王都への旅:狙われている者
野営地に戻る途中にリュリュが目を覚ました。俺に背負われていることに気付いてリュリュは暴れだした。
「貴方誰なの。私をどうするつもりなの?」
誘拐犯の一味と思われたのかぽかぽかと殴られてしまった。慌ててクラリッサが止めて、リュリュを助けてくれた人だから乱暴にしないでねと説明してくれた。もちろん子猫が変身した姿だというのは伏せてあり、通りすがりの冒険者だと説明してある。かなり無理がある説明だが、クラリッサの言葉をリュリュは信じていた。
「ごめんなさい、助けてくれたのに叩いちゃって…。」
リュリュはうなだれてしまったが、彼女の腕力で殴られてもそれほど痛くなかったので問題はない。背負われて歩いている間にまたリュリュは寝てしまった。
野営地に近づく頃には変身が解けてしまったので、魔法の手でリュリュを運び、野営地の側に彼女を横たえるとクラリッサがゴランとケイロを呼んできた。
「本当に誘拐されていたのか?」
「クラリッサが嘘を言うはずがないだろ。」
「イテッ。殴るなよアマネ」
誘拐されたことを信じなかったゴランの頭をアマネが叩いていた。ケイロも何故リュリュが誘拐されたか理由が判らないようだが、とりあえず無事に妹が帰ってきてくれたことに安堵していた。
「ふーむ、この二人は孤児院育ちだしの、狙う理由が有るとは思えんのだが。」
ツェッタも頭のおかっぱ部分を撫でながら考えていたが判らないようだった。
「で、リュリュを助けてくれた冒険者は何処へ行ったんだ?」
「リュリュをそこに置いてどこかに行った。」
「謝礼も要求せずにか?何処の勇者様だよ。」
クラリッサの説明にゴランは頭を捻っていた。普通こういった場合は謝礼を要求するのが冒険者なのだが、単に人助けをして去っていくとう言うのはあり得ないことだ。
「まあ………親切な冒険者だったんだろう。」
アマネは冒険者の正体が判っているのでゴラン達をごまかすのに協力してくれた。
結局そのままリュリュの誘拐の件は有耶無耶になってしまった。
翌日、商隊は何事もなかったかのように野営地を出発した。
リュリュは荷馬車の荷台で眠りこけていたが、その横で子猫とクラリッサは昨晩の出来事に付いて話をしていた。
「クラリッサ、この商隊の魔法使いを誘拐しろってことだけど、良く考えると君もそうなんだよな?」
「そうだね。私も標的?」
「獣人が魔法使いというのは存在しないらしいから、彼奴等は魔法使いだと判るリュリュを拐った。けど、実はリュリュじゃなくて君が目標ってこともないかな?」
「プルート、それは考え過ぎじゃないかな。」
クラリッサは獣人に人権を認めていないカーン聖王国の貴族の娘であり、突然変異で獣人として生まれてきたために国に追われている。ただ、魔獣の森に逃げ込みラフタール王国に入った時点でその追求は無いものと思ったのだが…いや子猫は考えすぎているのだろう。
「とりあえず、今後はリュリュを狙っている奴に気をつけて、クラリッサも自分の身の安全に気を付けよう。」
「プルートが守ってくれるんだよね。」
「そりゃ当然守るさ。」
子猫はそう言ってクラリッサにスリスリした。
◇
その後三日間は何事も無く旅が続き、商隊は王都まであと二日の距離に有る街にたどり着いていた。今日は此処で夜を過ごすことになる。
「おっきなお城だね~。」
リュリュが街を囲む城壁とその中央に有る城の様な建物を見て驚いている。この世界の村や街は魔獣対策のために壁や城壁で周囲を取り囲んでいるが、この街は魔獣だけではなく対人…つまり人間同士の戦争も考慮した作りとなっていた。
(王都の手前で敵を迎撃するための街なんだな。)
城塞が立派というだけではなく街には兵士が多く歩いていた。またその兵士を目当てにした店などが立ち並び活気にあふれていた。
「あれはなんだろー?」
リュリュが指差す方向にあったのは、派手な化粧をした女性が立っているお店が並ぶ一角だった。
「なんだろうね?」
クラリッサも判らないらしく頭を傾げていた。
「にゃーにゃー」
「プルートも子供なのに…。」
確かに見かけは子猫なのだが、中身は30歳のおっさんなのだ。子猫もすごく興味は惹かれるが、今の俺はそんな店に行ける状態ではないのだ。
(人間形態でもあれだしな。王都に行ったらちゃんと治療方法を探そう。)
子猫は久しく忘れていた、失ったものを取り戻す方法を探すことを決意したのだった。
「リュリュを一緒に泊めて欲しいって?」
商隊が宿に泊まり、俺達とゴラン達がそれぞれが宿を探すといういつものパターンになる所で、ゴランがアマネにそう言ってきた。
「リュリュもそっちの女の子と仲良くなったことだし、こっちは男ばかりだろ。そろそろ宿を分けても良いかなーと思うんだが。」
「まあ、クラリッサとリュリュは大分仲良くなったけどね。そっちにはケイロが居るだろ?」
「いや、リュリュも成人だし、このまま一緒ってのは問題有るだろ。頼むよ試しに今晩はそっちで女の子同士てお泊りしてくれ。宿代もちゃんと出すしさ。」
「クラリッサ、お前はどう思う?」
「リュリュとなら大丈夫。プルートは?」
「にゃん。」
ということでリュリュが俺達と同じ宿に泊まることになった。
リュリュの方はクラリッサとお泊りができると大はしゃぎたが、子猫はゴランの企みが判っていたので、ちょっと複雑な気持ちである。
(ケイロを連れて行くのは王都じゃなかったのか?まあ、クラリッサが居るからリュリュを任せてって考えなんだろうけど…ゴラン、実はお前が行きたかったんじゃないのか?)
リュリュが誘拐された晩にゴランはケイロを綺麗なお姉さんの居る店に連れて行くと言っていたのだが、それは王都に付いてからということだった。しかし街で見かけた兵隊向けの店を見て、ゴランは考えを変えたようだった。
そんなゴランとケイロの思惑など知らない二人は、夕食を食べたあと宿の部屋で二人で女子会を開いていた。アマネは珍しくトルネ達がお酒を飲みに行くというのでそれに誘われて付いていった。
女子会と言いながらクラリッサとリュリュでは年齢も育ってきた環境も違うので共通の話題が無く、自然と会話の内容は自分達の身の上話となった。
「リュリュはね、孤児院の前に捨てられてたんだって。でね、最初に見つけてくれたのがケイロお兄ちゃんだったの。ケイロお兄ちゃんは先に成人して孤児院を出て冒険者になったんだけど、私が成人した時に魔法使いの素質があるから一緒に冒険者をやらないかって誘ってくれたんだ。それで一緒にゴランさんのパーティに入ったの。クラリッサちゃんはどうして冒険者になったの?」
「ん、師匠がそう言ったから。あとプルートも冒険者だから。」
「ええー、猫ちゃんも冒険者なの?すごーい。」
子猫はそんな会話に巻き込まれて、リュリュとクラリッサに弄ばれていた。リュリュも大分猫の扱いに慣れてきたのでそれほど不愉快ではないので、子猫もされるがままになっていた。
二人が話し込んでいるうちに、クラリッサが明かりの魔法で作った光の玉が暗くなってきた。そろそろ寝る時間である。
「にゃーにゃー」
子猫の掛け声でクラリサとリュリュは寝る準備を始めた。
「ねぇねぇ、クラリッサちゃん、今日は一緒のベッドで寝ようよ。」
「私はプルートと一緒に寝る。」
「じゃあ、プルートとクラリッサちゃんと私で一緒に寝よ?」
宿のベッドは大人一人が余裕を持って眠れるサイズである。十歳のクラリッサと十五歳としては少し小柄なリュリュであれば十分一緒に寝ることができる。
「プルート?」
「なー」
「一緒に寝ても良いって。」
ということで、子猫は、美少女二人と一緒にベッドで寝ることになったのだ。
「にゃっ?」
リュリュはベッドで寝るときは服を脱ぐ派らしくベッドに潜り込む前にローブを脱いで下着姿になっていた。リュリュの発育はそんなに良くないのでどちらかと言うとスレンダーな体型なのだが、その胸元に青い宝石のペンダントが光っていた。
「猫ちゃん、これはね私が孤児院の前に捨てられていた時にその上に置いてあったんだって。石は大した価値が無いけど、私にとっては大事なものなんだよ。」
リュリュは子猫に石を見せてくれた。青い石は、大きさはビー玉サイズでサファイアとも水晶ともガラスとも取れるような輝きを放つ奇妙な石であった。大した価値が無いと言われているのだから、宝石ではないのだろう。
(これで勝手に光出せばブ○ーウォータか飛○石だな。)
そんなことを考えている内に二人に抱きかかえられ子猫はベッドに連れ込まれてしまった。
◇
二人が寝静まった深夜、子猫はそっとベッドから降りた。子猫は部屋の扉の横、入ってきた人から死角になる位置に移動した。
しばらくすると部屋の扉の鍵がコジ開けられ人が入って来た。黒ずくめの服装でいかにも怪しい人ですといった感じの男はベッドに眠る二人に近づいていった。
男はベットに眠る二人の少女の顔を見て、リュリュの方が目的だったのか彼女に何か布のようなものをかぶせようとした。
「マナよ彼の者を拘束せよ、パラライズ」
子猫が唱えた麻痺の魔法で男は指先一本動かせなくなった。子猫は魔法の手で男の手から布らしき物を取り上げ、ロープで男を縛り上げた。
子猫が男の襲撃に気付いたのは、階段を上がってくる男の足音に気付いたからだ。男は足音を立てずにやって来たつもりだったのだろうが、古い宿の階段や廊下がきしむ僅かな音までは消しきれていなかった。猫の聴覚は人間の4倍の感度を誇る。男が発する僅かな音を子猫は聞き取っていたのだ。
麻痺の魔法を解くと男は諦めたのかガックリとしていた。
「プルート、捕まえたの?」
クラリッサもベッドから起きて来た。クラリッサも誰か部屋にやって来る事に気付いていた。そこで彼女には眠ったふりをしてもらっていたのだ。
「さて、何故リュリュを狙うのか答えてもらおうかな?」
子猫の質問に男は黙ったままだった。
前に捕まえた二人には変成の魔法で脅しをかけて喋ってもらったが、この男は彼奴等よりも骨がありそうな気配がしている。
(まあ、ベラベラと喋るはずもないか。此奴がリュリュを狙う理由を知っていれば良いのだが。)
「ん、クラリッサちゃん、何か有ったの?」
さすがにクラリッサもこれだけドタバタしていれば気付いたのか、起きてしまった。まだ寝ぼけているのか、ベッドの上でふらふらとしていた。その胸元で青い石が揺れている。
縛り上げられている男は、リュリュの胸元を凝視していた。
(まさか、ロリコン…じゃないよな。あのペンダントが鍵なのか。)
リュリュのペンダントにどんな謎があるのか知らないが、俺とクラリッサはそれに巻き込まれたようだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。