王都への旅:最初の村へ
追加の樽全てに腐敗防止魔法をかけ終えると、商隊の出発の準備は整った。
荷馬車は全部で五台。一つの荷馬車に六つの樽を積んで、最後の一台は食糧や飼葉、水を積んでいる。
「それでは出発しますよ。」
トルネが先頭の荷馬車の御者台から声をかけると荷馬車の列はノロノロと動き始めた。
"赤い剣"のメンバーは商隊の前の方を歩き、アマネは最後尾を歩いている。リュリュとクラリッサと子猫は、食糧を積んだ荷馬車に乗せてもらっている。
二人が荷馬車に乗っているのは魔法使いなのと女の子という事が理由だ。魔力を回復するにはおとなしくしているのが一番だし、年若い子供が馬車の速度に合わせて歩き続けるのは無理があるとのトルネの配慮による。
「にゃー」
「プルート、おとなしくしてね。」
クラリッサに抱きかかえられ、子猫は馬車に揺られる。
荷馬車の速度は人間が歩くのと同じ時速四キロメートル程度である。一日の移動時間は休憩や昼食の時間を除いて八時間ほどなので一日約三十キロほど進むことになる。王都まではそのペースで進めば10日で辿り着けるが、商隊は安全のため夜は村や街に泊まる。そのため一日にそれほど距離を進まないこともあり、王都まで二週間かかる。
ジャガンの街の門を抜けて王都に向かう街道を商隊は進み続ける。荷馬車に乗ってだんだん街の城壁が小さくなってくのを見ていると「ドナドナドーナードーナー」と歌い出したくなるのは何故だろう。
「でね、ケイロがあたしにいつも洗濯物を押し付けてくるのよ。酷いと思わない?」
「…うちも洗濯しない人が居た。」
…
リュリュとクラリッサが女の子同士で会話を弾ませているが、精神年齢ではクラリッサの方が上で、リュリュを諭すような話をしている。
(クラリッサ、元子猫とは思えないほどしっかりしているからな~)
子猫は女の子の会話を聞き流しながら馬車の旅を満喫していた。
商隊は一度休憩を挟んでお昼前に目的の岩場に着こうとしていた。街から十五キロ程の位置にあるその岩場では旅人たちが休憩を挟むのに丁度良い位置であり、俺達の商隊の他にも何人かの旅人や商隊が休憩していた。
「ふぁぁ、いっぱい人が居るね。」
「そうだね。」
商隊が止まるとリュリュとクラリッサは馬車から降りて食事の準備を手伝い始めた。俺達も食糧を持っているが、トルネさんは護衛の冒険者にも食事を振る舞ってくれるらしい。
ただで食事をいただくのも心苦しいとクラリッサは手伝いを申し出たのだ。それに対抗意識を燃やしたのか、リュリュも手伝いを申し出たのだが、予想通りのドジっ子ぶりに早々に暇を出され、今は子猫を抱っこして撫でている。
「プルート、クラリッサって料理もできるんだね。あたしより小さいのに凄いね~。」
「にゃーんゃー」
商隊の人達に混じって小柄なクラリッサが料理…乾燥野菜と肉のスープ…を作っている。アマネは自分の実力を把握しているので干し肉をかじりながら見ているだけである。そのアマネにちょっかいを出してゴランが殴られていた。
(何やってるんだか。)
スープとパンの簡単な昼食を食べ、しばらく休憩を取ると再び商隊は動き始めた。周りの旅人と商隊も同じように動き始める。
これだけの旅人がまとまっていると野盗などは襲ってこなくなるが、魔獣は別である。
「青銅バッタの群れだ!」
先頭を行く商隊の誰かが叫ぶと街道の横の方から青銅バッタが一斉に飛び立つ。青銅バッタは、彼らの縄張りに入らない限りは襲ってこない比較的おとなしい魔獣であるが、餌となる草がなくなると一斉に移動を始める習性がある。運悪くその移動する群れに俺達の商隊は遭遇したらしい。
「リュリュは隠れていて。」
クラリッサは荷馬車を降りて魔法を唱える準備を始める。リュリュは魔力がまだ回復しきってないので荷馬車に隠れている。子猫はリュリュを守るために荷馬車の上に駆け上った。
(青銅バッタか…雑魚中の雑魚だが、これだけ大群だとまさに数は力だよって感じだな。)
数百匹の青銅バッタがバラバラに商隊に飛びかかってくる。青銅バッタは人間を襲おうと思っているわけではなく、たまたま進路上にいる人や物にぶつかってくるのだ。
その名の通り青銅並みの硬さの体を持つ青銅バッタは、最大で体長一メートルに育つので、そんな奴の体当たりを喰らえば良くて骨折、当たりどころが悪ければ死んでしまう。
俺達が護衛している荷馬車の樽などは当たってしまえば簡単に砕けてしまうだろう。
「にゃーにゃー」
先頭とその次の荷馬車は"赤い剣"のパーティが、三番目と四番目は俺達が守る事になる。アマネは三番目を守り、クラリッサはそのフォローと四番目の荷馬車を、子猫はクラリッサのフォローと最後の荷馬車を守る。
「不可視の矢よ我が刃となって敵を滅ぼせ~インビジブル・ボルト」
荷馬車に衝突しそうになった青銅バッタをクラリッサが撃墜する。
「ナー…ミュー…みゅーみゅー…みゃお~ん」
子猫も魔法を唱えて魔獣をたたき落とした。
「えっ、猫ちゃんも魔法を使うの?」
リュリュが驚いた顔で子猫を見つめる。使い魔が魔法を使えるのは一応常識の範疇だと思っていたが、リュリュは知らないみたいだった。
"赤い剣"のメンバーもアマネも手堅く青銅バッタを倒していた。
十五分後、青銅バッタの群れが通り過ぎると、辺りには魔獣の死骸が散らばっていた。もちろん荷馬車の樽には傷ひとつ無い。
「ふぅ、疲れた。こんな街の近くで青銅バッタの暴走に遭うとは思わなかったよ。」
アマネが疲れた顔をしてこちらに近づいてくる。子猫は水の入った革袋を口で咥えて放り投げてやる。
「ありがと、プルート。」
クラリッサは魔法で多数の青銅バッタを倒していたが、魔力を使いすぎたのか顔色が悪い。
「クラリッサは荷馬車で横になってな。」
アマネがそう言ってクラリッサを荷馬車の荷物の隙間に寝かせる。
「クラリッサちゃん大丈夫?」
リュリュも心配そうにクラリッサを覗きこんでいた。
「問題ない。しばらく休んでいたら治る。リュリュも早く休んで魔力を回復させるべき。」
そう言うと彼女は目を閉じてしまう。魔力切れを治すにはじっとしているのが一番なのだ。
リュリュもクラリッサに言われて魔力の回復に努めることにしたみたいで座り込んでじっとしていた。
商隊は遅れを取り戻すかのように速度を上げて進み始めた。
◇
夕方、予定より少し遅れて商隊は村に入ることができた。暗くなってから街道を進むのは危険だし、野宿は面倒なので村に入ることができ、商隊の人達はホッとしている。
「明日の朝は太陽が明るくなってから二時間後に出発となります。」
トルネがそう言って商隊のメンバーと一緒に村の宿に入っていった。僕達も後を追って宿に入って行く。
この村はジャガンの街から王都へ向かうための街道で最初に行き着く。そのため王都へ向かう人たち向けの宿が数多くあるが、商隊の人が泊まる宿の方が安心であると考えたのだ。
「クラリッサさん達もこの宿に泊まるのですか?」
後を付いて来た僕達にトルネは不思議そうな顔をする。どうやら冒険者は別の宿に泊まる人が多いらしい。アマネもここに泊まろうとするのが嫌そうにしていた。
「何か問題が有るのですか?」
「クラリッサ、ここは止めようよ。」
アマネが小声でクラリッサに宿を変えるように進言していた。
「いえ、この宿にあなた方が泊まるのに問題はありません。………逆にクラリッサさんならこちらの宿の方が良いかもしれませんね。」
「?」「にゃん?」
「この宿には酒場が無いのですよ。」
トルネは不思議そうな顔をしているクラリッサと子猫にそう教えてくれた。この世界の宿は、一階は食堂か酒場で二階に部屋が有るという構造が多い。食堂か酒場に別れるのは、宿泊客の客層に合わせている結果なのだ。
「お酒を沢山飲む人は一階が酒場の宿に泊まります。でもクラリッサさんはお酒を飲まれませんよね。ならこちらの宿で良いのかもしれません。」
冒険者は酒飲みが多い。飲む、打つ、買うを地で行く者が多いのだ。別にそれは普通の旅人でも当てはまるが、トルネは酒を運ぶ商隊であり、酒をあまり飲まない人ばかりでメンバーは構成されている。
「それなら私達はこの宿に泊まることにします。」
トルネの話を聞いてクラリッサは即決した。もちろん子猫も酒が飲めないので依存はない。ただアマネはクラリッサの言葉を聞いてガックリとうなだれていた。
お金があればアマネだけ別の宿という手も有るのだが、あいにく彼女は一文無しで、エーリカから預かった資金は全てクラリッサが管理している。アマネは俺達と一緒の宿に泊まるしか無いのだ。
宿の主人は子猫が一緒に泊まることに何も言わず、ただ、「部屋の中で爪を研がせないように」とクラリッサに言っただけだった。
うなだれるアマネを連れて食堂で食事を食べ、そのまま部屋に入ってしまう。もちろん一文無しのアマネは何処にも行くことが出来ないので、一緒に部屋に戻るしか無い。
(こりゃアマネにとってキツイ旅になりそうだな。)
ベットに潜り込んでふて寝してしまったアマネに子猫は同情を禁じ得なかった。
◇
クラリッサに抱かれてベッドで眠っていると、お腹のポケットがムズムズとする。
(アントンから何か届いたな。)
ベッドから降りると子猫はポケットを探って届いた物を確認した。
(剣、いや日本刀かな?それも大太刀だな。)
金剛甲虫との戦いで小太刀が壊れてしまったので代わりの武器を金剛甲虫角で作ってほしいとお願いしていた。それがようやく出来上がったようだ。
前は小太刀だったが、今回は大太刀と言うか刀身が二メートル近くあり斬馬刀と言いたくなるぐらい大きい。
(こんなの振り回せるのかな?)
試しに魔法の手で掴んで持ち上げたが、大きさの割にものすごく軽い。子猫では振り回されそうだが、人間形態なら振り回せそうである。
(人間に変身しても百六十センチしか無いんだよな。二メートルの大太刀を振り回すなんて漫画の世界だよ。)
大太刀はかなり取り扱いに困る武器であった。取扱説明書があるかなとポケットを探っていると、小太刀が入っていることに気付いた。以前持っていたミスリル合金製の小太刀と同じサイズであるが、今度は刃が金色であり金剛甲虫の素材を使って作られた刀のようだ。
(普段はこっちを使えってことか。じゃあ大太刀は何に使うんだろう。)
アントンの武器制作の選択に悩む子猫だった。
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