殿下と毒
伯爵家の人を呼び捨てにしていたのがちょっと気になったので変えました。
「お兄様、なんて可愛らしいお姿に…」
病気でベットに眠っているラグナ殿下をうっとりと眺めているニーナであった。
(眠れる森の美女ならぬ、眠れる美少年だな。ニーナの好みのストライクゾーンなのかな?)
確かラフトル伯爵の長男ラグナは二十代のはずなので、年齢と容姿が一致しない。若作りの人もいるが、伯爵夫妻やニーナを見るかぎりそんな傾向はない。ラグナ殿下が少年になっているのは病気の影響だろう。
「あらら、これって病気じゃないわね~。」
しかし、ラグナ殿下を診察したエーリカは彼は病気ではないと言い切った。
「ええっ、どういうことですのおばさま?」
ニーナの言葉に突っ込みもせずエーリカはラグナ殿下の具合いを真剣に診ている。
「症状の似たような病気は有るんだけど~それとは違う感じなのよ~。」
「病気では無いとすると、お兄様は何故こんなお姿に。」
「毒かしら~。たしか似た症状を引き起こす毒が有ったと思うんだけどね~。」
「えっ?」
毒と聞いてニーナの顔が強張る。俺も穏やかじゃない話になってきたためエーリカに説明を求め視線を送る。
「確かチャイルドメーカーって毒だったと思うんだけど~。」
ラグナ殿下は病気ではなく、毒に侵されているというのがエーリカの見解だった。
毒の名前は"チャイルドメーカー"、飲んでしまうとそのまま意識を失い、外見はどんどん若返って最後には体が消えてしまうという魔法薬だ。もちろん普通の店では売っていなどころか、現在の魔法使いが作る事もできないため古代遺跡や迷宮から出てきた物しか流通していないらしい。
「お兄様を暗殺して得をする方って……まさかヘンリエッテ義母様が?でもあの方はそんなことをするように方では……」
「そうね~彼女はそんな事する人じゃないわね~。」
ヘンリエッテ夫人はラフトル伯爵の第二夫人で長女エルナと次男ヴェルナは彼女が産んだ子供である。ヘンリエッテ夫人はハンナ夫人と仲も良く、同じく子供達も仲の良い家族であり、お家騒動など起きようがないと言われている。
「とにかくラグナの毒を解毒するしか無いんだけど、あんまり有名な毒じゃないので解毒剤の作り方が理解らないわね~。状態回復魔法をかけてみるけど、この手の毒に効くかしら~。」
エーリカは状態回復魔法をラグナ殿下に唱えたがやはり効果はなかった。続けて解毒魔法も唱えるがこちらも効果はなかった。
「後は神聖魔法の全回復の奇跡だけど、こっちは既に試しているだろうね。」
伯爵家の跡取りが倒れたのだ、街の教会も治療に協力しているだろうから、全回復の奇跡も既に試されているはずである。
その時であった、魔法にびっくりしたのかベットの下から一匹の猫が顔を出した。瞳の青い尖った顔と長く細い美しい尻尾、地球でいうところのシャム猫にそっくりだった。
「あら、リーシュ、あなたもお兄さんを心配しているのね。」
どうやら伯爵家の飼い猫らしく、ニーナは猫の名前を呼んで抱きかかえようとしたが、リーシュは彼女の手をすり抜けると窓に向かって走りだし、そのまま窓の外に出てしまった。
「ミャ?」
リーシュの態度は猫らしいといえばそうなのだが、この世界の猫は賢い。実はなにか知っているのかもしれないと子猫は直感めいたものを感じ、リーシュの後を追って窓から外に出た。
「高い!」
ラグナ殿下の部屋は城の上部に有ったので、当たり前だが窓の外はかなり高い。子猫は別に高所恐怖症ではないのだが、猫でも歩くのに苦労する足場しか無い城の外壁を命綱無しで歩くのだからすごく怖い。いざとなれば落下制御もあるからと、勇気を出してリーシュの跡を追いかける。
リーシュは子猫みたいに落ちた時の保険が無いというのに城の外壁を軽々と駆けていく。瞬く間に城壁を駆け上り、最上部にある見張り台にリーシュは飛び込んだ。子猫も跡を追って飛び込んだ。
普段は警備の兵が詰めている場所なのだろうが、今は誰もいなかった。リーシュはそこで子猫を待っていた。
「子猫なのによくあたしに着いてこれたね。猫でもこの高さから落ちたら死ぬんだよ。」
「はぁ、はぁ、貴方が行けたんです、僕だって行けますよ。」
リーシュは声から察するに雌のようだ。
「それで、何であたしを追いかけてきたの?」
「それはこちらが聞きたいことです。何故逃げ出したのですか?」
「ニーナ嬢ちゃんに抱っこされるのが嫌だっただけさ。」
リーシュは猫にありがちな行動だったと言うが、俺はリーシュはなにか知っていると思っている。しかし彼女はたやすくそれを話す気は無いと見える。
「そうですか、ラグナ殿下のことについて何か知っているなら教えて貰いたかったのですが。そういえば、自己紹介してませんでしたね。僕はプルートと言います。あの部屋にいたエーリカという魔女の使い魔です。」
「あたしはこの城で飼われているリーシュだよ。そうか坊やはあの女の使い魔だったんだね。道理でこの城に入ってこれたわけだ。」
互いの紹介が終わった後で子猫は困ったことに気付いた。
「リーシュさん、お願いがあるのですが。」
「なんだい?」
「さっきの部屋まで戻りたいのですが、連れて行ってくれませんか?」
「さっきの道を帰ればいいじゃないか。」
「もう城壁を歩くのは懲り懲りです。」
リーシュはひとしきり笑うと「付いておいで」と言って歩き始めた。
リーシュの魅力的な尻尾を眺めながら後を着いて行く。彼女は城を知り尽くしているらしく城の通路を迷いなく進んでいく。時々猫には開けることの出来ない扉に行く手を阻まれるため、その時だけ窓から外に出て城壁を歩くことになる。
壁のヘリを歩いていた時、開いていた窓からリーシュを呼ぶ声がした。リーシュは声のした窓に入って行くので子猫も仕方なくそれに付いて行く。
「あら、リーシュがお友達を連れてくるなんて初めてね。」
部屋には女性が二人と少年が一人おり、リーシュは年上の方の女性に抱っこされ撫でられていた。
年上の女性は三十代の赤毛の美人で、いかにも貴族のご婦人といった服装をしており、ボン・キュ・ボンじゃなくてボンボン・キュ・ボンという物凄く破壊力のあるスタイルであった。
若い方の女性は赤みがかった金髪で、二十歳ちょい前ぐらいの年上の女性と似た顔だちの美人で、こちらはボンボンボン・キュ・ボンという"どうやってその胸支えてるの?”って不思議に思うぐらいのスタイルだった。さすがにこれだけ似ていれば二人が親子であるとだれでも理解るだろう。
少年の方は赤毛の利発そうな顔立ちをした十歳ぐらいの子供だった。歳相応という感じで、おとなしい感じの少年だった。
若い方の女性が子猫を抱きかかえようとするので逃げるか迷ったが、あの胸に抱かれかると思うと男として逃げるわけにはいかなかった。
その柔らかな胸に抱きかかえられ、俺は「でかっ!」と叫んでしまった。
「失礼な事言うんじゃないよ。こちらは伯爵家の第二夫人ヘンリエッテ様とそちらは長女のエルナ様、そしてあちらの少年が次男のヴェルナ様だ。」
リーシュが俺を叱るが、いやこの胸は反則である。ラフトル伯爵が第二夫人として迎えるのもよく理解る。エルナ嬢に抱きかかえられた子猫をヴェルナ殿下が恐る恐るだが優しく撫でてくれた。
「お姉様、この子は何処の猫でしょうか?」
「野良猫でも迷い込んだのかしら?」
「エルナ、お城に野良猫は迷い込みませんよ。………エーリカ様が来ておられるとハンナ様が言っておられましたわ。この子はもしかしてエーリカ様の猫かもしれませんね。」
「そうなの子猫ちゃん?」
「にゃーっ」
エルナ嬢の質問にそうだよと答える。
「あら、どうやらそうみたい。賢い子猫ちゃんね。」
「お姉様、エーリカ様はラグナお兄様の治療をしてくださるみたいです。」
「ああ、凛々しかったラグナお兄様があんな姿になられてしまって。私は本当に悲しいですわ。」
三人は猫を撫でながらラグナ殿下の病気が早く治ってくれるように、治療に来たエーリカに期待していると言うようなことを話している。
子猫は抱きかかえられながらヘンリエッテ夫人とエルナ嬢、ヴェルナ殿下のそんな会話を聞き、エーリカとニーナが言っていたようにヘンリエッテ夫人は悪い人では無いと判断した。そしてその二人の子供もラグナ殿下に毒を盛るような人間には見えなかった。
ひとしきり撫でられた後、リーシュと子猫は開放され、再びラグナ殿下の部屋に向かって歩き始めた。部屋からすこし離れたところでリーシュは立ち止まった。
「ヘンリエッテ夫人と子供達は良い人達なの。貴方の御主人様にもそう伝えておいてね。」
リーシュはヘンリエッテ夫人と子供達を気に入っているようだ。さり気なく子猫を彼女達の部屋に誘導したのだろう。
「僕もあの人達が悪い人には思えません。それに御主人様も彼女を疑ってはいませんよ。」
こちらの考え伝えるとリーシュは安心したのか再び歩き出した。しばらく歩いていくとラグナ殿下の部屋が見えてきた。リーシュに話しを聞くタイミングは今しかないと俺は思い、彼女に尋ねた。
「誰がラグナ殿下に毒を飲ませたのでしょう?このままじゃヘンリエッテ夫人が疑われますよ。」
リーシュは立ち止まり尻尾を元気なく下げてしまった。あまり話したくないらしいが、ここは話してもらわないと困る。
「何か知っているなら教えてください。」
「…信じてもらえるか判らないけど…殿下はね自分で毒を飲んだのさ。」
俺はリーシュの言葉に驚き立ち止まってしまった。
「なぜ自分で毒を…本当ですか?」
「本当だよ。殿下の部屋で変な匂いのする小瓶を見つけて、なんだろうと思って遊んでいたら殿下に取り上げられてね、その後に空になった小瓶と倒れている殿下を見つけたんだ。」
「その小瓶は?」
「なんとなく殿下が小瓶を見つけてほしくない様な気がして、窓から外に投げ捨てちゃったよ。」
リーシュは倒れてた殿下の側にあった小瓶を咥えてそのまま窓の外から投げ捨ててしまったらしい。リーシュのその行動のお陰で殿下は病気と間違われてしまったのだろう。
「そうですか、その小瓶が見つかると良いのですが……。」
小瓶が見つかれば少しは毒について理解るかもしれない。
ラグナ殿下の部屋の前でリーシュと別れ、俺は部屋の扉をカリカリと引っ掻いて中に入れてもらった。
ラグナ殿下の部屋にはいると、ラフトル伯爵とハンナ夫人が来ており、エーリカから状況を聞いたのか難しい顔をしていた。毒の話を聞いてその対応に悩んでいるのだろう。ニーナは自室にでも戻ったのか部屋にはいなかった。
子猫はエーリカの肩に駆け上ってリーシュから聞いた話しを耳に囁いた。
「本当なの~プルート?」
「どうしたのだ?」
「どうやらね~ラグナが自分で毒を飲んだみたいなの~。」
「馬鹿な、そんなことあるか。」
ラフトル伯爵はエーリカの言葉に怒りを露わにする。息子が自殺を図ったと聞かされれば当たり前だろう。
「エーリカ、ラグナが自分で毒を飲んだのは確かなのですか?」
ハンナ夫人は比較的冷静で、エーリカに確認を求めた。
「この猫はプルートって言って私の使い魔よ~。この子がリーシュから今の話を聞き出したのよ~。本当なら毒が入っていた小瓶が窓の外に落ちているらしいから探させてみたらどうかしら~。」
「猫の言うことなど当てになるか。」
「直ぐに探させるわ。」
夫婦で意見が割れてしまったようだが、侍女が慌てて小瓶を探しに向かった。
しばらくして戻ってきた侍女の手には小瓶が握られていた。
「ハンナ様、窓の下にこの小瓶が落ちておりました。」
さすがに証拠を見せられてはラフトル伯爵もエーリカの言うことを信じるしか無かった。ガックリと肩を落としラグナ殿下のベットの側に跪いた。
◇
その後エーリカと子猫はラフトル伯爵とハンナ夫人を部屋に残して城を後にした。
エーリカは毒が入っていた小瓶を持ってきており、既に中身は無いがその残滓からでも何かわからないか調べてみるつもりだそうだ。
「毒を解毒してもラグナ殿下が同じことを繰り返すかもしれません。なぜ殿下がそんな行動に出たか…調べないと。」
城からの帰り道、子猫はエーリカにそう言った。
「そうね~。私は解毒剤を調べなきゃならないから、そっちはプルートにお願いするわ~。」
子猫はエーリカの言葉に頷いた。
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一話で終わる話だったのに...続いてしまいました。
しかもえらく難産でした...。