初めての異世界
2014/02/02 文章の改行ルールを変えました。記述、言い回しを変え少し加筆修正しました。
「高級使い魔の呪文。魔法陣と呪文を併用することで発動する。魔法陣は下図を参照のこと。この呪文により使い魔をより深く術者と結びつけ、かなり高度な命令を与えることができるようになる。……」
高級使い魔となってしまった子猫は文字も読めるようになった。これは呪文の効果として文字の知識が直接記憶されるためらしい。
異世界というか魔法ってスゲー。
普通、使い魔と言えば猫とか犬とか鳥、まれに大カエルなどを選択する人もいるらしいが、概ねその程度の生き物が選ばれる。そんな生物に文字の知識を与えても無意味なような気がするが、人としての意識や知識のある俺には非常に助かる。
おかげで子猫はエーリカの魔導書を読むことができるようになった。
「えーっと、また使い魔は魔法生物に近くなり、術者の魔力を与えるなら食事や睡眠をとる必要がなくなる。……」
アデリーナはこの小屋にお泊りせず毎日自宅から通っているので、夜はエーリカと一人と一匹になる。お陰でエーリカが寝てしまえば子猫は魔導書を読むこともできる。
子猫はエーリカが魔導書を読みながら寝落ちしたのを良いことに"高級使い魔"の呪文のページを開いて読んでいる。本棚に入れてある本は、子猫の体では取り出せないので手に届く範囲の本しか読めないがしょうがない。
魔導書が読めるので使い魔の呪文の頁を読むことにして、自分の置かれた状況を確認している。
高級使い魔となったことでエーリカと自分の繋がりはかなり強化され、明確な意識の疎通や感覚の共有、行動の強制が出来るらしい。
ちなみに普通の使い魔の状態だと術者の命令は概念のみで、使い魔の感覚は共有はぼんやり、命令も強制ではなくお願いレベルになる。
ますます脱使い魔から遠ざかってしまった...orz。
"高級使い魔"の呪文のページは全て読み終えると、子猫は苦労しながら頁をめくり……猫の手では羊皮紙の本の頁はめくりづらいのだ……とある呪文を探すことにした。
その呪文があれば使い魔から脱出できるはずなのだ。魔導書の頁を必死にめくり呪文を探し続けた。
気がつくと外が明るくなっており、どうやらアデリーナが小屋にやってくる時間になったようだ。外から人…(おそらくアデリーナ)…かがやってくる気配がする。
使い魔のランクが上がったおかげか、かなり感覚が鋭くなったみたいで人とか動物の気配が明確に感じられるようになった。
結局この魔導書には目的の呪文はなかった。魔導書は背表紙に上巻と書いてあったので下巻の方に目的の呪文があるに違いない。
(もし無いときは…どうするかな~。まあ、なかった時に考えよう。)
子猫はベットから降りるとリビングの自分の籠に潜り込み眠ることにした。
◇
子猫が目を覚ますとエーリカとアデリーナが外へ出かける準備を行なっていた。どうやら薬の材料となる薬草を取りに行くらしい。
エーリカは数年毎にこの村を訪れ村の人に薬を調合してあげている。お金はとっておらず完全なボランティアらしい。村人はお礼に食料などを届け、弟子を派遣することになっている。
「みゃ~」
「あら、プルート起きたみたいね~。一緒に薬草を取りにいく~?」
エーリカが子猫が起きたのを見てついてくるかどうかを聞いてきた。
そう言えば一度も小屋から出てないな事に俺は気付いた。
(このままニート猫ってのも面白くないし、外にでてこの世界を少しは見てみるか。)
子猫はエーリカに飛びついて肩に駆けのぼった。
アデリーナがエーリカの肩に乗っている俺を羨ましそうに見ているが、彼女の方に乗ろうものなら頬ずり・撫で回し・ぐるぐる回転の三段コンボで沈んでしまうのでプィっと横を向いてやった。アデリーナが少し悲しそうな顔をしたがしょうがない。
二人は籠を背負い鎌を持って準備完了し、扉を開けて外に出る。
エーリカの小屋は丘陵から続く森の端に立っており、2LDKぐらいのログハウスぐらいのサイズに見える。家の前の道を行けばアデリーナの住む村に辿りつけるのだろう。小屋の裏手は森~丘陵になっており樹勢が濃く、薄暗く感じる。
「さぁ、薬草を取りに行きましょ~」
エーリカの掛け声を合図にエーリカとアデリーナは小屋の裏手にある丘陵に続く小道を登っていく。子猫はエーリカの肩に登って○カチュウ状態なのでとても楽ちんだ。
初めての異世界の風景にワクワクしていたのだが、今のところ日本人が見て違和感が無い程度の植物や木々ばかりだ。俺としては食人植物とは言わないがせめて見た事も無い植物や動物を期待してたのだが、裏切られた感じである。、
エーリカとアデリーナは村の近況をおしゃべりしながら小道を進んでいく。小道は村人が頻繁に使っているらしく、かなり歩きやすい。二時間ほど歩くと丘陵の中ほどにあるヨモギに似た植物が群生している場所に出た。
どうやらこれが目的の薬草らしい。二人は籠を降ろし鎌で薬草を刈り取り始めた。
「エーリカ様、今年はアーブ草が豊作ですね。」
「助かるわ~。前の村で在庫が切れちゃったので困ってたのよ~。これで熱冷ましが大量に作れるわ~」
さすがにこの状態でエーリカの肩に乗ってはいられなかったので、子猫は下に降りてあちこちうろつくことにした。
ヨモギもどきはアーブ草というらしく熱冷ましの薬になるらしい。子猫は青草臭いアーブ草の群生地を探索している。
「プルート、あんまり遠くに行っちゃだめよ~」
「にゃー」
歩いていると、突然目の前をモンシロチョウにそっくりな蝶が飛んでいく。蝶なんてあっちの世界じゃ見慣れているはずなのになぜか子猫は蝶から目が離せない。
「にゃー」
子猫と蝶の鬼ごっこが始まった。子猫は、時々ジャンプしながら蝶を捕まえようとするのだが蝶は舞うように華麗によける……なかなかの手練だ。
蝶は子猫を誘うように微妙な高度で飛びながらしだいに群生地を抜け森の中に飛び去っていく。追いかけるのに一生懸命の子猫はそれに気づかずにどんどん二人から離れていった。
「みゃぉーん」
そう鳴きながら子猫は大ジャンプからの小パンチを蝶に繰り出した。ひらり~と擬音がするぐらいの余裕で蝶は俺の攻撃を避ける。
そして気が付くと目の前には樹の幹が立ちはだかり、子猫は鼻から幹に突っ込んでしまった。
「みぎゃ」
ズリズリと幹を滑り落ちていく子猫を尻目に蝶は飛び去っていった。
◇
木にぶつかってダメージを受けたことで俺は自分を取り戻した。先ほどの言い表せない興奮状態、まさに猫の本能が全開な状態は何だったんだろうか。
魂は人間でも体は猫だから先ほどのようにキッカケがあれば猫の本能みたいなものが出てしまうのだろうか。それとも猫体に魂が引っ張られ猫化しつつあるのだろうか。
などと自分の状態を分析していると、背後の草むらがガサガサと音をたて細長い棒のような小生物が子猫に襲いかかってきた。
「ミギャー」
すれ違いざまにそれは子猫の後ろ足を切りつけ浅い切り傷をつけていた。
襲ってきたのは体長30cmぐらいの蟷螂だった。大きいからといっても普通は蟷螂の鎌では毛皮を切り裂くことなどできない。この蟷螂は昆虫タイプの魔獣、鉄鋼蟷螂の幼生体だった。
キチキチと音を立て羽を震わせて鉄鋼蟷螂は鋼色の鋭利な刃物のような鎌で斬りかかってくる。
>Here Come A New Challenger ! ROUND1 蟷螂 vs 子猫 Fight<
対戦格闘ゲームじゃないが、子猫と蟷螂のストリートバトルが始まった。
子猫の戦闘能力はまさに子猫なみであり、ほぼ同じサイズの小鉄鋼蟷螂と戦って勝つのはかなりリスキーだ。蟷螂特有のゆらゆらした動作から繰り出される攻撃を何とか裁きながら撤退のチャンスを俺は伺う。
「ニャー!!」
鎌の攻撃をよけてパンチを繰り出したが、子猫の短い爪と柔らかい肉球ではやはりダメージが通らない。じりじりと後退していくうちに俺は木の根元に追い詰められてしまった。
追い詰められた子猫にキチキチと音を立てて小鉄鋼蟷螂は飛びかかって来た。
「ミギャ~」
子猫は前足で頭を抱えて目を瞑ってしまった。
どしん、むぎゅ~。
しかし待てども小鉄鋼蟷螂の攻撃はやってこず、何かを踏み潰す音が聞こえてきた。
「プルート大丈夫~」
エーリカの声がしたので、子猫が目を開けると、小鉄鋼蟷螂はエーリカに踏み潰されていた。
子猫にとっては強敵でも人間にとっては少女でも簡単に倒せる雑魚である。戦いの緊張感から開放された子猫は腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。
「もう、遠くに行っちゃ駄目って行ったでしょ。」
エーリカは腰が抜けた子猫を抱きかかえアーブ草の採集場所に戻った。
「子猫ちゃんどうしたんですか?」
「んとね、鉄鋼蟷螂の子供とじゃれてたみたいなの~」
じゃれてたんじゃなくて戦ってたんですがね。
「にゃーんみにゃー」
蟷螂ごときに負けたのが悔しくて俺は根拠なく有利だったと主張する。
「プルート、今度から相手を見て遊びなさい。後ちょっとで死んでたかもよ(怒)。」
エーリカが怒ってしまったので、反省。ニホンザルの太郎次郎のように反省のポーズをしたら、エーリカとアデリーナが馬鹿受けしていた。
◇
群生地に生えていたアーブ草の大半が刈り取られ、籠に積まれる。採取もそろそろ終わりである。
子猫は草の上で寝転んでいた。先ほどの戦いで手足が擦り傷だらけで痛いのでとりあえず舐めている。
ファンタジー世界なんだから回復魔法で治せないのかな~とエーリカに鳴いてアプローチしているが採取活動に必死で気づいてはもらえない。
まあ小屋に帰ったら治してもらえるだろうと考えていると、なぜか自分で治せそうな気がしてきた。
「ンなー…ミャー…みゃっ…みゅーみゅー…ミャール」
(聖なる…女神よ…我に癒しの手を差し伸べたまえ~ヒール)
なんか頭に浮かんだ呪文らしきものを唱えると薄っすらと体が光に包まれ擦り傷が治っていく。
これは回復の奇跡と呼ばれる神聖呪文であった。前に、女神が別れ際に言っていた加護とはこのことだったのか。女神に対して信仰心がかけらもない俺に対し加護を与えてくれるとは…俺の中で女神の評価が少し上がった。
子猫が回復の奇跡で体を治し終わると、エーリカ達も薬草採集を終えたらしく、アーブ草で一杯になった籠を担いでいた。
「プルート、そろそろ帰るわよ~」
子猫は往きと同じようにエーリカに駆け上った。
「あれ?傷だらけだったと思ったけど……治っている~?」
「みゃおん」
「??? まあ、治ったんなら回復魔法はいらないわよね~。あれ疲れるのよ~」
能天気なご主人でよかった。神聖魔法が使える使い魔猫なんて理解った日にはどうなるやら。
神聖魔法のことはエーリカに知られないように気をつけることにした。
帰り道からはアデリーナの村が一望できた。麦らしき畑に囲まれた数十軒の家屋が見える。
「みっ?」
俺は丘陵地帯から見下ろす風景にものすごい違和感を感じて鳴いてしまった。
普通、見渡すと地平線がありそこで風景は終わるはずなのに俺が見ている風景には地平線が無いのだ。遥か彼方にせり上がるようにして地面が見えている。某○ンダムのスペースコロニーの内部のように風景が見えるのだ。
左右を見回すと同じように地面が盛り上がって見える。円筒形やリングワールドではなく、巨大な球の内側にいるみたいだ。
(ダイソン球? まさかここにきてSFチックな世界設定登場するのかね~太陽はどうなってるんだろう。)
「にゃ?」
太陽を見上げると、まぶしくてよくわからないが地球にいた頃よりかなり小さい感じであり、色も暖色というか赤っぽく恒星というよりは巨大な電熱線の塊が光っているようにも見える。
ファンタジーなら地動説で亀の上の象の上に乗ったお盆が陸地で世界の果てで海が滝のように流れ落ちるってのがパターンだろうに...。
しかしこれでは太陽は沈まないんだがどうやって夜になるんだろうか。あのオッチョコチョイの女神が管理する世界の割に仕掛けがかなり大規模である。
「プルート、よそ見してたら落ちるわよ~」
太陽を見上げて色々考えていたらエーリカの肩から落ちそうになった。
◇
みんなが寝静まった夜。子猫は窓から外を眺めていた。
小屋に帰って来てからずーっと子猫は空を眺めていた。太陽は位置を変えずに明るさと色合いを変え、夕方にはオレンジ色に穏やかに光っていた。そして白熱灯が消えるように暗くなっていった。
夜は真っ暗かと思ったら太陽があった位置に月に似た青白く光る球体が現れた。
「みゃー?」
満月があるなら狼男も変身できるなと俺はなどとつまらないことを考えながらぼーっと空を見ていると、星が瞬いていることにも気がついた。
星も神様の仕掛けなのかそれとも反対側の陸地の光る何かが見えているのだろうか。その夜、子猫は月と星のある夜空を眺めながら窓際で眠りについた。
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