リディアス村への旅
14/01/18 31,32話と改稿させていただきます。
いよいよ明日冬虫夏草を探しに出発というのに俺達は出発の準備がまだ終わっていなかった。
迷宮に潜っている間にエーリカが準備してくれていると思っていたのだが....甘かった。
俺とクラリッサは大通りの店に繰り出し保存食やロープやナイフといった道具、旅の間に着るマント、予備の武器、矢...etc、ジム村からの旅路で足りていないと思ったものを次々と買っていく。
昨日の迷宮の戦闘で壊れてしまったクラリッサの鎧だが、店を何件か見て回ったのだが良い物が見つからず、彼女はアントン作の体操着とセーラー服を着ることにした。
デザインを別にすれば精霊人謹製のセーラー服は、ミスリルチェインメイル並の防御力を誇るので着てくれたほうが安心ではある。
ああ、でも足元が素足だからもしアントンに会えたらストッキングでも頼んでみようと俺は心にメモしておく。
スカートの下は素足よりストッキングのほうが映える。
アマネの方は用意周到に予備の鎧(真っ赤に着色ずみ)を持っていたので問題ないらしい。
「プルート、保存食はこれぐらいで良いのかな?」
「エーリカが何処にいくか言ってくれないからねー。どれだけ準備すればよいか判らないよね。」
そう、明日出発というのにエーリカはまだ行き先を俺たちに告げていない。
ついてからのお楽しみとか言っているが本当にどこに行くのだろう。
魔獣の森に行くことは判っているのだが、森に隣接する開拓村は数多くあるのだ。
買い物を終えると俺達は街を離れる手続きをするために冒険者ギルドに向かった。
なぜ街を離れる手続きをするかというと、冒険者は定期的にギルドに顔を出して現状を報告する義務があるからだ。
これにより冒険者ギルドは所属する冒険者の数と動向を把握し、冒険者が依頼などで行方不明になっていないか、犯罪に手を染めていないか、いざという時に戦力として使える人数がどれだけかなどを管理できるのだ。
ちなみに二年間音沙汰なしの場合、その冒険者は登録を抹消されギルドに預けられている物の所有権を失う。
受付のお姉さんに二月ほど離れるという手続きを済ませ帰ろうとしたらアンネリースに呼び止められた。
そして俺達はそのままギルドマスターの執務室に通される。
部屋に入ると顔色の優れぬイレーヌが待っており、明日出発することの確認と行き先を聞いてきた。
「行き先ですが、エーリカはまだ教えてくれません。」
イレーヌは行き先がわからないことに少し失望した顔をした。
そして俺達に警告めいた、いや警告だろう話を聞かせてきた。
「そうか...どうも今回の依頼には怪しい部分が多い。確かに依頼主はラフトル伯爵なのだが、依頼の仕方が変なのだ。御子息の病気の治療薬として冬虫夏草が絶対に必要なら他の地区のギルドにも依頼を回し、手広く探させるはずなのに、伯爵はこのギルドにしか依頼を出していない。それに金貨二万枚という破格の報酬、これだけの金額だと犯罪スレスレどころか犯罪そのものを起こしてでも冬虫夏草を得ようとする奴がでても不思議ではない。元に冬虫夏草の情報を求め、あちこちで騒ぎを起こしたり魔獣の森に無理に突っ込んで大怪我をした冒険者も多くギルドマスターとしては困っているのだ。こんな破格の報酬を出すとそれに釣られた犯罪が増えることぐらい伯爵も理解っているはずなのだが...」
そこまで話してイレーヌは大きくため息をついた。
そして更に話を続ける。
「そしてここからはお前たちに係る話であるが、エーリカが冬虫夏草の情報を持っているのを知っている古参の冒険者はエーリカの動向に注目している。おそらく盗賊ギルドの奴らもそれを知っており、注目しているだろう。」
「盗賊ギルドも?」
盗賊ギルドとは裏社会を牛耳る者達が作っている集まりである。
これは一定以上の人口がある街なら必ず存在する組織であり、その街や都市の裏社会を支配してるものだ。
ただ、彼等が一定のルールでならず者を統制しているので必要悪として統治者がその存在を認めている場合もある。
ジャガンの街にも御多分にもれず盗賊ギルドが存在し、犯罪者の元締め、盗品の売買、殺人誘拐などを行っているらしい。
「うむ、エーリカも判っていると思うが、くれぐれも気をつけてくれ。」
「は、はあ。」
盗賊ギルドまで出てこられても俺やクラリッサには実感がわかない、がかなり危険な状況であることは理解できた。
こんなことを言われて俺達が不安にならない訳はなく、執務室を出てギルドからエーリカの店に入るときも誰かに監視されてないか尾行されていないかビクビクしていた。
店に戻り、エーリカにイレーヌの話を告げると、
「そんなの当たり前じゃないの~」
とのほほんとした顔で返されてしまった。
金貨二万枚の依頼なのだ殺してでも奪い取る奴が出ても不思議じゃないらしい。
エーリカはそれを見越して俺とクラリッサに行き先を教えなかったのだ。
「それで行き先はまだ教えてくれないのですか?」
「明日までのお楽しみ~」
エーリカはいたずらっぽく笑って部屋に消えていった。
俺とクラリッサは顔を見合わせてしまった。
その夜はいつもより厳重に戸締まりをして眠ることにした。
◇
深夜、俺が篭でうとうとしているとポケットに何か届いた気配がした。
取り出してみると新しいポケットが届いていた。
同じく届いたアントンからの手紙にはポケット張替えの手順が書かれており、それにしたがってポケットを最新のものに取り替えた。
古い方は新しいポケットのアントンへの送付機能を使って送り返す。
後新しいポケットのお礼の手紙と、魔獣の素材やジャガンの街で仕入れたお酒も送っておいた。
御礼の手紙にはクラリッサの為にストッキングを作って欲しいと図入りで書いておいたのでしばらくしたら作って送ってくれるだろう。
もう一つ実用的な物をお願いしたのだが、こっちは本当に作れるのか疑問だがアントンならやってくれると思っている。
◇
翌朝、朝早くに俺達は旅支度を整え店に来たアマネと共にジャガンの街の南側の市場に向かった。
そこは馬や馬車を売り買いする市場であり、そこでエーリカは二頭の馬を購入した。
馬は二頭で金貨二百枚。
かなり高い買い物だがエーリカは鞄から即金で支払っている。
「アマネはクラリッサと一緒に、プルートは私が乗せるわよ~。」
どうやらエーリカは馬で目的地に向かうみたいだ。
確かにこれなら徒歩より後をつけられ難いだろう。
道理で今日は俺を猫のままにしておくわけだ。
クラリッサとアマネは不満顔だったがここはパーティのリーダたるエーリカに従ってもらう。
「あのね、今日はすごく変な道を通るんだけど、私に付いて来てね~。」
そう言ってエーリカは馬を操って門に向かう。
いつ覚えたのかエーリカは馬の扱いがうまい。
エーリカの馬を先頭に俺達は街を出ていく。
早朝という事もあり門を通り抜ける人は少なく、馬車や人に邪魔されることもなく門を抜けることが出来た。
門を抜けるとエーリカは街道を東に向かって駈け出した。
ジャガンの街から東に向かうとこの国、ラフタール王国の首都に向かうことになる。
魔獣の森はラフタール王国の南部から西部に広がっているのだから東に進んでも魔獣の森は無い。
「エーリカ、このまま東に向かうのですか?」
アマネがさすがに疑問に思ったのかエーリカに尋ねる。
「そーね~、もうしばらくこのまま進みましょ。」
まだエーリカは行き先を隠すつもりらしい。
ジャガンの街からラフタール王国の首都までの街道は行商人や物資の輸送のために多くの人や馬車が行き来している。
そんな人たちの中を昼までずっと街道を東に進んだ。
そろそろ休憩を入れようという時にエーリカは街道を外れ今度は北にある岩山に向かって進みだした。
エーリカ以外全員疑問に思っているが最初に言われたとおりに彼女に付いていく。
途中食事の休憩を挟んで俺達は岩山に向かって進み続け、夕方にはその麓にある小さな村、バジムの村に辿り着いた。
「今日はこの村で一泊するからね~。」
エーリカそう言ってさっさと村長の家と思しき建物に向かう。
村長はエーリカを知っているのか快く部屋を貸してくれたうえに夕食まで準備してくれた。
食事の席で聞いたところ、昔村長が病気で死にかけていたところをエーリカに助けてもらったらしい。
夕食の後、俺達はあてがわれた部屋で今後の方針を話し合うことになった。
話し合うと言ってもエーリカの方針を聞くだけだが。
「こんな所に来てどうするんだ?」
「アマネ、慌てないでね~。今から説明するわよ~。」
「エーリカ、そろそろ隠し事は無しで。」
「みゅー」
「も、もしかしてみんな怒ってる?」
「「怒ってない」」「にゃー」
「んじゃね、まずはこの村に来た理由を説明するよ~。実はこの村の北にある岩山には秘密の転送門があるの。」
「転送門!そんな物が此処にあるなんて聞いたこと無いぜ。」
「だから秘密なんでしょ~。で、そこに行けば一気にバーノル伯爵領のリディアス村って所まで移動できるのよ。」
「バーノル伯爵領のリディアス村って此処から一月はかかる場所じゃねーか。そんな所まで移動できるのかよ。」
「そーよ~。んでそこから魔獣の森に入って行く訳だけど、少し問題があってね。転送門は一方通行だから帰りは普通に戻ってくるしか無いわけよ。」
「まあ、行きの道のりだけでも短縮できるなら御の字だが?」
「そうなんだけどね、帰り道はかなりハードになるからみんな覚悟してね~。」
覚悟しろと言う割にはエーリカの顔はいつもどおりのほほんとしている。
冬虫夏草を取ってきた帰り道はいろんな邪魔が入るのは俺も予想が付く。
クラリッサを危険に晒すのは嫌だが、乗りかかった船だから最後までやり遂げるしか無いと覚悟を決めた。
◇
村長宅を朝早く出て俺達は岩山を目指す。
川沿いに一時間ほど進んだ所に滝があり、その裏にある洞窟の中に転送門があった。
確かに知っていなければ見つからない場所だ。
「これが転送門よ~。」
転送門は四本の柱に支えられた屋根と土を盛り上げた上に丸く魔法陣が描かれた、言ってみれば相撲場の様な形であった。
よく見ると屋根のほうにも魔法陣がある。
「じゃ、みんなここに入ってね~」
エーリカの誘導のもと馬ごと魔法陣に入る。
「耳がツーンとするかもしれないけど、我慢してね~。じゃ行くわよ~」
掛け声と共にエーリカが魔法陣に魔力を流し魔法陣が光り始める。
(迷宮の転送魔法陣に似てるな)
光が全員を包むと俺達の姿はそこから消えていた。
◇
光の渦に包まれたと思ったら俺達は見知らぬ森の中にたたずんでいた。
どうやら転送は終わったらしい。
「着いたわ~」
「本当にバーノル伯爵領まで来てしまったのか?」
アマネが信じられないといった感じで辺りを見回す。
「アマネ、いまさらだけどあの転送門の事は秘密にしておいてね~。もし喋ったら...ねっ!」
エーリカがアマネに可愛くウィンクするが、言っている内容は脅迫だった。
「わ、理解っている。誰にも喋らん。」
アマネは少し怯えた顔でエーリカに約束した。
俺達が転移した場所はリディアス村まで一日弱といった距離にある森の中で、少し歩くとラフトル伯爵領とリディアス村をつなぐ街道に出た。
人があまり通らないのか街道は草に覆われていたが道として判別はつく。
ここからも道のりを知っているエーリカ先導でリディアス村に向かう。
「ラフトル伯爵とバーノル伯爵って仲悪かったっけ?」
アマネが旅の途中の会話でエーリカに尋ねる。
伯爵領をつなぐ街道がこの有り様であればあまり行き来が無いのがわかる。
それは両家の中が悪いのかと想像させるに足りる。
「うーん、領地が隣同士の貴族って仲がが悪いものなのよ~。でも今のラフトル伯はバーノル伯と交友関係を見直そうとしているはず...だったと思う?」
領地が接している貴族は昔領土を巡って争っていたこととか領地の境目にある鉱山、水資源の奪い合いなど様々な原因で争っているため大概仲が悪い。
ラフトル伯とバーノル伯も御多分にもれず領地の線引を巡って先祖代々争ってきたのだ。
「ここ十年ほどは小競り合いすらなかったはずよ~」
そんな話をしながら俺達は街道を進んでいく。
バジムの村の村長が準備してくれたお昼を食べた後、子猫は変成の魔法を使って人間に変身する。
村に近くなってきたので人の姿になっておいたほうが良いとの判断からだ。
前はエーリカにかけてもらっていたのだが、最近は自分で魔法をかけることにしている。
そのほうが変身時間が長いし、変身後の姿も持つような気がするからだ。
変身に必要な魔法陣もエーリカから譲り受けている。
アマネは子猫が人間になるとがっかりするがしょうが無い。
猫の姿だとクラリッサとアマネで子猫の取り合いになるのも面倒だしな。
「エーリカあれ」
昼の休憩を終えそろそろ出発するかという時にクラリッサが進行方向を指さす。
彼女が指さした先、俺達が向かっているリディアス村の方向に一筋の煙が立ち上っていた。
「煙が上がってるわね。こんなところで盛大に焚き火してるなんで奇特な人もいるものね~」
「馬鹿なこと言ってないで、何かあったんだろう。さっさと行くぞ。」
エーリカの脳天気なセリフにアマネが突っ込む。
「えーっ、面倒事には巻き込まれたくないのに~」
「置いてくぞ」
アマネはクラリッサを連れて騎乗している。
エーリカは行きたくなさそうだがアマネとクラリッサだけを向かわせるわけにもいかない。
俺が馬に乗ってしまうとエーリカも不承不承といった感じで馬に乗り、アマネ達の後を追いかけ始めた。
◇
煙の元は燃えている馬車だった。
何所の貴族が乗っていたのだろう豪華な馬車だったが、それがまるで火炎放射器にでも炙られたかのように燃えている。
馬車を引いていた馬もその側で黒焦げになっていた。
貴族の護衛だろう金属鎧を身につけた男達が馬車を背に襲撃者と思われる黒装束と戦っている最中であった。
黒装束は五名だったが護衛の兵士より圧倒的に強かった。
致命傷こそ金属鎧のお陰で受けていないが、護衛の兵士は押されっぱなしだった。
そこに俺達が馬に乗って駆けつけてきた。
黒装束は俺達がやって来るのを見て動揺し始めた。
馬車は燃えており目的は達成したのだから撤退しても良いのだろうが、目撃者を全部殺すつもりったのだろう、どうするか迷っていた。
「プルート、手綱を握っていてね~」
エーリカが俺に手綱を渡すと杖を取り出し火炎弾の詠唱を始める。
火炎弾の射程にはかなり遠いがエーリカが放った火の玉は未だ迷っていた黒装束達の手前まで到達し、爆発した。
火炎弾を使う魔法使いと戦うのは分が悪いと判断したのだろう、黒装束は街道脇の森の中に撤退していった。
アマネとクラリッサが追いかけようとしたがエーリカはそれを引き止めた。
アマネとクラリッサが再度の敵襲を警戒する中、俺とエーリカは護衛兵士の怪我の様子を見ることにした。
何人か重症を負ったものがいたが、低級回復薬とエーリカの回復魔法で治療しておいた。
「助けていただきありがとうございます。私はラフトル伯に使えるアーノルドと申します。」
どうやら俺達はラフトル伯に縁のある人を助けたらしい。
「いえいえ、困ったときはお互い様です。僕はプルート、こっちはエーリカで、向こうにいるのがクラリッサとアマネです。皆冒険者です。」
何故かエーリカが挨拶する気が無いみたいなので俺がアーノルドさんにパーティを紹介する。
アーノルドはエーリカの名前を聞き、その顔を見ると
「もしかしてエーリカ様では?」
と尋ねてきた。
「ノーコメントよ~」
エーリカはそっぽを向く。
「それより、馬車に乗っていた人は大丈夫なのでしょうか?」
俺は心配になってアーノルドに尋ねてしまった。
護衛の兵士は馬車の残骸を片付けているが、護衛すべき人が死んだのに誰も慌てていないのだ。
「うちの姫様ならあの程度死ぬことはありませんから大丈夫です。」
自分のご主人様なのにアーノルドはえらく軽く言う。いや、ある意味主人を信じているのだろうか?
馬車の残骸は兵士によって片付けられ、残骸の中からはおそらく侍女だろう年配の女性と貴族のお姫様前とした少女が何かの魔法障壁だろう光る膜に包まれた状態で出てきた。
「まさかと思ったけど、ニーナ、貴方がなせこんな所にいるのよ~」
エーリカがその少女の顔をみて叫んだ。
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