猫は拉致った
目的の魔法薬を全て作り終えた俺は、変身を解いて子猫の姿に戻った。
(ふぅ、単に魔法薬を作るだけだったはずなのに、酷い目にあったよ)
俺はそう思いながら、作業場につるされている三角形の布きれを見上げた。
(メグ嬢、このままじゃ風邪を引くかもしれないな。毛布ぐらい掛けておくか)
ポケットから毛布を取り出し、魔法で眠っているメグ嬢にそっと掛けると、俺は工房を後にした。
工房を出るとすっかり夜は明けていた。
(アーデンベル先生を連れ出す作戦は今夜決行するとして…その前にいろいろ片付けないとな~)
徹夜明けの眠い目を擦りながら、子猫はクラリッサの待つ女子寮へと向かった。
◇
女子寮ではすっかり体調も戻ったクラリッサが子猫を待っていた。
リュリュもちょうど起きていたので、クラリッサとリュリュに今夜以降の子猫の行動について話すことにしたのだが、
『僕はこれから、クラリッサの暗殺騒ぎの件の収拾を付けにいくつもりだ。そのために何日か学校を離れることになる。でもこのままじゃ、授業をサボることになるから、リュリュには僕の代返をお願いしたいんだ』
そう言って子猫は、身代わり人形をリュリュに手渡した。
「代返って? そんなことして大丈夫なの?」
リュリュは不安に感じているようだった。
『校長先生には話しを付けておくから大丈夫だよ。それとクラリッサは、僕が居ない間にリュリュのサポートをお願いするね』
リュリュだけだと不安だが、クラリッサがサポートすれば何とかなると子猫は思ったのだが…
「…私もプルートと一緒に行く」
(やっぱりそう言うよな…)
予想通りというか、クラリッサは子猫について行くと首を振るのだった。
『いやいや、クラリッサが一緒に来ちゃ意味が無いから。学校でおとなしく待っていてほしい「いや、ついて行く」…』
クラリッサは、だいたい子猫の言うことを聞いてくれるのだが、なかなか頑固な面もある。今回は、自分の事だからということもあるが、なかなか納得してくれず、長い押し問答が続いた。
『クラリッサまで学校から離れたら、誰がリュリュを守るの? クラリッサは僕の代わりにリュリュを守っていてほしいんだ』
「…」
「クラリッサちゃん…」
リュリュが不安そうな顔でクラリッサを見つめる。
「…分かった」
結局クラリッサは耳をペションと倒し、涙目ながら渋々と頷いた。
◇
朝食を終えると、リュリュとクラリッサに、身代わり人形でうまく代返できるかテストをお願いして、子猫はトビアスの書斎に向かった。
「トビアス校長、メグ嬢を監禁するならきちんと面倒をみてくださいよ」
「フォッフォッフォッ、大変な目に遭ったようじゃな」
トビアスに会う早々、子猫はメグ嬢の取り扱いについて、にトビアスは講義した。トビアスは昨晩の状況を知っているのか、あごひげを撫でながら笑って返すのだった。
「取りあえず食堂の手伝いが終わった後、ミームをメグ嬢の世話係として使ってください」
「ウム、それは助かる。手持ちのゴーレムでは人間…特に女性の世話などできんからな」
トビアスが作成したゴーレムは一般の物より優秀だ。しかし女性のお世話と言ったメイドのようなことをするほど繊細な動作を行えるのは、ミームぐらいしかいない。
「メグ嬢の為にも、さっさとこの件を片づけましょう。校長先生、僕は予定通り今晩アーデンベル先生を拉致します。クラリッサとリュリュは学校に残りますので、僕が不在の間のフォローお願いします」
「おう、分かったぞ。任しておくのじゃ」
学校不在の間のフォローをトビアスにしっかりと頼んで、子猫は夜が来るのを待つのだった。
◇
時刻は深夜0時。今日は新月であり、辺りはもちろん真っ暗闇であるが、子猫は問題なく歩くことができる。
「(今晩わ~)」
相変わらず鍵の掛かっていない研究室の小屋の扉を開け、子猫は中に入っていった。
(アーデンベル先生…今晩もここで実験をしているはずだが…)
トビアスとスーサンに確認を取り、アーデンベル先生が今晩も研究室で錬金術の研究をしていることは確認済みである。
猫らしく足音を立てずそっと忍んでいくと、前に来た時と同じく、明かりの漏れている扉が見えてきた。
(さて、先生は何をやっていらっしゃるのかな~)
そっと中を覗くと、今晩のアーデンベル先生は、実験ではなく机に向かって何か一生懸命書き物をしていた。
(これは、都合がよいな)
机に向かうアーデンベル先生は扉に対して背を向けており、背後に忍び寄るのに都合が良かった。
子猫は音を立てないようにそっと部屋の中に入っていた。
「ふふふふ…」
机に向かって、羽ペンで文字を書き込んでいるアーデンベル先生だが、その口からは不気味な笑いが漏れていた。
(?)
子猫は不審に思いながらも、その歩みを止めない。
「ふふふ…あの秘薬は成功だった。これでまた錬金術に新たな一歩を踏み出せた。このレポートをみてエーリカが悔しがる姿が目に浮かぶようだ。ひーひっひっひ…」
(アーデンベル先生…何か危ない薬でもキメているのか)
いつも冷静な雰囲気とは異なるアーデンベル先生の態度に子猫はどん引きしていた。
アーデンベル先生がおかしいのは、ここ数日徹夜で研究に打ち込んでいたことと、子猫が手伝った秘薬が大成功だったためにハイ状態となっていた事が原因であった。
(まあ、この状態はある意味都合が良いか…)
鬼気迫る状態でレポートを執筆しているアーデンベル先生の背後に忍び寄った子猫は、魔法薬を取り出してその中身を振りかけた。
「冷たい! だ、誰じゃ、こんな事をするのは。折角のレポート…と…が…Zzzz」
突然魔法薬を振りかけられたアーデンベル先生は、驚いて立ち上がり背後を振り向いて怒鳴りつけようとしたが、即効性の睡眠薬はその効果を発揮して彼を深い眠りに陥らせるのだった。
◇
子猫の姿ではアーデンベル先生を運ぶことはできない為、子猫はクラリッサの姿に変身して彼を研究室から運び出した。
「どうやら成功したみたいだね」
「のようじゃな」
研究室を出ると、いつの間に来ていたのかスーサンとトビアスが待っていた。
「ええ、思ったより簡単でした。御協力感謝します」
クラリッサは、スーサンとトビアスに協力してくれた事への感謝を伝える。
「まあ、旦那も襲撃なんてここしばらく受けてなかったからね~」
スーサンはそう言いながら、いとおしそうに眠りこけているアーデンベル先生の頭を撫でるのだった。
「それでシュタインベルグ男爵の所在じゃが、現在は王都ではなく所領に帰っているとの事じゃ。そうじゃな、馬車を使えば王都から三日という所じゃ」
シュタインベルグ男爵の所在は貴族でもない子猫にはつかめなかった為、トビアスに所在確認をお願いしていた。
「お手数をおかけして申し訳ありません」
「まあ、ちょうどシュタインベルグ男爵と知り合いの貴族が尋ねてきてな。うまく聞き出せたんじゃ」
「これで片を付けに行く事ができます。魔法薬の効果期間もありますので、朝には王都を出発します」
「ウム、気を付けて行くのじゃぞ」
「旦那をよろしくね」
クラリッサは、二人に別れを告げると、魔術学校のしばしの別れを告げるのだった。
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