王都への旅:前日の出来事~出立準備編
アマネは商隊の護衛を務める冒険者のリーダー、名前はゴランと知り合いだったらしい。
「一年ぶりかな。どうやら元気にしていたようだが…子連れとは。お前に子供がいたとは知らなかったぜ。」
ゴランがそういった途端、アマネが瞬間移動したかのように消えて、小太刀がゴランの首筋に当てられていた。小太刀を持っているのは当然アマネである。
「寝言は寝て言え。あたいが子持ちの訳ないだろう。」
「い、いや、冗談だよ。済まなかった。」
冷や汗を流しながらゴランが謝ると、アマネは小太刀を鞘に戻した。
「ふんッ!」
アマネはトルネにドスドスと擬音が付きそうな不機嫌な態度で近づくと
「依頼は取りやめ…」
「ません」
と言いかけてクラリッサに邪魔された。
「クラリッサ~。」
アマネは恨めしそうにクラリッサを睨むが、クラリッサは動じなかった。
「今から予定を変えるのは面倒。アマネが嫌なら私とプルートだけで受ける。」
確かにここまで来て依頼を断るのは…準備とかご近所さんへの挨拶とか…面倒である。
「判った。じゃあ、あたいはこれで…」
「私とプルートだけで王都に向かったと知ったら、エーリカはきっと怒る。それに店にも出入り禁止にする。アマネの好きなマヨネーズはもう二度と食べられない。」
クラリッサの言葉にアマネは愕然とした顔をして、そしてorzの姿勢で固まってしまった。
(アマネ、どれだけマヨネーズが好きなんだよ。)
「わ、判ったよ。引き受けるよ。」
しばらくして立ち直ったアマネは護衛の依頼を引き受ける事を承諾した。
トルネとゴラン、そしてパーティのメンバーは、アマネとクラリッサのやりとりを唖然と見ていた。
「え、えーっと、ではアマネさんが依頼を引き受けてくれたので…先に依頼を引き受けてくれたパーティ"赤い剣"の方々を紹介したいと思います。」
不機嫌なアマネとニヤニヤと笑っているゴランの間で、トルネが顔の汗をタオルで拭きながらなんとか場を仕切ろうとしていた。
トルネの仕切りによって、とりあえず自己紹介をしようということになり、双方のパーティが簡単に自己紹介をする。
「俺はゴラン、"赤い剣"のリーダーをやっている。」
アマネと知り合いの冒険者で、二十台半ばの硬革鎧を着た戦士だ。赤い髪のイケメンであるが、イタリアの伊達男って感じで女たらしの雰囲気がある。
「ベーズ、戦斧使いだ。」
ゴランより年上で三十代ぐらい。金髪マッチョな戦斧を持った男性で、鎖帷子を着込んでいる。
「ぼ、僕はケイロです。弓を使います」
まだニキビの残る十代後半の少年でアマネをチラチラと見ている。
「私はリュリュ。魔法使いだよ。よろしくね。」
茶色の髪をツインテールにしている十代半ばの少女で、美人というより可愛らしい範疇に入る美少女であった。年下の魔法使いのクラリッサに笑いかけているのは、同年代の魔法使いの仲間ができて嬉しいのだろう。後、子猫もチラチラ見ているので、猫好きなのかもしれない。
「私は、ツェッタです。大地の女神の神官をしています。」
ツェッタは六十代の柔皮鎧を着込んだお爺さんで、何故かおかっぱ頭で頭頂部を剃っている。
「アマネだ。」
「クラリッサ、魔法使いです。こっちは使い魔のプルートです。」
「みゃ~」
"赤い剣"のパーティメンバーはクラリッサを物珍しそうに見てきた。獣人の魔法使いなんて見たことも聞いたことも無いという雰囲気である。魔法使いの少女は特にクラリッサの魔力が感じられるのか感心した顔をしていた。
「えーっと、商隊は明日出発しますので、護衛の方よろしくお願いします。」
トルネは汗を拭きつつも顔合わせは終わったからという感じで慌てて部屋を出て行った。
「アマネさん、お久しぶりです。」
「ツェッタか、まだ冒険者をやっていたとは驚いたぞ。」
かっぱ頭な神官とアマネも知り合いだったらしく、親しげに話をしていた。
「そうですね、貴方がパーティから抜けた時に本当は教会に戻ろうかと思ったのですが…あの後この兄弟がパーティに入ってきましてね。面倒を見てあげようかと老骨に鞭打ってますよ。」
ツェッタがケイロとリュリュを見てそう言った。あまり似ていないが二人は兄弟らしい。
「そうか…"赤い剣"もメンバーがだいぶ替わっちまったな。」
「ええ、あの後、色々ありまして。」
子猫はアマネとツェッタの会話を聞いて、彼女が昔"赤い剣"に所属していたことを知った。何があったのか知らないが、アマネはこのパーティから抜けたらしい。
子猫はアマネの事をあまり知らない事に気付き、この二人の会話から彼女の過去が分かるのだろうかと期待して聞き耳を立てていたのだが、突然抱き上げられてしまい、その目論見は中断された。
「にゃー」
子猫を抱き上げたのは魔法使いの少女リュリュだった。
「猫ちゃん、お姉ちゃんとあそぼ~」
「リュリュ、その猫は使い魔なんだから、クラリッサさんに断ってから触りなさい。」
リュリュの兄であるケイロにそう言われ、彼女は「良い?」とクラリッサに訪ねていた。
「プルート本人に聞いて。」
クラリッサの返事にリュリュがキョトンとした顔をしていた。
「にゃにゃ」
子猫としては可愛い女の子に抱っこされるのはウェルカムなのでOKと返事を返しておく。クラリッサの視線がちょっと冷たく感じるが気のせいとしておこう。
「プルートは触って良いって言ってる。」
「クラリッサちゃんは猫ちゃんの言葉が判るの?」
「判る。」
リュリュはクラリッサの返事に驚いて、「獣人だからなの?」とか「使い魔なら話ができるの」とか質問を連発していた。
子猫が抱っこされながら彼女とクラリッサの会話を聞いていたが、リュリュは少し精神年齢が幼い様に感じられた。クラリッサは逆に(元猫なのに)高い。いきなり猫を抱き上げるとか少し乱暴な面もあるが、優しく子猫を抱いているリュリュは素直な娘さんのように感じた。
「痛いって、もう、アマネは素直じゃないな~。」
「ゴラン、気安くあたいに触るんじゃないよ。」
クラリッサと子猫がケイロとリュリュに気を取られている間に再びアマネとゴランが騒ぎを起こしていた。ゴランの頬には真っ赤な紅葉マークがついていた。
「顔合わせも終わったんだし帰るよ。」
アマネはそう言ってさっさと部屋を出て行ってしまった。
「アマネとゴラン…なかなか難しいですね。」
ツェッタはそう言ってため息をついた。
「二人の間に昔何が有ったのですか?」
クラリッサが尋ねると。
「いえね、あの二人は昔付き合っていたのですよ。」
予想通りの答えが返ってきて、クラリッサと子猫は困った顔をした。
◇
アマネがさっさと帰ってしまったので、クラリッサが明日の詳細予定をトルネに聞く羽目になり、その後クラリッサが商品の樽に腐敗防止魔法をかけて回ったので、店に戻ったのはお昼すぎであった。
先に帰ったはずのアマネは店には居なかった。
お昼には遅くなってしまったので、慌てて食事の準備を二人で済ませ、エーリカを部屋から引っ張りだして三人で昼食を取る。
「ふーん、そんなことがあったの~。冒険者パーティの崩壊にありがちな例ね~。」
トルネの店での出来事をエーリカに話すとそう返された。エーリカ曰く、冒険者パーテイが崩壊する三大要因は、メンバーが死傷するか、恋愛問題か、お金のもつれだそうだ。
「恋愛問題が人間関係的に一番やっかいなのよ~。」
両手を握りしめ、エーリカが力説している。きっと過去にそれでパーティが崩壊でもしたのだろう。
「ゴランとは護衛任務で一緒に王都まで行かなきゃならないのですが、どうすれば良いのでしょうか?」
三人の中で一番年長でそういったことにも詳しいと思うエーリカに俺は尋ねた。何しろ俺は彼女いない歴=実年齢な男だ、女性の気持ちなんて判るはずもない。
「そーね~。なるようにしかならないんじゃないかしら~。」
全然役に立たないエーリカであった。いや、未だに彼氏もいない、いた形跡も無い(?)彼女に期待した俺が馬鹿だったと思い知らされた。
「ヒック、たらいま~。」
午後、明日の出発に向けて装備の確認をしていると、アマネが昼間なので酔っ払って帰ってきた。
「アマネ、酔払って…」
「にゃー」
クラリッサが何か言おうとしたが、俺は制しておいた。うん、辛い時は飲みたくなることも有る。俺が辛くて飲んだのは異性関係ではなくて仕事がらみばかりだったが…過去の事はもう振り返らないでおこう。
アマネはそのままリビングのソファーで寝てしまった。
「依頼引き受けないほうが良かったかな?」
クラリッサがアマネに毛布をかけながら俺に聞いてきた。
「いや、僕は受けてよかったんじゃないかと思うけど。ゴランがどういう男か知らないけど再び出会ってしまったってことは、アマネと彼に縁があるってことじゃないかな?」
アマネとゴランの関係は今回の護衛依頼ではマイナスにしかならない。だけど、再び出会ってしまったということは二人の間に何か縁があると思うのだ。アマネにはゴランとの関係をはっきりとさせたほうが良いと俺は思ったのだ。
結局、アマネはそのまま翌朝まで起きなかった。
◇
翌朝、二日酔いのアマネをたたき起こして、店を出る。
店から出てくるときには珍しくエーリカが自力で部屋から出てきて見送ってくれた。
「いってらっしゃい~。トビアス君によろしく言っておいてね~。」
「判りましたよ。エーリカも開拓村の方、頑張ってきて下さい。」
「わかってるわよ~。あなた達も生きて帰ってきてね~。」
何か不穏な事を言われつつ俺達は店を後にした。
トルネの商会に着くと商隊が出発の準備を行っていた。
「ああ、アマネさん、クラリッサさん、おはようございます。」
忙しそうに荷物の積み込みをしていたトルネが俺達に気付き、挨拶してきた。
「クラリッサさん、申し訳ありませんが追加の樽が出てきてしまったので腐敗防止魔法をかけてもらえませんか。」
トルネがお願いしてきたのでクラリッサと俺は、昨日は無かった荷馬車に積まれている樽に腐敗防止魔法を唱えに行った。
荷馬車の前にはリュリュが疲労困憊という感じで座り込んでいた。どうやら魔法を使いすぎてへばってしまったらしい。
「クラリッサちゃん、おはよー。」
魔力切れで苦しいはずなのに、笑顔で俺達に挨拶してくる。
「にゃー」
「おはようございます。リュリュは大丈夫ですか?」
リュリュが手を上げて大丈夫とアピールする。しばらくしたら魔力も回復してくるだろう。
クラリッサはリュリュが魔法を掛けてしまった樽を教えてもらい、掛かっていない樽に腐敗防止魔法を唱えていく。残っていた樽は全部で五個、リュリュは三個で魔力が切れてしまったらしい。
彼女の魔力では朝と晩に三個ずつで一日六個の樽が限界である。商隊の樽は二十個有るため腐敗防止魔法の効力期間を考えると彼女の魔力は全て樽の維持に使われることになる。
(確かに魔力が足りないな。トルネさんが追加の魔法使いを欲しがるわけだ。)
この時点で、俺は自分とクラリッサ、エーリカが普通の人に比べて規格外の魔力容量を持っていることに気付いていなかった。リュリュの魔力は確かに少ないが、年齢も考えると普通はその程度しか魔力を持っていないものらしい。
「マナから生まれし清き力よ~この物に清浄なる力を与えたまえ~」
クラリッサは腐敗防止魔法の魔法を残りの樽全てに唱えた。
「えっ、全部一度に…どうやって?」
リュリュが驚いた顔をする。
「樽全部に唱えてはいない。樽一つ分を五倍にしただけ。」
クラリッサはこういった魔法の使い方が上手い。エーリカができない複数の低級回復薬作成ができるほどだ。俺もクラリッサのように魔法を拡大して唱えることができるが、彼女ほど効率よく魔法を使うことはできない。
「すっごーい、私にも教えて~。」
リュリュがクラリッサに抱きついて魔法の使い方を教えてもらっている。これじゃどちらが年上か判らない。 俺はツインテール美少女と猫獣人美少女の絡みを堪能させてもらった。
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