妖精の森
ネーロの街からの追っ手を避けるため、俺たちは街道を外れて進んでいた。
「エーリカお姉さま、"妖精の森"ってどんな所なんでしょう?」
「そーね~、霧がずーっと晴れない森かしら~?」
「「「霧?」」」
「私が入った時はそうだったわね~。」
「私がって事は、人によって森はその姿が変わるってことなんでしょうか?」
「そうみたいなんだよね~。私が助けだした人は普通に森の中を彷徨っていたみたいなのよ~。」
エーリカの話をまとめると、
"妖精の森"の中は人によって変化してしまう。
複数人で一緒に入った場合はバラバラではなく同じ森として感じるらしい。
森を抜けるのに約一週間かかり、森の中では精霊魔法は使えるが神聖魔法や普通の魔法は使いづらい。
森の中は魔獣がいないので安心して進める。
エーリカはこれまで三回、"妖精の森"を通り抜けているがフェアリーには会ったことがない。
ということだ。
「フェアリーに一回遭ってみたいのよね~。」
「私も会ってみたいです。」
「猫の妖精はいないのかね」
猫の妖精はケット・シーだよと俺は心のなかでアマネに突っ込んでいた。
夜通し草原を歩き続けると明け方頃に草原から湿原に地形が変わってきた。
この湿原の向こうに"妖精の森"があるのだが、徹夜で歩き続けたエーリカ達は疲れ果てていたので、ここで一旦休憩を取ることにした。
簡単な朝食を取ると女性陣は仮眠を取ることになった。
「プルート見張りをお願いね~。」
「ニャ~」
移動の間ずっとクラリッサに抱っこされていた子猫は見張りに立つことになった。
みんなが寝静まった時間を利用して俺は魔獣の素材をアントンに送ることにした。
最初に倒した小型の金剛甲虫は黒焦げで使えなかったが、最後に倒した大きい方は、頭以外は比較的無傷でちょうど良い素材がとれたのでエーリカが確保しておいてくれたのだ。
あの戦いで俺はアントン作の小太刀を壊してしまった。
そこでアントンに代わりの武器を金剛甲虫の素材で作ってもらうつもりだ。
「?」
素材をアントンに送るのと入れ替わりで何かが届いた。
「頼んでいたものが出来たのか。」
アントンに以前頼んでいたものは小さな鈴が着いている首輪である。
これを首につけることで子猫は、体は子供で心は大人の名探偵よろしく人間の言葉で喋ることができるのだ。
「着けて試してみよう。」
一緒に送られてきた説明書きによると鈴を触ることでON/OFFできるとこのとだった。
「えーっ、テスト、テスト」
ちゃんと人間の言葉になっているみたいである。
声の質はグリーンライトリバーさんみたいな声が希望だったが、某麦わら海賊王みたいな声だった。
もう一つ届いていたものは、どう見ても何も書かれていないプラカードである。
これは手に持っていると思ったことが表示されるというもので、昔読んだラノベでネコ型のアンドロイドが持っていたのを再現してもらったものだ。
首輪があればいらないのだが、実は別な使い道を考えている。
お昼前に仮眠をとっていたエーリカ達は起きだした。
「あれ、プルートそれは?」
クラリッサが目ざとく首輪を見つける。
「これは僕が喋れるようになる首輪だよ。」
「「「!」」」
子猫が喋ったのを聞いて全員が固まる。
「プルート、猫が喋るのは邪道だ!」
アマネが涙を流しながら子猫に説教してくる。
「私は可愛いと思うのですが?」「いいんじゃない~」
エーリカとニーナは問題ないらしい。
「その首輪と鈴かわいいね」
クラリッサはもともと会話が成り立っていたので気にしないというか首輪と鈴が子猫に似合っているかどうかを気にしている。
多数決で首輪はありとなった。
アマネが恨めしそうに子猫を睨むが、子猫の際に意思疎通が取れないのはパーティとして問題があるので首輪は着けておくことになるだろう。
朝と同じく保存食による簡単な昼食の後、"妖精の森"に向けて出発する。
「プルートも変身しておいてね~」
そういえば変身してなかったなと思い変成の魔法で人間の姿になる。
アントンに作ってもらったマジックアイテムはサイズフリーなので首輪も着けたままだったのだが...。
「プルートさん、素敵ですわ。」
変身後は首輪付き猫獣人少年となってしまうことを失念していた。
ニーナはもとよりエーリカやクラリッサ、果てはアマネまでが何故か俺に熱い視線を送ってくる。
「人間だと首輪はいらないよね...」
俺が首輪を外そうとすると、その手をクラリッサとニーナが掴んで首を横にふる。
結局俺は首輪を着けたままでいることになった。
◇
湿地帯の一本道を抜けると"妖精の森"が見えてきた。
"妖精の森"といっても外から見ると普通の森で特に変わったところは見つからない。
「それじゃ入るわよ~」
しかし、俺達が一歩森に入るといきなり風景が変わってしまった。
「シダ?これじゃジュラ紀の森だな」
外から見た時には広葉樹が生い茂る原生林に見えていたのだが、中に入るとうっすらとモヤがかかり、シダやソテツ、針葉樹が生い茂り、暖かな湿り気のある空気が辺りを包んでいた。
俺は昔見たジュラ紀の森の想像図を思い出していた。
「ジュラ紀?」
俺の言葉にクラリッサが首をかしげる。
「もっと南にある島にこんな森があったわね~
「恐竜とか出てきそうだな」
○ュラシックパークよろしく今にも木の影からティラノサウルスが出てきそうな雰囲気に俺は少し緊張している。
「恐竜って竜?"妖精の森"にそんな危険な魔獣はいないわよ~」
エーリカは相変わらずのほほんとしているが、それが俺達の緊張を解してくれた。
「エーリカは森の中は霧に包まれていると言ってたが、この森は少し違わないか?」
「そーね~。ちょっと違うかも?」
アマネの質問に首をかしげるエーリカ。
「エーリカお姉さま、もしかして道がわからないとか?」
ニーナが恐る恐る聞くと、
「大丈夫、道を知っているといっても地形とか覚えてるんじゃなくて、精霊が教えてくれるのよ。」
「「「精霊?」」」
エーリカによると彼女は道を知っているのでは無く、精霊と会話をして森を抜ける道を教えてもらっているらしい。
精霊の言葉は人間と異なり明瞭に伝わってくるわけではないのだが、どちらに行けばよいかぐらいはエーリカはわかるそうだ。
「さすが、エーリカお姉さま、だてに歳は...ぐふっ」
余計なことを言いそうになり、ニーナはエーリカのボディブローを喰らって悶絶していた。
◇
エーリカが時々立ち止まって何かと話しをして進む方向を変える。
"妖精の森"の中をそうやって俺達は進んでいく。
「本当に進んでいるんだよな。さっきから同じ所をぐるぐる回っている気がするが?」
何回も方向を変えるエーリカにアマネが不安そうに聞く。
「やーね、私にも理解るわけ無いじゃない~。ここじゃ精霊が言っていることを信じなきゃダメよ~」
エーリカ曰く精霊は嘘をつかないそうだ。
「アマネさん、精霊は嘘をつけるほど賢くはないのです。」
ニーナの言葉にアマネは頷くが、やはり何回も方向を変えて進むという進み方に戸惑っていた。
そういう俺も何故か遭難してしまったように感じているのだが、エーリカは自信満々というかいつも通りなので彼女を信じることにして黙って後を着いて行く。
何回、いや何十回目かの方向転換の後、
「そろそろ目的地に着くわよ~」
とエーリカが言う。
「さっき森に入ったばかりだと思うのだが?」
アマネの疑問の声に俺達は頷く。
実際森に入ってから二時間も経っていないはずだ。
「"妖精の森"じゃ時間の流れたおかしいのよね~。前も一時間で森を抜けたと思ったのに出てみたら一週間経っていたもの。」
お伽話て妖精と遊んで帰ると故郷では数十年経っていたとかあるが、"妖精の森"はそんな場所なのかもしれない。
前の方に森の切れ目らしき明るい場所が見えてきた。
それが森の出口なのだろう、俺達はそこに踏み込んだ。
「あれ~?」
森を抜けたと思ったがそこは一面の花畑であり、蝶や蜻蛉のような羽を持ったフェアリーたちが飛び交っていた。
「エーリカおばさま、未だ"妖精の森"を抜けてないみたいですが?」
エーリカもかなり動揺しているのだろう、ニーナに突っ込むのすら忘れてフェアリーを見つめていた。
クラリッサとアマネはフェアリーを物珍しそうに見ており、俺もフェアリー達を見上げて、その華麗なダンスに見惚れていた。
「あれ、変身が解けてる!」
気が付くと俺は変身がとけ子猫の姿に戻っていた。
「エーリカ、説明を求める。」
「おかしいわね~、精霊は"こっちに進んで”って言ってたのよ~」
「精霊は嘘を言わないとお前が言っていたはずだが?」
「エーリカお姉さま、精霊に道を聞いたのですよね?」
「私達の進むべき方向を教えてって聞いたわよ~。なんでこんな所に案内されるの~」
珍しく頭を抱えて悩むエーリカだが、これはエーリカのせいではなく、精霊があえて俺達をここに導いたのだろうと俺は考えた。
多分ここに俺達が来るように精霊を使って誘導した奴がいるはずだ。
「侵入者はっけん~」
「人間がここにきちゃいけないんだ~」
「あっちいけー」
俺達が呆然としているうちに気が付くと周りをフェアリーたちに囲まれてしまっていた。
フェアリーたちは俺達を取り囲んで騒ぐだけで何もしてこないのだが、かなり鬱陶しい。
「可愛いのですが、これだけ集まるとちょっと怖いですわ。」
「さすがに蹴散らして進むのは無しだな」
「研究用に一匹捕まえたいわ~」
エーリカが不穏な発言をした瞬間、蜘蛛の子を散らすようにフェアリーが飛び去っていった。
フェアリーはかなり臆病な連中らしい。
「騒がしい。お前たちはどこかに行ってなさい。」
俺達がこれからどうすべきか悩んでいると、小さなフェアリーを追い払いながら一人の女性がやって来た。
背中に蜻蛉というより薄羽蜻蛉の様な巨大な羽をもつ彼女は、人ではなく噂に聞く人間サイズのフェアリーなのだろう。
「レ・フェアリー達が騒がしく申し訳ありません。私はグ・フェアリーのクリスティーナと申します。」
人間サイズのフェアリー(グ・フェアリー)はクリスティーナと名乗り、俺達に頭を下げた。
彼女は長い金髪とスレンダーな体型の女性で薄手のローブのような服をまとっている。
(松本美女?)
それが俺の彼女の容姿に対する感想だった。
「今日驚かされることばかりね~。普通のフェアリーだけじゃなくて人間サイズのフェアリーにまで会えるなんて~」
エーリカはひどく感激しているみたいだ。
きっと研究者魂をくすぐられたのだろう、なにか一生懸命羊皮紙に書き込んでいる。
「私達はここに迷い込んだだけなので、森の出口を教えていただきたいのですが?」
ニーナの言葉にクリスティーナは首を振る。
「あなた方をここにお導きしたのは私なのです。ぜひあなた達に"妖精の森"の危機を救っていただきたいのです。」
そう言ってクリスティーナは俺達に膝を折って頭を下げた。
「危機ですか?」
子猫がたずねるとクリスティーナは驚いた様子で俺を見る。
「ケット・シーがこんなところで何をしているのかしら?」
「僕はケット・シーじゃありませんよ。」
「あらごめんなさい。じゃ貴方は何者?」
「そこの魔女、エーリカの使い魔です。それより危機についてお話を聞きたいのですが?」
「あらら、ごめんなさい。立ち話も何ですので私の家に来ていただけませんか?」
俺たちは彼女の家にお邪魔することになった。
彼女の後に続く俺達の後を大勢のレ・フェアリーが着いてくる。
「なぜこんなについてくるんだ?」
アマネが後ろを振り向くとレ・フェアリーは逃げ出すのだが、しばらくするとまた集まってくるのだ。
「レ・フェアリーは好奇心が旺盛で珍しいものがあると近寄らずにはいられないのです。」
「なるほど~。」
エーリカは一生懸命メモを取っている。
クリスティーナの家はキノコの形をした小さな可愛らしい家だった。
家の中はとても狭く、俺達四人と一匹が入るのがやっとだった。
クリスティーナ容姿に似合わずかなり少女趣味な内装の部屋だった。
テーブルにとてもよい香りのお茶が人数分と可愛らしいクッキもーお茶うけとして出される。
「それでは、"妖精の森"の危機についてお話します。」
午後のお茶会といった雰囲気の中、"妖精の森"の危機についてクリスティーナから聞かされるのであった。
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