ネーロの街からの脱出
お気に入り三桁目指したいです
俺達が出発の準備をしている間に宿の階下が騒がしくなってきた。
どうやらニーナを探して兵士がやってきたらしい。
二階に上がってくるのも時間の問題だろう。
「追手が来たみたいだね。」
「下から出るのは難しいかもね~。」
「どうするんだエーリカ?」
アマネの問いかけにエーリカは窓を指差す。
「キャーッ、プルート怖い~。」
「ニーナうるさい」
俺達は宿の窓から飛び降りる羽目になったが、ニーナはなかなか飛び降りることができず、俺が抱きかかえ飛び降りる事になってしまった。
俺にしがみついて飛び降りるニーナをクラリッサが睨むが、ニーナはお構いなしに逆にもっと体を密着させるようにしがみついてくる。
俺とニーナが飛び降りると同時に部屋にアーノルドが踏み込んで来た。
「姫様お待ち下さい。……ええい宿の裏に兵を回せ。」
窓から身を乗り出してアーノルドが叫んでいるのを尻目に俺たちは街の中を駆け抜けて行った。
(お姫様を連れてダイブして逃亡って気分はカリ城だな)
ニーナを抱えて走りながら俺は少しワクワクして来た。
俺達はネーロの街をサッサと抜け出すつもりだったのだが、太守の配下である兵士が街のいたるところに立っており、なかなか街の出口である門に近づけないでいた。
「見てきたよ、街の出口はどちらも兵士が一杯で通り抜けるのは難しいね。」
出口を偵察に行って戻ってきたアマネがそう報告する。
ネーロの街も魔獣の森に近い為、高さ三メートルの城壁で囲まれており、出入口は二つの門しかない。
そのどちらも大勢の兵士で固められているみたいだ。
俺達の戦力であればこの街の兵士の数十人ぐらいは蹴散らせる。しかしそれをやってしまったら、いくらニーナが擁護してくれても犯罪者として指名手配されてしまうだろう。
「意外と手が早いわね~。ニーナ、この街の太守って誰だったかしら~?」
「たしか、す、スカポンタンさんとかおっしゃる方だったような?」
「スカポンタンじゃなくてスカタンだわね~。ああ、あいつこんなところで太守やってたのね~。」
「そうですスカタン男爵ですわ。あの出っ歯でいやらしい目つきの中年の方で、夕食の宴の際もことあるごとに私にさわろうとするので思いっきり足を踏んづけて上げましたわ。」
「貴族の御令嬢に手を出して左遷されたはずなのに、こりないわね~。」
どうやらこの街の太守であるスカタン男爵をエーリカは知っているらしい。
なかなか間抜けそうな名前の男爵だ、しかし出っ歯でいやらしい目つきの中年か、もしかしてと思い俺はエーリカに尋ねてみた。
「スカタン男爵の知り合いに怪力お馬鹿の人とか色気ムンムンの女性貴族はいませんか。」
「プルート、あなたスカタン男爵のこと知ってるの~?その二人なら昔よく男爵と組んで悪いことばかり企んでたわ~。」
「マジデスカ!」
冗談のつもりで言ったのだがどうやら想像していたような人たちがいるらしい。
ぜひ集まって「やっておしまい」を言ってもらいたいものだ。
「スカタン男爵なら、出口を抑えていろいろ姑息な罠を準備してそうだわね~。」
エーリカの感想に俺も同感だが、しかしその罠もどこか抜けていそうに思える。
そんな話をしているうちに俺の体を激しい痛みが襲う。
「もう時間が来てしまったか。」
脱出方法について相談をしている内に変身時間が切れてしまい、俺は子猫に戻ってしまった。
「いい考えが浮かんだわ~。」
エーリカが変身が解けた俺を見て作戦を思いついたらしい。
俺を見つめるエーリカの目が妙にニヤけているのを感じ、何故か背筋に悪寒が走った。
◇
「姫様が屋敷に戻られただと?偽物じゃないのか?」
ネーロの街の出入口の門で、ニーナ姫を連れて逃げ出すであろうエーリカを張っていたアーノルドに太守の屋敷から連絡が入った。
「スカタン男爵も確認して、姫様だとおっしゃっておられます。」
「エーリカ様はご一緒なのか?」
「いえお一人で戻ってこられました。」
アーノルドは考えた。
エーリカがニーナ姫を見捨てるはずはない、その姫は偽物に違いないと。
「スカタン男爵は、姫が見つかったのだからと街の兵士を下げさせるおつもりです。アーノルド殿も屋敷にお戻りください。」
「その姫は偽物に違いない。まだ兵士を下げてはいかん。」
「アーノルド殿、それは男爵にお言い下さい。」
そう言って伝令を伝えた兵士は帰って行った。
アーノルドは歯ぎしりしながら屋敷に向かった。
太守の屋敷ではスカタン男爵が上機嫌で待っていた。
「遅かったじゃないの~。」
「スカタン男爵、屋敷に戻られたニーナ姫は本当に本物なのですか?」
「や~ね、僕の目を信じてよ。僕が愛しのニーナ姫を見間違うわけがないでしょ。」
スカタン男爵が血走った目をアーノルドに見せつけてくる。
そんな男爵にアーノルドは「ニーナ姫はあんたに嫁ぐ訳じゃない」と言いたくなるのをかろうじて堪えた。
「それで姫様は今どちらに?」
「エーリカに裏切られて気分が悪くなったって部屋にこもっているわよ。後で僕がニーナ姫を慰めてあげないといけないわね。」
勝手なことを言う男爵をほっておいてアーノルドはニーナ姫の部屋に向かった。
部屋の前にはアーノルドの部下の兵士が立っており、見張りをしていた。
「姫は中か?」
「はい、一歩も部屋から出ておられません。」
「中に人は?」
「侍女と兵士が二人お側に控えております。」
アーノルドが部屋に入ると侍女と兵士が立って控えていた。
「姫は?」
「気分が悪いとベットに寝ておられます。」
ベットは姫が布団にくるまっているのかこんもりと盛り上がっていた。
「ニーナ姫、どうか諦めてバーノル伯爵との縁談に望んでください。それがお父上のご意思でもあります。....ニーナ姫?何かおっしゃってください。」
アーノルドはぴくりとも動かず返事もしない姫の様子に疑問をいだいた。
布団を剥ぎとってしまうと手を伸ばし、さすがにベットの中にいる姫様の布団を自分が剥ぎ取るのはまずいだろうと思い直した。
姫付きの侍女に言い、布団をめくるように命じる。
「姫さま、申し訳ありませんがお布団を取らせていただきます。」
侍女が布団をそっと取ると、中にはニーナ姫がおらず、小さな子猫が座っていた。
「ひ、姫さまが猫に...子猫になってしまわれました。」
侍女はそこでへなへなと座り込んでしまった。
時間は少し遡る。
変身が解けた子猫を見てエーリカは街を脱出するための作戦を思いついた。
それは子猫がニーナ姫に化けて兵士を騙し、太守の元に戻って敵を油断させるというものであった。
「そんなに簡単にニーナに変身できるのですか?」
「目の前にニーナもいるし、魔法陣も今のやつから少し変更するだけで短時間ならニーナに変身できると思うわ~。」
「それならプルートじゃなくて私が変身する。」
クラリッサがそう申し出たが、エーリカが首を振る。
「クラリッサじゃバレた時に逃げ出すのが大変でしょ~。プルートなら猫だから相手も捕まえようとは思わないわよ~。」
「どうせならエーリカが変視いすれば良いのでは無いでしょうか?私の事よく知っているし、私のことを良く知らないプルートより適役だと思うのですが?」
「え、えーっと、私はちょっと変成の魔法はかけれないというかなんというか~。あーん、もう、ごちゃごちゃ言わないでプルート男なんだから貴方が身代わりになりなさい~。」
エーリカが意味不明の論理で子猫を身代わりに押し立てる。
「ニャ~」
エーリカは地面が露出してる場所を見つけるとそこに魔法陣を書いていく。
十分ほどで描かれた魔法陣の上に子猫をのせて変成の魔法を唱えると子猫はニーナ姫に変身してしまった。
(大事なもの無くしただけじゃなくて、とうとう女性に変身しちゃったな~)
また俺は大事なものを失った気がした。
「猫耳も尻尾もないわね~。うん、成功だわ~。」
「どれくらい変身は持つのでしょうか?」
「そうね~一時間ぐらい?」
「なら急がないとまずいですね。具体的には僕はどうすれば良いのでしょうか?」
「えーっと、太守の屋敷に行って捕まってしまえば良いと思うわ~。セコイ、スカタン男爵のことだから、貴方が捕まれば兵士の動員をやめて引き上げちゃうと思うの~。そしたら私達は門から簡単に出て行けるわ~。」
「そんな簡単に行くものなのかね~。」
アマネが不安そうに言う。
俺にもかなりざるっぽい作戦に思える。
「大丈夫、スカタン男爵は間抜けだからね~。」
一抹の不安を覚えながらもエーリカの作戦は決行された。
ニーナに変身した俺は太守の館に向かい出てきた兵士に保護された。
アーノルドが屋敷にいたらどうしようと思っていたが、どうやら彼は門の所にいるらしい。
「エーリカおばさまには裏切られましたわ。」
出迎えたスカタン男爵そう言うとあっさりと彼はそれを信じてしまった。
スカタン男爵は出っ歯で大きな鼻に特徴的な髭とまさにアレな人であったので笑いをこらえるのに一苦労した。
こらえるのに下を向いて顔を隠していたのを泣いているのと勘違いしたのか、男爵は優しくニーナを慰め、部屋にこもるのを許可してくれた。
部屋にはお付の侍女や護衛の兵士が同室したが、バレるのをおそれ俺は気分が悪いと布団に包まってしまった。
一時間ほどで変身が解けてしまったが、布団にくるまっていたのでばれずにすんでいた。
そろそろ布団からこっそり出て逃げようと思った矢先にアーノルドが部屋に入ってきたのだ。
「ニーナ姫、どうか諦めてバーノル伯爵との縁談に望んでください。それがお父上のご意思でもあります。....ニーナ姫?何かおっしゃってください。」
「姫さま、申し訳ありませんがお布団を取らせていただきます。」
答えることが出来ないので黙っていると侍女が布団をめくってしまった。
「にゃ」
「ひ、姫さまが猫に...子猫になってしまわれました。」
侍女が腰を抜かすのを尻目に子猫はベットを飛び降り扉を目指して走った。
どうやって扉を開けようかと思っていたら
「ニーナ姫、貴方のスカタン男爵が慰めに来ましたわよ~」
と男爵が丁度入ってきた。
「にゃ~」
子猫は男爵の足の間を走り抜けそのまま屋敷から逃走した。
◇
門を抜けネーロの街を出た俺はエーリカ達がいる待ち合わせ場所に向かった。
街道を道なりに進み目印となる大きな岩を見つける。
子猫を見つけたのかエーリカ達が出てきて俺を迎えてくれた。
「プルートお疲れ様。」
クラリッサが俺を抱き上げる。
「追手が来る前に離れよう。」
追手は俺達が"妖精の森"を通り抜けることを知らないはずなので街道を進むだろう。
夜陰に紛れ街道を外れて進む俺達を見つけることは出来ないはずだ。
("妖精の森"か、フェアリーって神様信じてくれるかな?)
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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