猫と男爵と先生その3
「魔法の火から炎の精霊を呼び出すとは、さすがアーデンベル先生です」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
クラリッサはパチパチと拍手で炎の精霊を前に自慢げであるアーデンベル先生を一頻り褒め称えた。
「…それでは、尋問を続けますか」
「うむ、そうじゃな」
炎の精霊を背後霊のように背負ったアーデンベル先生が兵士に向き直ると、それだけで兵士達はがたがたと震えだした。
「そ、そんな物で、お、俺達をどうするつもりだ」
兵士は怯えた目つきで炎の精霊をみる。
「さて、どうした物かの。炎の精霊を呼び出したからには、何か燃やしてやらぬとこやつの機嫌が悪くなるからの~」
アーデンベル先生がそう言うのと同時に、炎の精霊が『ボゥッ』と炎を吹き出した。
「「ヒィッ!」」
炎にあぶられた兵士の前髪がちりちりと焦げてアフロヘア-となっていく。
(炎の精霊を呼び出したら何か燃やさないと駄目とか、はったりも良いところだな~)
クラリッサはアーデンベル先生の嘘に思わず苦笑いをこぼしてしまった。
炎の精霊は火を司る精霊だ。もちろん火を司るのだから物を燃やすことはできるが、だからといって呼び出したら物を燃やさないと機嫌が悪くなるとかあり得ないのだ。
「さて、お前はどちらを燃やしたいのじゃ?」
アーデンベル先生の問いかけに炎の精霊は再び『ボゥッ』と炎を吹き出した。もちろん炎の精霊は燃やしたいなどと言っておらず、ただ吹き出しただけである。
「お、俺は話すぞ。だから俺を燃やさないでくれ~」
「お、お前。男爵様を裏切るつもりか」
「エルフは邪魔」と言った兵士が恐怖に耐えかねて喋ろうとしたのをもう一人の兵士が窘めようとしたが、
「はいはい、済みませんが少し黙っていてくださいね」
クラリッサは手際よく兵士に猿轡をかませて黙らせた。
「ふむ、ではお前さんに喋って貰おうとするか」
アーデンベル先生は目で兵士に話すように促すと、彼は堰を切ったように話し始めた。
「俺の知っていることを全て喋る。だから俺も其奴も燃やさないでくれよ。…どうして、男爵領エルフが邪魔なのか、実は俺も正確な理由は知らないんだ。ただ兵士達には、『男爵領でエルフを見つけたらすぐに領外に追い出せ』と命令が出ているんだ」
「なるほどの~。それでエルフが邪魔ということか」
(男爵領の特産の木材が原因か。そりゃ山や森の木を切り出すとなると、エルフ達も怒るよな~)
豊かな生活のため、男爵領の人達は木材を売り続けるしかないということは俺にもよく分かるし、エルフ達がそんな人間に対して怒るのもよく分かる。地球でも資源の輸出と環境問題で企業と地元の人が対立することは良くある話だ。
「男爵領は木材を特産としている。だから元々エルフ達とは折り合いが悪いんだ。それに皆の生活を守るためにも、兵士達は、男爵様の命令に従うしかないだろ」
兵士は仕方が無いという顔でそう呟いた。
「ふむ、確かにそうじゃな」
「分かってくれたか。あんた達が立ち去るなら、俺達はもうあんた達をどうにかするつもりはない。こちらの事情も話しただろ。頼む俺達を解放してくれ」
「「…」」
そんな兵士の懇願に、クラリッサとアーデンベル先生は無言で顔を見合わせた。
「うーん、私達は男爵様に会いに来たのであって、この男爵領のエルフの扱いについて文句を付けたい訳ではないのですが…」
「まあ、儂もエルフの端くれじゃ。男爵領でのエルフの扱いには一言いいたい気持ちもあるのじゃが、まあこの地方のエルフに知り合いもおらぬ。できればお前さんの件をさっさと片付けて魔法学校に戻りたいのじゃが…」
「(アーデンベル先生として、それで良いのかな~)」
「ん、なんか言ったかの~?」
「い、いえ。何もありません」
アーデンベル先生の自己中な発言に、思わず小声で突っ込んでしまったクラリッサだが、彼に睨まれて何事もなかったのように取り繕った。
(うん、まずはクラリッサの事が第一だ。エフルの方は放置するしかない)
「其方の状況は分かりました。私達は男爵様にお会いしたいのです。貴方達が取り次いでくださるな解放して差し上げるのですが…」
「だ、男爵さまに会いたいだって。馬鹿な事を言わずにさっさと立ち去ってくれ」
「いえ、先ほども申し上げましたが、こちらの方は男爵様の恩師に当たられる方です。訪問したことを伝えれば、きっとお会いになると思うのですが…」
「そのエルフが、男爵様の恩師だって。嘘をつくならもっと上手に付いてくれ。兎に角エルフが男爵様に会いたいとか伝えるのは無理だ」
「ん、んんーー」
門番は二人とも首を振って無理だと訴えた。
(こりゃもう正式に訪問するのは無理だな~)
門番の兵士達の様子から俺はもう正式な手続きで男爵に会うことは難しいと感じていた。
「先生どうしますか…」
「ふぅ…。面倒な事になったのじゃ。まあ、先触れも出さずに会いに来たのは不味かったのじゃが…。まあ先触れなぞ出そうものならアンドレの奴は逃げ出してしまうからの~。…ウム、こうなったら実力行使あるのみじゃ」
「実力行使ですか? 相手は貴族なのですが…」
アーデンベル先生の過激な発言を聞いて、クラリッサの顔が引きつった。
「儂も冒険者の頃、何度も貴族達と事を構えたことはあるのじゃ。まあ、その半分ぐらいはお前さんの師匠が原因でもあるのじゃが…。まあそんな話はどうでも良いのじゃ。兎に角アンドレの奴に会ってしまえば何とかなるじゃろ」
「…そんな無計画で大丈夫なのでしょうか?」
「まあ、最悪の場合、メグ嬢がお前さんを暗殺しようとしたことをネタに脅せば良いのじゃ」
「メグ嬢さんが切り捨てられて終わりになってしまいそうですが…。私は、彼女を助けるつもりで、ここに来ているのです」
「まあ、校長が実行犯を確保しているのじゃ。その点は大丈夫じゃろうて。ほれぐずぐずせずに行くぞ」
「(はあ、聞く耳を持ってくれないのでしょうか)…分かりました」
クラリッサはため息をつくと、アーデンベル先生に頷いた。
「ところで、この人達はどうしましょう」
城に潜入しシュタインベルグ男爵に会うことに決めた俺達だったが、門番の二人をこのまま放置すれば騒ぎとなってしまうだろう。
「いっそのこと燃やしてしまうかの~」
アーデンベル先生の言葉に縛られ猿轡をされた二人は、「んーんー」と助けを求める視線をクラリッサに送ってきた。
「アーデンベル先生。人殺しは良くないですよ」
「冗談じゃ…」
「…先生が冗談を言うとは思いませんでした」
「まあ、滅多に言わぬからの」
「そうですか…」
(もしかすると、冒険者の頃と同じ手順で連れ出したことで、やんちゃな昔の頃を思い出してしまったのかな?)
クラリッサは、男爵領に来てから、アーデンベル先生が少し変わったように感じていた。その原因としては、魔法学校から連れ出した手順ではないかと俺は考えていた。
「二人を殺すわけにも行かぬし、このまま放置はまずい。…となれば二人には今まで通り門番をやって貰うしかないの」
「へっ? そんなことをこの二人が飲むわけが無いと思うのですが」
またもや飛び出したアーデンベル先生のトンデモ提案に、クラリッサは非難めいた視線を送るのだった。
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