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ラグナ殿下自殺未遂事件(2)

 ラフトル伯爵家では家族はなるべく一緒に食事を取る事が習わしだった。家長のディルクは忙しく家に居ないことが多いのだが、それでも城に居るときは必ず全員で食事を取る。

 そんなある日の夕食の時だった。


「ニーナ、お前の嫁ぎ先が決まった。」


 唐突にディルクが発表したニーナの縁談話に全員が驚いた。


「あなた、エルナではなくニーナなのですか?」


 ハンナ夫人は十八歳と貴族の女性としてはすでに行き遅れの感のあるエルナではなく、十四歳のニーナに縁談を持ってきた夫に理由を尋ねた。


「うむ、相手の年が十歳なので、エルナでは年が釣り合わんのだ。」


 十歳と十四歳の婚姻とはかなり早すぎな気もするだろうが、貴族の間ではこの程度は普通にある話で、歳の差が二十以上離れた結婚も普通にある。しかしこの場合エルナでは相手が成人(十五歳)した時には二十三歳となり子供を作るにはちょっと遅いということでニーナが選ばれたのだ。


「父上、ニーナの相手はどこの方なのでしょうか?」


「ラグナ、お前の相手はバーノル伯爵の長男オーベール様だ。」


 ディルクの発言にその他の家族の表情が凍りついた。

 バーノル伯爵はラフトル伯爵家と隣同士であり、先祖代々領地の境を巡って争ってきた間柄である。配下の貴族達もそれに巻き込まれ、小競り合いによって人も多く死んでおり、普通に考えればその伯爵家同士での縁談は無い。

 しかし、ディルクは常々バーノル伯爵との関係改善を行いたいと考え、家族にもそれを言っていた。つい先日王都に出向いた時にバーノル伯爵当主とパーティで出会い、その場で何とかして両家の関係を改善したいと話をしたところ、バーノル伯爵もそれならばと跡継ぎの息子の嫁としてラフトル伯爵の娘を貰いたいという話になったのだ。


「あなた、バーノル伯爵家との婚姻は無理がありすぎるのでは。向こうは家臣の方々が黙ってはいないと思うのですが?」


「ハンナ、バーノル伯爵がそちらは抑えてみせると言っていたのだ。」


「ディルク様、うち(ラフトル伯爵)も家臣が黙っていないと思いますが。」


「ヘンリエッテ、儂は家臣には常々バーノル伯爵家との関係改善をしたいと言っておったのだ、ちゃんと話せばわかると思うがな。」


「…あなたは少し足元を見てください。」


 :


 夫婦で口論が続く中、ようやく自分の縁談話という衝撃から抜けだしたニーナは大好きなお兄様にすがるような目付きで相談していた。


「お兄様は私の縁談には反対してくれますよね。」


「…ニーナ、私はこの縁談は危険ではあるが両家にとっては良いことだと考えている。」


「え、ええっ、お兄様は私がお嫁にいってもよろしいとおっしゃるのですか?」


「そ、そうではないが、貴族であるからにはそういうことも覚悟しなければならない。」


「昔は私をお嫁さんにしてくれるとおっしゃっていたのに…お兄様は、昔と体も心も違ってしまわれました。そんなお兄様なんて大っ嫌いです。」


「ニーナ、いやそれは…」


 :


 ニーナは食堂から飛び出し出発の日までずっと自分の部屋に篭ってしまった。だから、ラグナ殿下とは仲直りしないままバーノル伯爵へ旅立ったのだ。





「というわけですが…。」


 ニーナとラグナ殿下の喧嘩のあらましを聞いた子猫(おれ)は考え込んだ。


(うーん、妹に嫌いと言われるのは辛いかもしれないが、殿下が自殺を図るほどの内容じゃないよな?それともラグナ殿下は物凄いシスコンで、すごいショックを受けたのだろうか?)


「ラグナ殿下がニーナをお嫁さんにすると本当に言っていたのですか?」


「それは私が六歳ぐらいの頃の話ですから、今ではお兄様も冗談でおっしゃったことぐらいわかっています。あの頃はお兄様はほんと素敵で、私はお兄様にお嫁にしたいと言われてほんと舞い上がってましたが、さすがにこの歳になればそれが無謀なことぐらいわきまえております。」


 どうやらラグナ殿下=重度のシスコン説は無いようだ。では原因は他にあるのだろう。今日わかったことで関係ありそうなこととしてはラグナ殿下が薬学に詳しそうということだが、こちらについてニーナに聞いてみた。

「ニーナ、ラグナ殿下は薬学に詳しい人だったのでしょうか?」


「薬学ですか?……そうですね、お兄様は文武両道の方でしたが、どちらかと言えば家の中で本を読んでおられたり庭で草花を育てたりするほうがお好きな方でした。薬学に興味を持たれたのはエーリカおばさまの影響かもしれませんね。お兄様はエーリカ様にかなりなついておられたようですから。」


 なるほど、エーリカの影響なのかと子猫(おれ)は納得しかけ…戸惑った。


「エーリカになついていた?ラグナ殿下が?」


「ええ、そうですわ。小さい頃からエーリカおばさまは私達とよく遊んでくださいましたもの。」


 ラグナ殿下は二十歳、彼が小さい頃からエーリカは遊んでいた。ということは、エーリカは乳幼児の段階で伯爵家に来ていた?いやそれはさすがに無理がある。

 今まで俺はエーリカが外見通りの少女だと思っていた、いやそうであってほしいと思っていた。しかしここまで言われれば外見通りの年齢じゃないことを認めざるを得ない。そしてその通り(外見詐称)であれば今まで不思議に思っていた事について説明がつく。


「………あの、エーリカって実は見かけと違って実はかなりお年寄り「シッ黙ってください」……。」


 子猫(おれ)の口を押さえ、ニーナは身構えて慌てて辺りを見回した。


「…プルートさん、命が惜しかったらそのことは口にしてはいけませんわ。どこでエーリカおばさまが聞いているかわかりませんわ。」


 何度も失言してエーリカに折檻されているニーナの言葉には重みがあった。しかしこんな部屋でしゃべっていることまで警戒しなければならないとは、ニーナはどれだけエーリカを恐れているのだろうか。


「お父様ですらそのこと(年齢)を話すと危険なのです。」


「そ、そうなのですか?伯爵様でも危険なのですか?」


「ええ、だからあなたも気をつけてください。ヘタをすると命に関わります。」


「…判りました、気をつけます。」


 いつもニーナが食らっているようなボディブローを食らったら子猫の俺は即死してしまうだろう。今後はうかつな発言をしないように俺は気を付けることにした。


「お兄様は魔法の才能が無いのでポーションの類は作れませんが、城の書庫にあった本を読んでおられたので薬に関しては詳しい知識をお持ちでしたわ。」


「魔法が使えないということは、今回の"チャイルドメーカ"を自作したとかは無いのですね。となると入手経路を調べたいのですが……ラグナ殿下の愛馬テイオーが何か知っているみいなのですが、あの馬をお借りすることはできませんでしょうか?」


「お兄様の愛馬なら今は誰も乗っていませんから、そうですね私が借りましょうか?」


「ニーナ、貴族の女性が騎乗して良いのでしょうか。ちょっとはしたない気もしますが?僕が人に変身して乗りますよ。」


「ラフタール王国、その中でもラフトル伯爵領は獣人に寛容な国ではありますが、さすがに伯爵家の長男の愛馬にあなたが乗るのは許されませんわ。乗馬のことなら、私はお兄様と遠乗りしていましたから大丈夫ですわ。」

 それもそうだと子猫(おれ)は納得し、明日テイオーを借りだしてラグナ殿下が向かった怪しいところに案内させることにした。





 店に帰るとクラリッサが店番をしていた。一人で寂しかったのか、帰ってきた子猫(おれ)をすかさず抱っこして撫で始めた。どうやらアマネはギルドから戻ってこなかったみたいで、エーリカはずっと自分の部屋に篭ったままらしい。


「プルート、退屈で寂しかった。」


「クラリッサごめんね、明日も僕は出かけるから…お留守番お願い。」


「私も行く。」


「うーん、ニーナと馬に乗らなきゃいけないからちょっと無理かな。」


 明日もお出かけで居ないと聞いてクラリッサが不機嫌そうにする。確かに一人で留守番は辛い。俺はご機嫌取りの意味も込めて今日の夕飯を作ることにした。

 

 まずは前回好評だったマヨネーズの作り方をクラリッサに教え、出来上がったマヨネーズを使ってタルタルソースを作る。

 タルタルソースを作ったのは新作の料理として揚げ物を作ることにしたからだ。本当ならエビフライを作りたいののだが、ジャガンの街では新鮮な魚介類が入手できないから諦めざるをえなかった。

 揚げ物を作るには油が大量に必要なのだが、こちらの世界では液体の食用油が出回っていない。だからで揚げ物といった料理が存在しない。ではどうするかというと、肉屋でラードに近い脂身を安く売っているのを見つけたのだ。このラードもどきを溶かして油にすれば揚げ物ができるのだ。


 肉屋で買った大量のラードを大きな鍋に入れ徐々に溶かして煮立った油を作る。サイコロ状の肉や野菜を小さな串に刺し、小麦粉、溶き卵とパン粉とつけて次々と揚げていった。


「プルート、油で揚げるの。なんて料理なの?」


「串カツって料理だよ。」


 串かつの後は、ぶつ切りにして魚醤のような醤油に似た調味料をベースにしたものにつけた鶏肉を小麦粉を付けて揚げる。味付けはかなりいい加減だったがうまく唐揚げが出来上がった。


 匂いにつられて部屋に篭っていたエーリカがふらふらと出てきた。朝から何も食べずにずっと篭っていたのだからお腹が減っているのだろう、そこに揚げ物の匂いが漂ってきたのだ耐えられるわけが無い。


「ああ、美味しいわ~。」


「タルタルソース美味しい。」


 両手に串カツを持って泣きながら食べているエーリカを尻目にクラリッサは唐揚げを黙々と食べていた。俺も久しぶりに揚げ物に舌鼓をうった。ソースに似た調味料がなかったのでタルタルソースを作ったが、今度は串カツに付けるソースを作ることを俺は決意するのであった。





 翌日、またクラリッサにお願いして城まで子猫(おれ)を配達してもらった。クラリッサは最後までグズったが、また今晩タルタルソースと、唐揚げを作ってあげるという事で納得(説得)してもらった。


 ニーナは部屋で乗馬服に着替えて待っていた。


「プルート、遅いですわ。せっかくの遠乗りなのですから、もっと早く来てください。」


 何故かすごく乗り気なニーナであった。それともラグナ殿下を早く治したいから頑張っているのであろうか。俺にはわからないままニーナに抱っこされ厩舎に連れて行かれた。


「おはようございます、テイオーさん。」


「あれ、子猫ちゃんまた来たの?」


「昨日話していた場所に連れて行って欲しいのですが?」


「昨日話していたところ?……ああ、殿下が行った変な所か~。うん良いよ、誰が僕に乗るの?」


「殿下の妹のニーナ嬢ですが。」


「わかったよー。」


 ニーナは子猫(おれ)テイオー()の会話は判ってないので、きょとんとした顔で二匹を見ている。子猫(おれ)とニーナはテイオーに乗りお城の外に走りだしした。



 テイオーは街を出るまでは問題なく走っていた。街を出るとそのまま森か草原にでも飛び出すかと思ったが、彼はグルグルと街の外周を走り始めた。


「プルート、どこに向かっているのかしら?」


「わかりません、ラグナ殿下が向かわれた変な場所に連れて行ってもらっているのですが、どこなのか着くまでは判りません。」


 テイオーは街の外周を四分の一ほど回って木立の中にある東屋のような建物の側で立ち止まった。どうやらここが目的地らしい。


「テイオーさん、ココで良いのでしょうか?」


「うん、殿下はここに入って行ったんだ。しばらくしたら戻ってきたよ。」


 ニーナと子猫(おれ)はテイオーから降りると手綱を手近の木につなぎ石造りの建物に近づいた。見たところ何の変哲もない休憩するための石造りの椅子がある東屋に見えた。


「ここからどこに入るのでしょうか?」


「それは僕にも判りませんが……ん、この椅子は動きそうですね。」


 子猫(おれ)は椅子の一つに引きずった跡があるのを発見し、魔法の手(触手)で動かしてみた。椅子は動きその下に隠されていた地下へ続く通路が現れた。どうやらラグナ殿下はここを通って行ったらしい。


「僕がここに入りますから、ニーナはここに居てください。」


「あなた一人では駄目です、私も行きますわ。」


 ラグナ殿下が通った道なのだから危険はないと思うのだが、万が一ということもあるのでニーナには残って欲しかったのだが、彼女が行くと言い出したら結局入ってくるだろう。


「じゃあ、一緒に入りますが、僕が先頭ですよ。」


 一匹と一人は地下へと続く通路に入っていった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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