ラグナ殿下自殺未遂事件(1)
サスペンス物のようにドロドロなのは趣味ではないです。
エーリカは昨晩からずっと自分の部屋に篭って小瓶に残っていた毒の分析をしている。ニーナはお城でアマネは冒険者ギルドに出かけているので、子猫はクラリッサに伯爵家の城に連れて行ってもらった。城に向かうのはラグナ殿下が毒を飲んだ理由を探るためである。
城の門番にエーリカの使いと伝え、ニーナを呼び出してもらう。しばらく待たされた後ニーナ本人がやってきて子猫は彼女に手渡された。
ニーナの部屋で彼女は侍女たちを下がらせ、子猫が話しやすいように二人っきりにしてくれた。
「プルート、今日はどんな御用でお城に来たの?」
「ラグナ殿下が自分で毒を飲まれたのは知ってますよね?その原因を探る…捜査するつもりです。」
「……そう、私も昨晩はずっと考えてましたけど、どうしてもお兄様が毒を飲んだ理由がわかりませんの。やはりこれは誰かに暗殺を……。」
「いや、リーシュが嘘をついていない限りそれはないと思います。それに彼女は嘘をつく理由がありません。ただ、彼女も実際に毒を飲んだところを見ているわけではないので、本当にお兄さんが自殺を計ったかも不明ですが。」
「でもリーシュはヘンリエッテお母様と仲が良かったし……。」
「昨日、第二夫人とその子供達と会いましたが、悪い人には見えませんでした。それともニーナは彼女達がお兄さんを害するような原因を知っておられるのですか?」
「いえ、ヘンリエッテお母様もエルナお姉さまも、ヴェルナも私は大好きよ。お兄様だってそう、私達家族はみんな仲が良いのが自慢なのよ。」
それなのに家族を疑ってしまうのは貴族の性なのだろうか。彼女としても他に疑うべき人がおらず、悩んでいるのだろう。
「例えばお兄さんがいなくなると喜ぶような家臣とかはいないのですか?」
「それは無いわ。兄がいなくなるということは伯爵家が弱くなること、自分たちが使える家が弱くなって喜ぶ家臣がいて?」
「例えば何か不正の証拠をお兄さんに掴まれたとか?」
「そこまで考えると私にもわかりませんわ。」
やはりラグナ殿下が毒を飲んだ原因はもっと城の中を探らないと判明しないのだろう。子猫はまずリーシュにあって城の中を猫として案内してもらうつもりだとニーナに伝え、リーシュを探してもらった。
リーシュは城にある彼女の部屋で寝ていた。人間だった頃の俺の部屋より大きな部屋を猫が持っている、これが格差というやつなのだろうか、一般人より贅沢な暮らしをしているリーシュに暗い怒りを覚えながら、子猫が顔をふにふにして起こしてやった。なかなか起きないのでしっぽを甘噛してようやくリーシュは起きた。
「プルートだっけ、こんな気持のいい朝は猫はまだ寝ているもんだよ。」
「それもありですが、できれば城を散歩しませんか?」
子猫の提案にリーシュは最初は嫌がっていたがポケットから取り出した干し肉で釣って城を案内してくれることになった。伯爵家の飼い猫のくせに意外と食い意地が張っているリーシュであった。
ラフトル伯爵家の城は庭園まで含めると広大であり、そこに働く人も数百人はいる。そんな広大な空間を子猫全て探索するつもりはなく、ラグナ王子がよく行くところと、彼に関係のある人たちがいる場所だけをリーシュに案内してもらうつもりである。
「ラグナ殿下がよく行くところね~。あたしも四六時中一緒にいるわけじゃないから良くはわからないけど、殿下は外見に似合わず花や草木が好きでよく庭園を歩いていたね。後、動物も好きで馬を可愛がっていたよ。当然あたしもずいぶんと可愛がってもらったよ。後は……本が好きでよく読んでおられたけど、城の書庫にもよく入っておられたね。」
美少年の姿で眠るラグナ殿下しか知らない子猫には、殿下が動植物が好きな人であっても不思議じゃないのだが、周りからはそういう人には見えなかったらしい。
「植物じゃ話は聞けませんが、馬なら少しは話しが聞けるかも。まずは殿下が可愛がっていた馬のところに案内してもらえませんでしょうか。人間と違って動物相手なら何か秘めた悩みとか言っているかもしれません。」
「えっ?あんた馬と普通に話ができるのかい?」
ジム村では普通に猫と馬は意思疎通ぐらいは出来ていたのにリーシュはできないらしい。地方によってその辺りは違うのだろうか。
「僕のいた村では普通に会話とは言いませんが思っていることぐらいは伝わってましたけどね。」
「プルートはすごいね。」
妙に感心するリーシュに案内してもらい厩舎に連れてきてもらった。さすが伯爵家の厩舎、馬が百頭近くいて何人も馬の世話をする馬丁が働いている。リーシュはその中でも立派な体格をしている黒い馬の前に子猫を連れて行った。どうやらこれがラグナ殿下の愛馬らしい。
「これがラグ殿下がよく乗っていた馬だよ。」
「はじめまして。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「うぁ、猫のくせに馬と話せるの?」
どうやら馬のほうも猫とは話ができないみたいだ。先程から「猫が来た」「ちっちゃー」とか周りの馬の声が聞こえていたのだが、リーシュは気付いていなかったみたいだし、本当に意思疎通ができていないみたいだ。
「はい、私はプルートといます。あなたがラグナ殿下の愛馬さんでしょうか?」
「うん、僕はテイオーだよ。ラグナ殿下は遠乗りとかに乗ってくれるね。でもここしばらく殿下が来ないんで僕も寂しいんだ。」
「ラグナ殿下は今御病気で倒れられています。」
テイオーはラグナのことが好きみたいだし、あまり心配させるのも可愛そうなので、毒を飲まされて倒れているとは言えず、病気と子猫は嘘をついた。
「えーっ!それは大変だ。早く治ってくれないかな。治ったらまた僕と遠乗りしてほしいんだけど。」
「テイオーさん、ラグナ殿下の御病気を治すために少し殿下について教えてくれませんでしょうか?」
「いーよー。」
城の馬は意外と気のいい奴で、ラグナ殿下の事を喋ってくれた、いや喋りすぎた。おしゃべり相手ができて嬉しいのか喋ること喋ること。途中で話を切るのが大変であった。馬と猫がヒヒン、ニャーと鳴きあっているので馬丁に不審がられてしまった。
テイオーの話を要約すると、殿下は軍事演習やお付の者との遠乗りなど以外にも時々一人で出かけるのにテイオーに乗る。馬に乗るのも上手で大事に扱ってくれるので自分としては殿下が大好きだということであった。
「一人で出かけられることがあるとのことですが、どこに行かれたか知っていますよね?」
「うーん、街の中とか森とかいろんなところに行ったからね~。でも殿下が来なくなる前に行ったところなら覚えてるよ。あそこはどう見ても変なところだったし。」
「ぜひ、その場所を教えて下さい。」
「無理~。だって誰かに乗ってもらえないと思い出せないもの。」
さすが馬、乗ってもらわないと思い出せないとは。何とかしてテイオーに乗せてもらえないかニーナあたりに相談してみることにして子猫とリーシュは厩舎を後にした。
次に訪れたのは厩舎から近い庭だった。伯爵家の広大な敷地には様々な草木や花が植えられているが、この一角は少し趣が違っていた。花も咲いているがどう見ても観賞用ではなく地味な草花ばかりであった。
「あれ、これってロール草?」
エーリカと一緒に採集に行った薬草があちこちに植えられていた。どうやらこの区画には観賞用の草花ではなく薬を作るのに使う薬草が植えられているらしい。しばらく誰も手入れをしていないのか薬草は元気がなく、雑草も少し生えていた。
「ここにラグナ殿下が?」
「本を片手に何か調べながらだったけど、ココの草花の世話をしてたね。」
薬草の世話をしているくらいだからラグナ殿下は薬とかに詳しかったのだろうか。本が好きで書庫にも入っていたらしいし、薬学に通じていたのかもしれない。
(薬作りにのめり込んでチャイルドメーカとかに興味を持ってしまったとか……興味だけで飲む理由にはならないな~。)
子猫は庭を見て回りマンドラゴラとかベラドンナとか怪しい薬草が無いか調べてみたが、普通の薬草しか生えていなかった。
「何かわかった?」
リーシュの問いかけに子猫は首を振る。
(しかし、いろいろな場所にいって証拠集めって…よく考えるとアドベンチャーゲームみたいなだ。それともベタな推理物かサスペンス・ドラマか?最後には海沿いの崖に犯人を追い詰めなきゃ行けないのかな?)
その後、ラグナ殿下が訓練を見ているという兵士の訓練場に行き、見慣れない猫がいると兵士に追い掛け回されたり、厨房で優しい料理長にリーシュが肉を分けてもらったりと、あちこちをうろついたが有益な情報を得ることはできなかった。
お昼すぎに、子猫とリーシュはラグナ殿下の部屋にやってきた。扉は閉まっていたが、換気のために窓が開けられていたのでそこから部屋の中に入る。ラグナ殿下は相変わらずベッドで寝ている。リーシュは殿下のベッドの上に飛び乗り「にゃーん」と鳴いて丸くなった。どうやらココで一旦昼寝をするつもりらしい。
エーリカと来た時はニーナや侍女も居たため部屋の中を調べることができなかったので、子猫は今度は念入りに部屋の中を調査することにした。
ラグナ殿下の部屋は天蓋付きのベッドと机、本棚といった家具しかなく、壁には家族の肖像がかけられているだけで伯爵家の跡取りの部屋とは思えないほどシンプルであった。肖像画は数年前に描かれたのかニーナが十歳ぐらいの姿でラグナ殿下と仲良く手をつないでいた。
本棚には伯爵家の歴史、武術の指南書などの他に大量の薬学系の書籍があった。机は分厚い天板を持ったどっしりとしたもので、書類などはきちんと片付けられており、侍女が片付けたのでなければラグナ殿下の几帳面さが伺える整理整頓具合であった。
机の引き出しは鍵がかかっており、開けることはできなかった。
「リーシュ、殿下の机の鍵がどこにあるか知りませんか?」
ベットで丸くなっていたリーシュは顔を起こして壁にかかっている絵を指し示した。
子猫は魔法の手を使って絵を調べ、額縁の裏側に隠されていた鍵を発見した。鍵は机のものであり、机の引き出しを開けることができた。
机の中には書類などの他に一冊の日記(?)が入っていた。ラグナ殿下はどうやら日記をつけていたらしい。これに何かヒントとなることが書いてあれば良いのだがと期待半分で子猫は日記を読み始めた。
「えーっと、青の月2日、今日のご飯は鳥の香草焼きにシチュー、パンに、果物でした。青の月3日、今日の昼食は……」
内容はなぜか食べた食事の献立がずらずらと箇条書きにされているだけであった。
「殿下、あんたは○一郎さんかよ。」
あまりの内容に子猫は日記を床に叩きつけそうになった。子猫の叫び声にリーシュがびっくりして耳と尻尾を立てて起き上がる。子猫は何でもないと彼女に言うと、また丸くなってしまった。
子猫は日記を読むのを諦めかけたが、もしかして何かヒントが書かれているかもしれないと辛抱強く日記を読んだ。
(これで最後が"かゆ うま"で終わってたら、この日記燃やしてやる。)
日記を読んでいくと最後日付から一週間前の日記はなぜか献立が書かれて居なかったが、それ以外は特に変わりはなかった。子猫は後でニーナに何があったのか聞いてみるためにその日付を心に留めておいた。
ラグナ殿下の部屋の探索が終わった後、子猫は第二夫人ヘンリエッテの部屋に向かった。
「リーシュ、またこの子を連れてきたの?」
部屋にはヘンリエッテ婦人ととエルナ嬢の爆乳親子がお茶を飲んでいた。次男のヴェルナの姿は見当たらなかった。
「みゃー」
子猫はエルナ嬢の膝の上に飛び乗って挨拶をした。
「エーリカ様のところの猫ちゃんですよね~。」
エルナ嬢が子猫を撫でてくれる。やっぱりこの人達は悪い人じゃないと子猫は確信する。決して乳のデカさに目が眩んだわけじゃない。
三十分程魅惑の空間を楽しんだ後ニーナの部屋に向かった。リーシュはニーナの部屋には入らずそこでお別れとなった。
(ニーナが苦手なのか。抱っこされるのが嫌だと言っていたがあれは本当だったんだな。)
ニーナは部屋で体操中であった。どうやらエーリカの店でゴロゴロしていた時についた腰回りの肉が気になっているようだ。もともとスレンダーな体型なので余計に気になるのだろう。
「にゃー」
「プルート、おかえりなさい。何か判りました?」
運動を続けるニーナに今日の成果を話し、ラグナ殿下の日記で気付いた日付の日にあったことを話してもらった。
「その日にあったことですか……確か私がバーノル伯爵との縁談をお父様から聞かされた日です。」
「それだけですか?」
「えーっと、それ以外では…………確かお兄様と喧嘩してしまって、そのまま仲直りせずに私は旅立ってしまいました。ああ、こんなことになるならお兄様とちゃんと仲直りしておけば……」
非常に重要な事をサラリとニーナが漏らしてくれました。俺には兄弟喧嘩のに今回の事件の鍵が隠されているような気がするのだが。
「喧嘩の内容を話してはもらえませんか?」
「えーっと確か…」
ニーナはラグナ殿下との喧嘩の内容を思い出しながら話し始めた。
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