猫はあきらめかけた
(スーサンが教えてくれた手順は使えるのだろうか?)
スーサンがアーデンベル先生を冒険に連れ出す手順…要は『先生をぶん殴って気絶させてから連れ出す』という非常に強引な方法が実行できるのか…しばらく考え込んだ。
「やっぱり、暴力は駄目です」
やはり、そのような非常手段が使えるのは、スーサンを始め、アーデンベル先生が信頼をおける人…そうパーティのメンバー達じゃないと無理だと、子猫は結論づけた。
「暴力?」
ところが、スーサンはその厳つい体格と顔に似合わない、小首をかくんと横に傾けるという…ある意味その行為への冒涜ともいうポーズで不思議そうにクラリッサを見るのだった。
「ええ、だって先生を殴って気絶させるなんて…」
「あんなの子猫のじゃれつきみたいなもんさ。隙を見せた奴が悪いというのが、あたしのパーティでの日常だよ。第一、本当に嫌だったら冒険に付いてくるわけないだろ。負けた奴が悪いってことだよ」
「そうなのです…か?」
スーサンの意表を突く返答に戸惑っていた。
(エーリカって、何をやったらあのような派手な二つ名を付けられるのだろうと思ってたけど…実は所属していたパーティに問題があったんじゃないのか?)
俺はエーリカの所属してた冒険者パーティが、どの様な活躍をしていたのか、スーサンに詳しく聞きたくなったが、
(おっと、今はそんなことを聞いている場合じゃないな)
と主題を外れそうになった思考を元にもどした。
「とにかく、スーサンさんならそのような手順でも先生は文句を付けないと思いますが、冒険者パーティの一員でもなく、生徒である私がその様なことをしたら、先生は怒ってしまうでしょう」
「ふーん、そういうものかね~」
右手の小指で耳の穴を掃除してフッと息で吹き飛ばし、スーサンはそう呟く。彼女はれっきとした女性だが、どうう見てもおっさんの所行であった。
(トビアスは、スーサンならと言っていたが、この手順は彼女しか使えないぞ。そうか、スーサンにアーデンベル先生の拉致を頼めば良いのか…)
できないなら、できる人に頼めば良いと、俺は思い直す。
「もしかして、スーサンさんなら、アーデンベル先生を連れ出せるのではないでしょうか?」
「うーん、如何だろうね。あたしが連れ出してもアーデンベルは帰ってしまうんじゃないかな~。それにあたしゃ学生食堂の仕事があるからね。あんたを手伝ってあげられないよ」
スーサンは肩をすくめて俺の頼みをすげなく断るのだった。
「…そうですか。そうですね、スーサンさんが居なくなったら、学生食堂は大変なことになりますね」
今日一日手伝って、学生食堂の忙しさは分かった。そしてそこを利用する学生や先生達が多数いることも知っている。もし、スーサンが休み、学生食堂が機能しなくなれば、沢山の人が困ることになる。
俺達の話を聞いていたおばちゃん達も「スーサンが居なくなったら大変だよ」と囁きあっていた。
「まあ、あたしが教えられるのはこれぐらいだね。後は自分で考えておくれ」
そう言って、スーサンは立ち上がっておしりをパンパンと叩いてすたすたと休憩所から出て行ってしまった。
一方クラリッサは、如何すれば良いのか分からず休憩室で途方にくれるのだった。
◇
その夜、子猫はトビアスの書斎を訪れていた。書斎にはメグ嬢はおらず、トビアスに聞くと、彼女は工房に監禁され巨人によって見張られているとのことだった。
『校長先生が教えてくださったアーデンベル先生の奥さんですが…』
『どうじゃった? お前さんもまさかアーデンベル先生の奥さんがドワーフだとは思わなかったじゃろ』
うなだれている子猫を見て、トビアスは顎髭を撫でながら笑っていた。
『確かに、あのような方がアーデンベル先生の奥さんだとは思いませんでした。…でもそれよりも、先生をその気にさせる方法が…』
『なかなか過激な手段じゃったろ』
『校長先生は、知っておられたのですか?』
『もちろんじゃ。儂はエーリカ先生の弟子じゃぞ』
驚く子猫を見てトビアスはカッカッカッと笑う。
(それなら最初から行ってくれよ)
笑うトビアスに飛びかかって引っ掻いてやろうかと思った子猫だが、其処はぐっとこらえた。
『知っておられたのなら、どうして教えてくれなかったのですか?』
『お前さん、儂が「アーデンベル先生をその気にさせるには殴って気絶させて連れて行くしかない」と言ったら信じるか?』
『…校長先生の正気を疑いますね』
『そうじゃろ。だからスーサンさんに直接聞いて来るように仕向けたのじゃ』
トビアスがしたり顔で頷く。
トビアスの言うことに納得したくないが、其処は納得せざるを得なかった子猫は、しばらくの沈黙の後に
『……やはりアーデンベル先生を連れ出すには、スーサンさんの言う通りの手段を執るしかないのでしょうか?』
と彼にそんな手段を執って良いのかと問いかけた。
『まあ、仕方あるまいな。お前さんとアーデンベル先生は病欠扱いにしておく』
トビアスは、子猫とアーデンベル先生が病気で欠席となる旨の書類を見せてくれるのだった。
『了解しまし…って、そういえば僕は子猫です。一体どうやって先生を拉致すれば良いのでしょう!』
書類を確認した子猫はうなずきかけて、アーデンベル先生を拉致する計画に大きな穴があることに気づいた。
そう、子猫は猫なのだ。子猫の状態でアーデンベル先生を捕まえたとなると、さすがに問題がある。
『おお、お前さんは猫じゃったな。うむ、そういえば以前ドロシー嬢に変身していたことがあったじゃろ。同じように別な人の姿に変身できるできぬのか? たとえばエーリカ先生とかじゃが』
さも思い出したように手をぽんと叩いてそう言うトビアスだが、子猫を見透かすような視線を送ってきた。
(トビアス、もしかして俺がエーリカに変身したことを疑っているのか。まあ、実際そうなのだが、ここでそれをばらして良いものかどうか…)
俺はトビアスの疑惑の視線に耐えながら、考え込んだが…
(まあ、エーリカの姿に変身できることはばらしても問題無いか…。何せ俺は彼女の使い魔なんだからな)
子猫は魔法の手でポケットから魔法陣を取り出した。
「にゃーおーんー」(マナよ集まりて彼の者の姿を変成せしめよ。シェイプチェンジ」)
魔法陣の中央に立ち呪文を唱えると、子猫の姿はみるみるエーリカの姿に変わっていった。
「そうですね。この姿であればアーデンベル先生を運ぶことも可能ですね」
「やはりエーリカ先生に変身できたのじゃな。昨晩タイミング良く王都にやって来たエーリカ先生もお前が変身したのじゃろ。そしてあの手紙を書いたのもお前さんだったのじゃな?」
トビアスは確信したように俺にそう問うてきた。
「ええ、そうです。僕が御主人様に変身したのです」
「やはりそうか。王都になるべく近寄りたくないと思っている先生が、あんな都合良く来るわけがないと思ったのじゃ」
トビアスは合点がいったという感じで顎髭をせわしく撫でた。
「自分の意思で主人であるエーリカ先生の姿に変身し、手紙も書ける。儂にはお前さんがただの高級使い魔とはとても思えぬ。そろそろ本当のことを話してくれぬか?」
トビアスはそう言ってエーリカを睨んだ。
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