王都への旅:野盗の襲撃
翌朝、宿の一階の食堂で俺達はトルネ達と一緒に朝食を食べていた。
子猫がクラリッサにベーコンをあーんして貰っていた所に、別な宿に泊まっていたリュリュとツェッタがやって来た。
「トルネさん、朝の出発を遅らせてもらえませんでしょうか。」
ツェッタがオカッパ頭を下げてくる。かっぱ上に剃られている部分が丸見えで、思わず笑いそうになって俺は必死にこらえていた。
「いや、それは難しいです。次の村までの道程を考えると、そろそろ出発しないと夕方までにたどり着けません。」
「それは判っているのですが、ゴランとベーズが村の自警団に捕まってしまったのです。」
「いったい何があったのですか?」
トルネはツェッタに詳しい話を聞くことになった。
それによると、昨日の夜パーティ"赤い剣"は一階が酒場の宿に泊まった。当然ゴランは下の酒場に飲みにいった。付き合いとしてベーズとツェッタ(神官なのにお酒を飲むのか)もついていったのだが、そこで揉め事が発生したのだ。
酒場で飲んでいると、二人組の旅の男がゴランに突っかかってきて喧嘩になったらしい。ベーズとツェッタは当然とめに入ったのだが、喧嘩は次第に大きくなり、酒場に居た全員が村の自警団に捕まってしまったのだ。ツェッタは神官であり、喧嘩に参加していなかったことの証言がとれたので、怪我人を全員治療した後で事情を聞いただけで開放となった。
「すいませんが、そのような事情で出発を一時間ほど遅らせて欲しいのです。村長の事情聴取が終われば開放されるらしいので。」
壊れた宿の弁償などを行えば直ぐに開放されるかと思ったが、酒場一軒の客が全員喧嘩に巻き込まれ捕まったというのは珍しく、村長が事情を聞きたいと言ってきたらしい。
「困りましたね。今日はラジム峠を越える事になるので、護衛は絶対に必要です。仕方ありません、出発を遅らせましょう。」
「ありがとうございます。」
「依頼料は少し減らしますから。」
「…はい。」
ツェッタとリュリュは頭を下げて宿を出て行った。
「はっ、ざまあ無いね。」
アマネがゴランが捕まったと聞いてそう言ったが、その顔は少し曇っていた。
◇
結局商隊は二時間遅れで村を出発した。
村長が事情を聞こうとしたが、騒ぎの原因となった二人組がいつの間にか自警団の牢屋からいなくなっていたのだ。その捜索のために一時間ほどかかり、二人が村から逃げ出した事がわかったため、ゴラン達だけに事情を聞いて開放となった。
(その二人組、どう見ても怪しすぎだろ。)
この騒ぎで村からの出発が遅れた商隊は、俺達を含め三商隊だった。その中で王都方面に向かうのは俺達の商隊だけだった。
「にゃー」
「アマネ、ラジム峠ってどういうところなの?」
リュリュが一緒に荷馬車にいるので、直接アマネに聞けないのがもどかしいが、クラリッサが俺の意を組んで色々アマネに聞いてくれる。
「ラジム峠はジャガンの街の直前にある難所だ。坂はキツイし周りは森に囲まれているから魔獣や野盗が襲ってくることが多い。王都から来るなら日が明るいうちに通れるけど、ジャガンの街からだと夕方頃になるんだ。」
魔獣や野盗が襲ってくることが多いので、トルネは護衛が必要だと言って出発を遅らせたのだ。しかし他の商隊と離れてしまったほうが不味いのではないかと俺は考えた。
(騒ぎを起こしたのは、野盗の一味で確定だな。)
「アマネ、多分今日は野盗の襲撃がある。」
「ああ、そうだろうね。ツェッタには一応言ってあるし、ゴランも馬鹿じゃないから気がついているだろう。」
俺が心配するまでもなく、皆も気がついているようだ。
「しかし、あいつもそんな見え見えの手に引っかかるか?」
アマネはゴランが酒場で喧嘩に巻き込まれた件を怒っていた。一応護衛依頼の途中なのだから、酒は控えるべきだとか言っているが、アマネが昨日酒場に繰り出せなくてふて寝していたことを知っている子猫とクラリッサは「お前が言うなー」状態だった。
◇
商隊は二時間の遅れを取り戻すかのように街道を急ぎ進んでいた。しかし遅れをそうそう取り戻すことはできず、ラジム峠に差し掛かる頃には日は少し暗くなっていた。
(峠を登り切る頃には、だいぶ暗くなっているな。一番嫌な時間帯だ。)
"赤い剣"のメンバーも商隊の人もいつ襲撃があるか判らない為警戒を厳重にしている。
(クラリッサやリュリュを危険に晒すのは嫌だな。ここは俺が偵察をしてきたほうが良いだろう。)
「みゃー」
「プルート、待って。」
「にゃーん」
クラリッサの静止を振り切って子猫は、荷馬車を飛び降り森に入っていった。
◇
峠を挟むようにして生い茂る木々の中を子猫は峠の頂上をめがけ進んでいった。気付かれないように魔法の手を使って木々の間を跳んで移動していく。
(野盗がいるとすれば峠の頂上だろうな。)
馬車は構造上、坂を登るよりも降りるほうが扱いが難しい。馬車は登りだと前進も後退も容易いが、降りる場合は前進するしかなく、慌ててしまうと馬車にブレーキが付いていないため速度を出しすぎて馬車が横転したりする。
よって荷馬車を襲うなら峠を降りる時に襲うだろう。そうなると野盗が待ち構えているのは峠の頂きを少し降りた辺だろう。
商隊が峠に差し掛かったところなので、峠の頂上あたりで今は様子を伺っているはずだ。
(いた、結構数が多いな。)
峠の頂上の森の中に野盗はいた。待ち構えている野盗の数は二十人で、全員柔皮鎧を来ており、いかにも野盗という感じの男達であった。
子猫は木の上から奴らの様子を伺った。
「どうだ、あいつらの様子は?」
「今峠を登り始めたところだな。二時間ほどで上までやって来る。」
「よし、俺は前を抑えるから、弓を持っている奴は峠の頂上から狙え。間違っても俺達に当てるなよ。」
野盗のお頭らしい大柄な男が青龍刀の様な刀を振りかざして部下に怒鳴っていた。こいつだけ鎖帷子を着込んでいる。
弓を持っている奴は八人で、峠を挟んで木の上で待ち伏せるらしい。小剣を持った四人が二人ずつ左右の茂みに隠れていく。残りは峠を下って待ち伏せの場所に向かっていった。
(人員と配置は判った、戻って対策を練るか。)
子猫は再び木の間を跳んで商隊に戻った。
「みゃー」
「プルート、勝手に行っちゃ駄目。」
戻ったらクラリッサに怒られてしまった。心配していたのか、ギュッっと抱きしめられる。
「ふにゃーん」
「判ればいいの。」
子猫は偵察してきたことをクラリッサに説明して、それからアマネに伝えてもらう。ついでに作戦も考えておいたので、それも伝えてもらった。子猫が考えたとは言えないので立案者はクラリッサとなっている。
「すごーい、猫ちゃんは偵察もできるんだね。」
リュリュが感心してくれたのでちょっと胸を張ってしまった。リュリュは子猫の頭を撫でるが、ちょっと乱暴だった。
アマネはゴランとツェッタに状況と作戦を説明している。ゴランは猫が偵察してきたと言われてびっくりしていたが、ツェッタは使い魔ならそれぐらいできると納得していた。
「じゃあ、後ろから待ち伏せして弓を射ってくる奴はあたいとクラリッサが倒すよ。前はそっちに任せる。」
「二人で12人も相手にするのか。」
「こっちには優秀な魔法使いがいるからね。それにこいつもいる。」
アマネは子猫を指さす。ゴランは呆れた顔で子猫を見る。
「確かに猫の手も借りたいぐらいだが、子猫がなんの役にたつんだ?」
「プルートは使い魔だからね、魔法も使えるんだよ。あんたよりよっぽど役に立つさ。」
アマネにそう言われてゴランは顔を真赤にしたが、この状況を引き起こしたのは彼なので、かろうじて怒鳴るのを我慢していた。
(意外と自制できるタイプなのか。なんでアマネと別れちゃったんだろう。)
◇
ゴランから野盗が待ち伏せていると聞いて、トルネは峠を引き返そうと言い出した。
「相手はこちらの三倍も人数がいるんですよ?引き返したほうがよいでしょう。」
確かに戦力差が三倍なら先ず勝てないのが道理だ。しかし、こちらにはクラリッサと子猫がいるから単純に人数だけで割り切れるものではない。
「ここまで登ってきている状態で引き返したら、絶対後ろから襲い掛かってくるね。」
商隊の荷馬車は既に峠の中ほどまで登っている。五台の荷馬車が狭い峠を引き返すとなると、登りの倍以上の時間がかかるだろう。そうなれば野盗は後ろから襲ってくるだろう。
「罠にかかったフリで倒すのが一番被害が少ないはずだ。」
ゴランもそう判断してトルネを説得した。戦いが始まったらトルネ達商人は荷馬車に隠れてもらうことにする。
◇
商隊は二時間かけて峠を登り切った。護衛のゴラン達は辺りを見回し野盗や魔獣がいないか注意を払っている。野盗の待ち伏せ隊は息を潜め隠れており、その姿はゴラン達には見つけることができなかった。
「本当に野盗がいるのかね~」
ゴランはボソリとつぶやき、商隊は峠を降り始めた。
峠を降り始めて、最後の馬車が二十メートルほど進んだ所で左右の木立から野盗が八人飛び出した。
「命が惜しかったら、荷物をおいて行きな。」
ものすごく古典的な野盗のセリフを臆面もなく言ってくる男にゴランは敬意さえ感じてしまった。
「だが断る!」
ゴランはお頭の降伏勧告を断りベーズと共に荷馬車の前に出る。ケイロはその後ろで弓を構え、ツェッタもメイスを構えケイロの横に並んだ。
リュリュは人に攻撃魔法を打ち込むことができないので、荷馬車の荷物の影に隠れていた。
「しょうがねえな、野郎ども殺っちまうぞ。」
野盗のお頭が大きく刀を振り回すと、峠の頂きの茂みから二人の野盗が現れるが、残り二人が出てこず、弓の攻撃が始まらない。
「どうなってるんだ、あいつら昼寝でもしてやがるのか。こら、矢を射ってこい。」
野盗のお頭は打ち合わせ通りに矢を射ってこない手下を怒鳴るが、攻撃は始まらなかった。
「誰か待ってるのか?よそ見するなよ。」
そう言ってゴランとベーズは野盗達に突っ込んでいった。
◇
時間は少し遡る。
商隊が峠の頂上に辿り着く三十分ほど前に子猫とクラリッサ、アマネはそっと森の中に入っていった。もちろん待ち伏せの野盗を倒すためだ。
野盗達が隠れている場所は教えてあるので、背後から簡単に急襲できる。なるべく気取られないように野盗を無力化したかったので、麻痺の魔法を野盗達に順次かけて行った。
手順としては麻痺の魔法ー>ロープで拘束×4である。背後からこの手の魔法をかけられた場合、抵抗も出来ずに魔法にかかってしまうので、野盗を無力化するのに十分とかからなかった。
反対側ではアマネが茂みに隠れていた二人の野盗を音もなく仕留め、クラリッサが木の上で待ち伏せしている野盗を一度に麻痺の魔法で無力化していた。
(四人同時に麻痺の魔法か、本当にチートだよな。)
木から落ちていく野盗達が死んでいないことだけを祈っておく。子猫の方で待ち伏せしている野盗の二人は、仲間が無力化されたことにも気付かず、商隊に気付かれないように息を潜め隠れていた。
子猫は、野盗の二人の始末をアマネとクラリッサに任せることにして、ゴラン達を援護するために峠を下っていった。
◇
野盗のお頭は弓の援護が無いことに慌てたが、ゴランとベーズが突っ込んで来たことで逆に落ち着いてしまった。こっちは八人で相手はたったの四人なのだ、負けるわけがない。
彼は片刃の大きな剣を使ってこれまで何人もの護衛の冒険者を葬ってきた。今度もそうすれば良いのだ。気を取り直してお頭は剣を構えた。
お頭は突進してきたゴランに剣を振り下ろしたが、ゴランはそれを盾で受け流した。ゴランの装備はラウンドシールドとブロードソードである。ゴランはブロードソードでお頭を突いたが、彼は飛び退ってそれをかわした。剣の実力は中級の上クラスであるゴランの方が数段上で、数合打ち合うとお頭の手足は傷だらけになっていた。
「おい、おめえらこいつを倒すのを手伝え。」
不利を悟り手下を呼ぶが、その声に返事をする奴はいなかった。
お頭はゴランと距離をとって辺りを見回す。すると手下の大半が白いロープのような物に絡まって身動きがとれなくなっており、残りはもう一人の護衛の戦斧で斬られて倒れていた。
「馬鹿な、八人の手下がこんな短時間で…」
そう叫んだお頭は、背後から飛んで来た蜘蛛の網の魔法の網に捕まり身動きがとれなくなってしまった。
お頭が魔法の網に捕まり身動きが取れなくなったので、ゴランはお頭の頭を蹴り飛ばして気絶させた。二十人もの手下を持つ野盗であれば賞金がかかっている可能性が高い。死体にしても賞金が出るが、トルネは死体を荷馬車に乗せたがらないだろう。村まで数時間の距離だ、自分の足で歩いてもらうことにしたのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。