腕試し
俺は猫に戻ってしまい凹んでいた。
「この魔法は永続的に効果が続くはずなんだけど、どうやらプルートの体は特殊なのか効果が持続しない見たいね~。」
エーリカは魔方陣を見ながらそう言うが、せっかく人間になれ冒険者登録までやったのにこれでは蛇の生殺しである。
「なんとかならないのでしょうか?」
クラリッサが尋ねると
「魔方陣の改良が必要なんだけど、これ以上は私じゃ無理かもね~」
エーリカはギブアップしてきた。
「現状でも数時間は持つからその都度かけ直すしかないわね。」
今日の感じでは四時間から五時間程度は持つと思われるのでそれほど頻繁にかけ直す必要はない。
俺は必要に応じて魔法をかけ直すことで我慢することにした。
◇
次の日、イレーヌからの使いとしてアンネリースが店に訪れた。
アンネリースに始めて会ったエーリカは最初アデリーヌかアンヌがわざわざ訪ねてきたのかと驚いてた。
彼女が訪れたのはイレーヌが依頼の件でギルドに来てほしいと伝えるためだった。
エーリカは最初ギルドに行くのを渋っていたが渡された手紙を見ると突然張り切りだして俺たちの手を引っ張るようにしてギルドに向かった。
当然ギルドに向かうので俺は人の姿に変身している。
クラリッサは相変わらず手をしっかりと握ってくるのでとても恥ずかしい。
いつもならエーリカが突っ込んで来るところなのだが、今回はそれがない。
「二万、二万、金ピカ二万~」
ギルドまでの道中エーリカが怪しげな歌を歌っている。
どうやらイレーヌからの手紙に報酬の増額が書いてあったらしい。
満面の笑みを浮かべるエーリカを見てがっかりする俺とクラリッサであった。
ギルドに着くと早速イレーヌの執務室に案内される。
ギルドマスターの執務室は品の良いソファーと大きな木のテーブル、そして執務机のある大きな部屋だった。
執務机ではイレーヌが何か書類作業をしている。
「急に呼びつけて申し訳ないが、もう少しそこで待っててくれ。」
入ってきた俺達にイレーヌはソファーを指さすとそう言った。
「ん、もう、呼びつけといてそれはないわよ~」
エーリカが頬をふくらませて怒っている。
「申し訳ございません。マスターが仕事を終えるまでお茶でもお持ちします。」
全く気配を感じていない背後から急に声をかけられ俺とクラリッサはびっくりする。
振り向くとそこにはメガネをかけこの世界にあったのかと言いたくなるようなビジネススーツそっくりな服を来た銀髪の美人が立っていた。
どうやらイレーヌの秘書らしい。
「驚かせて申し訳ございません。私マスターの秘書をしているリズと申します。」
と名刺のようなカードを渡される。
隙のない身のこなしや俺やクラリッサに気配を感じさせない彼女はきっと凄腕の秘書なのだろう。
リズが持ってきた香りの良いお茶を飲み終える頃にイレーヌの仕事が終わった。
「すまん、またせたな。」
イレーヌはソファーに座るとリズの淹れたお茶を飲みながら依頼について話しだした。
「例の件、私が個人で依頼しようと思ったが、うまい具合に昨日別の依頼が来た。」
昨日ギルドに別件で冬虫夏草を採取の依頼が来たらしい。
手紙にあった報酬はその依頼の報酬だろう。
「へー、金貨二万枚とかポンと出せるって、何所の貴族かしら~?」
エーリカが上機嫌で尋ねる。
「依頼の主はラフトル伯爵だ。どうやら息子が病気にかかったらしい。その薬の材料ということで依頼が来ている。」
ジャガンの街を含むこの近辺を領地にしている伯爵が依頼人らしい。
しかもその息子が病気なのだから依頼の報酬を奮発しても手に入れたがるわけだ。
「これだけ大きな街ならありそうだけど?」
クラリッサが疑問を声にする。
「貴重だと言っただろ。十年前かな一度だけ街のオークションで売りに出されたことがあるが、それ以来見かけたことはない。」
「金剛甲虫に襲われる危険性が高いからね~。普通は取りにいかないわよね~。」
エーリカがのほほんとした声で言う。
「今回は報酬が高額だ、すでに何人かのパーティがこの依頼を受けている。そして先に持ってきたパーティに報酬が支払われる。」
どうやら先に持って来た者勝ちな依頼らしい。
しかしエーリカはそれを聞いても平然としていた。
「大丈夫よ、冬虫夏草の在処を知っているなんてそうそういないから。」
どうやらエーリカはその場所が誰にも知られていない自信があるらしい。
「そうか、ところでエーリカお前は誰とパーティを組んで行くんだ?」
「えっ?この二人よ~」
当然のようにエーリが言う。
俺もクラリッサも冒険者登録されたことからうすうすは気づいていたが、エーリカは俺とクラリッサと三人でパーティを組むつもりらしい。
「エーリカ、その二人は昨日冒険者登録したばかりの新人で、しかもそっちは猫の使い魔じゃないか?」
イレーヌは呆れた顔で俺を見る。
「大丈夫、何なら二人の実力を試してみる?」
エーリカが挑発的に言う。
魔法や組手を教えてもらったクラリッサならまだしも俺は一度もエーリカに戦っているところを見せたことすら無いのに何故か彼女は自信満々である。
「ふむ、お前がそこまで言うなら試して見るか。」
イレーヌはそう言うとリズにギルドの師範を呼ぶように言いつける。
ジャガンの街の冒険者ギルドは単に冒険者に依頼を斡旋するだけではなく、冒険者の育成も行っている。
そのため冒険に必要な技術や戦いの技術を教える師範と呼ばれる職員が常駐しており、僅かな金額でその教えを受けることが出来る。
俺とクラリッサは冒険者ギルドの裏手にある修練場と呼ばれる場所でその師範と対面した。
「うちのギルドの師範を務めているヴァレリーだ。師範であるとともに中級の中ランクの冒険者でもある。」
ヴァレリーは体格の良い二十代の男性で硬革鎧を着ている。
「ギルドマスター、俺が相手にするのはこの獣人のお子ちゃまか?」
俺とクラリッサを見たヴァレリーは少し呆れている。
「そうだ、こいつらの腕を確かめてくれ。」
イレーヌはそう言って木刀をヴァレリーと俺達に渡す。
ヴァレリーはどう断ろうかと悩んでいたが真剣なイレーヌの顔を見て諦めたのか修練場の真ん中に立って俺達を待ち構える。
「お嬢ちゃん達、二人同時でも一人づつでもどっちでもいいぜ。」
ヴァレリーはそう言って木刀を構える。
「僕はプルート、男ですよ。」
クラリッサが出ようとしたが、それを制して俺が先にヴァレリーと闘うことにする。
「そりゃ失礼。坊っちゃんお手柔らかにお願いしますぜ。」
ヴァレリーは完全に俺をなめて油断している。
「じゃ行きますよ。」
俺は彼の油断を利用することにする。
木刀を構えてヴァレリーに近づきながら尻尾で魔法陣を描き呪文を唱える。
「不可視の矢よ我が刃となって敵を滅ぼせ。インビジブル・ボルト」
ヴァレリーに向かっていかにも素人っぽい素振りで木刀を叩きつけ、彼がそれを木刀で受けた時、俺は不可視の矢をヴァレリーに放つ。
さすがに傷を追わせるのはまずいと思ったので革鎧を貫通しない程度の魔力で放った。
ヴァレリーは俺が魔法を撃ってくるとは予想もしてなかったのでモロにそれをお腹に食らってしまう。
革鎧を貫通しないと言っても野球の硬球をお腹に食らうぐらいの衝撃だ、ヴァレリーは完全に体勢を崩してしまう。
「舐めるな~」
さすが中級の冒険者だけあってヴァレリーは崩れた体勢から俺に木刀を打ち込んできた。
しかしそんな体勢から放たれた攻撃が俺に当たるはずもなく、余裕で避けて俺は木刀を彼の首筋に押し付ける
戦いは二十秒とかかっていないだろう。
「これで僕の勝ちでしょうか?」
ヴァレリーを文字通り秒殺した俺はドヤ顔でイレーヌに問う。
そんな俺をイレーヌもリズも驚いた顔で見てくる。
「獣人が魔法を使った...いや使い魔だから使えるのか?」
「ありえませんわ。」
イレーヌもリズも俺が魔法をつけるとは思ってなかったらしく驚いている。
そういえば獣人って魔法使えないっだっけ?
「やられたよ、まさか獣人が魔法を使ってくるとは思わなかった。」
ヴァレリーも驚いた顔で呻く。
俺はちょっとまずったかなと思いながらエーリカに視線を送る。
エーリカは特に驚いた風もなく、当たり前の様な顔をしている。
「プルートは合格かしら~」
エーリカがイレーヌに問いかける。
「ヴァレリーが油断しすぎだったが、合格だ。獣人のくせに魔法を使えるというか剣で闘いながら魔法を使えるなんて奴は初めてだぞ。」
吐き捨てるようにイレーヌが言う。
人は魔法を使うとき手で魔法陣を描く必要があるから剣と同時に魔法を唱えるのは不可能に近いだろう。
しかし獣人と言うか猫の時に尻尾で魔法陣を描く訓練をした俺は剣を持って走りながらでも魔法を使える。
「フフン、プルートは特別なんです。」
クラリッサが何故か自慢気に言う。
「いや参った完敗だ。魔法もそうだが体さばきもそれなりだし坊主は中級か?」
「いえ、まだ初級の下です。」
「マジかよ。」
俺が初級の下と聞いてヴァレリーが凹む。
「次は私だね。」
そんなヴァレリーを無視してクラリッサが次は自分の番だと主張する。
「ヴァレリー、次は彼女の番だ。」
イレーヌの叱咤にヴァレリーは気を取り直して木刀を構え直す。
「行きます。」
クラリッサはヴァレリーに突っ込んでいった。
最初ヴァレリーはクラリッサも魔法を使ってくるのかと警戒してた。
しかし彼女が魔法を使ってくる気配が無いのが判ると余裕を持って彼女の攻撃を受け流し始める。
クラリッサはヴァレリーの攻撃を紙一重でかわし続け木刀で何とか攻撃していた。
一見余裕が無いようにみえるのだが、俺やエーリカは彼女が本気を出していないことを知ってる。
だって、クラリッサはエーリカから魔法と組手しか習ってないのだ、剣で闘う術など知ってはいない。
「お嬢ちゃんは避けるのは上手だが、剣の腕はいまいちだな。」
ヴァレリーはだんだん余裕ができてきたのか木刀を受け流しながらクラリッサの剣術について批評を始めた。
「それに力任せに振ったって俺には当てれないよ。」
クラリッサの一撃を受け、ヴァレリーはついに彼女の木刀を弾き飛ばす。
彼としてはこれで終わりのつもりだったのだろうが、クラリッサはわざと木刀を弾き飛ばされたのだ。
クラリッサはそのまま彼の懐に入り込み木刀を持った手を掴むと柔道でいう体落しを仕掛ける。
まさが小柄な少女が組手を仕掛けてくるとは思ってなかったヴァレリーは投げ落とされてしまう。
クラリッサの手にはいつの間にか鞘付きのナイフが握られており、彼の首筋に当てられていた。
「どう?」
今度はエーリカがドヤ顔でイレーヌに尋ねる。
「くっ、彼女の勝ちだ。」
悔しそうにイレーヌが判定を下す。
ヴァレリーは倒れたままがっくりとしている。
「彼女の実力は理解った。しかし、体術じゃ魔獣相手には通じないぞ?」
二連敗したのが悔しかったのかイレーヌが言ってくる。
「だって、彼女は剣で戦うの始めてじゃないかな? 私が体術と魔法を教えたんだし、どっちかといえば後衛だからね~。」
「まさか、彼女も魔法を使えると....しかも剣で戦ったのが始めてだと....。」
再び打ちのめされるイレーヌ。
これで俺とクラリッサの腕試しは終わり、エーリカとパーティを組むのにもんだなしとイレーヌに認めてもらった。
(ん? ってことは金剛甲虫と戦うかもしれないのか?その時は俺が前衛?)
俺はギルドからの帰り道、そのことに気付き頭を抱えるのだった。
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