ジャガンの街への道程
"妖精の森"を抜けた俺達は、ジャガンの街に向けて街道を進んでいた。
「エーリカお姉様、前に"妖精の森"で一時間過ごすと外では一週間経っていたと言っておられましたよね。そうすると私達はかなりの時間を森で過ごしてしまったのでは?」
「えーっと一時間で一週間ということは」
アマネが指を折って計算している。
「こっちじや八ヶ月ぐらい過ぎているかな?」
子猫が先に答えを言うと、子猫に計算で負けたショックでアマネがorz姿で落ち込んでいた。
「たぶん大丈夫よ~。あそこの花畑では普通に一日が過ぎてたもの~。」
「「「?」」」
「時間が早く過ぎていたのなら、新月とかタイミング合わないでしょ~。たぶん迷路以外は普通に時間が流れてたと思うのよ~。」
「「ナルホド」」
エーリカの知的な推理に俺とニーナは感心する。アマネは理解できていない様子で、クラリッサは興味がない様だ。
「それなら、他の連中に先回りされていることもないだろう。後はジャガンの街に向かうだけだな。」
帰りの道のりは盗賊ギルドや他の冒険者から狙われることを警戒し、それを躱すために転送門を使ったり、"妖精の森"を抜けたりしたのだ。できれば襲われること無くジャガンの街までたどり着きたい。
しかし、そんな希望は"妖精の森"を出て半日で終わってしまった。
「待ちな。」
林に囲まれた街道を歩いていると、木陰から六人の男達が出てきて俺達を呼び止めた。街道には俺達しかいない。どう見ても俺達を呼び止めたんだろうが、エーリカを先頭に誰も止まらず男達を無視して歩き続ける。
「ちょっと、待てって言ってるだろ!」
リーダーらしき男が側を通りすぎようとした俺達の前に立ちふさがる。
「お前たちが"エーリカとその下僕"達だな。」
「違うわよ~。」「何だそれは?」「違いますわ。」
エーリカ、アマネ、ニーナは即答する。俺としては"エーリカとその下僕"という発言にツッコミを入れたいところだが、何とかこらえた。
「紫色の髪の残念髪型の少女と、真っ赤な硬皮鎧を来た派手なねーちゃんと、獣人二人...余計な嬢ちゃんが増えているが、パーティ"エーリカとその下僕"に違いない。おい、こいつらから冬虫夏草を奪う...」
「火炎弾」
男がセリフを言い終える前にエーリカの魔法がリーダの後ろにいる男達を吹き飛ばし、アマネがリーダの男を切り捨てる。某盗賊キラーの魔法使いよろしく問答無用で盗賊と思しき男達を退治していく。
「誰が、残念髪型ですって~。」
「誰が"下僕"だ!」
もちろん魔法も男達を殺さない程度に威力を抑えてあるし、アマネも峰打ちである。
「これで何組目でしょうか?」
「十組目かな。」
俺達は街道のあちこちでこんな連中に襲われる羽目に陥っていた。最初はまじめに相手をして話も聞いていたのだが、さすがに十組目ともなると面倒になってしまう。
「おかしいわね~。予定じゃこんな連中はもっとジャガンの街から離れているはずだったのに~。」
気絶している盗賊達を縛り上げながらエーリカがぼやいている。
「盗賊ギルドの盗賊たちは、街の近くでずっと私達を待ち伏せているのでは無いでしょうか?」
「それにしては数が多すぎるのよ~」
普通に考えれば、俺達が街に戻ってくるのはどんなに早くても二週間後のはずなのだ、こんな早くから俺達を待ち伏せしている必要はないはずだ。
「それだけ報酬が破格ということなんでしょうね。」
冬虫夏草の依頼の報酬は金貨二万枚、欲に目が眩んだ連中が群がるのはわかるが、こんなに頻繁に遭遇していては街にたどり着くのが何時になるか判らない。
「エーリカとアマネが目立ちすぎるのではないでしょうか?」
ニーナの意見に俺とクラリッサは頷く。紫色の髪の毛の少女と真っ赤な革鎧の女戦士の組み合わせは目立つことこの上ない。ニーナが加わって人数が増えたぐらいではごまかしようが無いだろう。
「二人共、できれば変装して欲しいのですが?」
「や~よ。」「ヤダ」
何故かエーリカもアマネも変装するのを嫌がる。
「お前たちがエーリカと...」
「火炎弾」
結局十四組目の盗賊たちを退治した辺りで二人は変装することに不承不承だが賛成した。
「最初からこうしていれば楽だったと思うのですが。」
ニーナが言うように、エーリカとアマネが変装したことで盗賊達は俺達を襲ってこなくなった。
エーリカは黒いローブを脱いで旅人が着るような服装に着替え、髪の毛は大きめの帽子て隠した。アマネは真っ赤な革鎧を脱いでこちらも旅人が着るような服装にしている。二振りの小太刀も目立つので布で包んで荷物のように手に持っている。
「あの鎧はあたしの冒険者としての信念の形なんだよ。」
アマネが何かブツブツと文句を言っていたが、みんな聞こえないふりをしていた。
◇
変装で敵の目をごまかせたのは二日ほどだった。ジャガンの街まであと三日という辺りからまた俺達は盗賊と今度は冒険者らしきパーティに狙われることになった。
盗賊で有れば問答無用でぶっ飛ばせば良いが、冒険者は冬虫夏草をかけて決闘しろと言ってくるため、闇雲に魔法で吹っ飛ばず訳にもいかず、扱いが難しい。アマネが叩き伏せていたが全員を倒すとなるとかなり時間を食ってしまう。
「眠りの粉」
冒険者達の後ろに回り込んだ子猫は、眠りの粉を唱えて全員眠らせる。冒険者達はエーリカの魔法を警戒しているが、子猫はノーマークであり面白いように魔法にかかってくれる。
「街道を行くのも限界かしら~。」
珍しくエーリカが弱音を吐いた。何しろ休憩する暇が無いくらい次々と襲撃があるのだ、このまま夜になってしまうと寝ることさえできなくなるだろう。
襲撃を避けるため、一旦街道を戻り木陰で俺達は休憩した。みんなの顔には疲労の色が濃い。
「僕に考えがあるのですが聞いてもらえますか。」
俺はこの状況を打破する作戦をエーリカ達に打ち明けた。
「今のままだと街に辿り着く前に数の暴力で僕達は倒されてしまうでしょう。そこで、パーティを街へ冬虫夏草を持っていく人と、敵を引きつける二手に分けたいと思うのですが、どうでしょうか?」
皆は子猫の作戦を聞いて考え込んだ。
「二手に理解れても街へ向かう人が狙われると思うのですが?」
ニーナの質問は予想の範疇である。
「街には僕が一人で向かいます。猫なら待ち伏せしている人も見逃してくれるでしょう。その間皆さんはこの辺りで待っていれば良いと思うのですが?」
子猫一人であれば、襲われない事は確実だと思う。
「確かにうまく行けば現状を打破できるが...」
「プルートならいけるかもね~」
「そんなのダメ、プルートが危ない。」
「私は反対ですわ。」
エーリカとアマネは賛成で、クラリッサとニーナは俺の作戦に反対だった。作戦立案者の俺は賛成だから三対二でこの作戦で行くことをエーリカは決めた。クラリッサは最後まで反対したが、襲撃者に狙われるエーリカ達の方が危険だと言い聞かせ、なんとか納得させた。
念のため冬虫夏草をエーリカと俺で半分づつ持つことにし、子猫は一人ジャガンの街を目指して駈け出した。
◇
街道を子猫が一匹で走るのは目立つため、俺は街道の側を岩陰や茂みなどの障害物に身を隠しながら進んでいた。あちこちに待ち伏せしている盗賊や冒険者達がいたが、子猫を見つけたとしても襲ってくることはなかった。正確に数えたわけではないが、あのまま進んでいたらおそらく数十組の襲撃者に遭遇していただろう。
眠らなくて良いという使い魔の特性を活かして三日の間歩き続けた子猫は、ジャガンの街の外壁が見えるところまで辿り着いた。
「後は門を通ってギルドに届けるだけだな。」
街が見えたことで俺には油断が有ったのだろう、振り下ろされる斧に子猫は回避が一瞬遅れた。
「ミギャ」
子猫は紙一重で大斧の刃を避けて、前に飛び出した。後ろを見ると二メートルを超える大男、ランベルトが大斧を振り下ろしていた。
ランベルトは前に冒険者ギルドで獣人の子供を蹴り飛ばし、それを注意したクラリッサに襲いかかってきた危ないやつだ。
「ランベルト、そんな子猫を虐めてもなんの得にもならんぞ。」
ランベルトの背後に彼のパーテイ仲間だろう三人の男達が立っていた。
「こいつはエーリカの弟子と一緒に冒険者ギルドにいた猫だ。多分使い魔だろう。そいつが一匹でこんな所をウロウロしているのはおかしい。」
(大男の癖に意外と頭が回るな。)
ランベルトの冒険者ランクは上級の下、超一流の冒険者といわれるランクである。力だけでそのランクに上がれるはずもなく、頭の回転も人並み以上である。大男で力任せの戦士にしか見えないことで彼を侮ってはいけない。
「へー、そんな子猫が爆炎の魔女の使い魔ね~。たしかにすごい魔力を感じるな。」
魔法使いらしいローブ姿の男が杖を弄びながら子猫を見つめる。
(まずいな、こっちは見晴らしの良い場所だ、魔法を使われたら避けきれない。)
茂みから見晴らしの良い草原にでた所を襲われたので、子猫の隠れれそうな茂みや木はランベルト達の背後にある。さすがに奴らも子猫が茂みに飛び込むのを黙って見ていてはくれないだろう。
「捕まえておけば魔女と取引の材料に使えるだろう。」
「そうだな。なにせ金貨二万枚のお宝だ、取引材料は多いほうが良い。」
盗賊風の男と弓を持った狩人風の男が武器を構えた。魔法使いも呪文を唱える準備を整えている。たかが子猫と侮らない所にランベルトのパーティの優秀さが伺える。
(まさに絶体絶命だな。しかし、こんな上位の冒険者まで冬虫夏草を狙ってくるとは予想外だな。)
子猫はジリジリと横に動きながら動き出すタイミングを計っていた。
「取引に使うなら殺しちゃマズイだろ。俺に任せとけ。」
魔法使いは子猫を眠らせて捕まえるつもりか、眠りの粉魔法の魔法を唱えだした。範囲魔法である眠りの粉魔法は避けるのが難しい。
(これはチャンスだな。)
「ミャー」
「眠りの粉」
魔法使いが呪文を唱えきる前に子猫は神聖魔法を発動させた。
「「何!」」
魔法使いの眠りの粉魔法は見方であるはずの盗賊と狩人を目標として発動した。不意を突かれた二人はそのまま倒れて眠ってしまう。
「馬鹿野郎、何をしてるんだ?」
「わ、わからん、子猫を狙っていたはずなのに、なぜか途中で彼奴等に目標が移っちまった。」
魔法使いは何故フレンドリーファイヤーしてしまったか理解らずうろたえている。
子猫の唱えた呪文は"目標の変更"の奇跡。この前女神にあった時から使えるようになった奇跡で、かけた相手が目標としている対象を変更できるというものだ。この奇跡で魔法使いの眠りの粉魔法の目標を子猫から味方の盗賊に変更したのだ。通常魔法と違って神聖魔法は呪文の詠唱だけで良いのでこういった使い方もできるのだ。
とにかく、ランベルトが魔法使いの異常な行動に驚いて子猫から注意を逸らした。俺はその隙をついて茂みの中に走りこむ...つもりだったが、ランベルトは大男とは思えない素早さで俺の前に回り込んだ。
「何をしたのか知らんが、逃がさん。」
「みゃーっ」
子猫はランベルトの振り下ろす大斧を紙一重で避けながら何とか魔法を使う機会を伺う。ランベルトの斧さばきは凄まじく、本来両手で持つ大斧を片手斧の様に振り回す。俺が子猫で小さいためなんとか回避できているが、人に変身していたらあっという間に肩がついていただろう。
ガッ、ガッ、ガッ
ランベルトの三連撃を子猫は転がりながら避け、地面にめり込んだ大斧が地面を耕す。後ろではフレンドリーファイヤーをしてしまったショックから立ち直った魔法使いが再び魔法を唱えようとしているのが目に入る。
(このままだとまずいな。)
子猫は何回かランベルトの攻撃を避けていたがその攻撃の単調さに気付かなかった。大斧を避けたと思った瞬間にランベルトの蹴りが飛んできて子猫はそれを避けきれず十メートルほど吹っ飛ばされてしまった。
危うく意識が飛びかけたが、なんとか子猫は意識を保つ。肋骨を何本か折られたみたいだが、気絶したフリをして密かに回復の奇跡を唱え治療しておく。
「手間取った。」
ピクリとも動かない子猫を見てランベルトは大斧を降ろした。魔法使いもそれを見て警戒をとき、眠っている仲間の方に向かった。
(今だ!)
「みゃーみゅーにゃ~ん」
子猫は起き上がると尻尾と魔法の手を使って電撃の魔法をランベルトと魔法使いに放った。不意を突かれた魔法使いは電撃の矢の直撃を喰らって倒れてしまった。ランベルトはとっさに大斧を盾にして電撃の矢を受け止めたが、電撃の余波を喰らって動きが鈍ってしまった。
「馬鹿な、確かに手応えがあったのに。」
ランベルトも使い魔の子猫が神聖魔法を使って身体を治せるとは思いもよらなかっただろう。回復の奇跡がなければ子猫はあそこで倒れたままだったろう。
「みゃ~ん」
子猫は動きの鈍ったランベルトの足元に氷の槍を打ち込み彼の足を凍らせて動きを封じ込めた。
「なー」
動けないランベルのパーティを尻目に子猫はジャガンの街に向かって駈け出した。
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