猫の手も借りたい
「申し訳ありませんでした。私は今まで鉱山・ドワーフの女性の方を見るのは初めてだったのです。どうか今までの失礼な発言の数々をどうかお許しください」
クラリッサは、女装したドワーフ…もとい、ドワーフの女性でありアーデンベル先生の奥さんであるスーサンに土下座して謝っていた。
「…まあ、鉱山・ドワーフの女性を見たことがないというなら仕方ないね。しかし今回だけだよ。次はないよ」
「はい、以後気を付けます」
床に胡座をかいて座るスーサンは、苦々しい顔つきであったが、俺の謝罪を受け入れてくれたのだった。
(まさか女性にも髭の生えるドワーフがいるとは思わなかったよ)
こちらの世界には、ファンタジー世界にお約束のドワーフという種族がいるのだが、実は単一種族の呼称ではなく、複数の種族をまとめてドワーフ族と分類しているのだった。
俺が村や町、そして冒険者ギルド等で見かけるドワーフはおおむね森・ドワーフ族である。彼等はその名の通り森に住んでいるドワーフ族で、男性はドワーフらしい姿だが、女性は最近のファンタジーにありがちがロリな姿の種族である。
一方、スーサンは鉱山・ドワーフと呼ばれるドワーフ種族であった。
鉱山・ドワーフ族はその名の通り鉱石の産出する鉱山に住むドワーフ族である。鉱山・ドワーフ族は男女ともひげ面で外見はほとんど差が無いという種族である。また鉱山・ドワーフは、鉱石を掘り出すことを生業としており、滅多に鉱山から出てこないのである。そのため俺は今まで鉱山・ドワーフ族の女性とは会ったことがなかったのだ。
「それで、一体あたしに何の用事があって来たのさ?」
スーサンは相変わらず床に座ったまま、器用に頬杖を付いて聞いてきた。
「えっとですね。実は、スーサンさんの旦那さまのアーデンベル先生にお願いがあってきたのですが…」
「うちの旦那に用事があるなら、直接言いなよ」
スーサンはやれやれという顔でそう言い捨てる。
「…それがですね、先生に直接お願いしても無理だと…校長先生に言われまして。そこで校長先生曰く、奥さんであるスーサンさんに助力をお願いしてはどうかと助言をいただいたのです。どうか、アーデンベル先生を説得するのにお力を貸していただけませんでしょうか」
クラリッサは深々と頭を下げる。
「ふーん、トビアスがね~」
スーサンは面倒臭そうな顔をするが、トビアスの紹介となれば無碍にもできないと思ったのか、膝をぽんと叩いてクラリッサに尋ねてきた。
「それで、一体全体うちの旦那に何を頼みたいのさ?」
「はい、トビアス先生にお願いしたいことというのは、シュタインベルグ男爵家との仲介なのです。実は私の師匠のエーリカさんと…」
クラリッサは、自分の師匠であるエーリカが原因で、ラフトル伯爵家とバーノル伯爵家との騒動に巻き込まれたこと、そしてそのためにシュタインベルグ男爵家とトラブルが生じていることをスーサンに話した。もちろん破談の真実や、そのことで暗殺者によって命を狙われたとか話するわけにもいかず、バーノル伯爵家の寄子であるシュタインベルグ男爵家から嫌がらせを受けているという感じにぼかして伝えたのだった。
「なるほどね。エーリカがね~」
クラリッサの話を聞いた後、スーサンはやれやれという感じで頭を振っていた。どうやらスーサンもエーリカとは面識があるようだった。
後で聞いたところ、魔術学校時代にエーリカと冒険者のパーティを組んだことがあると話してくれた。もちろんそのメンバーにはアーデンベル先生も入っていたらしい。
まあ、そんな話はさておいて。
「師匠の行いが原因とはいえ、元はラフトル伯爵家とバーノル伯爵家の争いであり、私はその巻き添えを食っているだけです。そしてシュタインベルグ男爵も寄親への義理から私への嫌がらせを行っているに過ぎないと思っております。ですので、シュタインベルグ男爵とは話をする余地があると私は考えております。ですが、単なる獣人の子供である私に…しかもエーリカ師匠の弟子である私とシュタインベルグ男爵が会ってこちらの言い分を聞いてくれるとは思えません。
そこで、現シュタインベルグ男爵と面識のあるアーデンベル先生のお力を借りたいと思ったのですが、先生は研究以外に関しては余り興味が無い方でして…」
「ああ、その通りさ。うちの旦那は、研究馬鹿だからね」
「そこで、先生を説得できる方と言うことで、奥さんであるスーサンさんにお力添えをお願いに来た次第なのです。どうか、アーデンベル先生にシュタインベルグ男爵との仲介をお願いできませんでしょうか」
クラリッサは深々とスーサンに頭を下げた。
「…ふむ。あんたの事情は分かったよ…だけどね~」
スーサンは、目をつむり顎髭を触りながら「うーんうーん」とうなり始めた。
「奥様でもアーデンベル先生を説得することは難しいのでしょうか?」
なかなかうなり終わらないスーサンの態度に不安を感じた俺が、おそるおそる尋ねたところ…
「…よし、決めた。あんたうちの食堂を手伝え!」
スーサンは膝をバシッと叩くとそうクラリッサに告げたのだった。
「…えっ?」
予想もしていなかった正に斜め上の返事をもらった俺は、口を開けた間抜けな顔で固まってしまったのだった。
◇
(一体全体、どうしてこうなったんだ…)
クラリッサは目の前に山と積まれた皿やナイフ、フォークと言った洗い物を前に、呆然としていた。
「何ぐずぐずしてるんだい。さっさと皿を洗っておくれ。このままじゃ間に合わないよ」
そんな俺にスーサンの叱責が飛ぶ。
「は、はい!」
クラリッサは慌てて皿を手に取ると、皿に木炭からとった灰汁つけて藁で出てきたタワシでゴシゴシ擦った。
お昼時、魔術学校の食堂は多くの生徒や職員が昼食のために訪れていた。その数は朝の倍以上であり、食堂に入りきれない生徒達が外まで並んでいた。
魔術学校のお昼休みの時間は二時間程度。現代社会であれば昼食を取るのに十分な時間なのだが、この魔術学校の食堂でお昼を食べようとすると全く時間が足りないのだった。
(朝はまだしも、昼は完全に食堂のキャパを超えているよ!)
洗い場にはクラリッサの他にも数名のおばちゃんがおり、一生懸命皿を洗うのだが、一向にその数は減らない。いや、逆に皿の山はどんどん増えていく。加えて食堂のホールからは、料理はまだかという学生の怒声が聞こえてくる。
「いつもこんな調子なのかな~?」
「そうだね~。今日は天気が良いから少しお客が多いけど、いつもこんな調子だよ」
クラリッサの呟きに対して、隣のおばちゃんが皿を洗う手を止めずに答えてくれた。
「朝にダーさんが腰を痛めて休むって言うからどうなることかと思ったけど、あんたが手伝ってくれて助かったよ」
「そうそう。急に休まれると、代わりの人も手配できないから大変なんだよね~」
回りのおばちゃん達がクラリッサが手伝ってくれて助かったと感謝の声をかけてくれる。
「はぁ…そうなんですか」
クラリッサはそれに頷きながらも、皿を懸命に洗い続ける。
「魔術学校ってお偉いさんの子供がいるからね。食堂の職員だからって簡単に雇えないのさ」
「私みたいに、学生をバイトに雇えば…」
「何言ってるのさ。学生さんはここに勉強しに来ているんだよ。どうして食堂で働くのさ? そんな暇があったらきちんと勉強するだろうさ」
現代社会の学校の感覚で俺はバイトを雇えばと思ったのだが、そんな事をする学生は居ないとおばちゃん達に笑われてしまったのだった。
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