王都への旅:準備編
「そろそろジャガンの街ともお別れなの~。」
朝食が終わり、子猫は籠でまったりとしていると、エーリカが唐突に言い出した。
「にゃ?」
ジャガンの街に来て三ヶ月、店に客は来ないが辺りの住人ともかなり顔見知りになり、生活もリズムに乗ってきたのに街を出て行くとはどういうことだろう。
「そろそろ開拓村に薬を作りに行かなきゃいけないの~。」
「ああ、そういうことですか。」
エーリカの言葉に子猫は納得した。
動機は不明だが、エーリカは各地の開拓村を回って薬を作るというボランティアをやっている。魔獣の森に隣接する開拓村では薬は喉から手が出るほど欲しいものなのだが、薬は高価な物であり、安いものでも金貨一枚はする。需要に対し供給も追いついておらず、開拓村では必要とする量を準備できない場合が多い。
エーリカは、そういった開拓村にボランティアで薬を提供しており、彼女が村に来てくれるのを待っている村は多いのだ。
「今度は東の開拓村から南下して三つぐらいの村を回ってくる予定よ~。」
「いつ頃出発するのでしょうか?」
「準備ができ次第出発だけど~、プルートとクラリッサには別なところに行って欲しいの~。」
「えっ、もしかしてエーリカの代わりに村で薬を作るのでしょうか?」
クラリッサも俺も低級回復薬や熱冷ましの薬を作ることはできる。彼女の代わりに開拓村で作ってくることはできるだろう。
「違うわよ~。王都に行って欲しいのよ~。」
「王都ですか?」
「そう、これをトビアス君に渡してきて欲しいの。」
そう言ってエーリカは子猫に分厚い羊皮紙の束を渡してきた。
「トビアスさんですか。初めて聞く名前なのですが?」
「えーっとね、…」
エーリカの話よると、子猫に渡した羊皮紙の束は、今までエーリカが研究した成果で、本当なら自分で王都に届けるつもりだったらしい。しかし"冬虫夏草"の採取や、ラフトル伯爵の長男の件などで時間を取られ、開拓村に向かわなければならない時期が来てしまった。そこで子猫とクラリッサで王都にいる友人に渡してきてほしいとのことだった。
「商隊に頼んで送ってしまえば良いのでは?」
この世界に宅配便や郵便といったシステムは無い。物を送るならその方面に向かう商隊や旅人に預けるか、冒険者ギルドに依頼を出すことになる。郵便と違い確実性には欠けるが、相手の居場所がはっきりしているなら途中で不慮の事故(盗賊に襲われる)とかが無い限り届く程度の信頼性は有る。
開拓村だとそこに向かう商隊や旅人がいないため送るのが難しいが、王都であれば定期的に商隊が出ているのでそれに託せば数週間で届くだろう。
「商隊は時々物が紛失しちゃうからね~。大事な資料だから直接手渡して欲しいの~。」
「確かに、大事な物なら直接渡すほうが確実ですが…。」
俺としてはエーリカと一緒に開拓村を回るほうが"好奇心の女神"の信者を増やせそうで良いのだが…王都では難しそうである。
「うん、これはちょっと他の人に見せたくない物だし、あなた達で確実に届けて欲しいの~」
ここまで言われたらさすがに断りづらいというか、使い魔である子猫と居候の兼弟子のクラリッサには拒否権はない。
子猫は渡された羊皮紙の束をポケットにしまいこんだ。
「相手のトビアスさんは、どんな方なのでしょうか?」
「王都の魔術学院の先生だったかな~?」
毎度の如く疑問形で答えるのはやめて欲しい。送り先のトビアスは魔術学院の先生とのことだが、こちらの世界に来てから俺は学校らしきものはまだ一度も見ていない。王都ぐらいになるとそういった学問の場が有るのだろう。
(魔術学校か、ハリ○タみたいな感じなのかな?)
「アマネ、王都まで二人を連れて行ってね~。」
それまで無言でパンにマヨネーズを塗って食べていたアマネが、突然話を振られてパンを喉に詰まらせた。アマネは胸を叩きながら水でパンを流し込んで一息つく。
アマネは、賭博に手を出して金欠となりここしばらく店に居候していたのだ。
「いきなり話を振るなよ。死ぬかと思った。それにあたいはこの前王都から戻ってきたばかりだよ。また行けって言うのかい。」
「居候に拒否権はないのよ~。」
「ぐっ、しかしあたいにも予定が。」
「仕事ないと行ってた。」
クラリッサがボソリとつぶやくと、アマネはがっくりと肩を落とす。アマネは中級の上のランクの冒険者だが、パーティを組んでいないこともあり、受けることができる依頼が少ないらしい。
「居候なのに無駄に大飯ぐらいですからね。」
子猫もボソリと言ってやる。アマネが食べているマヨネーズはほとんど俺が作っているのだ。
「わかったよ、二人を王都まで連れていきゃいいんだろ。」
二人と一匹の視線を受けて、アマネは陥落した。
◇
「ところで、なぜ冒険者ギルドに来なきゃいけないのですか?」
アマネの肩に乗せられ子猫は冒険者ギルドに連れて行かれた。
「どうせ王都に行くならついでに護衛の依頼を受けようかと思ってね。」
アマネは俺たちを王都に連れて行くついでに護衛の依頼を受けるつもりだ。懐も寂しいので金を稼ぐつもりなのだろう。
「お金ならエーリカが少しは出してくれると思うのですが?」
「いや、女二人と一匹の旅人なんて盗賊にしてみればカモにしか見えないぞ。商隊に紛れ込んだほうが安全だ。」
確かに王都までの道のりは魔獣などの危険が少ないが、逆に人間の盗賊が増えてくる。女二人旅なんて襲ってくださいと言わんばかりである。
「そうですね。アマネさんも結構考えているんですね。」
「あたいをなんだと思っているんだ。中級の上ランクの冒険者だぞ。」
「でも、一文無しで居候してるよね。」
「くっ、運が悪かっただけだ。おっ、この依頼が手頃だな。」
アマネは掲示板から依頼書を剥ぎ取る。
「えーっと、王都まで護衛の依頼で、求む魔法使いがいるパーティとなっていますね。」
「クラリッサがいるから条件は満たしているな。」
剣士と魔法使いの二人でパーティというのか疑問だが、まあ条件には合っている。
アマネは依頼書を持ってカウンターに行き、依頼を受ける旨を処理してもらう。
「今から依頼主の商会に行くぞ。」
アマネは子猫を抱きかかえると依頼主の商会の店に向かった。
◇
「女性二人のパーテイですか、魔法使いの方は?」
「今は別行動中だが、ちゃんと魔法使いはメンバーにいる。」
「そうですか…出発まで時間が無いので、そろそろあの依頼も取り下げようかと思っていたのですが、二人のパーティでも魔法使いの方がおられるなら、護衛をお願いします。ただ、魔法使いの方には、護衛の他に腐敗防止魔法を商品にかけてもらうことが必要となりまが、そちらの魔法使いの方は腐敗防止魔法を唱えられるでしょうか?」
アマネが子猫の顔を見るので、クラリッサなら唱えられると頷く。
「大丈夫だ。」
「ではお願いします。」
依頼主である商会の会頭はトルネという名前の四十代の小太りの男で、口ひげを蓄え小粋な帽子をかぶっているその姿は某ゲームの商人を彷彿とさせる。
(トル○コそっくりだよな。うん、きっと商売上手に違いない。)
トルネが王都に運ぶのはジャガンの街名産のワインで、王都ではかなり高値で取引されるらしい。ただワインを樽のまま運ぶと品質の劣化が起こるので、それを防ぐために腐敗防止魔法を掛ける必要がある。そのためだけに魔法使いを雇うのは高く付くため護衛と兼ねて募集したらしい。
ちなみに、腐敗防止魔法は薬瓶サイズであれば数年持つのだが、樽サイズだと数日しか持たないため、旅の途中でかけ直す必要が有る。
「出発は明後日なので、明日、魔法使いの方を連れて来てくれませんか?腐敗防止魔法が唱えられるか確認させてください。」
「わかったよ、しかし、出発は明後日かえらく急だな。」
「ええ、本当はもっと前に出発する予定だったのですが、魔法使いの手はずがつかなくて困っていたのです。あなた方以外にも魔法使いのいるパーティを雇っているのですが、そちらの魔法使いの方はあまり魔力が無いらしく、腐敗防止魔法を使うと護衛に支障が出るということなのです。納期も迫ってますし、それでも良いかと思っていたのですが、いやもう一人入っていただけるとは助かります。」
依頼を引き受けトルネと別れるとアマネと子猫は大急ぎで店に戻った。出発が明後日なのでその準備が必要だからだ。
店番をしていたクラリッサに状況を説明して、旅立ちの準備を整える。子猫は人間に変身すると携帯食糧などの消耗品と物を入れるための鞄などの購入に出かけた。
食料は商隊の護衛任務の場合は分けて貰えるのだが、それでも非常食を準備しておくのは冒険者として当然である。俺は干し肉や乾パンなどを買い込んでおく。
本当なら、嵩張るものはポケットに入れていけば良いのだが、今回は商人がいるので子猫のポケットから色々取り出すのはまずい。ある程度は鞄に入れて持って行く必要がある。アマネは持っているので、俺はクラリッサが担ぐ小さめの鞄を購入した。
買い物から戻ってくるとクラリッサが手際よく、荷物を整理し終えていた。
「後はご近所にエーリカの世話をお願いするだけ。」
「そういえばエーリカに明後日出発って言ってないね。」
俺は地下のエーリカに明後日には王都に出発すると伝えにいった。
「えらく急な出発ね~。」
「アマネが引き受けた護衛依頼が急ぎだったんですよ。エーリカの方は僕達が明後日出発しても大丈夫ですか?」
「問題ないわよ~。今までだって一人でやって来たんですもの~。」
実際、子猫とクラリッサが来るまでは一人でやっていたのだからなんとかなるのだろうが、普段の駄目生活ぶりを見ていると少し不安だ。
そこら辺はクラリッサがご近所のおばさんにエーリカの世話を頼んでいるから大丈夫だと俺は思うことにした。
◇
翌日はクラリッサを連れて再びトルネの商会を訪れた。
「えらく若いというか獣人の娘さんですが?彼女が魔法使いなのですか?」
「ああ、若いけど、クラリッサは魔法使いだよ。」
「それは、また珍しいですね。私も商売であちこちうろついてますが、そんな獣人聞いたことはないです。」
この世界の獣人が魔法を使う事は無いらしいので、トルネは驚いている。
「大丈夫、腐敗防止魔法を唱えられれば良いんだろ。」
「ええ、そうですね。魔法が唱えられるなら、獣人であることも年齢も関係ないですね。」
能力重視主義の商人さんはらしく、アマネの言葉にトルネは頷いた。
「クラリッサやってくれ。」
店の倉庫に積まれた樽の一つにクラリッサは杖を構え呪文を唱え始める。
「マナから生まれし清き力よ~この物に清浄なる力を与えたまえ~」
クラリッサが腐敗防止魔法を唱えると樽が一瞬光る。
「成功したようですね、これなら大丈夫です。しかし、この若さの獣人の娘が魔法を使えるとは驚きですよ。」
トルネはクラリッサを見て関心していた。
「ふふ、エーリカの弟子だからな。」
「えっ、もしかしてあのエーリカの弟子ですか?"野盗の天敵"の弟子ならそりゃ大歓迎です。」
自慢そうにアマネが言った言葉にトルネは大喜びであった。
(商人にまで知られてるって…まあ、この前の依頼でも盗賊をことごとく殲滅してたからな。)
クラリッサの能力を確認し護衛になることが決まったので、トルネは雇ったもう一つの冒険者のパーティと顔合わせをしてほしいと言ってきた。こちらとしても王都まで一緒にいく人の顔は知っておきたいので彼の提案に頷く。
俺達がトルネの案内で商会の店の応接室に入ると、そこに護衛の依頼を受けた五名の冒険者達がいた。
「ゴランさん、こちらが先ほどお話したもう一人の魔法使いのいるパーティの方々です。」
「へー、子どもと…アマネお前か!」
「げっ、ゴランお前か。」
アマネは冒険者のリーダーのゴランを見て驚いていた。
俺には何か厄介事が始まったような気がしてきた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。
申し訳ありませんが、もう一つの小説と交互に書いていくつもりでしたが、更新頻度少し落とします。今後は週1で更新することになりそうです。