ラグナ殿下自殺未遂事件(4)
「そうですか、"好奇心の女神"を知っていませんか。マイナーな神様ですから…。」
「うむ、本に書かれていない神様などしらナイ。本に書かれていないということはそんな神様はいないノダ。」
どうやら"本の妖精"は本に書かれている事が全てという種族らしい。
(今度"好奇心の女神"の聖書でも作ってみるか。そうしたら女神を信じてくれるかな?)
「"本の妖精"さんは本に詳しいのでしょうか?僕たちはこの書庫で探している本があるのですが、もし知っておられたら教えてくれませんか?」
「この書庫の本のことならなんでも知っていルゾ。」
「伯爵家が街の地下に作った隠し倉庫について書かれている本を探しているのですが、ありますか?」
「うむ、それならこっちにあるのダ。貴様には怪我を直してもらった恩もある、特別に案内してやるゾ。」
リプルは俺の質問に即答した。本当に"本の妖精"はこの書庫の事は熟知しているみたいだ。
俺はリプルを肩に乗せて案内をしてもらうことにした。
リプルは俺を書庫の奥の方に案内して行く。
「この書庫にはどれぐらい本があるのですか?」
「八万四千三百五十一冊あるノダ。すごいだろウ。」
(市立図書館くらいだな。印刷技術のない世界だし、本当はすごい数なんだろうな。)
「すごいですね。しかも"本の妖精"達が全て整理整頓しているのですか?」
「そうだ、しかし最近はここを訪れる人も少ないし、新しい本も入ってこないので退屈なノダ。」
リプリの話によると、今のラフトル伯爵家の人たちはあまり本に興味が無いのか書庫を利用しないらしい。唯一の例外がラグナ殿下で彼だけはここによく入って本を読んでいたようだ。
「彼の事はよく知ってイル。子供の頃からここに来てよく本を読んでいたゾ。」
「じゃあ、最近彼の読んでいた本も知っていますか?」
「今向かっているところにあるゾ。」
やはりラグナ殿下はこの書庫であの隠し倉庫のことを見つけたようだ。リプルが案内した先には伯爵家の歴史が綴られた本が数十冊置かれていた。
「これが彼の読んでいた本ダ。」
リプルが教えてくれた本を取り出して開いてみる。書かれているのは隠し倉庫の場所とトラップ、そして扉の開け方、中に収められている物品の目録だった。
目録を見ていくと"チャイルドメーカ"が載っている。
(ビンゴ!これであの倉庫に入れる。)
「この本をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「なくされるとこまるのダガ。書庫からの本の持ち出しはやめてほしいノダ。」
「気をつけます。なんなら"好奇心の女神"に誓いますが。」
「だから、そんな女神は知らないノダ。本が減るのは悲しい事なノダ。」
リプルは新しい本が入ってこない状況で本が無くなるのが悲しいようだ。困ったなと何気なく辺りを見回していた俺は変わった本が積み重なっているのを発見した。いやこの世界では変わっているが元の世界ではありふれたものだ。
「紙の本? しかも日本語で書かれているじゃないか。」
俺は久しぶりに見た日本語に感動を覚え、本のページを捲った。
「紙とは?羊皮紙と違うノカ。それにお前はそれが読めるノカ?"本の妖精"で読める奴がいないので内容がわからず整理ができなくて困っていたノダ。」
「うん、僕は読めるよ。しかしなぜこっちの世界にこの本があるんだろう。」
「数十年まえ、当時のラフトル伯爵が珍しい本ということで入手してここに運び込んだノダ。」
「え?数十年前?」
十数冊の本は年代もジャンルもバラバラであったが、中には俺が転生する数年前に出版されたラノベも入っていた。本が入手された数十年前という時間とは一致しないことに俺は疑問を感じた。
(どういうことだろう…。時間が一致しないのはなにか理由があるの……)
俺が悩んでいるところにリプルは話しかけてきた。
「この本が読めるなら我々に協力するノダ。我々はこの本を読んで整理したいノダ。」
「……うん、それは手伝ってあげるけど、そのお駄賃にこの本を借りても良いかな?」
「………仕方ないノダ。内容がわからず放置されていた本の整理ができるなら、仲間たちも了解してくれるノダ。」
俺はどうせ悩んでもわからない、本の年代が合わない問題は後で考えることにした。
(女神にでも聞くしかないんだろうな。)
「まずはこれを読むノダ。」
リプルは俺に読んでほしいと言って本を一冊差し出した。紙の本は軽いから"本の妖精"が一人でも持ち上げられる。
「時間が無いから読むのは一冊だけですよ。えーっとタイトルは、"吾輩は猫である"………ですか。」
使い魔に転生した俺にとっては微妙なタイトルの本であった。いつの間にか俺の周りに"本の妖精"達が集まってきてまるで子供に本を読んで聞かせる会の様になっていた。
◇
「ふぅ、疲れた~。」
一時間半ほどで本を読み終え、また来ることを約束させられて、"本の妖精"から俺は解放された。
「プルート、何処にいたの?」
「探したのよ~」
「書庫で行方不明になるのはやめてください。」
どうやら俺が"本の妖精"達に本を読んでいる間は彼女たちに俺の姿が見えなくなっていたらしい。"本の妖精"のことをエーリカ達に話すか迷ったが、アントンのことはエーリカ達も知っているし、ニーナは伯爵家の娘だから彼らの事を知っていても問題が無いと思って話すことにした。
「"本の妖精"という小人さんと知り合いました。お陰でこれを見つけましたよ。」
俺は隠し倉庫について書かれた本をエーリカ達に差し出した。
「「「本の妖精?」」」
彼女達に"本の妖精"と書庫の関係を話すと驚いていた。
「ラフトル伯爵家の城の書庫にそんな秘密があったなんて。」
「じゃあ、"本の妖精"に頼めば本の場所がわかるのね~。なんてすごいことかしら~。」
エーリカは興奮して俺の襟元を握ってガクガクと前後に揺する。いくら整理されているとはいえ、数万冊の本から目的の内容の本を人力で探すのはものすごく大変なのだからエーリカが興奮するほど喜ぶのもよくわかる。
「う、うん、エーリカが彼らを見つけることができたらね。」
「…見つけないと駄目なの~。」
"本の妖精"達を見つけることができないエーリカでは本を探してとお願いすることはできないだろう。orz状態でエーリカは一気に凹んでしまった。
「エーリカ、書庫の事は後にして隠し倉庫の方に向かいましょう。」
僕は目録に"チャイルドメーカ"の解毒剤があるのを見つけている。早くとってきてラグナ殿下に飲ませたほうが良いはずだ。
落ち込んでいるエーリカを引きずるようにして俺達は隠し倉庫に向かった。
「ラフトルが命じる扉よその戒めを解き放て。」
本を片手にニーナが合言葉を唱えると隠し倉庫の扉がきしんだ音を立てて開いた。かび臭いというか何か薬品の臭い空気が中から漏れてくる。俺達は倉庫の中に踏み込んだ。
「すごいわ~。」
エーリカが感嘆の声を上げうっとりとした目で中を眺めていた。倉庫の中は棚が立ち並び、ポーションが入った壺や小瓶がところ狭しと並べられている。どれも貴重なポーションであり、とても値段が付けられないような物が多いのだ。
「エーリカおばさま、感心していないで解毒剤を探してください。」
「はっ、そうだったわね~。」
エーリカは我にかえると棚を物色し始めた。
「あった、これだわ~。」
三十分程探しまわって、エーリカの手に"チャイルドメーカ"の解毒剤の小瓶が握られていた。
「ああ、これでお兄様が助かるのね。でも…。」
ニーナは喜びの声を上げた後、何故か少し悲しそうな顔をした。
「これでお兄さんは治るんですね。早く飲ませてあげましょう。」
エーリカが物欲しげに倉庫の中を見ていたが、俺が引きずるようにして地下から引っ張り出し、城に向かった。
◇
ラグナ殿下の部屋に入ると、解毒薬が見つかったのを聞いてハンナ夫人とヘンリエッテ夫人、エルナ嬢と伯爵家の女性陣が待っていた。ラフトル伯爵は領地の視察で出かけており、不在であった。
「エーリカ、解毒薬が見つかったんですって?」
「そうよ、これだけど、飲ませちゃってよいかな~。」
不思議なことにエーリカはみんなに解毒剤を飲ませるか尋ねたのだ。集まった女性陣が微妙な顔で頷く。
(なんで解毒剤を飲ませるのに確認を取るんだろう。さっさと飲ませれば良いのに?)
「飲ませないとラグナが死んでしまうのですよね。早く飲ませてください。」
「うう、お兄様の命には代えられませんわ。エーリカおばさまお願いします。」
「お兄さま早くお目覚めになって。」
何故か全員涙ぐんで、ハンカチで目尻を押さえている。エーリカはみんなの声にうなずき解毒薬を持ってラグナ殿下の眠るベッドに近づいていった。
ベッドに眠るラグナ殿下は更に若返っており、十歳前後の姿になっていた。まさに眠れる美少年。男の俺でも目が吸い寄せられてしまうような美貌であった。細やかな金髪にすうっと通った目鼻立ち。日焼けを知らぬ色白の肌。
エーリカは彼の口に小瓶をあてがい、解毒剤を流し込んだ。
そこからはまるでビデオが早送りされた様にラグナ殿下の姿が変化した。
十歳から十二、十四、十六…二十歳へとその姿は変わっていく。
十歳で絶世の美少年、十六で美少年、十八で青年、そして二十歳で………目の前にはどう見ても金髪マッチョの○ーミネータ(初代)さんが眠っていた。
(どうしてこうなった。)
伯爵家の女性陣はラグナ殿下が助かって嬉しいが、美少年が消え去ってしまったことが残念という微妙な表情であった。俺もラグナ殿下のあまりの変わりように唖然としていた。
人間どうやればあんなふうに変われるのか、まさに悪い意味での奇跡を見たような気がする。
「あれ、僕は?」
ラグナ殿下は毒の影響から脱したのか目を覚ました。期待を裏切ってえらく可愛らしい声で彼は驚いていた。
「ラグナ、貴方は毒を飲んでずっと寝ていたのです。」
「毒? 僕が飲んだのは子供の頃に戻れる魔法薬だったはず。」
「ラグナ~、"チャイルドメーカ"は飲んだ人を子供の姿に変えちゃうけど、最後には死んじゃう毒薬なのよ~。」
「エーリカおばさま、なぜこちらに……ヒィ痛いです。」
失言をしてしまったラグナ殿下にエーリカのアイアンクローが決まっていた。
「ラグナ、貴方はなぜ"チャイルドメーカ"を飲んだのですか?」
「母上、そ、それは……」
ラグナ殿下は今回の毒による騒動の顛末を語りだした。ラグナ殿下は日頃から自分の容姿が伯爵家の女性陣に受けない、というか避けられていることに悩んでいたらしい。今のラグナ殿下の容姿は男らしく、伯爵や兵士、配下の貴族たちにはウケが良い。しかし彼の小さい頃を知っている人、特に女性陣からはものすごく残念がられているのだ。
そして極めつけの出来事がニーナの婚姻が決まった時の彼女との喧嘩での言葉だった。あれによりラグナ殿下は昔に戻りたいと考えてしまったのだ。彼は城の書庫でそんな魔法薬が無いか調べはじめ、そして隠し倉庫について書かれている本を見つけたのだ。
そこには"チャイルドメーカ"について簡単に子供の姿に戻す薬としか書かれておらず、ラグナ殿下はそれを信じて飲んでしまったというのが今回の事件の真相であった。
「馬鹿ね、どんな姿になってもラグナはラグナよ。」
「そうですわお兄様。どんな姿であってもニーナはお兄様を敬愛しておりますわ。」
伯爵家の女性陣が次々にラグナ殿下を慰めてているが、解毒薬を飲ませる前のやりとりと姿を取り戻した時の残念そうな顔を知っている俺は、生暖かい目でその光景を見守るのであった。
「プルートがどんな姿でも関係ないよ。」
そんな光景を見て、クラリッサがこっそり僕にささやいてきた。
城からの帰り道、エーリカが少しさびしそうな表情だったので、俺は聞いてみた。
「エーリカ、もしかして僕が使っている変成の魔法の魔法陣はラグナ殿下の為に作ったのでは?」
「やーね~、そんなわけないじゃない~。」
エーリカは寂しそうに笑いながら肩を落として歩いて行くのだった。
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