王都
ラフタール王国の王都ラフトル。国名と同じ名前のこの街は人口二十万人を誇る大都市である。高さ十メートルの城壁で囲まれた城壁都市で、東西南北に大きな門がある。肥沃な平原の流通の要所に存在し地方都市を結ぶ街道が此処で交わっているのだ。
そんな流通の要所ということもあり、王都の門は通常二十四時間開いており、一日に門を出入りする人の数は延べで一万を超えているとも言われている。
「ふぁ~大きいね~。」
リュリュが王都の城壁と門を見上げて感嘆の声をあげていた。子猫もクラリッサも門を見上げて声には出さないが同じような感想を抱いている。
(高さ六メートルの門って必要なのか? もしかして巨人族とかいるのか?)
商隊は王都に入る長い列に着いて入街の順番を待っていた。門番の兵士は手際よく街に入る人の列を捌いているが、その数が多すぎるため街に入るのにかなり時間がかかるのだ。
「街に入るのって大変なのね。街に住んでいる人は何時もどうしてるの?」
リュリュの疑問は確かである。後で知ったが、街に住んでいる人や生活必需物資を運ぶ人達は特別な手形を持っており、出入りには別な門を使うらしい。遠方から来る人や荷物が多い商隊は検閲の為に時間がかかるのだ。
一時間ほど待って商隊は王都に入ることができた。荷馬車は王都の大通りを抜けて積み荷を引き渡す商会に向けて進んでいく。ジャガンの街とは比べ物にならない程のにぎわいを見せる大通りにリュリュや子猫、クラリッサは目を見張った。
取引をする商会の倉庫の前に荷馬車が着いた所で、俺達の護衛依頼は終りとなった。
「色々ありましたが、無事商品を届けることができました。皆さん有難うございました。」
トルネの最後の挨拶で商隊は解散となった。ゴランとアマネはトルネから依頼書に終了のサインを貰っていた。後はサインの入った依頼書を冒険者ギルドに届けて報酬を受け取るだけだ。
「クラリッサ、リュリュ達が泊まる宿の場所を聞いておいてね。」
子猫は小声でクラリッサにリュリュの宿がどこか聞いておくように支持して、今度はアマネの肩に飛び乗った。
「プルート、何だいきなり。それともあたいにかわいがって欲しくなったのか?」
アマネがそう言って子猫の体を撫で回すが、大の猫好きのアマネにご褒美を与えるために肩に乗ったのではない。
「アマネ、できればゴラン達の今後の予定を聞いておいて欲しいんだ。」
アマネの耳を舐めるふりをしながら子猫はそう言った。
「はぁ? なんでそんなことを。」
アマネが小声で聞き返してくる。
「昨日話しただろ? リュリュが狙われているんだ。子猫もクラリッサも彼女を助けたいから、あっちのパーティの予定を聞いておく必要がある。」
そう言って子猫はアマネの肩から飛び降りた。
「狙われている? ああ、そんな事言ってたね。判ったよ聞いておくよ。」
アマネはそう言うとゴランではなくツェッタに話しかけて、"赤い剣"の今後の予定を聞いていた。
(昨晩ちゃんとクラリッサと一緒に説明したのに…。もしかして聞いているふりをして寝てたな。道理でハイハイと返事が良かったわけだ。)
昨晩泊まった村の宿で子猫とクラリッサはリュリュの件をアマネに話しておいた。そこでできるだけリュリュの力になってやろうという話に決まったのだ。しかし昨晩のアマネは、二日酔いからの歩きで疲れ果てていたのか半分寝ていたようで、話の内容をいい加減に聞いていたようだ。
荷馬車の荷物はトルネ達が降ろすので、俺達がここにいる意味は無いのだが、トルネはゴランと何か話し込んでいた。どうやらトルネがゴランに帰りの護衛の依頼をしているようだ。子猫は駆け寄って二人の話を聞くことにした。
「どうでしょうか、一週間後にこちらを発ってジャガンの街へ戻るのですが、その際の護衛をお願いできませんか?」
「…一週間後か、こちらで特に予定も入っていないから受けれるとは思う。…ギルドの方に依頼を出しておいてくれ。」
「そうですか、助かります。アマネさんのパーテイは王都までの約束だったので、また別の冒険者を探さないといけませんね…。」
「ありゃ、あいつら王都に残るのか?」
「さぁ、そこまでは聞いてませんが?」
ゴラン達"赤い剣"はどうやらジャガンの街へ戻ることになりそうだ。
(一週間、その間にリュリュの件が片付けばよいのだが。)
子猫は、二人から離れるとクラリッサの方に駆け寄った。こちらはリュリュとケイロに今晩の宿の事について話をしていた。
「クラリッサちゃん、王都でもリュリュと一緒の宿に泊まろうよ。」
「ん、それは都合が良い。一応プルートにも大丈夫か聞いてみる。」
「猫ちゃんなら丁度来たよ。」
どうやらリュリュはクラリッサも一緒の宿にしようと誘っていたようだ。"赤い剣"には、リュリュ以外の女のメンバーはいないので、色々不便だったのだろう。
「プルート、どうする?」
「にゃー」
「プルートも賛成してくれた。リュリュ、一緒の宿に泊まっても良い。」
「わ~ぃ、良かった~。お兄ちゃん大丈夫だよね?」
「あ、ああ…そうだねクラリッサちゃんが一緒に泊まってくれると心強いかも。」
ケイロはリュリュが狙われていると知ってからちょっと情緒不安定である。まあ妹が訳の分からない連中に何回も狙われているのだ、昨晩は警戒していてほとんど寝ていないようだ。可哀想とも思うが、今は頑張ってもらうしか無い。
ツェッタと話をしていたアマネも俺達の方に二人でやって来た。先ほどのゴランの話通りなら王都では依頼を受けないはずである。
クラリッサが二人にリュリュと同じ宿、つまり"赤い剣"と同じ宿に泊まることを話すと、アマネは嫌な顔をした。まあゴランと一緒の宿に泊まりたくないのだろうが、此処は我慢して貰う必要が有る。
「あたいだけ別な宿って…わけには行かないよな。しょうがない乗りかかった船だ、最後まで付き合うよ。」
アマネはやれやれという感じで了解してくれた。これでリュリュの護衛がやりやすくなった。
「お前ら集まって何の話をしているんだ?」
トルネとの話を終えたゴランがこちらにやって来た。ゴランにはケイロが話をして、こっちは即了解の返事をもらった。
「アマネ、ようやく俺のもとに戻ってくる気になったのか~」
「誰があんたのもとに戻るって? リュリュちゃんのためだろ。」
ゴランは何を勘違いしたかアマネにちょっかいをかけて殴り倒されていた。
一時間後、俺達と"赤い剣"のメンバーは、護衛依頼の報酬を受け取るために王都の冒険者ギルドにきていた。
依頼の報酬なら直接トルネから貰えば良いように思うだろうが、それは冒険者ギルドのシステム上できない様になっている。冒険者ギルドの依頼の報酬は必ずギルドを通して払われる。そうしないとギルドは手数料を取れないからである。
依頼主が手数料を払ってまで冒険者ギルドに依頼をするのは、ギルドが保証してくれた冒険者を紹介してくれるからである。直接冒険者に頼めば確かに安い値段で雇えるかもしれないが、その場合は冒険者の質や依頼の成功の可否は当事者の間で解決することになる。冒険者ギルド経由であれば依頼で何かの問題(成功の可否、報酬の金額等)で揉めてもギルドが仲裁してくれる。
依頼主は冒険者ギルドに手数料を払って質の良い冒険者を紹介してもらい、冒険者はギルドからちゃんとした報酬の貰える依頼を受けることができる。冒険者ギルドはその仲介をすることで手数料を貰うと言った関係ができているのだ。
「やっと、一文無し状態から脱出できた。」
依頼料を貰いアマネはホクホクとした顔をしている。旅の間一文無しのためにお酒もほとんど飲めず禁欲生活をしていたのだ。これでようやくそんな生活ともおさらばだと言うことなのだ、顔も綻ぶだろう。
ゴラン達も依頼料を貰い終わったので、俺達は泊まる宿を探すことになった。
「王都にいるとき、俺達が何時も利用している宿に行こうと思うんだが?」
「あたいは構わないよ。でもクラリッサとリュリュがいるんだから変な宿じゃないよね。」
「…」
「もしかして、あそこなのかい? そりゃ駄目だろ。」
ゴランが王都で良く利用している宿を提案したが、アマネはその宿を知っていたのかダメ出しをする。
(どんな宿なんだ?)
「いや、あそこは安いし色々と便利で…」
「リュリュが居るのにあんな所の宿に泊まっていたなんて、だから、あんたは駄目なんだよ。ツェッタ、あんたもそう思うだろ?」
「ええ、確かにあそこはリュリュにはちょっと不味いかなとは思ってました。ましてや今回はクラリッサちゃんが泊まるんです。ゴラン、ここは少し不便でも違う宿にしましょう。」
「…いや、だって安いしさ。」
「じゃあ、あんただけそこに泊まれば良いじゃん。」
「…」
アマネの冷たい視線を浴びてゴランは沈黙した。
アマネにゴランが勧めた宿がどんな所か聞いたが、どうやら歓楽街に近い安宿らしく周りには綺麗に着飾ったお姉さんが立っているらしい。
(ゴラン、それは誰でもダメ出しするわ。)
結局俺達は前にアマネが王都で使った宿に泊まることになった。値段も手頃で一階が酒場な以外はリュリュやクラリッサが泊まるには問題が無いようである。
部屋はクラリッサとリュリュ、アマネの三人の女性部屋とゴラン達の四人部屋に丁度別れることができた。
「宿と部屋も決まったことだし、あたいは夕食までちょっとそこらを彷徨いて来るよ。」
日中から襲撃は無いとしても、アマネがいなくなるのは不味いだろうと思ったら、
「アマネ、一人で行動するのは駄目。行くなら私達と一緒。」
とクラリッサがアマネに一緒に行動するように言った。
「いや、ほら、あんたらも好きな店でも見てくれば良いだろ? あたいもちょっと用事が…。」
「まずはエーリカの用事を済ませるのが先決。魔術学校に行く。」
「そんな堅苦しいところあたいは行きたくないよ。クラリッサとプルートで行けば…」
「アマネがいないと未成年と猫になるので不味い。それにアマネはエーリカにあたし達の事を頼まれているはず。」
「いや、それは王都までということで…。」
「エーリカに有った時に王都でのアマネの行動を報告する。」
「…判ったよ、魔術学校でもどこでも付いて行くよ。」
(クラリッサ、ずいぶんアマネの扱い方がうまくなったな~。)
子猫は感心していた。どうせこのままアマネをフリーにすると賭博場とかに入って金をするのが目に見えているのでクラリッサが手綱を握っておくのはありだろう。というか十歳児と猫に心配されるアマネが情けないのだが。
リュリュを放置する事もできないので誘ってみると、ケイロとリュリュも僕達に同行することになった。
◇
王都ラフトルに存在する王立魔術学校。王家が魔法の研究と普及、そして知識の蓄積を目指して設立した機関であり、そこでは日夜魔法に関する研究が行われている。学校には数十名の教師兼研究者の魔法使いと魔法や高等教育を受ける貴族や裕福な商家の子弟が集まっている。
魔法の才能は遺伝するとは限らないが、貴族の先祖には大抵魔法使いの血が混じっており、平民に比べ魔法使いを輩出する率が高い。よって魔術学校の生徒や教師には貴族が多いのだ。
その魔術学校の門の前に俺達は立っており、そして途方に暮れていた。
そんな俺達を不審な人物だとでも言う風に魔術学校の生徒たちが見てくる。
門には音声を伝える魔法のアイテムが置いてあり、それを通して"トビアス先生"を呼び出してもらったのだが、なかなかトビアスは現れないのだ。
(俺達、場違いだな。)
冒険者としては当たり前の姿である革鎧を着た姿は、貴族の子息たちが集まるこの学校では浮きまくっていた。唯一ローブ姿の魔法使いらしい姿のリュリュは似たような姿の生徒も多く浮いていなかった。
「だからあたいは来たくなかったんだ。」
「アマネ、見苦しい。ちょっと静かに。」
門番代わりのストーン・ゴーレムが、騒ぐアマネを不審人物として認識したのかピクリと動いた。
「にゃー」
二人が騒ぐのを止めるとストーン・ゴーレムは動くのを止めて元の位置に戻った。
(騒いだだけで動き出すって…貴族の子弟が多いからって反応が良すぎだな。)
そんな事を繰り返しながら待つこと三十分ほど、ようやく学校の中からエーリカの知り合いのトビアスが現れた。
「お主達がエーリカ先生の使いの者なのか?」
長い白髪と白いヒゲ、灰色のローブに身を包み手には大きな杖を持った高齢の魔法使いが現れた。
「にゃー」
子猫は思わず叫んでいた。
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