表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/148

ラグナ殿下自殺未遂事件(3)

2/15 検知などできるわけもなので -> 探知などできるわけもないので

 階段を十メートルほど降りると、石造りの地下通路が街の方向に向かって伸びていた。厚く埃の積もった通路の上にラグナ殿下のであろう足跡がついている。


「プルート、真っ暗だね。」


 子猫(おれ)にはあまり暗く感じられないが、人間のニーナにとっては足元も見えないぐらい暗いのだろう。


「マナよ集いて明かりとなれ、ライティング」


 子猫(おれ)明かりの魔法(ライティング)を唱えて通路を照らした。


「ありがとう、プルート。」


 ニーナは子猫(おれ)を抱き上げたが、そこから子猫(おれ)はするりと飛び降りる。


「お兄さんが通ったとはいえ、どんな危険があるかわからないんだから、ニーナは僕の後についてきてね。」


 ニーナは不満気な顔をしているが、こういった地下の通路には罠があるのがお約束だと俺は考えている。お姫様なニーナに罠の探知などできるわけもないので此処は子猫(おれ)が先に進んで行くのが当然である。





 地下通路はライティングの明かりの範囲を超えて真っ直ぐに街の方に延びていた。子猫(おれ)は罠を警戒してラグナ殿下の通った足跡の上を歩きながら進んでいく。


(足跡が不自然に乱れているな。多分罠を避けた為に違いない。)


「ニーナも僕と同じ様に足跡をたどってね。」


「え?」


 子猫(おれ)の忠告は少し遅かった。ニーナは足跡が不自然に避けている石畳を踏んでしまった。

 ガコッと音がすると石畳が下に沈み落とし穴が出来上がり、ニーナは落ちていく。


「ひぃーっ!」


 間一髪で子猫(おれ)の伸ばした魔法の手(触手)がニーナを捕まえた。

 ニーナを引っ張りあげて下を見ると槍衾になっており、いつの頃からあるのか白骨が槍に刺さっていた。


「ニーナ、足跡が着いている石畳だけを辿ってね。それ以外はさっきみたいな罠かもしれないから。」


「は、はい。」


 落とし穴の底を見てニーナはガクガクと首を縦に振った。本当なら三メートルの木の棒を取り出して進むとろこだが、殿下の足跡をたどれば罠にはかからないはずだ。子猫(おれ)は慎重に進み始めた。


 百メートルほど進んで通路は直角に曲がっていた。足跡をたどり曲がって行くと二十メートルほど先に扉があり、足跡はそこに続いていた。

 子猫(おれ)とニーナは扉の前に辿り着いたが、扉はノブも取っ手も鍵穴もない無い奇妙なものであった。子猫(おれ)は慎重に押したりスライドさせようとしてみたがびくともしなかった。


「プルート、この扉はどうやったら開くのでしょうか?」


「お約束としては合言葉ですが…間違った合言葉だと罠が発動するおそれがありますから…「扉よ開け」…迂闊に言わないでって…うぁ!」


 ニーナが適当に叫んだ合言葉に反応したのか扉の上に穴が空き通路幅一杯の石の球がゆっくりと滑り落ちてきた。


「ひぃいいい。」「ニーナのバカー」


 ○ンディー・ジョーンズの映画で有名な石の球の罠に引っかかった子猫(おれ)とニーナは全速力で通路を駆け戻った。

 幸いなことに長い間放置されていた為か石の球はゆっくりと通路を転がってくれたので、俺達は押しつぶされず、石の球は曲がり角で開いた別な穴に吸い込まれていった。


「はぁ、はぁ、ちゃんと僕の言うことを聞いてください。」


「ひぃ、ひぃ、ふぅ………判りましたわ。」


 扉の上の穴はすでに閉じていたが、合言葉を間違うたびにまた石の球が降ってくることは間違いないだろう。


「はぁ……あの扉は正しい合言葉が判るまで近づかないほうが良いですね。」


 子猫(おれ)とニーナは地下通路を出た。椅子を元に戻し通路を隠すと、暇そうに草を食べていたテイオーに乗り城に戻ることになった。





「ニーナ、僕はあの地下の通路はラフトル伯爵家に関係のある、おそらく隠し倉庫じゃないかと思うんですが?」


「そーね、こんな街の傍にあって、しかもお兄様が知っていたということは伯爵家に関係のある場所ですわね。」


「それならば、伯爵家にあの通路と扉の先の事について何か言い伝えとか書き記したものとかあるのでは?」


「そうですわね…お父様はそういったことには疎くて、お祖父様なら良く知っておいでだったらしいのですが、私が物心付く前に亡くられたので…お兄様ならお祖父様に可愛がられていたそうですから、そういったことは良く知っておいでなのですが…。」


「そのラグナ殿下が倒れているのだから聞けないね。後は誰か知ってそうな人は?」


「お母様は王都から来られたので知っておられないでしょうし…。」


 子猫(おれ)とニーナはテイオーの背中で揺られながら何か手がかりが無いか考え込んだ。


「そういえば殿下はよく書庫に入っていたと聞きましたが、城の書庫にはそういった書物は無いのでしょうか?」


「そちらもお兄様なら良く知っておいでなのですが、私はほとんど入ったことが無くて……そういえば、エーリカおばさまは城の書庫に入っておられたはず、もしかしたら何か知っているかも。」


 エーリカに会うために子猫(おれ)とニーナは店の方に向かった。





 店ではクラリッサが暇そうに店番をしていたが、子猫(おれ)がやってきたのを見て嬉しそうに駆け寄ってきた。


「プルートどうしたの?」


「エーリカに会いに来たんだけど、まだ篭ってる?」


 エーリカは今日もずっと部屋に篭っているらしい。子猫(おれ)は地下にある彼女の部屋に向かった。

 子猫(おれ)が扉をノックしても返事が返ってこなかったので、鍵が掛かっていないことを確認で扉を開けて中に入る。


みゃっ(うぁっ)!」


 初めて入るエーリカの部屋の物凄さに俺は驚いて声を上げてしまった。部屋は薬品や本や実験器具が散乱し、おそらく魔法薬の作成に使うのだろう魔法陣を書いた羊皮紙や床そのものにも魔法陣が多数描かれており足の踏み場もない状態だ。そんな中エーリカは子猫(おれ)が入ってきたのにも気付かず、何かの薬品を小さな炉を使って煮詰めていた。

 エーリカが沸騰した鍋をかき回す姿はまさに魔女であった。沸騰した鍋に何かの液体を入れるとモクモクと煙が立ち上がり、鍋の中で小さく爆発が起こった。立ち上がった爆風でエーリカは顔が真っ黒になり髪の毛がチリチリになっていた。


「あーダメダメよ~。やっぱり残っていたポーションの量が少なすぎるの~。」


 エーリカはチリチリになった髪の毛をバリバリと掻きむしりながら部屋の中をゴロゴロと転げまわった。どうやらラグナ殿下の残した小瓶から"チャイルドメーカ"の調査・研究をおこなっているのだが、上手く行ってないようだ。


「エーリカ、少し話があるのですが?」


「あれ、プルート、ここに勝手に入ってきちゃ駄目じゃないの~」


 ようやく子猫(おれ)に気付いたエーリカが子猫(おれ)の首筋を掴んでつまみ出そうとする。


「ちょっと待って下さい、エーリカにお聞きしたいことがあるのですが。」


「えーっ、忙しんだから手短にね~。」


 俺は街の外にある隠し通路とその先の扉のことをエーリカに話した。


「うーん、それだけ罠に守られているなら大事なものがあるのかもね~。もしかしたら"チャイルドメーカ"もそこにあったのかしら~。」


 エーリカは少し考えこんでいたが、手近のタオルで顔を拭くと子猫(おれ)を抱きかかえて部屋から出た。


「城の書庫で隠し倉庫について調べるわよ~。」


 エーリカは子猫(おれ)とニーナ、そしてクラリッサを連れて城に向かった。

 クラリッサを連れてきたのは書庫で調べ物をするお手伝いのためである。ようやく子猫(おれ)と一緒に行動できるのでクラリッサはごきげんであった。


 今回、猫のままで本を読むのはさすがに不味そうなので、俺は人間に変身して城に入ることにしたのだが、それは失敗だったかもしれない。

 城に入って書庫に入る許可を得るために…ラフトル伯爵は外出しておりいなかった為…ハンナ夫人に会いに行ったのだが、ラグナ殿下と間違われ「目が覚めたのね」と抱きつかれてしまった。また城の廊下で出会ったヘンリエッテ夫人とエルナ嬢にも同様に抱きつかれたのでクラリッサが一気に不機嫌になってしまったのだ。


 この世界は綺麗に映る鏡が無いので自分の姿がよくわからなかったが、俺の人間の姿はラグナ殿下の若い頃にそっくりだということがよくわかった。人間形態の容姿はエーリカが魔法陣に設定したものなので、完全に彼女の趣味で設定されている。


(確かに寝ていたラグナ殿下は美少年だったな。エーリカはあんな感じの少年が趣味なのかな?)





 「これが全部本なのか。」「本がいっぱい」「本だらけですわ。」


 書庫に入った俺達はその膨大な本の量に立ちすくんでいた。

 ラフトル伯爵家はジャガンの街の六百年を超える千年の歴史を持つ。書庫にはその歴史や伯爵家の人たちが集めた知識が本となって収められており、その数は莫大な量となっている。書庫には少なく見積もっても数万冊の本が本棚や木の箱に収められている。

 この中から必要な情報を探しださなければならないのだが、どこから手を付けてよいか俺には皆目検討がつかなかった。


「エーリカ、これは無理だろ。」


「プルート~、いきなり挫折しちゃ駄目でしょ~。」


 orz状態になりかけていた俺をエーリカが抱き起こしてくてた。


「ちゃんと整理されているからね~大丈夫よ~。」


 エーリカ曰く、この書庫ではマジックアイテムと精霊の力で本がきちんと整理されることになっているらしい。しかも本には腐敗防止魔法(プリザベーション)状態停止魔法(ステイシス)の魔法がかけられており、どんな古い本でも読むのに支障が無いレベルの状態を保っているらしい。


「何そのビブロフィリア(愛書家)の理想郷。」


「ビブフィ?、よくわかんないけど~、本はジャンル毎に整理されているから棚を調べていけば目的の本が見つかるはずよ~。」


「え? 目的の本が勝手に出てこないの?」


「本は整理されるだけで、探すのは自分の力でやるしかないわよ~。」


 結局数万冊の本がどんなジャンル分けされているか、何冊あるかは本棚をみて判定するしか無い。一応ジャンル毎にこの世界の文字で順番に並んでいるので、手に取ればその棚が目的の本があるかどうかぐらいはわかる。ただその棚がものすごい数なのだ。


「地道にやるしか無いということか。」


「プルートがんばろう。」


 エーリカの指示の下調査するエリアの分担を決めて本を調べ始める。




「ここは魔獣についての研究書というか図鑑?だな。」


 俺が担当した部分にはラフトル伯爵領とジャガンの地下迷宮(ダンジョン)で遭遇する魔獣の種類と生態に付いて図入りで書き記された本が置かれていた。非常に興味をそそられたのだが、目的の本ではないので後で読ませて貰おうと場所だけ記憶しておく。


「またか?」


 本を調べている時から気になっていたのだが、この書庫には視界の端をちょろちょろと動く小さな物がいるのだ。ネズミとかGの類かと思ったが少し異なるようだ。


「あっちの方に向かったな、先回りしてみるか。」


 しのび歩きで動き回っている物の先回りをしてそっと覗いてみる。そこには本を数人で持ち上げて運ぶ小人がいた。


「精霊人?こんなところで何をしているのでしょうか?」


 俺が声をかけると小人たちは本を落として慌てて逃げ出した。そのうちの小さな一人が転んでしまったので俺はそいつを捕まえた。


「ひぃぃ、人間に見つかるなんて。これは大変なことデスよ。」


「人間め、リプラを離すノダ。」


 ネムの村の洞窟であった精霊人のアントンは小さなドワーフといった姿だったが、俺が捕まえた精霊人は人間をそのまま小さくしたような姿であった。俺が手に持っている精霊人は少女で大きなメガネをかけ、大きな帽子かぶりリュックを背負っている。ぐったりしているので強く握りすぎたかと思ったが、どうやらこれは死んだふりをしているようであった。


「おーぃ、起きろ~。」


・・・・・・・(死んでマス)。」


「死体は普通喋らないよ。別にとって食わないし、精霊人に合うのは初めてじゃないから安心してね。」


 そう言うと彼女(リプラ)は恐る恐る手の中で起き上がった。肩までの青い髪に白い肌でスラリとした手足、メガネのせいで容姿は分からないが○カちゃん人形のような精霊人であった。


「私達は精霊人ではありません。"本の妖精"です。」


「……そうなのか?」


「精霊人などという呼び方は人間が勝手につけたものデス。私達は"本の妖精"デス。」


「…理解ったが、君たちはこんなところで何をしているの?もしかして本を盗みに来た…。」


「違いマス。我々は本を整理しているのです。」


 リプルの話によると"本の妖精(精霊人)"はこの城を作ったラフトル伯爵と知り合い、この書庫を住処とする代わりに本の管理をするという契約を結び、以後数百年に及びずっとこの書庫で本の整理をしながら暮らしていたそうだ。

 本だけで"食料は"とか"飽きないの"とか思ったが"本の妖精(精霊人)"は本さえあれば生きていけると力説されてしまった。

 後で聞いたが城の台所から食料を取って来ているらしい。これも契約に入っているそうだ。


「我々の姿を見ることができる人は何百年ぶりダ。」


「”姿隠しの魔法”だっけ?あれ僕には効かないみたいだから。ああ、君怪我してるね。」


 リプルが転んで膝を擦りむいていたので回復の奇跡で直してやると彼女はびっくりしていた。


「なぜ獣人が神聖魔法を使えるノダ。」


「僕は実は獣人じゃないんだ。これは魔法で変身しているだけ。本当は魔女の使い魔の猫なんだよ。」


「いや、それは酷い嘘ダ。使い魔であっても神聖魔法は使えないハズ。」


「僕は使い魔だけど、"好奇心の女神"の神官でもあるんです。」


「そんな女神知らナイ。」


 本が好きということは、知識も豊富で好奇心もあるだろうに、"好奇心の女神"は知らないのか。本当にあの女神はドマイナーだな。

 俺は"本の妖精(精霊人)"に"好奇心の女神"を信仰させれないか考え始めた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ