猫じゃなくて誰の手?
「お昼はこれで終わりだよ」
そう言ってスーサンは、カウンターに最後のお客の食器を置いた。
(こ、これで最後か~)
クラリッサは食器を受け取ると、よろよろと洗い場に運び洗い始めた。
「あらら、最後ぐらい私たちに任せなさい」
そう言って横からおばちゃん達が俺から食器を奪い取って洗い始めた。
結局クラリッサは午前十一時~二時までの三時間を皿洗いに費やしてしまった。おかげで腕が棒のようになってしまったが、俺はなぜかやり遂げた達成感に包まれていた。
「疲れたでしょ。たいした葉じゃないけど、お茶でもどうぞ」
休憩所の椅子に座って惚けているクラリッサに、おばちゃんの一人がお茶を持ってきてくれた。
「食堂はいつもこんな大変なのですか?」
「天気の良い日は、いつもこんなもんさ。雨が降るとみんな並ぶのが嫌だから食堂に来ないんだけどね」
「なるほど~」
お茶を飲んで一息ついた俺は、おばちゃん達と食堂の状況について話し込んでしまった。
「あんた、逃げずに最後まで良く頑張ったね~」
そこにスーサンが、お茶菓子らしきモノを持って現れた。
「貴方が、アーデンベル先生を説得する代わりに食堂を手伝えと言ったのでしょう?」
「いや~、あの時は今日の洗い場の面子が足りなくて本当に困っていたのさ。あんたのおかげで助かったよ。いまどきの娘にしては根性あるね。いや、エーリカの弟子ならそれぐらいの根性はあって当然か」
そういってスーさんはガハハと豪快に笑い、クラリッサは渋い顔でそれを眺めていた。
「では、これでアーデンベル先生を説得していただけるのでしょうか?」
「…さて、どうしようかね。あたしとしては夕食も手伝ってほしいところ何だけどね~」
スーサンはにやりと笑ってそう答えた。
(うーん、説得をしてくれるなら手伝うのもやぶさかではないけど…ちょっと作業がきついよな~。それに腰を痛めた人が復帰してこないと、明日からどうするつもりなんだろう…)
俺も今日一日ぐらいなら手伝ってもよいとは思うが、俺には授業がある。つまり、明日以降は手伝いなどできないのだ。
(学生のアルバイトとか無理って話だし、簡単に人も増やせない。うーん何とかできないものだろうか)
期待するような目で俺を見つめるスーサンを前に、俺は食堂の状況を改善できないか頭をひねっていたのだが…
(それにあの食器の量を考えると、業務用の食器洗浄機が欲しいところだよ)
学生時代に大きな食堂でアルバイトをしていたのだが、そこにはコンベアタイプの食器洗浄機があり、大量の食器を瞬く間に洗浄していた。あれがあればこの食堂はもっと楽になると思ったのだが、この世界にそのような文明の利器は存在しない。
(魔法はあるけど、機械とか無いからな~。作業の無人化とか無理だよ。……ん、無人化? ああ、この手があったか)
「そうだよ。巨人を使えば良いのです」
クラリッサは、手をパシッと打って立ち上がった。
「はぁ? 巨人だぁ?」
突然立ち上がった俺をスーサンは怪訝な顔で見つめるのだった。
◇
「なんだいこの娘は、まさかこの娘に皿洗いをやらせるつもりかい?」
スーサンはクラリッサが連れてきた少女を見て首をかしげる。
「この娘はミームと言いまして、こう見えても巨人なのです」
俺は女子寮からミームを食堂に連れてきて皿洗いをさせることにしたのだ。超高級品であるミームをそのようなことに使うのはもったいないという気もするが、クラリッサを狙う暗殺者が捕まった今、ミームの仕事は無い。とりあえず、夕食時の皿洗いをクラリッサの代わりにやってもらう。それでうまくいけば、トビアスにお願いして巨人を食堂に導入できないか頼んで見るつもりである。
「へぇ~。この娘が巨人なのかい」
「巨人って、あの門番じゃないの? こんなかわいらしいのもいるんだね~」
「うちの孫と同じ年頃の娘さんにしか見えないけどね~」
「こんなきれいな娘さんなのにね~」
スーサンを含め、食道のおばちゃん達はミームの周りに集まってきて物珍しそうに眺めていた。
「ミーム、こちらの女性達の命令を聞いて作業を行うんだ」
「マスター、了解しました」
クラリッサに変身していてもミームはきちんと俺をマスターだと認識していた。その点は優秀なのだが…。
「マスター、こちらの方は女性ではない…」
ミームがスーサンを指さして何かを言いかけた瞬間、俺はその口を塞いで、
「こちらの女性はスーサンさんだ。いいか、お前は了解以外を口にするな」
とミームが口を滑らせそうになったのを慌てて食い止めた。
「了解」
このやり取りの間にスーサンの眉が一瞬ぴくんと跳ね上がったが、彼女の鉄槌がミームに落ちることはなかった。
「へえ、本当に食器を洗っているね」
「それに手早いね~。あたしらより早いんじゃ無いの」
「こりゃあたし達もうかうかしてられないね~」
本当にミームが食器洗浄が可能なのか試してみたのだが、さすがトビアスが自慢するだけあり、人間のように食器洗浄をこなしてくれた。
「大丈夫そうですね」
「ああ、ほんとに使えるね~。トビアス校長もたまには役に立つ物付くじゃ無いか」
スーサンは、ガハハと笑いながらクラリッサの背中をバシッと叩いた。その威力にクラリッサは地面に倒れそうになってしまったが、何とかこらえることができた。
「でもこの服じゃ洗い場には似合わないね」
「家の孫のお古があるから、それを持ってきて着させましょう」
「ミームちゃん、こっちに来てちょうだい」
「了解」
すっかりおばちゃん達に気に入られたミームであった。
「あんたのおかげで、ダーさんが戻ってくるまで洗い場も何とかなりそうだよ」
「では、これでアーデンベル先生の説得をお願いできますね」
「まあ、約束だからやってみるけどさ…」
ようやくアーデンベル先生を説得してもらえると思ったのだが、スーサンは少しばつの悪そうな顔をするのだった。
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