金剛甲虫との死闘
「エーリカ!」
「クラリッサは離れてて~。」
金剛甲虫は執拗にエーリカを狙って飛びかかっているが、彼女は普段ののほほんとした動きとうって変わって、切れのある体捌きで攻撃を避け続ける。
穴から出てきた金剛甲虫は姿形は成虫と言っても良いが、まだ育ちきっていないのか大きさは三メートルほどである。
しかし大きさが小さい分動きが素早く小回りが効くためエーリカもその攻撃を回避するのに余裕が無い。
横からクラリッサが魔法で援護をしようとするが金剛甲虫の動きが早すぎて狙いが定まらない状況だ。
「エーリカおばさま。」「いま助けにいくぞ。」
騒ぎに気づいたニーナとアマネが駆け寄ってくる。
「こいつは冬虫夏草を狙ってるの、なんとか動きを止めて。」
エーリカの手には三十センチぐらいのキノコのような冬虫夏草が握られていた。
それを金剛甲虫は狙っている。
冬虫夏草を取ると金剛甲虫を引き寄せる匂いが出る。
これは冬虫夏草が次の獲物を呼び寄せるための仕掛けである。
エーリカが作った臭い玉も彼女が持っていたごく少量の冬虫夏草の欠片を原材料にしている。
そう言った理由でエーリカは冬虫夏草を持っている限り金剛甲虫に狙われ続ける。
「止まれー」
アマネが小太刀を抜いて横から切りかかったが、傷ひとつつけれず逆に撥ね飛ばされてしまった。
「小さいくせに固いよ。」
アマネが喚く。
小さくても金剛甲虫、その硬さは金剛石並である
エーリカは袋に冬虫夏草をしまい
「とりあえず場所を変えるわよ~。」
と木々の間を駆け抜けていった。
金剛甲虫はその後を追いかけていく。
「エーリカおばさま、待って下さい」
ニーナ、アマネ、クラリッサも慌てて後を追いかけた。
◇
監視していた金剛甲虫を撒いた俺は、予めエーリカと打合せていた集合場所に向かった。
「誰もいないな?」
もしかしてまだ冬虫夏草を探しているのだろうかと、巣の場所に戻ってみたが、そこにも誰もいなかった。
「皆どこに行ったの?」
俺は辺りを見回し、誰かが闘った後を見つけた。
その跡は巣から離れ森の中に向かっている。
「もしかして別の成虫が戻ってきたのか?」
俺は慌ててその闘いの痕跡を追いかけた。
木々の荒らされ方を見ると移動したのが金剛甲虫の成虫では無いことが理解り、少し安心した。
五分ほど走ると前方でエーリカが小型の金剛甲虫と戦っているのが見えた。
金剛甲虫はエーリカを執拗に狙っている。
アマネやクラリッサ、ニーナがそれを阻もうと攻撃や魔法を仕掛けるが全くダメージを与えられていない。
俺は旅の途中でエーリカが話していた金剛甲虫と戦う場合の作戦を思い出す。
「前衛が金剛甲虫の注意を引いている間にエーリカが魔法で倒すんだよな。」
今は金剛甲虫はエーリカを追いかけていて、彼女には魔法を唱えている暇がない状態だ。
「どうにかして奴の注意をエーリカから逸らさないと...効くかどうか判らないけど試してみるか。」
俺は好奇心の女神の神官だけが使える特殊呪文、好奇心の増大の奇跡を唱えた。
「ニャニャ~」
どうやら金剛甲虫は好奇心を持つだけの知性があったらしい。
金剛甲虫はエーリカを追いかけるのを止め、挑発をする子猫を複眼で見つめ動きを止めてしまう。
「ミャーン!」
子猫の鳴き声で状況を察したエーリカが呪文を唱え始める。
「雲を司る精霊よ、雷を司る精霊よ、われに力を与え給え、疾く大地に雷を降り注げ...」
呪文の詠唱と共に空に雲が急速に集まり稲妻がはしる。
「極大雷撃」
エーリカの力ある言葉と共に上空から稲妻が金剛甲虫に落ちてくる。
閃光で目の前が真っ白になり、辺りはオゾン臭と虫の焼け焦げた匂いが立ち込める。
そして轟音と閃光が収まると感電死した金剛甲虫がひっくり返って死んでいた。
「一撃で殺ったのか。」
「さすがエーリカおばさま。」
アマネとニーナが賞賛する中、子猫を含めみんながエーリカのもとに駆け寄る。
「プルートのお陰で助かったわ~。」
エーリカが子猫を抱いて頭を撫でてくれる。
「ニャッ」
「しかしこの小さな金剛甲虫は何処にいたんだ?」
「冬虫夏草を取りに入った穴にね冬虫夏草が生えた蛹があったのよ~。もう死んでいると思ってたけど、冬虫夏草を抜いたら蛹が割れて出てきたのよ~。」
「なるほどね」
エーリカが懐から冬虫夏草を入れた袋をだし、俺達に冬虫夏草を見せる。
冬虫夏草は長さ三十センチぐらいの山芋のようなキノコであった。
「これが冬虫夏草よ~。草って言うけど実はキノコの一種なの~。」
エーリカが冬虫夏草を再び袋に入れる。
「さてジャガンの街に帰りましょ~。」
俺達は森を抜け街道に出るために進み始めた。
◇
小さいとは言え金剛甲虫を倒し、冬虫夏草を手に入れた、そんな俺達は油断していたのだろう。
背後から近づく気配に気付くのが一瞬遅れてしまった。
「エーリカ、プルート危ない」
クラリッサが子猫を抱きかかえるエーリカを突き飛ばす。
俺達を襲ったのはいつのまにか戻ってきていた金剛甲虫の親だった。
突き飛ばされた子猫とエーリカはかろうじて金剛甲虫の突進を避けることが出来た。
「クラリッサ!」「ミャオ!」
エーリカを突き飛ばした為に回避が遅れたクラリッサは金剛甲虫の突進を完全に避けることが出来ず跳ね飛ばされ、木に叩きつけられていた。
「プルート、クラリッサをお願い。」
金剛甲虫はエーリカの持つ冬虫夏草を狙ってる。
エーリカは子猫から離れ金剛甲虫の注意を引いている。
「クラリッサ、大丈夫か?」
子猫は、クラリッサにかけより呼び掛けるが返事がない。
クラリッサを揺すろうとして手に生ぬるいものがついたことに気付く。
それは彼女の血だった。
クラリッサの脇腹が大きく切り裂かれ、そこから血がドクドクと溢れ出している。
「なんじゃこりゃー」
あわてて子猫は回復の奇跡を彼女にかけたが、傷が大きすぎてなかなか出血が止まらない。
子猫が焦っていると、クラリッサが目をうっすらと開けた。
「プルート?貴方は大丈夫だった?」
「僕は大丈夫だ、クラリッサは...少し傷ついてるけど...大丈夫、いま回復の奇跡で治すから待っていてね。」
「プルートが大丈夫ならよかった。」
そう言ってクラリッサは目を閉じてしまった。
十回ほど回復の奇跡唱えると、ようやく傷が塞がったが、かなりの血をクラリッサは流して失ってしまっている。
俺の回復の奇跡よりエーリカの回復魔法を早くかけたほうがよいだろう。
エーリカは何をしているのだ、と辺りを見回すと彼女は金剛甲虫に追いかけ回されていた。
それを見た俺の中で何かが切れる音がした。
「このくそむしが~」
俺は金剛甲虫に向かって突っ込んでいった。
◇
金剛甲虫は繰り返しエーリカに突進してくる。
先程と違い体が大きい分小回りが効かないため、避けることはエーリカにとっては容易い。
しかしエーリカは焦っていた。
彼女はクラリッサが大きく負傷していることに気付いていた。
プルートがクラリッサに回復の魔法をかけているが、彼女は倒れてたままだ。
「本当にしつこいわね~。」
ぶんぶん飛び回る金剛甲虫を避けづつけている間は魔法を唱えることが出来ない。
アマネとニーナは金剛甲虫の気を引こうと攻撃を仕掛けているが、飛び回っているため剣は当てれず、魔法も火力が足りないため、二人は実質無視されている状態だ。
エーリカは次の突進を避けたら一か八か極大雷撃を唱えることにした。
「こんなギリギリの闘いは久しぶりね~。」
ここ何年か感じたことのない闘いの緊張感にエーリカの心は熱くそして冷静になっていく。
「魔法使いはどんな時も冷静沈着でなければならない」とは女好きで酒好きだが魔法の腕は一流だったエーリカの師匠の教えだ。
「分の悪い賭け事は嫌いなんだけどね~。」
金剛甲虫の突進を紙一重で避け呪文を唱え始める。
「雲を司る精霊よ、雷を司る精霊よ、われに力を与え給え、疾く大地に雷を降り注げ...」
金剛甲虫の成虫を倒すにはかなりマナを貯める必要がある。
Uターンして戻ってくる金剛甲虫を見て少し間に合わないかもしれないと思ったが呪文は止められない。
その時だ、こちらに再度突進しようと羽を羽ばたかせた金剛甲虫に火炎弾が三発同時に着弾した。
(えっ!)
エーリカは驚愕するが、そこは熟練の魔法使い、詠唱を中断せずマナを貯めるのを止めない。
火炎弾を食らった金剛甲虫はさすがに無傷とはいかず、羽を破られ地面に落ちていた。
そこに子猫が駆け寄っていくのがエーリカに見えた。
◇
クラリッサを傷つけられ怒りが頂点に達した子猫は金剛甲虫に突進する。
走りながら尻尾と魔法の手で火炎弾の魔法陣を三つ描き呪文を唱える。
これは尻尾で魔法陣を描くことが出来たのだから魔法の手でも描けないだろうかと練習した成果だ。
「火炎弾」
呪文が完成し、三つの魔法陣から火の玉がUターンのために動きの止まった金剛甲虫命中する。
金剛甲虫が地面に落ちたのを確認するとアントンに作ってもらったミスリル合金の小太刀を引き抜きにその体に駆け上った。
小さな小太刀では単に突き刺しても金剛甲虫に致命傷は与えられない事はわかっていたので、子猫は金剛甲虫の頭に力の限り小太刀を突き刺した。
「ニャオーン」
子猫が飛び降りると同時に小太刀めがけエーリカの極大雷撃が炸裂した。
◇
「クラリッサは大丈夫なのでしょうか?」
「うーん、回復呪文をかけたし大丈夫だと思うけど、ちょっと血が流れ過ぎたわね~。しばらく安静にしておく必要があるから、今日はここで野宿だわね~。」
戦いが終わりエーリカに回復呪文をかけたが、クラリッサは目を覚まさなかった。
エーリカは命に別条はないと言うが子猫は心配でしょうがない。
「ミャオ」
子猫は目を覚まさないクラリッサの顔をずっと眺めるのだった。
◇
『あれ?』
気が付くと俺は見覚えのある殺風景な白い部屋にいた。
『お久しぶりですね英二さん、いや、今はプルートさんですか。』
好奇心の女神が俺の目の前に立っていた。
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