クラリッサの秘密
「お久しぶりですね英二さん、いや、今はプルートさんですか。大事なことなので二回言いました。」
「なんで大事なのかよくわからないが、それより何故お前に猫耳と尻尾が生えているのか教えて欲しい。」
久しぶりに会った女神にはなぜか猫耳と猫尻尾が生えていた。
「そ、それは...プルート、貴方のせいです。」
女神は俺を指差して言い切る。
「貴方が猫とか犬の信者ばかり集めるので、私はこんな姿になってしまったんです。」
神は信者からの信仰心がそのまま力として反映されるらしい。
つまり人からの信仰が多いと人に近く、またゴブリンや魔族などから進行されると邪神となってしまう。
好奇心の女神は俺が集めた猫と犬の信者の影響をモロに受けて耳と尻尾が生えてしまったらしい。
「猫の俺に信者を集めさせた時点でそうなることに気づけよ。」
女神の言いがかりを一言のもとに俺は斬って捨てた。
「ひどい...お陰で回りの下級神から馬鹿にされるし大変だったのですよ。」
女神がorzポーズでへこんでいる。
「それより、何故今まで連絡してこなかったお前が、急に俺を呼び出したんだ?俺はクラリッサの看病で忙しいんだ。」
「そのクラリッサ、彼女についてお知らせしたいことがあり今回貴方を呼び寄せました。」
「まさか、彼女が死ぬとか...」
「いいえ、未だ彼女は死にません。」
「そうか、焦らすなよ。ん?未だって?」
「ええ、未だです。まず貴方には彼女の正体を伝えたいと思います。」
「クラリッサの正体?彼女にどんな秘密があるんだ?」
「えーとですね、実はクラリッサは猫なのです。」
「な、なんだってー!」
女神の言葉に愕然とする俺。
俺に肉体があったら某漫画のキバヤシのような顔をしていただろう。
「正確には彼女の魂が猫なのです。」
「クラリッサは猫獣人だが猫じゃないぞ。」
女神がボケたのではないかと俺は念のために突っ込んでおく。
「猫娘ですが、魂が猫なのです。貴方を転生させるときに一緒にいた子猫の魂を覚えていますか?あの魂が彼女の肉体に入っているのです。」
「俺の事故の原因となった子猫か?」
「そうです。間違ってあなたは猫の体に入りましたが、子猫の方は貴方が転生するはずだったクラリッサの体に入ってしまったのです。」
「何故すぐに魂を戻さなかったのだ?」
「生き返ったクラリッサに喜ぶ両親を見た子猫がこのままで良いといったので...」
「あいつが望んだのか...ならしょうがない。クラリッサがあのときの子猫だというのは判った。」
「...納得するのが早いですね。」
「いろんなことがあって慣れちまったよ。それより未だってどういう意味か教えてくれ。」
「子猫の魂が入る前、クラリッサは遊んでいた木から落ちたショックで死んでいました。そこに子猫の魂が入ることで生き返りました。ただそれは不完全な復活であり、子猫の魂では生きていくのに限界が生じてしまったのです。おそらく彼女の寿命は後三年ぐらいでしょう。」
「...今更感が漂うのだが、女神の力でなんとかならないのか?」
「今の私の力では難しいですね。ただ信者が増えてくれれば、なんとかできるかもしれません。」
「また信者集めかよ。」
「神の力の源は信仰心です。」
「どれだけの人数が必要なんだ?今度は二百人か?」
「最低でも一万人は必要です。」
「...多すぎる。それだけの信者を集めて儀式とは無理ゲーだろ。」
「ミサとかの儀式は必要ありません。信者を増やすだけで良いのです。」
(三年で一万人か、あいつのためにやるしかないのか...)
短い間だが一緒に暮らしてきたクラリッサは俺のために命すらかけてくれた。
そんな彼女をこのまま死なせるわけにはいかない。
俺は彼女の為に信者を集めることを決意する。
「ところで、クラリッサは子猫が転生した英二だということを知っているのか?」
「ええ、あった瞬間に気がついたそうです。自分の為に命を失った貴方に御恩を返したいと思っているみたいです。」
「そんなことしなくてよいんだけどな」
俺にくっついて来たのはご恩返しの為とは、生まれ変わったんだし、もっと自由に生きればよかったのに。
「そろそろ彼女が目覚めます。」
「そうか、じゃ俺も戻らないとな。」
「彼女の寿命については秘密にしておいてください。」
「絶対喋らないよ。」
間違って獣人の少女に転生してしまったが、生き返った事を喜ぶ両親の為に人として生きていくことを了承した優しい子猫の魂を俺は救ってやろうと決心した。
「ん?獣人の少女...俺の転生先....女神よ、俺を少女に転生させるつもりだったのか?」
「では信者集めをよろしくお願いします。できれば信者は人でお願いします~」
女神は俺の叫びを無視して消えていった。
俺は寝ているクラリッサの横で目を冷ます。
「女神め次に会ったら絶対引っ掻いてやる。」
殴るじゃなくて引っ掻くとなっている辺りが、俺が猫になじんでしまったことの証だろう。
「ん....」
クラリッサが目を醒ました。
夜は明け、辺りは明るくなっていた。
「おはよう。」
「おはよう、プルート」
「気分はどう?」
「ん、大丈夫問題ない。ずっと看ててくれたの?」
「僕を庇って怪我したクラリッサをほっておけないよ。」
「プルートは優しいね。」
「クラリッサの方が優しいね」と言えないまま、俺は彼女に抱き抱えられるのだった。
◇
俺達は冬虫夏草を入手したので、後はジャガンの街に戻るだけだ。
まずは魔獣の森を抜け街道を目指すのだが、回復したばかりのクラリッサは安静にしておいた方が良いとエーリカが言うので、俺が人間に変身して担いで運ぶことになった。
「プルート重くない?」
「いや、大丈夫。」
力の腕輪があるので実際問題、クラリッサ程度は重くない。
魔法の手も使いしっかりと背負っている。
クラリッサもしっかり俺にしがみついてくるので森の中を歩いても問題ない。
「イチャイチャ禁止」
「クラリッサずるい」
エーリカとニーナがぶつぶつを文句を言うのを聞き流しながら一行は森を進むのであった。
魔獣の森を抜けるのは往路よりも早く四日で街道まで出ることができた。。
俺をクラリッサに独占されてニーナがすごい不機嫌であっただが、さすがに怪我人に文句をいうこともできないのか森を抜けるまでは大人しくていた。
「クラリッサさん、そろそろプルートさんから降りても良いのでは?」
「まだ少し不調。もうちょっとプルートに運んでもらう。」
「もうちょっと、もうちょっと既に四日目ですよ。重い貴方を運ばされるプルートさんが可愛そうと言っているのです。」
「ニーナよりは軽いよ。」
「なんですって、私が重いと言うのですか。」
街道に出て、ラフトル伯爵領のネーロの街に向けて歩み始めたのだが、ニーナとクラリッサの舌戦が始まってしまった。
エーリカとアマネもそれを苦笑してみているが、渦中の俺としては迷惑この上ない。
「ニーナ、クラリッサは僕をかばって怪我をしたのだからもうちょっとだけわがままを聞いてあげてね。」
ニーナはほっぺをリスのように膨らませて不満いっぱいの顔をしたが、言うことを聞いてくれた。
ネーロの街には三日ほどで辿り着くことができた。
道中ニーナを狙った襲撃者がやって来るかと思ったが、魔獣の森に入っていたので完全に巻くことができたみたいだ。
「ニーナ様よくぞご無事で。」
ネーロの街の入り口のにはニーナの護衛のリーダ、アーノルドが立っていた。
どうやらずっとここでニーナがやって来るのを待っていたらしい。
「アーノルド、あなた達まだこんな所にいたの?」
「ニーナ様のご無事を確認しなければ、伯爵様に会わせる顔がございません。皆もこの街でニーナ様がお帰りになるのを待っております。」
「ジャガンに帰っていて良かったのに。」
「バーノル伯爵家へ向かう準備は整っております、ニーナ様もお疲れでしょうが明日には出発させていただきたいと思います。」
「アーノルドは諦めていかなったのね。私はバーノル伯爵との縁談はお断りにすると書き置きしたでしょう?」
「お父上がそれをお許しになるとは思いませんが?」
「お母様からは断って良いと言われておりますわ。それにエーリカおば...御姉様もバーノル伯爵との縁談には反対だとおっしゃられていますわ。」
「エーリカ...様?」
アーノルドが恐る恐るといった感じでエーリカを見る。
「このままニーナをバーノル伯爵の元に連れて行っても命の保証が出来ないのよね~。私が責任をもってディルクを説得するから~諦めましょ。」
それを聞きアーノルドはガックリと肩を落として街の中に入っていく。
俺達もそれに続いて街に入っていった。
ニーナはさすがに俺達と一緒の宿に泊まることは出来ず、この街の太守の屋敷に連れてかれてしまった。
俺達はバジムの村を出発して以来の野宿を終え、ようやく宿に泊まれることにホッとしていた。
「それでは、今後どうやってジャガンの街に向かうか考えましょうね~」
夕食後、エーリカの部屋に集まって今後の旅の行程を話し合うことになった。
「僕とクラリッサは街道がどうなっているか知らないから考えるも何も案など無いのですが?」
クラリッサは俺の言葉に頷く。
エーリカは鞄から街道と村と街を記した地図を取り出し、俺達に見せてくれた。
「この地図だと最短距離はジャワ村からマザイの街をつなぐルートだね。」
アマネが最短ルートを指し示す。
地図には村や街をつなぐ日数まで丁寧に書かれているので俺はそれを元に街まで日数を計算する。
「この最短距離ルートだと三週間ほどでジャガンの街にたどり着けると思うけど...」
「思うけど?」
「おそらく途中で待ち伏せが入ると思います。イレーヌさんにも、今回の依頼は報奨金が破格だから絶対狙われるので、気をつけろと言われてますしね。」
俺は待ち伏せの危険性があることを訴える。
「そうね、狙われるのは確実だわね~。問題はどこからそういった奴らが出てくるかよね~。」
エーリカが考えこむ。
エーリカは何か案を持ってそうだが、俺はとりあえず自分の考えを言ってみることにした。
「僕達はゲートを使ったのでジャガンの街の誰にも知られずにこの街にいると思うんだけど、それで間違っていませんよね?」
「そうね~あのゲートは知られてないから、ここにいることは知られていないと思うわよ。」
「僕達がジャガンを出てから二週間しか経っていません。ジャガンからこの街まで最短で三週間だから、もし僕達を探すためにあちこちに人を出したとしても、隣のジャワ村までしかたどり着いていないと思います。」
「そうね~」
「だから、明日この村を出発して最短ルートをたどれば、街道ですれ違うときに見つからなければ相手を出し抜いてジャワの村にたどり着けると思うんだけど...どうだろう?」
「プルートの考えは良い線を言っていると思うのよ~。」
俺の案をエーリカが褒めてくれた。
「でも、きっとあちこちに見張りの人を配置してると思うのよね~。だから私は、ここを通って行きたいと思うのよ~。」
エーリカが地図で指し示したのは"妖精の森"と書かれた場所であった。
「エーリカ、"妖精の森"を通るなんで無茶だろ。今まで誰も通り抜けたことがない場所だぞ?」
アマネがエーリカの提案に反対する。
「大丈夫、私は道を知っているもの~。ここを通れば一気にジャガンの街の側まで出れるから二週間で街にたどり着けるわよ~」
「道を知ってるのか...」
アマネがエーリカの言葉に絶句する。
"妖精の森"はその名の通り妖精族、フェアリーと呼ばれる種族が住んでいる森である。
この世界のフェアリーは身長三十~五十センチメートルぐらいの昆虫のような羽を持つ小柄な種族である。
中には人間と同じぐらいのサイズのフェアリーもいるらしいが詳しいことはあまりわかっていないらしい。
それは彼らが自分たちの住処を魔獣や人間から守るために森を迷路にしてしまっており、外部との接触を一切絶っているからである。
森に入り込んだ者は迷路に迷い森の中を一生さまよい続けると言われており、実際フェアリーを求めて森に入って行方不明になってしまう者達がいるらしい。
なぜ人がフェアリーを求めるかというと、フェアリーを持つ者はものすごい幸運に恵まれると言われているからで、貴族が大金を報奨金としてフェアリーの捕獲を冒険者に依頼するらしい。
「僕には"妖精の森"ってよくわかりませんが、エーリカが行けるというのなら大丈夫なのでしょう。」
「エーリカを信じて行くしか無いか。」
アマネも結局賛成し、俺達は"妖精の森"を通るコースでジャガンの街に戻ることを決めた。
「じゃ、明日の朝早く出発だから~今日はゆっくり休んでね~。」
俺達がそれぞれの部屋に戻ろうとした時、宿の階下が騒がしくなったと思うと、エーリカの部屋にニーナが飛び込んできた。
「エーリカおばさま、私を連れて逃げて下さ...グフッ」
飛び込んできたニーナはまたエーリカのボディブローで悶絶してしまった。
そろそろこのパターンにも飽きてきたので、ニーナにはもう少しエーリカとの対応を学習してほしいものである。
「酷いです。」
エーリカの回復呪文で復活したニーナは涙目でエーリカを睨む。
「ほんとうに凝りない娘よね~」
「それでニーナ様何があったのですか?」
「ああ、こうしてはいられない、実はアーノルドが私をバーノル伯爵の元に連れて行こうとしているのです。」
「その話は決着が付いていたのでは?」
「アーノルドが街の太守をそそのかして、この街の兵隊を護衛として借り受けたみたいなの。これなら襲撃者が来ても大丈夫とか言って明日バーノル伯爵領に向けて出発すると言ってますわ。私は隙をみて太守の屋敷から脱出してエーリカお姉様を探してようやく見つけたのです。」
「「「はぁ」」」
俺達はため息を付く。
「しょうがないわね~。ニーナも一緒に連れて行くことにするわよ~。」
「折角ベットで寝れると思ったのですが。」
「グズグズしていると兵士がやって来るよ。急いで支度しな。」
部屋に戻って荷物を手に取り今夜は眠れないのだろうなと俺は思うのであった。
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