料理と伯爵
ランベルを退けた子猫は門を抜けてジャガンの街に入った。
依頼を完了させるには一旦人間に変身しなければならないのだが、エーリカの店で変身した場合、冒険者ギルドに辿り着くまでに教われそうだったので、子猫はそのまま冒険者ギルドに直行した。
子猫はギルドホールに入らず裏手に回ってイレーヌのいるギルドマスターの執務室を探した。外から中を覗き込みイレーヌを探す。なん部屋か覗きこんでようやくイレーヌを見つけ、開いていた窓から執務室に入り込んだ。
「ん、子猫?…プルートか。とうことはエーリカは帰ってきたのか?」
「なー」
子猫は首を振って否定の意を示した。
ポケットから魔法陣の羊皮紙を取り出し変成の魔法で人間に変身する。イレーヌはそんな子猫を驚きの目で見つめていた。
「エーリカ達はまだ帰ってきていません。街にたどり着くまで盗賊や冒険者がうじゃうじゃといたので僕一人で街に戻ってきたのです。」
「…そうか、エーリカ達は無事なんだな?」
「はい、あとこれが冬虫夏草です。依頼は完了したとイレーヌさんから通達を出してもらえませんか?そうすれば盗賊や冒険者も引き上げるのでエーリカ達も帰ってこれると思うのですが。」
「理解った。ちょっと待っていろ。」
イレーヌは俺から冬虫夏草を受け取り金庫にしまう。その後依頼完了の証明書を作り俺に渡してくれた。
「冬虫夏草の採取ご苦労だった。これを受付にもっていって見せれば依頼は完了だ。」
執務室から出て、証明書を受付嬢に見せ"冬虫夏草採取の依頼"の完了を告げてもらう。ホールに居るような冒険者はエーリカ達を狙ってはいないだろうが、彼等の口から色々な所に情報が回っていくだろう。
時間が経てば街道で待ち伏せしている盗賊も冒険者もいなくなり、エーリカ達も帰ってこれる。しかし街で俺一人待っているのも居心地が悪いし、エーリカ達も早く街に帰らせてあげたいので、結局Uターンしてエーリカ達の元へ俺は向かうことにした。
エーリカ達のいる所まで四日かかって辿り着いた。四日もかかったのは途中にいる盗賊を退治しながらだったからである。子猫は背後から眠りの粉魔法を唱えて眠らせ縛るだけだが、数が多いので結構手間取った。
エーリカ達は別れるときに念の為に決めておいた合流地点から動いていなかった。子猫が駆け寄るとみんな笑顔で迎えてくれた。彼女達は子猫を信じて動かずに待っていてくれたようだ。
「「「プルートお帰り。」」」
「只今です。イレーヌに冬虫夏草を渡し、依頼の完了を宣言してもらったので、しばらく待てば街道を楽に進めるでしょう。」
「ありがと~。でも早く街に帰りたいしプルートも戻ってきたからゆっくりと進みましょう~。」
「そう言うと思って、途中の盗賊は結構退治してきました。冒険者の方は依頼完了の証明書を見せれば退散するでしょう。」
証明書をエーリカに渡し、子猫はクラリッサに抱っこされた。やっぱりクラリッサに抱っこされるのが一番落ち着くなと思うのであった。
◇
それから三日後に俺達はジャガンの街に帰り着いた。依頼が完了したのにしつこく狙ってくる盗賊と冒険者も何人かいたけど、そういう手合はえてして雑魚なので魔法一発で片がついた。
「はぁ~疲れた~」
店に辿り着いたエーリカ、アマネ、ニーナはへたり込んでしまった。クラリッサもかなり疲れていたので座って休んでもらっている。
昼食を食べる時間なのだが、全員疲れて動く気力もないみたいなので昼食は俺が作ることになった。
実は人間に変身できるようになってからやりたかったことの一つに料理があったのだ。人間であったころも自炊しており料理することは嫌いではない。ダンジョンに潜ったりとか冒険者ギルドで特訓とかで時間がなかったのと、クラリッサが俺が台所に立つのを嫌がったので、今まで料理をつくる機会が無かったのである。
この世界の台所や調味料についてもクラリッサがやっていることを見て覚えたので、料理を作るのに支障は無い。
エーリカ達を残して街で食材を買い揃え、俺は料理に取り掛かった。メニューはハンバーグとゆでた野菜のサラダにパン、スープである。そして異世界食文化チートで定番のマヨネーズも作ることにした。
この世界の料理は肉は塊で焼くか煮るかといった物がほとんどでひき肉というものが無い。あっても動物の餌扱いの屑肉である。俺は豚肉と牛に近い肉を選びミンチにして玉ねぎパン粉を混ぜて捏ねて種を作り、整形してハンバーグを作っていく。
マヨネーズは撹拌作業が大変なのだが、俺には魔法の手があるのでハンバーグと同時進行で作成中だ。魔法の手は細かい作業は意識して操作する必要があるが、簡単な作業なら自動的に繰り返す事ができるので撹拌作業も疲れ知らず(魔力は消費する)で作成可能だ。
一時間ほどかけて昼食の準備を整え、疲れていたみんなに振る舞った。
「こんな柔らかい肉はお城でも食べた事がありませんわ。あら、普通のお肉じゃないのですね。ものすごくジューシーで美味しいですわ。」
「ああ、これはハンバーグと言って肉の塊じゃなく一度ミンチにして固めたものです。」
ニーナはハンバーグの柔らかさと肉汁のジューシーさに感動していた。
「う~ま~い~。」
「この白い調味料は何なのだ、今まで味わったことがない美味しさだ。」
エーリカとアマネはマヨネーズがひどく気に入ったようで、パンやハンバーグにまでつけて食べている。
「プルート、今度この料理の作り方教えて。」
クラリッサも美味しかったのか料理のレシピを俺に聞いてきた。
そして俺は、
「ハンバーグ食べたかったんだよな。」
猫にとって玉ねぎは劇物だが、人間に変身している間は問題ないので、久しぶりのハンバーグに舌鼓を打っていた。
◇
ジャガンの街に戻ってきた翌日、エーリカは冒険者ギルドを訪れ依頼の完了通知を正式に貰った。冬虫夏草はそのまま冒険者ギルドに預かってもらう。報奨金はラフトル伯爵が冬虫夏草が本物か判定してからもらうことになるが、金貨二万枚を店においておくことも出来ないためこれも冒険者ギルドで預かってもらうことになる。
「こんな短期間で依頼を完了させるとは思ってなかったぞ。どうやって冬虫夏草を取ってきたんだ?」
「おしえない~。」
エーリカはイレーヌに色々尋ねられたようだが全部秘密で隠し通していた。まあ転送門とかは軍事利用に使えるものだし、あまり権力者には知られたくない情報だからしょうがないと思うが。
あと、忘れちゃいけないのが犬獣人少女、ウーテのお母さんの治療である。こちらは残った半分の冬虫夏草でエーリカが薬を作ってしばらく治療しなければならないらしい。
ウーテはエーリカに感謝して抱きついてほっぺをペロペロと舐めていた。
「ところでニーナはいつまでここに居るつもりなのですか?」
街に戻ってきたのだからニーナは自分の家に戻れば良いのだが、何故かずっとエーリカの店に居候している。別にお姫様らしい待遇を要求するわけでもなくゴロゴロとしているだけなのだが、そろそろ家に帰った方が良いのでは俺は思っていたのでニーナに尋ねた。
「だって、このまま帰ったらお父様に叱られますもの。エーリカおば…御姉様が一緒に城に来てもらえないなら帰りませんわ。それにここにはプルートもいるしご飯も美味しいから居心地が良くて……。」
どうやら彼女はお父さんに怒られるのが嫌で、エーリカが城に着いて来てくれるまでここで粘るつもりらしい。
「え~、城に行くの面倒~。」
エーリカも城に行くのが嫌なのか、そんなニーナのお誘いには乗ってこない。結局ニーナは店でゴロゴロとしている。
そうやって二日ほど過ぎた頃、冒険者ギルドからの使いとしてアンネリースがやって来た。イレーヌがエーリカを呼んでいるらしい。暇だったので子猫も冒険者ギルドに着いて行くことにした。久しぶりにエーリカの肩に乗って○カチュウ状態でお出かけである。
「すまん、エーリカお城に行ってくれないか。」
冒険者ギルドでギルドマスターの執務室に入るならイレーヌが謝ってきた。
「えー、なんで私がお城に~?」
「実は冬虫夏草を使って薬を作れる薬師が今いなくてな、エーリカなら作り方を知っていると言われて、お前を城に連れてくるように頼まれているんだ。」
「もしかしてディルクから頼まれているの~?」
「ハンナ様からもお願いされている。頼むから行ってくれないか?」
ラフトル伯爵家の当主と奥方から頼まれたため、エーリカは不承不承と行った感じでお城の行くことを了承した。お迎えは今日の午後に店の方に来ることになったので慌てて店に戻ることになった。
「えー、エーリカおばさまとお城にいくの…ぐふっ」
エーリカがお城に行くことを告げられ動揺したのか、ニーナはまた失言をしてボディブローをもらっていた。
「ディルクからの依頼なら無視するけど、ハンナからも頼まれたちゃったしね~。多分ニーナを連れて来てってことでしょうね~。」
「お、お母様からもですか。どうやらお城に戻らないといけないみたいですね。」
ニーナもお城に帰らなければならない時期が来たことを理解したようだ。エーリカの店にニーナが居ることぐらい伯爵は既に知っていただろう。それを迎えにこないのはエーリカが居るためなのは俺にもわかっていた。
(昔ニーナに魔法を教えていたことと言い、伯爵夫妻を呼び捨てにするほどの仲だし、エーリカってほんと謎だな。)
さすがに伯爵の城に普段着で行くのはまずいと思ったのかエーリカもニーナもそれなりの服に着替える。まあ、エーリカは結局魔法使いのローブなのだが、杖が見栄えの良い物になっており、ニーナは何所から調達してきたのかちゃんとしたドレスを着ていた。
昼食を終えてしばらくすると店の前に伯爵家の馬車が来た。庶民の住宅地に貴族の馬車が止まるのは珍しいためご近所の人達が集まってくる。エーリカとニーナそして何故か子猫も馬車に乗り込んだ。
お城に行くメンバーとしてはエーリカとニーナで良いはずなのに、エーリカは子猫を連れて行くと言ったのだ。クラリッサも着いてきたそうだったが、伯爵家を訪れる服が無いことで諦めたみたいだ。猫は服装とか関係ないからエーリカもそれで子猫をお供に選んだのかもしれない。最初から行く気が無いアマネとクラリッサはお留守番となった。
馬車は街の中心にあるラフトル伯爵の居城に向かう。中世ヨーロッパの実在する城は物語に出てくるような華麗さはないと聞くが、ラフトル伯爵の居城はそんな物語に出てくるような華麗なお城であった。堀と城壁を越え門をくぐると広大な庭が広がり、その中心に○ィズニーランドも真っ青のお城がある。
これだけの城を維持するのにどれだけのお金がかかるのか、ラフタール王国の南部を収めるラフトル伯爵の財力が理解るというものだ。
馬車は城の正面では無く、裏手の方に回りこみ止まった。どうやらニーナが戻ってくることをあまり公にしたくないのだろう。
俺達は裏口から入り侍女に導かれ、城の二階にある一室に入る。
「お父様、お母様。」
その部屋ではラフトル伯爵夫妻がニーナを待っていた。
ラフトル伯爵当主ディルクは、金髪に髭を蓄えた偉丈夫でいかにも貴族らしい容貌である。その奥方ハンナは銀髪の美人であり、既に四十を過ぎているらしいが、とてもそうは見えず二十代と言っても通用するかもしれない人だった。
「ニーナ、貴方が無事に帰ってきてくれて嬉しいわ。エーリカもニーナを連れてきてくれてありがとう。」
ハンナがニーナを抱きしめエーリカにお礼を言ってくれる。
「エーリカ、お前のせいでバーノル伯爵家との縁談は取り止めなったぞ。」
逆に苦虫を噛み潰した様な顔をしたラフトル伯爵はエーリカに文句を言ってきた。その言葉に反応したのはニーナであった。
「お父様、バーノル伯爵との縁談は私の意志で辞めたのです。エーリカおばさまは関係ありません。」
一瞬エーリカがニーナの言葉に反応してぴくりと動きかけたが、さすがに伯爵の前なので自重したのだろう。
「儂がこの縁談にどれだけ期待していたと思うのだ。」
「お父様、私はバーノル伯爵領で命を狙われたのですよ。あの時エーリカおばさまがいなければ死んでいたでしょう。お父様はそんな所に嫁げとおっしゃられるのですか?」
「そ、それは聞いておらんが、そうだったのか、エーリカ?」
「ええ、多分バーノル伯爵の配下の貴族が犯人だと思うけど~、ニーナは襲われていたわよ~。」
「ぬぅ、しかしこちらから縁談を申し込んだ手前、断るというのも…」
「あれ~、ニーナに聞いた話だと、バーノル伯爵から縁談を勧められたと聞いたけど~。」
「貴方」「お父様」
どうやらニーナの縁談はラフトル伯爵がバーノル伯爵に申し込んだのが真実らしい。エーリカと奥方とニーナに睨まれラフトル伯爵が小さくなっていく。俺にはこの伯爵家の家庭内の序列がだんだんわかってきた。
「ごめんなさいねエーリカ、この人のお仕置きは後できちんとしておくから。それより貴方にはラグナの為に薬を作って欲しいの。」
ラフトル伯爵の奥方のハンナが伯爵の頭をアイアンクローで締めながらエーリカに謝る。
そういえば冬虫夏草は伯爵の息子の治療薬のために取ってきたのだった。それで薬を作れる人がいないためエーリカは呼ばれたのだった。
「冬虫夏草が必要ってあの子、どんな病気にかかったのよ~。」
「見てもらえばわかると思うの。ニーナ、私はこの人をちょっとお仕置きしてくるから、エーリカをラグナの部屋に案内してあげて。」
そう言ってラフトル伯爵の奥方はアイアンクローで既にぐったりとしている伯爵を連れて部屋を出て行った。
ラグナは現在二十歳で、文武に優れ性格も穏やかでラフトル伯爵の跡取りとして申し分の無い息子だと評判されている。そんな彼が病気になったのだ、伯爵も慌てて治療薬を作らせるわけである。
ニーナは城の上部にあるラグナの部屋にエーリカを案内してくれた。
「ここがラグナお兄さまのお部屋です。」
エーリカとニーナが部屋に入ると、そこには十四歳ぐらいの美少年が眠っていた。
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