ジャガンの街
今年最後の投稿です
徒歩で4日というジャガンの街への道のりは至極平穏だった。
「あれがジャガンの街よ」
「おー」「みゃー」
街を取り囲む城壁が見えてくると俺とクラリッサは感嘆の声を揚げてしまった。
俺が想像していたよりジャガンの街は大きい街だった。
街をぐるりと一周する城壁の高さは五メートルほどあり、その厚みもかなりのものであった。
「この街はね、魔獣との戦いに備えて全体を城壁で囲んでるのよ~。」
「こんな高い城壁って魔獣との戦いに必要なんですか?」
クラリッサが目の前の城壁を見上げながら問う。
俺もこんなに高い城壁が必要な魔獣ってどんなものか知りたかった。
「そうね~、空を飛んでくる魔獣とか...んとね飛竜とか?」
なぜ疑問形なのかは置いておいて、飛竜とかいるのか。
俺としてはぜひとも見てみたいものだ。
「飛竜とか見てみたいです。でもあったら死にそう。」
「そうでもないわよ。図体がデカくて力はあるけど、彼奴等根性ないからね~。火炎弾何発か当てたら逃げちゃうし...」
根性とかそういう問題じゃない気がするが、飛竜がすごく頑丈ということは理解した。
街の門には兵士が立っており、街に入る人をチェックしている。
それをみてクラリッサが少し顔をひきつらせる。
彼女は獣人だがカーン聖王国の貴族であり追われる身だからだ。
「クラリッサって身分証明カード持ってる?」
エーリカが鞄から銀のタグみたいな物を取り出し見せているが、クラリッサは持ってないと首を振る。
この国ではある程度の規模の街に入るにはこのタグが必要らしい。
「私が保証人になるから此処で作っちゃいましょ。」
エーリカに連れられてクラリッサは門の脇の小屋に入っていく。
小屋の中には数名の兵士がおり、そこでは新しくタグを作る人が列をなしていた。
列は長く、クラリッサの順番まで小一時間程度かかるらしいので俺はエーリカ達から離れ門を通り過ぎる人を見に行った。
街の門をくぐる人々は様々だった。
近くの村から野菜や肉を運んでくる人、行商人、旅人、そして冒険者達。
ジャガンの街には冒険者ギルドがあるので冒険者も当然集まる。
彼等はギルドで依頼をうけ、この街から任務に旅立っていくのだろう。
人間じゃない人もチラホラと見受けられる。
エルフ、ドワーフ、獣人、有翼人…初めて見る彼等に俺は凄く感動していた。
しばらく人の列を見ていると冒険者と思わしきグループが人を抱えて走ってきた。
「すまん、怪我人なんだ急いで通してくれないか。」
「規則だ、タグを見せてくれ」
門番の兵隊は冒険者達を一瞥するとタグの提示を要求する。
「急いでるんだよ」
冒険者達が怒鳴るが兵士は取り合わない。
仕方なく冒険者達はタグを取り出し見せて中に入っていく。
(意外と街の入出は厳重なんだな。....子猫とかどうするんだろう。)
「地下迷宮で怪我したのかしら~。」
いつの間にか後ろにエーリカが立っていた。
クラリッサは真新しいタグを手にしている。
どうやら身分証明カードの発行は問題なく出来たらしいので俺達は街へ入る列の最後尾に着く。
「エーリカ、地下迷宮って?」
「地下迷宮って知らない? 魔法が集まる所に自然とできる地下へとつづく迷路のことよ。魔法多く魔獣が集まるから放置しておくと魔獣が溢れちゃうの。なので冒険者を雇って魔獣の数を減らさないと危険なのよ~。でそんな地下迷宮がジャガンの街の近くにあるのよ~。」
おお、なんかファンタジーゲーぽくなってきたな。
元ゲーマーとしてはダンジョンと聞くと血が騒ぐ....だけど子猫って入れるのかな?
「地下迷宮って自然にできるの?」
「そうね、高レベルの魔法使いが自分の研究室として作ることもまれにあるけど、大概自然にできるものらしいの。噂では邪神が作っているとも、神が人間に試練を与えるために作っているとも言われてるわ~。」
”好奇心の女神”なら地下迷宮を作っても不思議じゃない気がするな。
おしゃべりをしているうちに俺達が街に入る順番となった。
「タグを見せて」
門番の兵士がタグの提示を要求してくる。
エーリカとクラリッサがタグを出して見せている。
子猫は素通りで良いのかなと思ったら兵士に摘み上げられてしまった。
「うにゃー」
摘み上げられて状態でじたばたしていると
「こいつはあんたの猫か?」
兵士はエーリカに尋ねる。
「ええ、私の使い魔よ。」
兵士はもう一度エーリカのタグを確認する。
「職業は魔法使いで名前はエーリカ....シ、失礼しました。」
エーリカの名前を確認した兵士が突然敬礼してくる。
「んじゃ、通らせてもらうわ~。」
クラリッサが兵士から子猫を受け取り俺達は街に入った。
◇
門から続く大通りには人が溢れかえっていた。
左右に露天が並び食べ物の屋台もあるのかいい匂いも漂ってくる。
「すごいです、私こんなに人がいるの始めて見ました。」
「今日は市の立つ日だったのね。道理で混んでるわけだ。」
クラリッサが少し興奮したように喋っている。
俺も中世ヨーロッパの都市といった風情の町並みやそこを行き交う人に目を奪われている。
「クラリッサ、市の日はスリも多いから気をつけてね。」
エーリカが年長者らしく注意を呼びかけてくる。
たしかに今のクラリッサのようにキョロキョロしている娘ってスリにとってはカモに見えるだろう。
俺は気を取り直し、辺りの様子を伺う....いや、クラリッサに抱っこされてるからあんまり意味ないのだけどね。
エーリカは混雑する大通りを抜け裏道に入っていく。
彼女は街の地理をよく知っているのか次々と小道に入っていくのでクラリッサは着いて行くので精一杯だ。
どれだけ小道を抜けたのか、道を覚えようとしたが途中でわからなくなってしまった。
どれだけ角を曲がっただろう、突然エーリカは二階建ての商店らしき建物の前で立ち止まって
「ここが、この街で住む場所よ。」
と言った。
俺とクラリッサはその建物を見上げて
「ぼろっ」「うにゃ」
とそれぞれ感想をいう。
「酷いわねえ~。見かけは古いけど中は綺麗なのよ~。ああ、今から鍵をもらってくるわね~。」
そう言ってエーリカはまた駈け出した。どうやら鍵は近所の人に預けてあるらしい。
クラリッサと俺は無言で家の前に佇んでしまった。
五分ほど経つとエーリカが鍵を持って戻ってきた。
鍵を開けて中に入ると中は掃除されているのかかなり綺麗だった。
どうやら鍵を預けている人に定期的に掃除をお願いしてあったらしい。
「お客様用の部屋の一つをクラリッサの部屋にするね~。」
エーリカは二階の窓のある部屋をクラリッサの部屋としてくれた。
子猫は一階のリビングに籠が置かれ、エーリカは本棚と作業机に囲まれた地下室を自分の部屋とした。
「ここで薬を売るの?」
一階のいかにも商店と言った間取りを見てクラリッサが質問したが
「私は店番なんかしないわよ~。」
と言って地下室に篭ってしまった。
「これって私達に店番しろってことかな?」
クラリッサが可愛らしく首をかしげて聞いてくる。
「みゃー」
ポーションを売って小金を稼ぐとか言っていたから店は開くつもりなんだろうけど、クラリッサに店番をさせて自分は部屋にこもって研究三昧のつもりなのだろう。
「居候だししょうがないか。」
クラリッサはしょうがないという風に肩をすくめると、彼女の主戦場となる台所に向かった。
◇
ジャガンの街にきて二日が過ぎた。
一階の店舗にはエーリカとクラリッサが作った各種ポーションを並べ販売しているが客が来ない。
エーリカは地下の部屋に篭って何か研究している。
「プルート、暇だね~」
「にゃーん」
子猫とクラリッサは暇を持て余してた。
折角大きな街に来ているの店番があるので全然見物に出れないのだ。
俺一人でも出かけてくればとクラリッサは言ってくれるが店に一人で残すのは可哀想なので二人で店番をやっている。
「明日お店閉めて街を見物しようよ。」
「みゃっ」
夕飯時、地下から出てきたエーリカにその旨を伝えると
「良いんじゃない。好きに遊んでおいで~。」
と言ってくれたので俺とクラリッサは明日街見物に繰り出すことにした。
次の日早起きした子猫とクラリッサは意気揚々と家を出た。
「まずどこ行こうか。」
「そーだね、まずは門前の店とか露天、後屋台でなにか食べたいな。」
子猫を抱いたクラリッサは門に向けて駈け出した。
街で市が立つ日は月に二回程度で今日は市は無いのだが大通りは活気があり大勢の人が行き来していた。
市の時ほどではないが露天や屋台がが立ち並んでいる。
子猫とクラリッサは露天や屋台をひやかしながら街の中心部へと歩いて行くことにした。
この街の中心はこの辺り一帯を統治するラフトル伯爵の城がありその周りを旧市街地、新市街地が取り巻く形になっている。
旧市街地と新市街地の境目には高さ三メートルほどの旧城壁があり二つの市街地を区分している。
旧市街地は伯爵に使える貴族(子爵、男爵)や騎士などが家を構えており、新市街は市民が住んでいる。
新・旧市街地共に中心に近いほど家柄や店の格が上がっていく。
大通りの店も旧市街地に近づくと貴族をターゲットとした高級店舗になっていく。
俺もクラリッサもそんな高級な店に用はないので、一旦旧市街地の城壁まで行ってから今度は逆に外の門の方に進むことにする。
大通りを半ばぐらいまで戻った時、突然店から男の子が転がり出てきた。
「みゃ!」
出てきた店を見ると、それは商店ではなく冒険者ギルドだった。
何か厄介事に巻き込まれそうな予感を感じながら俺とクラリッサは男の子を助け起こすのだった。
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