猫は城を訪れた
シュタインベルグ男爵の居城、その全容はほとんど日本風のお城ではあったが、残念ながら堀は存在しなかった。また石不足であるため城壁には石垣も存在せず、土台は白いコンクリートのような素材で作られていた。
そんなコンクリート製の城壁に沿って歩いていくと、城への入り口であろう巨大な門が見えてきた。
「何者だ?」
「見慣れぬ風体。よそ者だな。ここは男爵様のお城だ。用のない者は立ち去れ」
門の前には、ハーフプレートに身を固めた門番が立っており、門に近づいて来たクラリッサとアーデンベル先生を誰何してきた。
(うぁ~日本風のお城に西洋風の甲冑とか、違和感ばりばりだな~)
クラリッサは門番の装いに違和感をばりばりに感じていたが、アーデンベル先生は当然そんなことを意にも介していなかった。
「ここにアンドレがおるじゃろ。アーデンベルが会いに来たと伝えるのじゃ」
「(…ちょっ、アーデンベル先生)」
余りにも礼を失したアーデンベル先生の応対にクラリッサのほおが引きつった。
最初、門番達は唖然としていたが、
「…き、貴様! 男爵様を呼び捨てとは」
「ぶ、無礼にも程がある」
アーデンベル先生の失礼な物言いに気づくと、当然のごとく怒り出した。そして俺達に手にしていた長槍を突きつけてきた。
「せ、先生。貴族様にその様な物言いをなされては…」
長槍の扱いから見ると、門番の兵士達の練度はそれほど高くなく、冒険者で言えば下級の下程度あった。そのレベルの兵士に槍を突きつけられても恐れる必要は無い。しかし今から交渉しようという相手に対して、アーデンベル先生の物言いはもの凄く問題がある。クラリッサはアーデンベル先生を窘めようとしたのだが…。
「ふむ。あのへたれなアンドレが、今ではシュタインベルグ男爵の当主とは、儂もびっくりじゃ」
アーデンベル先生は、全く意に介さず、更に毒舌を吐くのだった。
(アーデンベル先生、この状況でそれはないでしょ。少しは空気を読んでくださいよ~)
基本的にエルフは自分たちの住処から出てこず、人間の権力や身分制度には全く興味がないと聞いていた。しかし、魔法学校の教師をしているとなれば人間社会の常識は弁えていると思っていたのだが、それは俺の思い違いだったようだった。
「き、貴様~」
「無礼討ちにしてくれるわ」
アーデンベル先生の態度に激高した兵士達は、突きつけていた槍を振りかざし斬りかかってきたのだった。
「(これも正当防衛…なのかな~)」
クラリッサはそう呟くと、振り下ろされた槍を避けて、その手元に滑り込んだ。そして兵士の手から槍を叩き落とすと、そのまま手首を掴み背後に回って、地面に倒して拘束してしまった。
「先生の方は…大丈夫みたいですね」
アーデンベル先生は、いつの間に唱えていたのか土の精霊魔法で兵士を拘束していた。
(アーデンベル先生、腕は立つと思っていたけど…さすがエーリカの冒険仲間だな)
拘束系の魔法は、相手の魔法抵抗力や筋力などによってはレジストされてしまう。そうなれば全く効果が出ないのだが、アーデンベル先生の土の精霊魔法は子猫でもレジストするのは難しい程の完成度だった。
「こんな子供に負けるわけには……くっ、なんという力だ、外れんぞ」
組み敷かれてしまった兵士の方は必死に拘束を外そうともがくが、クラリッサはしっかりと間接を決めている。彼は抜け出すこともできず地面に押さえつけられ呻くだけだった。
「精霊魔法だと。もしかして貴様…エルフかっ?」
一方、土の精霊魔法で捕らえられてしまった兵士は、アーデンベル先生がエルフじゃないかと気づいたのか、驚いていた。
ちなみに、アーデンベル先生は、冒険者時代からのスタイルなのか魔術師らしいローブ姿で顔はフードにて隠しているので、特徴である耳が隠れており外見からはエルフとは分からない。しかし人間の精霊魔法の使い手は滅多におらず、エルフやハーフエルフは逆に精霊魔法を好んで使うことから、兵士は先生をエルフだと考えたのだろう。
(エルフって、其処まで珍しいのか? まあ種族全員が人間不信の引きこもりみたいな者だけど、アーデンベル先生のように森の外に出ているエルフもいるんだけどね~)
クラリッサがそんな風に思っていると、地面に組み敷かれていた兵士が、突然がたがたと震えだした。
「え、エルフだと。どうしてここにエルフがいるんだ? ま、不味いぞおい」
(おいおい、どうしてエルフがいると不味いんだ?)
「エルフがいると、どうして不味いのですか?」
「そりゃお前、男爵領じゃ、エルフが邪魔だから「馬鹿野郎、それをよそ者に言うな」…」
クラリッサが組み敷いている兵士がそこまで言ったところで、もう一人の兵士がそれを遮った。
(エルフが邪魔? 男爵領で何か事件でも起きているのか?)
「ふむ、エフルが邪魔とな? なかなか面白い事になっておるようじゃの~」
アーデンベル先生はここまでのクラリッサと兵士とのやり取りから何か思いついたのか、フードの下でにやりと笑っていた。
◇
その日、シュタインベルグ男爵当主、アンドレは上機嫌であった。
「ようやく彼所の伐採に目処がたったな」
「はっ、ようやく連中も立ち退きに同意しました。これで再来週には伐採が可能となります」
「再来週か…。王都への納期は遅らせるわけには行かぬ。来週までには伐採を始められるように手配しておけ」
「はっ! その様に通達します」
「念のために護衛の兵士の手配も忘れるな」
「はっ」
男爵領の木材伐採を取り仕切っている初老の男は、恭しくお辞儀をして部屋を出て行く。
「ふふっ、彼所さえ解放できるなら、我が男爵家は後二十年は商売できるぞ」
男が部屋を出た後、アンドレは窓の外を見ながら笑っていた。
男爵領にとって木材は主要な産物であり、王都では良質な木材の需要は増えることはあっても減ることはない。伐採すればしただけ売れるのだ。
しかし、この世界ではまだ植樹という文化は根付いていない。つまり伐採する木は全て自然に生えている物である。つまり木は有限な資源なのだ。そのため、常に新しい伐採場所を常に確保する必要があるのだ。
その様な状況の中で新しい木材の伐採場が確保できた事は、男爵にとって非常にうれしいことである。しかも其処には後二十年は伐採できるだけの樹木が生い茂っているのだ、男爵でなくても笑いが止まらないというものだろう。
一頻りアンドレが笑った後、唐突に部屋のドアがノックされた。
「何用だ?」
「男爵様、お客様がお見えになられました」
扉の向こうから聞こえてきたのは、男爵の身の回りを世話しているメイド長の声だった。
「客だと。そんな予定は無かったと思うが…誰だ」
「それが、王都からやってこられた方でして。何でも男爵様の先生だったと…」
「先生だと?」
アンドレは一瞬首をかしげたが、突然あることに思い当たり上機嫌だった顔が一気に青ざめた。
「ま、まさか。其奴の…いやその方のお名前はアーデンベルと…」
「はい、そう申しておりますが…」
そう聞いた瞬間、アンドレの顔から滝のような冷や汗が流れ始めた。
「わ、私は今は忙しい……いや、病気だ。急な病気で伏せっていると伝えて帰ってもらうのだ」
「は、はあ? 病気ですか? ですが、男爵様はお元気でいらっしゃるのでは?」
メイド長は突然の男爵の病気発言に戸惑っているようだった。
「ば、馬鹿者。病気と言ったら病気なのだ。早くアーデンベル先生にそう伝え、帰って貰うのだ」
「そうですか。ではその様にアーデンベル先生にお伝えしますね」
メイド長の声が途中から若い少女の声に変わると、
「とうことらしいのですが、アーデンベル先生どうされますか?」
と奇妙な事を言い始めた。
「め、メイド長?」
突然の出来事に驚いたアンドレが問いただすと、扉の向こうからは
「儂は代返と仮病は許せん質なのじゃ。どうやら再教育が必要じゃの」
彼が最も聞きたくない声が聞こえてきた。
「ヒィいいい」
その声を聞いた瞬間、アンドレは悲鳴を上げてその場に気絶してしまった。
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