猫達の事情
すいません、次の話のプロットがちょっとまとまらなかったので、今回の更新は短編です。
俺の名前はリド、ジャガンの街の小さな宿で飼われている猫だ。自慢じゃないが俺はこの辺りの猫を仕切っている。野良犬も俺を避けて通り、トラジマのリドといえば泣く子犬も黙るという強面で通っている。
そんな俺の最近の悩みは、この辺りのボスである俺に挨拶も無く勝手気ままに街をうろつく子猫の存在である。
そいつは一年ほど空き家だった店に最近住み始めた獣人の娘の飼い猫だ。
猫は新しい土地に来たらその縄張りを取り仕切るボスに挨拶するのがしきたりだが、子猫は礼儀知らずにも俺のところに挨拶に来ていないのだ。
子猫だからしばらくは大目に見ていたのだが、いつまで待っても挨拶に来ない子猫に俺は業を煮やし、見つけ次第連れてくるように手下の野良猫共に命じた。
手下の野良猫は店を見張り、子猫が出てきたら首根っこを捕まえて俺のところに連れてくるだけの簡単な仕事のはずなのだが、なかなか連れてこない。
どうしてそんな簡単なこともできないのだど手下どもを叱りつけると、
「リドさん、あの子猫はただもんじゃありませんぜ、後をつけてシメてやろうと思ったら、角を曲がった瞬間に消えちまいやがった。」
「リドさん、あいつ獣人の小娘と普通に話してましたぜ。ありゃ普通の猫じゃないんじゃ?」
「リドさん、あいつ子猫のくせに屋根の上を飛び回ってましたぜ。ありゃきっと魔獣に違いないです。」
「リドさん、この前変な服を着て二本足で立ってましたぜ。」
変なことばかり言いやがる。手下の野良猫の話がだんだんおかしくなってきたので、最後の奴には爪で背中に網目模様を書いてやった。
手下に任せていても埒が明かないと思った俺は、子猫を直接シメることにした。
店の前で待つこと二日、俺はフラフラになりながらも子猫が出てくるのを待った。しかし子猫の奴は出てこない。
奴が飼い主と共に旅に出ていることを知ったのは、待ち伏せを続けて空腹で倒れてしまった後であった。
一ヶ月後、手下から子猫が店に戻ってきたという話を聞き、俺は再び奴をシメるために店に出向いた。
店の中を除くと籠の中に子猫が寝ていた。これなら待っていれば出てくるに違いないと俺は店の前の通りで奴が出てくるのを待つ。
数時間後、空腹を覚え始めた頃にようやく子猫は店から出てきた。俺は奴の前に立ち塞がり声をかけた。
「ちょっと付いて来い。話がある。」
子猫は驚いた顔をして俺を見つめた。
「お、大きいですね。もしかしてこの辺りのボスさんでしょうか?はじめまして僕はプルートと言います。」
子猫はまるで人間の様に自己紹介をしてくる。俺は少し毒気を抜かれ、ヤツに挨拶を返してしまった。
「おう、俺はこの辺りのボスのトラジマのリドってもんだ。」
「それで、僕にどのような御用で?」
「お前に猫の仁義ってもんを教えてやろうかと思ってな。ちょっとついてきな。」
俺は子猫を引き連れ手下の野良猫をシメるのに使っている路地に入っていった。
「猫の仁義って?田舎者なので都会のことはよくわからないのですが、何が必要なのでしょうか?」
「子猫のくせに俺に怯えもせずに堂々と後をついてきた度胸は褒めてやるが、お前は俺をコケにしすぎた。少し痛い目に会ってもらうぞ。」
「え?」
俺はそう言って子猫に襲いかかった。怯える子猫の顔に俺の爪が振り下ろされる。
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数分後ズタボロになった俺は子猫、いやプルートの魔法で傷を治してもらっていた。
「うっ、くぅ、こんな子猫に負けるなんて、俺もヤキが回ったもんだ。」
「いえいえ、貴方は強かったですよ。僕が普通の猫だったら貴方には勝てませんでした。クロスケさんと同じぐらい強い猫は初めてです。」
「クロスケ? しかし、魔法で傷を治せるなんて、本当にお前は猫なのか?」
「まあ、純粋な猫とは言えないかも、僕は使い魔で"好奇心の女神"の神官ですから。」
プルートの言葉に俺は驚いた。使い魔ってのは猫の間では伝説の存在だ、めったに会えるもんじゃない。しかも使い魔だけじゃなく神官だって。俺が勝てないわけだ。
「俺の完敗だ、この辺りのボスはお前だ。」
「いや~、猫のボスって僕には無理ですから。リドさんが引き続きやってくださいよ。」
「強いものがボスというのがルールだ。」
「うーんと、じゃあ、僕がボスでも良いです。リドさん貴方は副ボスとして僕の代わりにこの辺りを仕切ってください。」
「…それで良いのか?」
「ええ、僕はそれで良いです。ああ、できれば今度この辺りの猫達を集めてください。ちょっとお話したいことがありますから。」
「判った、お前の言うとおりにしよう。」
こうしてリドはプルートの軍門に降ったのだ。
◇
「いきなりボス猫が襲ってくるとは思っても見ませんでした。でもお陰でこの辺りの猫を"好奇心の女神"の信者に仕立てあげれそうですね。女神には悪いですが、動物のほうが勧誘が楽なんで助かります。」
子猫は信者拡大ができることにほくそ笑むのだった。
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