
トビアスの部屋は学校の建物ではなく物語に出てくるような魔法使いの家といった風情の小屋であった。
小屋の中に入ると、外見に似合わぬ内部の広さに俺達は驚かされた。どうやら魔法で空間を拡張しているらしい。部屋はまるでどこかの社長の部屋と言った風情で、何人かの灰色のローブを着た学生が忙しそうにしていた。
「校長先生、その方々は?」
俺達が入ってきたことに気付いた生徒の一人…金髪縦ロールのお嬢様…が近寄ってきて尋ねた。どこかの貴族の子女なのだろうが、魔法使いらしからぬヘアースタイルである。
「みゃんみゃー」
「お蝶○人って?」
「にゃーん」
「彼らは儂の先生の弟子…言ってみれば兄弟弟子だな。奥の部屋で少し話があるので、ドロシーお茶と茶菓子を頼むぞ。」
「あたいはエーリカの弟子じゃないよ」「リュリュが弟子?」「いや、僕らは別に」
三人ほど何やらブツブツ言っていたが、お茶菓子と聞くと黙ってしまった。
ドロシーと呼ばれた金髪縦ロールさんは、何故私がお茶をという顔を一瞬したが、校長のお客様なのだからとしぶしぶと言った感じで奥に引っ込んでいった。
「こちらの部屋で話を聞かせてくれ。」
小屋の地下に続く階段を降りて、その奥にある部屋に俺達4人と一匹は通された。そこは八畳ぐらいの部屋で、トビアスの書斎であった。書斎といっても来客が来ることを想定しているのかソファーとテーブルが置かれていた。
4人と一匹がソファーに座る。トビアスは向かい側に一人で座った。
「エーリカ先生は元気だったかの?」
「エーリカは無駄に元気だった。あと弟子は私一人で、他の人は付き添い。」
獣人であるクラリッサが弟子と聞いてトビアスは驚いた顔をしていた。彼も獣人であるクラリッサではなくリュリュが弟子で、十歳のクラリッサはお付の侍女みたいなものと思っていたのだろう。
それぞれの自己紹介がまだだったので俺達はトビアスに自己紹介をすることにした。
「私はクラリッサ。一応エーリカの弟子。この子猫はエーリカの使い魔で私の恋人。」
(クラリッサ、最後の恋人は余計だろ。)
「みゃー」
「アマネだ。エーリカにこの子のお守りをするように言われた冒険者だ。」
「リュリュは魔法使いで冒険者だよ。」
「ケイロです。リュリュの兄で、アマネさんやクラリッサさんのお友達で良いのかな?」
「ふむ。たしかに先生からの手紙にはクラリッサとプルートのことしか書かれていなかったな…。」
トビアスはクラリッサと子猫を見て何か考え込んでいたが、諦めたかのようにこう言った。
「手紙には、エーリカ先生から君達を魔術学校に入れてくれないかと書かれていたのだが。」
「えっ?」「にゃっ?」
子猫とクラリッサはトビアスの言ったことを最初理解できなかった。クラリッサは確かに魔法使いだが獣人だ。それに通っている生徒を見ると貴族が多い。こんな所にクラリッサが入学するのは難しい気がする。
「いや、君達といったはずだ。そこの使い魔の子猫も入れてほしいと書いてあった。儂にもエーリカ先生が何を考えているのかわからん…。」
トビアスはエーリカの手紙を俺達に見せてくれた。そこには「弟子と使い魔を魔術学校に入学させてちょうだい。 エーリカ」とだけ書かれていた。
(エーリカ、何を考えているんだ。)
「まあ、儂の校長として権限で、魔術学校に入学させるのは出来なくもないが…この国では獣人は人間として扱われているからな。しかし使い魔を入学させるのは…前代未聞だ。」
トビアスもエーリカの無理難題に困っているようだった。
「でもプルートは特別な使い魔。魔法も使える。」
「いや、使い魔は魔法を使えるから…と、エーリカ先生は今何処にいるんだ?」
「東の開拓村に行くと言っていた。」
「それじゃ、今この子猫は誰からも魔力を供給されていないのか? それでも魔法が使えると? 実は君の使い魔じゃないのか?」
信じられないという目でトビアスは子猫を見つめた。使い魔はそのご主人様と一定距離内なら魔力を供給してもらい魔法を使うことができる。しかし一定距離以上離れてしまえば使い魔は単なる賢い動物に成り下がってしまうものだ。ここからエーリカのいる東の開拓村まで数百キロは離れている。この状態で使い魔が魔法を使えるというのはあり得ない。
「にゃーん」
「プルートはエーリカの使い魔。それに私もちゃんと魔法をつかえる。」
「君も魔法を使えるのか…エーリカ先生は何を考えてこんな規格外の者たちを私に押し付けたんだ。」
トビアスは頭を抱えていた。
(トビアスはエーリカの弟子の割に常識的な人だな。だから魔術学校で校長先生をやっていられるんだろうけど。)
「お茶をお持ちしました。」
丁度そこにお蝶○人…もとい、ドロシーがお茶と茶菓子(饅頭?)を運んできた。
「ああ、ありがとう。」
トビアスはお茶を飲んで少し落ちついた。
「ふう、しかしアマネさんとやら、君はこの子達の保護者らしいが、エーリカ先生に何か他に聞いていることは無いのか?」
早速饅頭を頬張っていたアマネは、プルプルと首を振って知らないとジェスチャーする。
「そうか、君達は?」
リュリュとケイロにも尋ねたが、二人はエーリカに会ったことすら無い。
「エーリカさんって?」
「すいません、僕達は依頼で知り合ったのでエーリカさんとは面識がありません。」
「そうか、まあエーリカ先生とは知り合いにならないほうが…幸せかもしれないな。」
そう言ってトビアスは深々とソファーにもたれ掛かった。
(クラリッサが学校に入るとなると、あの寮に入ることになるのかな? しかし貴族の子女が集まる寮でクラリッサはやっていけるんだろうか? …………ん?)
子猫はそこであることを思いついた。これは提案して見る価値はありそうだ。クラリッサの肩に登ると作戦を耳元でつぶやく。クラリッサも理解してくれたのか小さく頷いた。
「トビアスさん、プルートは入学したくないと言っている。その代わりリュリュをしばらく魔術学校に入れてほしい。」
「えーっ?」「ブっ…クラリッサさん、何を突然言い出すんですか。」
リュリュとケイロは突然の事に驚いてお茶を吹き出してしまった。
「リュリュは魔法使い。だから学校に入っても問題ない。」
「いや、でもこんな学校にリュリュを入れるなんて無茶にも程が…」
「プルートが入るより良い。それに寮は安全。」
そこまでクラリッサが言ってケイロは俺達の意図に気付いた。此処は貴族の子弟が集まる場所だ。門番のストーンゴーレムを見れば判るように学校のセキュリティは高く設定されている。ここなら迂闊にリュリュを連れ去ることはできないだろう。
「トビアスさん、リュリュが入学するのは可能?」
「使い魔が入学するよりは…しかし、エーリカ先生の手紙には使い魔を入学させろと書いて有ったのだが…」
「プルートが問題ないって言えば大丈夫。」
「そ、そうなのか? エーリカ先生の使い魔だったな、なら先生の意思でもあるのかな? 判った条件付きで入学は認めよう。…しかしこの学校は入学費として金貨1,000枚が必要なのだが、お前たちは準備できるのか?」
「えっ?」「にゃ?」
トビアスの言葉に子猫とケイロが驚く。
「無料じゃないの?」
「馬鹿者、エーリカ先生の手紙には入学させろとは書いてあったが、無料とは書いてない。儂も学校を預かる身としてそこは譲れん。」
意外としっかりしているトビアスであった。
「僕達にそんなお金は無いです。」
孤児院出身の初級冒険者がそんな大金を持っているはずもなく、ケイロは諦めた顔になってしまった。
(チッ、いい考えだと思ったんだけどな。さすがに金貨1,000枚は持ってない…あれ?)
子猫は、冒険者ギルドにエーリカが金貨を預けていたことを思い出した。冬虫夏草の依頼の報酬金貨二万枚を四人で割ったのだから子猫にも金貨2,500枚の分前が有ったはずだ。
冒険者ギルドに金貨を預けた際の割符はポケットに入っているはずだ。子猫はこっそりポケットを探って割符を取り出した。
「にゃ」
子猫はクラリッサにその割符を渡す。
「大丈夫、お金なら有る。」
クラリッサが子猫から渡された割符を見せるとトビアスは問題無いと頷いた。
「いや、クラリッサちゃん、そんな大金受け取れないよ。」
リュリュは理由が判らずキョトンとしているが、ケイロはさすがに慌てていた。彼としてはなぜ俺達がそんなに親切にしてくれるのか不思議に思っているだろう。
確かに金貨1,000枚は大金だが、"猫に小判"の例え通り子猫が金を使うのは食費ぐらいだし、クラリッサも殆ど金を使わない。それに金が欲しければポーションを作って良いし冒険者として稼いでもよい。
地球にいた頃の俺だったら決してしない様なことだが、こっちに来てからエーリカのおかげで慈善事業みたいな事ばかりしていたので、こんなことは気にしなくなってしまった。
(このままではケイロはOKと言わないだろうな。しばらくで良いからリュリュを学校に入れて安全を確保したいのだが…。)
子猫はなんとかしてリュリュを魔術学校に入れる手段はないか、ケイロを説得する方法を見つけ出そうと頭をフル回転させた。
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