猫は正体を明かした
魔法学校に入学以来、子猫とクラリッサの回りで騒ぎが起き、俺達は目立ちすぎた。そのフォローのためにトビアスに協力してもらってきた。
(トビアスには俺の正体を話しても問題無い…と思う。いや、ここは素直に話して、もっと助力してもらった方がよいな)
エーリカの弟子であり、魔法学校の校長であるトビアス。魔法学校に入学してからの彼の言動や俺とクラリッサに対する態度からトビアスは信頼するに足りる人物である。子猫の正体を知らせても問題は無いと判断したのだった。
「そうですね。僕はただの使い魔ではありません。これはエーリカさんも知っていることですが、僕の正体は人間なのです」
子猫は、自分が異世界人であり、神様の失敗で子猫としてこの世界に転生してきたこと、そして偶然エーリカの使い魔となってしまったことをトビアスに話して聞かせた。
「なるほどの~。お前さんは元は人間だったのか。…うむ、うむ」
トビアスは俺の話を聞いて顎髭を撫でながら頷いていた。
「自分で言うのも何ですが、よくこんな荒唐無稽な話を信じますね」
エーリカは、トビアスが驚くと思っていたのだが、以外と落ち着き払っていた。
「儂は魔法学校の校長じゃぞ。この世界に極まれにじゃが異世界からの転生者がやってくることぐらいは、知っておる。この学校の禁書庫にはそのような事例が記録された書物もあるのじゃ。まあ人間が子猫に転生するという話は初めてじゃし、少しは驚いたがの~」
そう言ってトビアスはカッカッカッと笑った。
「…そうですか。そんな書物があるのですが。いつかその書物を見せていただけませんか」
「…禁書庫にあると言うことは、国家の機密事項なのじゃが…まあ、転生者であるお前さんになら見せても良いのかもしれんの」
しばらく考え込んでからトビアスは頷いた。
「ありがとうございます。それで、僕について話せることは、これが全てですが…」
「後は、クラリッサ嬢ちゃんのことか…。まあ、お前さんと同じような感じなのかの? できれば話してはくれぬかの~」
トビアスは、クラリッサについても話すように子猫を促した。
(クラリッサの秘密か…。トビアスには彼女がカーン聖王国の貴族だと話して今後のために助言をもらった方が良いよな)
俺は、魔術学校の校長であり貴族社会にも顔の利くトビアスに、クラリッサの秘密…カーン聖王国の有力貴族の娘であることを話すことを決めたのだった。
「…というわけで、魔獣の森で助けたクラリッサをエーリカと僕が保護しているという次第です」
俺は魔獣の森でクラリッサを助けたこと、そして彼女がカーン聖王国の上級貴族の娘であることを話した。クラリッサが猫が転生したことは話すかどうか迷ったが自分が転生者であることを既に話しているので、クラリッサの魂が猫ということは言わず、同じ世界からの転生者だと伝えた。
「なるほど、そんな事情があったのか。しかしクラリッサ嬢ちゃんが、カーン聖王国の上級貴族の娘で獣人とは…なかなか難儀な話じゃの~」
トビアスは、クラリッサが転生者であることよりもカーン聖王国の上級貴族であった事に驚いていた。
人間から獣人や亜人の子供が生まれることは時々あるらしいが、それは両親の家系にその亜人の血が混じっている場合である。しかしクラリッサの場合、両親はカーン聖王国の上級貴族であるため、獣人の血が入っていることはほぼあり得ないはずなのだが、それが起きてしまった。これは亜人排斥を掲げるカーン聖王国では家の存続かかわる重大なスキャンダルである。クラリッサの実家からすれば、彼女の存在は絶対に知られてはいけないことなのだ。
「今のところ、カーン聖王国の実家には、クラリッサが生存していることは伝わっていないと思いますが…」
「…いずれ知ることになるじゃろうな。お前さん、クラリッサが目立ってはいかぬと判っておっておったはずじゃが…。これまでの所、大いに目立っておるよな~」
「ええ、判ってはいたのですが、その場の勢いというか何というか…」
「やれやれ…若さ故の過ちという所じゃの~」
トビアスに呆れられ、俺は頭を抱えるのだった。
「それで、本題のアーデンベル先生を連れ出す手段ですが、やはり僕がエーリカさんに変身してやるしかないのでしょうか?」
「それしかあるまいて。…それで、お前さん、何時アーデンベル先生に仕掛けるつもりなのじゃ?」
「いろいろと準備がありますので、明日の夜以降になるかと」
「ふむ、準備がととのったら声をかけてくれ」
「それでですが、魔法薬を作りたいので、材料と場所を借りられないでしょうか?」
「魔法薬か…なるべくアーデンベル先生の目に付かぬ場所が良いの。そうなるとここではまずいの。…後はゴーレム工房しかないか。あそこは儂以外入る者がおらぬから大丈夫じゃろう。魔法薬に必要な材料があれば儂が準備してやるぞ」
「ありがとうございます」
「何、弟弟子を助けるのも兄弟子の役目じゃて。まあ、この年になってこんな弟弟子ができるとは思ってみなかったがの~」
トビアスはそう言って、愉快そうにカッカッカッと笑うのだった。
◇
ゴーレム工房の片隅、そこでエーリカは魔法薬の作成にいそしんでいた。
低級回復薬だけでは無く、中級、上級の回復薬や上級毒消し薬なども次々と作成していく。冒険者の必需品であるこれらの魔法薬だが、ポケットに既に在庫があるのだが、次に作る難しい魔法薬製作の肩慣らしとして作っていた。
「うん、腕は鈍ってないよな」
うまく魔法薬ができていることを確認すると、エーリカは、いよいよ、今回のキーアイテムとなる二つの魔法薬の作成にとりかかった。
「…と、カレルの根に斑蝶の鱗粉を加えて攪拌して定着させると…よし、ここで呪文を…マナよマナよ、かの物に纏いて……」
何種類かの毒々しい色根をすりつぶして粉末にする。其処に茶色い蝶の鱗粉加えてかき混ぜ、十分に攪拌されたタイミングで呪文を唱えると、粉末から茶色い煙が立ち上り、無色透明の粉となる。
「エーリカのレポートに書いてあったように綺麗に透明になったな。できれば効果を確かめたいけど…後でネズミで実験してみるか…」
エーリカはできあがった粉を小さな瓶に移し替えて、ポケットにしまい込んだ。
「もう一つは、解除薬とセットで作らないと不味いんだよな~」
次に作る魔法薬のレシピを思い出しながらポケットから素材を取り出していると、
「一体貴方は何をしているの?」
背後からメグ嬢が声をかけてきた。
暗殺者として捕らえられたメグ嬢を解放するわけにも行かず、また騒がれて人目に付いては不味いと言うことで魔法薬で眠らされていた。ちょうどその効果が切れて目を覚ましたようだった。椅子に縛り付けられた状態で彼女はエーリカを睨み付けていた。
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