肉球は良いものだが、自分に付いていては台無しだ
2014/01/26 文章の改行ルールを変えました。記述、言い回しを変え少し加筆修正しました。
プニプニ…プニプニ…プニプニ
子猫の肉球はとても柔らかく触り心地が良い。俺は自分の手に付いている肉球を押してみて実感した。
実家で猫を飼っていたが、猫齢十歳以上の猫の肉球はあまり柔らかくなくしかも触ると引っ掻くのであまり触れなかった。
近所の子猫の肉球に触った時にその柔らかさに驚愕し、あまりのさわり心地にうっとりしたものだが、その理想の肉球が自分の手に付いている……触り心地は猫になっても変わらないが自分の手だと思うとあまり嬉しくない。
「みゃ~みゅ~みゃ~」
とりあえず俺を子猫に転生させた女神を呪ってやることにしたが、子猫は今鳴くぐらいしかできない。
「あら、お腹が空いているのかしら~」
紫色の髪でふわふわの天然パーマな残念髪型の少女が、俺を抱きかかえた。
「おかしいわね~使い魔にしたんだからこの子の考えていることが理解るはずなのに何も伝わってこないわ~」
(げっ、俺は猫に転生しただけでなく使い魔にされてしまっているのか。)
俺は昔やったTRPGでの使い魔に関する情報を思い出してみた。使い魔は常に契約した魔法使いと意志を通じており思いのままに操れると言ったルールだった気がする。つまり俺はこの少女に操られてしまうのか。
しかし猫を使い魔にしたということは、このヘアスタイルが残念な少女は魔法使いなのか。確か使い魔を持てるのはそれなりに高レベルな魔法使いだったはずだが、どう見ても十四か五歳にしか見えない少女が高レベルの魔法使いとは俺には思えなかった。
「まあ、子猫だし、かなり危ない状態で使い魔にしたからうまくパスが繋がらなかったのかな~。子猫ちゃん私の声が理解できたら右手を上げてね~。」
やばい、なんか使い魔として疑われている。俺は猫を飼ったことはあるが野良猫として生きていく自信は全くない。ここはこの娘の使い魔のふりをするほうが良いだろう。
「みゃ~」
子猫は言われるままに右手を上げる。
「うまく言っているみたい~♪」
「にゃっ~みゃ~」
「....なんかちょっと変な感じだけど、使い魔ですって返事が来たし、うまくいったのかな?」
魔法使の少女は毛布を引いた籠(多分子猫の寝床)に俺をそっと降ろし両前足を握ってこう言った。
「私は魔女のエーリカよ~あなたは道端で死にかけていたところを私に拾われて使い魔にして救ってあげたのよ~感謝してよね~。今後は私と暮らすことになるけどよろしくね~。」
この魔女と言うか魔法少女の名前はエーリカと言うのか。俺はあらためて少女を見直した。
紫色の髪でふわふわの天然パーマな残念髪型で、顔は美少女というより可愛い感じ。そばかすも多く、瞳はかなり大きくブラウン色で、白人とも東洋人ともとれる微妙な感じである。
身長はしゃがんでいるから分からないが、周りの家具のサイズから考えると百四十センチぐらいで、魔女っぽい黒いローブを着ているため体型はよくわからないが、お子様体型っぽい。
「にゃーんみゅーんにゃっにゅー」
子猫はとりあえず某ゲームの仲魔っぽく挨拶しておいた。
「精霊さんに頼んであなたを回復してもらったけど……もうしばらくおとなしくしていた方が良いと思うの。今ミルクを持ってくるからちょっと待っててね。」
エーリカはパタパタと隣の部屋に走って行ったが、途中でコケた。
なにもないところでコケるとはドジっ子なのか。魔法少女でドジっ子とはあまりにもお約束だろう。
隣で激しくものの落ちる音や皿の割れる音がする。
俺は彼女の将来が大丈夫か心配になった。
(いや、まずは自分の心配をしないと。)
子猫は自分の状態を確認することにした。
俺はどうやら生後一ヶ月くらいの子猫に生まれ変わったようだ。使い魔の猫と言ったら黒が定番だが、子猫は三毛だった。性別はオスである。元の世界では三毛猫のオスはかなりレアな存在だった気がするがこちらではどうなんだろう。
しっぽはかなり長い。人間には無い部位だなとさわってみると今までにない感じがしてきた。ギュッと!握られてると脱力しちゃうかもしれん。
とりあえず立ち上がってみようとしたがかなりヨタヨタする。
エーリカの話ではどうやら子猫は死にかけていたらしい、だから体力が無いみたい。
無理せずにエーリカの言う通りしばらくおとなしくしていた方が良いと子猫は判断した。
他にすることも無くなったので子猫は部屋の様子を伺うことにした。
俺が入っている籠は部屋の中央のテーブルに置かれており部屋が一望できる。ここはリビングらしく三人がけのテーブルと暖炉がある。エーリカが向かった隣の部屋は台所なのだろう。
「きゃー薪が無いわ~。どうしましょ~。そうだ魔法で……赤き燃え盛る炎よ……」
キッチンでエーリカが何か激しく間違った魔法の使い方をしていそうだ。
リビングには玄関とその横にかなり大きめの窓があり外が見える。今は夜らしく窓の外は暗く何も見えなかった。
部屋は掃除がされていないのか全体的に薄汚れており埃っぽい。床にはエーリカのものだと思われる鞄が放り出されている。
俺には長年放置された空き家にに引っ越してきたように見える。
キョロキョロと部屋を見回しているうちに隣の騒音が止み、エーリカがミルクを運んできた。
「さあ、猫ちゃんミルクですよ~」
かなり危ない手付きでミルクを運んでくる。
子猫は転ばないだろうかハラハラしてしまった。
エーリカはそれでもミルクをこぼさずにテーブルの上まで運びきった。
子猫は立ち上がって籠から出ようとしたがこの弱りきった体では籠から降りることさえ難しかった。そんな子猫をエーリカは抱きかかえるとミルクの皿のそばにそっと置いてくれた。
子猫は優しいエーリカに感謝してミルクを飲もうとした。
ミルクの木皿はなぜか煤が大量についており、ミルクはボコボコと泡が出ていた。
「ちょっと熱いかもしれないから気をつけて飲んでね~」
エーリカがそう言ったがちょっとじゃなくてかなり熱い。リアル猫舌の俺では、いや人間であった頃の俺でもこの沸騰したミルクは飲めないだろう。
「みゅーみゃー」
子猫はエーリカに鳴いて伝えてみた。
「あらら、やっぱり熱すぎかしら~。フーフーしてあげるからちょっと待っててね~。」
エーリカは木のスプーンをキッチンから取ってくると沸騰するミルクをすくってフーフーしはじめた。その愛らしい姿にちょっと和んでしまった。
「さあこれで大丈夫よ~」
飲み頃の温度になって差し出されたスプーンのミルクを子猫はすすった。
ホットミルクなんて何年ぶりだろうと思いながらミルクを飲んだ瞬間、なぜか俺の意識は途切れてしまった。
「キャー猫ちゃんどうしたの~。キャー口から泡を吹いてるわ~。回復魔法を…」
遠ざかる意識の中、エーリカの泣き叫ぶ声が聞こえたような気がする。
◇
『オオ、エイジよ死んでしまうとは何事か!』
某有名RPGゲームの勇者死亡時の台詞を淡々と語る下級女神の声がする。俺はまた死んでしまったのだろうか。
『今のは冗談です。貴方は死にかけていますが、まだ死んでおりません。エーリカさんが回復魔法をかけていますからたぶん助かるでしょう。』
(そうか俺はまだ生きているのか、よかった……いやまて女神だと?)
「下級女神よ、何で俺を猫に転生させたんだ。俺はこんな転生を望んではないぞ。」
俺を猫に間違って転生させた女神に文句を言った。
『申し訳ありません。本来貴方の御要望通りに転生を行う予定だったのですが、どうも魂の握りが悪くて、魂がカーブしてしまったらしく、猫の魂の転生先に送り込んでしまいました。』
魂を野球のボールのように投げるなんてなんて酷い女神だ。
『魂を投げるのは久しぶりだったので失敗してしまいました。』
かわいらしくテヘペロしながら言い訳を言う下級女神に俺は言いようのない怒りを覚えた。女神に悪態をついて暴れ回りたい気分だが、そんなことをしてもなんの解決にもならない。ここは下手にでてやり直しを要求しよう。
「誰にも間違いはある。間違いは直せば良いのだ、俺の転生のやり直しを要求する。」
『無理です。』
下手に出てお願いしたのに一言のもとに却下された。
「おい、下級ダメ女神よ無理ってどういうことだ。俺と話ができるぐらいだから魂を猫から引っこ抜いて元々の転生先に再度送るぐらいお前でもできるだろう。それともそれができないぐらいヘタレなのか。」
『ダメとかヘタレとかかなり酷いです……えっと、私でもそれぐらいは本来できるのですが、現在のあなたの魂は使い魔としてあの魔女により拘束されている状態なのです。そのため私の力では魂を移し替えることできないのです。』
「このヘタレ女神め~」
俺はがっくりと落ち込んだ。このままだと俺の人生は使い魔の猫として決定してしまう、なんとか打開策を検討しなければ。
「もう一度死ねばなんとかならないか?」
『そんな、あんな可愛い子猫を殺すなんてあなたは鬼ですか。それに使い魔のままの状態で死んでも魂は開放されないので、転生させることはできません。』
鬼とか言われてもその子猫が俺なんだけど。しかし自殺ではダメか。使い魔の状態がまずいらしいなら使い魔から開放される方法を考えよう。
「魔女にお願いして使い魔から開放してもらえないのか?」
『私を信奉している神官であれば、神の啓示でそれを伝えることもできるのですが彼女は魔女、ある意味神とは対極にいる存在なのでそれは無理でしょう。彼女に自発的に開放してもらうか、あるいは彼女が死んでしまえば使い魔からは開放されると思います。』
困ったぞ、使い魔から開放される手段が無い。さすがに俺も再転生のために人を殺すのは躊躇われる。
「お前の神官か信者にに啓示を出してあの魔女に伝えることはできないのか?」
『……』
何だこの間は。
「おい、ヘタレ女神できないのか?」
『すいません、私の信者は非常に少なく、あなたの近くには現在信者はいませんのでその案を実行するのは難しいです。』
信者が少ないって...俺は少しこの女神が哀れに思えてきた。
「信者がいないって神としてかなり終わっている気がするが....そういえばお前がなんの女神か聞いてなかったが、一体何の女神なんだ?」
『……』
返事がない、ただのヘタレ女神のようだ。俺はなんかマズイことを聞いたんだろうかと心配になった。
『そろそろあなたの体の蘇生が終わりそうです。もうそろそろお別れです。』
エーリカが子猫の回復に成功したらしい。
『再度…転生を……れるなら……女を説得………頑張って。…の加護…ます。』
目覚める時が近づいてきたのか女神の声がとぎれとぎれになってきた。何か加護をとか言っているようだがなんのことだろう。そんなことを考えているうちに俺の意識は子猫の体に引き戻された。
◇
「よかった~子猫ちゃんが生き返った~」
目を開けると泣きじゃくるエーリカがいた。必死に俺を回復してくれていたらしい。
たとえ瀕死の原因が彼女だとしても子猫を懸命に助けてくれるとは優しい娘だ。やはり再転生のためにこの子を殺すとかはありえない。
なんとか別の手段を考えよう。
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