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猫と男爵と先生その2

(こりゃ、演技じゃないな。ということは、本当にシュタインベルグ男爵はメグ嬢…の替え玉にクラリッサ暗殺の依頼をしていないと言うことか)


 アーデンベル先生の脚にすがりつき、まるで子供のように泣いているシュタインベルグ男爵家当主のアンドレを見て、さすがにこれまでの彼の醜態が演技ではないという確信に至ったのだった。


「ええぃ、いい大人が情けないのじゃ。分かったから放すのじゃ」


 金色夜叉の貫一を思わせる見事な蹴りで、アーデンベル先生はアンドレを蹴り飛ばした。


(男爵家当主を蹴り飛ばすとか、アーデンベル先生…ぱねぇっす)


「先生、蹴り飛ばすのはさすがに酷いです」


 お宮のようにヨヨヨと泣き崩れるアンドレ。それを尻目に、


「暗殺依頼が存在しないとなると、これはどうしたものかの」


 アーデンベル先生は、クラリッサ(おれ)にどうしたらよいのか問うてきた。


「そ、そうですね。どうやらシュタインベルグ男爵は本当に暗殺を依頼していなかったようです。これでは当初の目的であった、男爵に命令を撤回するという話にはなりませんね」


「そうじゃな。だか、逆に話は簡単になったと思うのじゃ。こやつが命じていないのなら…」


「メグ嬢の偽物に、暗殺命令は偽物で、普通に魔法学校に通えという命令書を出して貰えば良いのですね」


「で、あるかの~」


 クラリッサ(おれ)とアーデンベル先生は、泣いているアンドレを生暖かな目で見て、そう結論づけたのだった。





 アーデンベル先生は、アンドレをなだめすかして、偽物メグ嬢に対するクラリッサ暗殺の撤回命令書を作成させていた。


「では、この命令書にサインをすれば、宜しいのでしょうか?」


「うむ。後は印璽(シール)で封をするのを忘れぬように。お主はそそっかしいからの」


「は、はいっ。先生、これでよろしいでしょうか」


 アーデンベル先生に命じられるままに命令書を作成するアンドレ。


(男爵当主が、恩師とはいえこんなに簡単に先生に命じられるままで良いのかな。もしかして、男爵様、アーデンベル先生への恐怖のあまり自我が崩壊してマインドコントロールされている状態? 男爵様は、どれだけ先生へのトラウマを抱えているんだろう)


 虚ろな目で書類を作成しているアンドレをクラリッサ(おれ)はちょっと哀れんだ。


「できました~」


「うむ。良かろう。良くできた褒美に花丸をくれてやろう」


 アーデンベル先生はそう言って羊皮紙に良くできましたと花丸を書いてアンドレに手渡した。


「ええっ、花丸をいただけるのですか。…学生時代には絶対いただけなかった花丸をもらえるとは。私は、…感無量です…」


 感動の涙を流して立ち尽くすアンドレ。それ(・・)を生暖かい目で見ながら、ポケット(無限のポケット)に命令をしまったところで、廊下を走る複数の足音をクラリッサ(おれ)は聞きつけた。


「(どうやら、時間をかけすぎたようです。屋敷の人達にかけた魔法が解けたようです)」


「(その様じゃな。目的の物も入手したことじゃ、アンドレに後のことを言い含めて立ち去ることにしよう)」


「(はい)」


 小声で撤退の方針を決めると、アーデンベル先生はアンドレに向き直った。


「用も済んだ事じゃし、儂らはこれで立ち去るのじゃ」


「そ、そうですか。お帰りになられるのですか…それは良か…いえ、名残惜しい事で」


 先生が帰ると聞いて、アンドレはぶんぶんと首を縦に振ってうれしさを表していた。。


「それでじゃが…アンドレ、今日ここに儂らが来たことを他の者には秘密にするのじゃ」


「へっ、秘密にですか?」


「うむ。ここに来るまでに儂らは、色々とやらかしたからの。後のことはお主がうまく取り繕うのじゃ」


「は、はぁ…そういえば、どうやって先生は私の部屋に入ってこられたのでしょうか?」


 ここで、アーデンベルグ先生(恐怖)からようやく解放されると聞いて、マインドコントール状態だったアンドレの目に光が戻ってきた。


(まずいな。男爵が正気に戻ってしまう)


「男爵さま、それを説明すると長くなりますが、それでもよろしいですか?」


 クラリッサ(おれ)はアーデンベル先生を押し立てて、アンドレにそう告げた。


「い、いや。そんな事はどうでも良いのですが…」


 案の定、アンドレは早くアーデンベル先生に立ち去ってもらいたい一心で、ぶんぶんと首を横に振った。


「では先生、さっさと退散しましょう」


「う、うむ。おーっと、そうじゃ。立ち去る前に一つアンドレに聞かなければならぬ事があったのじゃ」



 寝室の窓を開けて飛び出そうとしたクラリッサ(おれ)を引き留め、アーデンベル先生はアンドレに向き直った。


「えっ? 何を聞くんですか先生。……まさか…」


 クラリッサ(おれ)はアーデンベル先生が聞きたい事に思い当たり顔をしかめた。


「アンドレ、どうしてこの男爵領では、エルフは邪魔者扱いされておるのじゃ?」


「なっ、ど、どうしてそれを知っておられるのですか?」


「それはお主のところの衛兵がそう言っていたからじゃ」


「そ、それは。あの…」


 ようやく落ち着きを取り戻していたアンドレだったが、アーデンベル先生の問いかけを聞くと再びその落ち着きが失われてしまった。


(アーデンベル先生、それを今聞いちゃうのか。いや、エルフとしては見過ごせないか…)


 クラリッサの暗殺を止めるという目的を達し、後は学校に戻りメグ嬢の偽物を説得するだけと思っていたのだが、どうやらそう簡単には帰れないようだった。





 時間は、クラリッサ(おれ)とアーデンベル先生が門番の兵士達を制圧した刻に戻る。


 制圧した門番の兵士達はロープで縛り上げ、門の側にある小屋に押し込めた。


「どうしてエルフが邪魔なのですか?」


「「…」」


 もちろん、兵士達は答えない。『男爵領(ここ)じゃ、エルフが邪魔』と叫んだ兵士に至っては目をそらす有様だった。


「うーん、其処まで頑固だとますます聞きたくなるのですが…マナよ火種となれ、イグニション!」


 クラリッサ(おれ)は左手の人差し指をほっぺに当て首をこてんと傾けながら、着火の魔法(イグニション)を唱え、右手の杖の先に小さな火種を作り出した。


「獣人が魔法を!」


「馬鹿な」


 獣人のクラリッサ(おれ)が魔法を唱えるのを見て、兵士達は驚いていたが、着火の魔法(イグニション)を唱えたのは驚かせることが目的ではない。


「これはたき火とかに火を付ける魔法ですが、もちろんそれ以外にも使えます。たとえば生焼けの肉に火を通すとかね」


「「なっ」」


 クラリッサ(おれ)の脅しの言葉に、兵士達の顔がこわばった。


「これ、クラリッサ君、着火の魔法(イグニション)では生焼けの肉に火を通すことなどできぬのじゃ。まさかそんな事も知らぬのか」


「ちょっ、先生。そんな事知ってますよ。この人達を脅して話して貰うつもりだったんですよ」


 クラリッサ(おれ)は、いきなり駄目出しをしてきたアーデンベル先生に抗議の声を上げた。


「おお、そうじゃったのか。すまぬの~」


 アーデンベル先生は、かっかっと笑いながら、


「しかし、その様な小さな火では脅しにもならぬの。せめてこれぐらいはせぬと。『ノ(*÷~)』」


 と精霊魔法を唱えた。


 すると突然杖の先の火が人の身長ほどの高さまで激しく燃え上がり、その中から炎を纏ったトカゲが飛び出した。


「うぁっ! …もしかしてこれは、サラマンダーですか?」


「そうじゃ。よく知っておったの」


「ええ。エーリカ(師匠)が暖炉の火から呼び出すのを見たことがありますので。ですが、魔法の火から呼び出せるとは知りませんでした」


 四大元素系の精霊を呼び出すには、その元素を準備する必要があると言われている。風の精霊なら空気で良いし、大地の精霊ならむき出しの土があれば良い。そして火の精霊であれば火が必要なのだが、その火はたき火と言った通常の炎を使う。今アーデンベル先生がやったように魔法で生み出した火から呼び出すことは通常出来ないはずなのだ。


「ふふ、この炎の精霊(サラマンダー)召喚呪文は今度エーリカに会ったときに驚かそうと思って準備しておいた物じゃからな」


 アーデンベル先生は自慢そうに胸を反らすのだった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。


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