猫は人をだますのか…
「この二人にどうやって門番をやらせるかというとじゃな…炎の精霊を使うのじゃ」
アーデンベル先生はにやりと笑って、そう言うのだった。
「へっ? 炎の精霊を使うとは?」
疑問符を頭の上に浮かべたクラリッサに対して、
「まあ、見ておれ」
とアーデンベル先生は精霊で炎の精霊に何事か話しかけた。
『*><?O+<==##+.』
『??>:≡( ε:)(:з )≡』
炎の精霊はアーデンベル先生の言葉に返事を返すと、クラリッサの目の前で、炎の精霊は二体に分裂してしまった。
「炎の精霊が二つに分かれた?」
驚くクラリッサの目の前で、分裂した二体の炎の精霊はチロチロと炎の舌を見せながら、ぺたりと門番の兵士達の体に張り付いてしまった。
炎の精霊に取り付かれた兵士は、自分たちが燃やされると思ったのか、逃れようと必死に体をよじったが、そんな事で炎の精霊から逃れることはできなかった。
そして、
「炎の精霊が…吸い込まれる?」
炎の精霊は溶け込むように兵士の体の中に潜り込んでいった。
「んん……」
「んが…」
炎の精霊が潜り込んだ兵士達は、突然苦しみだした。
「先生、これは一体」
苦しむ兵士達の姿を見て、クラリッサはアーデンベル先生に非難がましい視線を送ったのだが…
アーデンベル先生はそんな視線を涼しい顔で受け流し、
「ほれ、体が燃えるように熱かろう。今お前達の体に炎の精霊が入った証拠じゃ。お前さん達の体に入った炎の精霊は、儂の言うことを忠実に聞いてくれる賢い奴らでの、もしお前さん達が儂らのことを誰かに話せば一気に燃え上がるように命じてある」
と兵士達に「燃え上がる」という部分を強調するように語りかけた。
「「んん゛」」
それを聞いた兵士達はアーデンベル先生を恐怖に満ちた目で見つめた。
「もちろん、お前さん達が儂らのことを話さなければ、炎の精霊は何もせん。つまり、儂らが来たことなど知らないふりをして普通通りに門番をやっておれば何も起きないという事じゃ。どうじゃ、儂の言うことが分かるのかの?」
「「ん゛ん゛」」
兵士達は汗を流しながら懸命に首を縦に振った。
「うむ、物わかりが良くて宜しい。では今からお前さん達の猿轡を外すのじゃが…騒ぐとどうなるか分かっておるの?」
「「ん゛ん゛」」
再び兵士達は首を縦に振った。
「よしよし。クラリッサ君、其奴らの猿轡を外してやるのじゃ」
「あ、アーデンベル先生?」
「問題無いのじゃ」
「どうなっても、知りませんよ?」
クラリッサはアーデンベル先生に言われるままに、兵士達の猿轡を外した。
「「…」」
門番の兵士は、猿轡を外しても顔を見合わせて黙りこくっていた。
「お前さん達、別に声を出しても良いのじゃぞ」
アーデンベル先生はそんな二人ににやにやとした笑みを浮かべてそういったが、
「「…」」
やはり、二人は黙りこくったままだった。
「…まあ、良いかの。どうじゃ、儂らの事を誰にも話さぬか?」
「「…」」
アーデンベル先生の問いかけに、二人は無言で頷いた。
「よろしい。では戒めも外してやろうかの」
クラリッサはアーデンベル先生によって戒めのロープを解かれた門番達の挙動を警戒していたが、二人はよろよろと立ち上がると、怯えたように立ちすくんでいた。
「ほれ、何時まで惚けておる。早う門番の仕事に戻るのじゃ」
「…本当にそれだけで大丈夫なのか?」
「…後で燃やされるとか…」
アーデンベル先生に門番に戻るようせかされた二人だが、恐る恐るそう尋ねてきた。
「そんな事はない。エルフは約束は守るのじゃ。それより早う戻らぬと、逆に燃やしてしまうぞ」
「「ヒィッ!!」」
アーデンベル先生に脅された二人は飛び上がって門に走って行った。
「先生。炎の精霊を使って脅すというのは精霊使いとして如何なものかと思うのですが…」
兵士達が去った後、クラリッサは非難がましい目をアーデンベル先生に向けた。
「ふむ。クラリッサ君は以外と潔癖主義者なのじゃな」
「いえ、そういうわけではないのですが…」
「ふむ。冒険者ならあれぐらい日常茶飯事の出来事じゃろうに」
「確かにきれい事だけでは済まないことが多いのですが…。もし彼等が私達のことを口にしたら…炎の精霊が彼等を燃やしてしまうのかと思うと…」
もちろん、俺は聖人君子ではないし、現にアーデンベル先生を連れ出した手口を考えれば、今回のやり方に文句を付ける筋合いは無いという物だろう。
しかし門番の兵士達は男爵に命じられて職務を守っているだけの普通の人達である。確かにちょっと乱暴な点はあったが、命を取るという脅しはないだろうと俺は思ってしまったのだ。
「ああ、そういうことか。クラリッサ君は彼等の身を心配しておるのじゃな。大丈夫じゃ。心配には及ばぬよ。今日一日ちょっと体が熱っぽいだろうが明日には治っておるじゃろう」
「いえ、そういうわけではなくて。彼等の命が心配だと思っているのです!」
クラリッサはなぜかピンとがずれた返事を返して来るアーデンベル先生に少し強く言ってしまった。
「命じゃと? どうして彼奴らの命が心配なのじゃ?」
アーデンベル先生は、何を言っているんだという顔であった。
「…先ほど先生はあの兵士達に炎の精霊を潜り込ませ、私達の事を話したら燃やすと仰ったではないですか?」
それに対し、クラリッサは思わず声を荒げて言い返してしまった。
「はぁ…クラリッサ君、君はエーリカの所で何を学んできたのかね?」
それに対し、アーデンベル先生はがっかりした顔でクラリッサ睨んできた。
「へっ、それは……魔法とか魔法薬の作り方とかですが…」
突然エーリカの事を持ち出され、クラリッサは少し混乱してしまった。
「精霊魔法については?」
「…一通り教えて貰いましたが、クラリッサには精霊魔法を使う資質がなかったので…」
「一通りか…エーリカめずいぶんと端折りおったな。フゥ、仕方ない説明してやろう。確かに、儂はあの者達に炎の精霊を取り付かせたが、それで彼奴らを燃やしてしまうことなぞ出来ぬのじゃ。先ほどの行為ははったりじゃぞ」
アーデンベル先生は大きくため息をついた。
「はったりです…か? でも炎の精霊はあの人達に取り付いたんですよね。それが影響しているのか体が燃えるように熱くなっていると仰っていたではないですか。私はあのまま兵士達が燃えてしまうのではないかと恐れていたのですが…」
「それは炎の精霊が取り付いた副作用じゃ。普通人間の体の中では精霊がバランスを取っておるのじゃが、其処に炎の精霊が入ってしまえばバランスが崩れる。そうなれば体が熱くなるのは当然じゃろ。人が病気で熱を出すのも体内の精霊のバランスが崩れ、火の精霊力が強くなるからなのじゃ」
現代医学を学んでいる人が聞けば憤慨するような話をアーデンベル先生は語り始めた。
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