"本の妖精"とネズミ捕り
短編です
子猫は"本の妖精"達と会ってから毎日伯爵家の城の書庫を訪れいてる。これは"本の妖精"との約束で彼らが読めない日本語で書かれた本を読んでやるためだ。
人間形態で城に入っても良かったのだが、毎回書庫に入る許可をニーナやハンナ夫人に取りに行くのがめんどくさくなったので猫の姿で忍びこむことにした。
鍵の方はこっそり粘土で型をとって合鍵をアントンに作ってもらったのだが、返ってきたのは同じタイプの鍵であればどれでも開けることができるという恐ろしい物が返ってきた。アントンは俺を信頼しているのだろうが、物凄い誘惑のアイテムである。
初めて猫の姿で書庫に入った時、リプラを筆頭とした"本の妖精"達はまるで怪獣でも来たかのような状態で逃げ回った。俺が逃げ惑うリプラを捕まえると彼女は恐怖のあまり気絶してしまった。
慌ててペロペロ舐めて起こしてやると、今度は泣き出してしまった。
俺だとリプラに納得させ、泣き止むまでかなり時間がかかってしまった。俺はメガネを外したリプラがお約束通りの美人であることにちょっと感動した。
「僕が使い魔の猫だって話していたじゃないですか。」
「そうだが、我々"本の妖精"にとって猫はネズミに次ぐ天的なノダ。」
"本の妖精"は本があるところに住む精霊人である。しかし羊皮紙の本があるところにはネズミも出没し、それを駆除するために猫が投入されることも多い。
人間に対しては"姿隠しの魔法"で隠れている"本の妖精"達だが、ネズミや猫にはこの魔法は効きづらく、昔から彼らとは死闘を繰り広げてきた(リプラ談)らしい。
(死闘って、さっきは逃げまわってただけじゃないか。)
アントン達もそうだったが、精霊人は基本争いを好まない。ただ、"本の妖精"は本が無いと生きていけないということで、その居場所を守るために戦いも辞さないらしい。
猫といえば、ラフトル伯爵の城にはリーシュという立派な猫がいるが、衣食住が保証され、平民より豪華な生活をしている彼女にネズミを退治することは出来ないだろう。
「今も我々はネズミと戦い続けているノダ。」
「…どうやって?」
「罠を仕掛けるノダ。」
リプラがいう罠とはチーズとロープを使ったトラップだったが、俺からするとこれではネズミは捉えられないだろうというか、ネズミを舐め過ぎな罠だ。輪っかになったロープの真ん中にチーズを置いてネズミが引っかかるとかありえない。
「マジですか、これでネズミ捕まるんですか?」
「…ごく、まれに、捕まる奴がいるゾ。」
「…"本の妖精"さん、あなた方が持っている本の知識にネズミを捕まえるってのは無いのでしょうか?」
「…毒という手もあるのだが、アレは危険なノダ。」
ネズミの駆除というとネコイラズとかのヒ素系の毒物を含む殺鼠剤が古くから使われているが、人体にも有害なため"本の妖精"達は使わないことにしているらしい。
「ネズミ捕りは無いのでしょうか?」
「ネズミ捕りとはなんダ?」
こちらの世界には機械式のネズミ捕りは存在しないらしく、リプラ達、"本の妖精"はその存在を知らなかった。後でエーリカとニーナにも尋ねて見たが知らなかった。
この世界は魔法がある為かバネや歯車などの機械的な物の技術があまり発達していない。
「えーっとですね、ネズミ捕りとは…」
俺はリプラ達にバネ式の物とかご式の物の二通りのネズミ捕りについて説明した。
「バネ式は残酷すぎル。かご式の物がほしいのだ。」
「僕には作れないので、知り合いに頼んでみますが、あまり期待しないでください。」
「判ったゾ。それより今日のノルマの本だ、ちゃんと読んでくれ。」
「はいはい、えーと今日は"三毛猫ルパンの冒険"ですか...。」
俺は今日もノルマとして渡された本をリプラ達に朗読してやるのだった。
◇
二日後、アントンに作成を頼んだ"かご式のネズミ捕り"が届いた。
かご式はバネがいらないので、そこら辺の鍛冶師でも作れるのだが、アントンに頼むと物凄い早さで作ってくれるのでついつい頼んでしまう。
アントンも俺が依頼するものはこちらにない物であり、彼の想像意欲を掻き立てると喜んで作ってくれる。ただ、アントンが作るものは合鍵の件を見れば判るように、斜め上の性能を持った物で有ることが多いのだが…。
"かご式のネズミ捕り"だが、本来餌をぶら下げるところには何もぶら下げる必要が無いとアントンの説明書きに有った。確かに餌としてチーズとかパンをぶら下げるのは衛生上も良くないので歓迎すべき改良点である。
しかし餌もなしにどうやってネズミが引っかかるのか説明されておらず、疑問に思いながらも書庫に仕掛けてみることにした。
「おお、これが"かご式のネズミ捕り"カ。まるで家みたいだダナ。」
ネズミより小さな"本の妖精"にとってはかご式ネズミ捕りは小さな小屋ぐらいの大きさがあった。
「ここをこうやって上げておけば勝手にネズミが中に入り込んでこの部分を触って捕まるって寸法ですよ。」
「なるほど、よく考えられてイル。だけどネズミはどうやってここに入ってくるノダ?」
「本当なら餌を吊るすんですが、こいつは吊るす必要が無いみたいです。明日までこのまま放置しておいてください。」
「判っタ。」
俺はリプラに使い方を説明して、一晩放置してもらうことにした。
翌日、俺が書庫に来ると"かご式のネズミ捕り"の周りに多くの"本の妖精"達が集まって騒いでいた。どうやらネズミが引っかかったなと俺が中を見てみると、"かご式のネズミ捕り"中にはリプラが捕まっていた。
「なぜネズミじゃなくてリプラが入っているんですか?」
「そ、それはだナ」
中からリプラを出して俺は事情を聞いてみた。
「この中がどうしても気になって覗いてみたら本が有ったノダ。おかしいなと思いつつ本を取りに行ったら閉じ込められてしまったノダ。そしたら本も消えてしまったノダ。」
リプラは本につられてこの中に入ってしまったらしい。そんな馬鹿なことがあるかと思って俺も籠の中を覗いてみると中には俺が欲しかったアレが入っていた。
「え?」
目をこすってもう一度中を覗いてもアレがある。絶対中に入らないサイズの物が有るのだ。
「なるほど。そういうことですか。」
この"かご式のネズミ捕り"は餌が要らない。それはこの中を見た人が思わず手を出したくなるような物の幻を見せる仕掛けが施してあるからだった。
ネズミじゃなくても入ってしまいそうになるのはさすがアントンと言いたいが、これではネズミより"本の妖精"達が引っかかってしまう。
俺は普通に作ってくれとアントンに再オーダーを出すことにした。
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