猫は真実を語る
(確かにシュタインベルグ男爵家のメグ嬢であれば、実の父親のことを御当主様などと言うわけはないな。つまりこのメグは偽物なのか…。となると、本当のメグ嬢は何処に?)
子猫は作業台の上に横たわるメグを見据えたが、そこに横たわっているのはトビアスの書斎で会ったメグにしか見えなかった。
「アーデンベル先生、何を仰るのですか。わ、私は、シュタインベルグ男爵家メグ・シュタインベルグです。それ以外の何者でもありません」
メグはそう言うが、アーデンベル先生の追求の視線にさらされ、冷や汗を流しながらそっぽを向いている状態では全く説得力がなかった。
「まだそんなことを言い張るのかの~。儂はシュタインベルグ男爵家の現当主…アンドレ君を教えたこともあったと言ったじゃろ。つまり、彼の魔力波動を知っておる。つまりお前さんの魔力波動を計れば、本当にアンドレの娘かどうかぐらい分かるのじゃぞ」
アーデンベル先生は意地悪く言う。
ちなみに、魔力波動は、指紋のように人によってその波動パターンが異なるのだが、そのパターンは親子や兄弟ではよく似たパターンになることが分かっている。特に王侯貴族はその傾向が高い。つまり魔力波動を計測すれば、その人が血縁関係かどうかを調べることも可能となる。
ただ、それだけ精密に魔力波動を計測することができる人は限られているのだが、もちろんアーデンベル先生はそれだけの能力を持っている。
「…」
そう言われて、メグは押し黙ってしまった。
そんな彼女をアーデンベル先生はどうした物かといたずらな視線で見つめていたのだが…
「おや、せっかく惚れ薬を持ってきたというのに、骨折り損のくたびれ儲けだったようですな…」
時間切れとばかりに、トビアスが惚れ薬の入った瓶を持って顔を出したのだった。
「く、クローズ・ド・フェイス」
慌ててメグがキーワードらしき言葉を唱えると、仮面が現れ再び彼女の顔を覆ってしまった。
「今更じゃの~」
「うむ、今更じゃ」
そんな仮面の少女を見て、トビアスとアーデンベルはしたり顔で頷くのだった。
◇
「それで、どうして破談の真相がコーズウェル公爵家に知られると不味いのじゃ?」
トビアスが仮面の少女に尋ねるが、彼女は
「…」
と無言を貫いていた。
「ふぉっふぉっふぉっ、このまま黙秘を続けておっても駄目じゃぞ。後もう少しすれば朝になる。そうなればクラリッサちゃんに真相を聞くだけじゃ。お前さんが話さなくてもそれで分かるじゃろうな」
○ルタン星人のような笑い声を出しながらトビアスは顎髭をなでていた。
「…トビアス校長。惚れ薬を使用する必然もなくなったことだし、儂は一旦研究室に戻らせてもらうぞ」
「おお、そうでした。この度はお手数をおかけして申し訳ありませんでした」
「うむ。儂はエルフ故、国政には関わるつもりはない。じゃが、研究の場たる魔術学校の為なら苦労もするのじゃ。…まあ、今回はエーリカの顔を立ててやったような物じゃ。もうこんなことが起きないことを祈るのじゃ」
そう言ってアーデンベル先生は作業場から出て行った。
アーデンベル先生が退出し、また子猫とトビアスと仮面の少女の三人となってしまったのだが、このままでは進展がないことはみんな理解していた。
(メグは何も話さないだろうし…こうなったら俺がトビアスに破談の真相を話してしまえば時間の節約にはなるな)
子猫はそう考えると、床に飛び降りトビアスのローブの裾を咥えて引っ張った。
「にゃーん」(ちょっと外に出ませんか?)
「ん、どうしたのじゃ?」
裾を引っ張られてトビアスは怪訝な顔をしたが、子猫の誘いに乗って、作業場からゴーレム格納庫へ場所を移してくれた。
『はだんのしんそうですが、くらりっさにきかなくても、ぼくがおはなししますよ』
「なるほど。お前さんはエーリカ先生の使い魔じゃ、とうぜん真相は見聞きしておるか。ウム聞かせてもらおう」
プラカードを呼んだトビアスは頷くと動物会話のじゅ文を唱えた。
「では、バーノル伯爵とラフトル伯爵との縁談が破談となった件について、僕が知っていることをお話しします」
「うむ、頼むのじゃ」
「切っ掛けは、冒険者ギルトで冬虫夏草の採集依頼を受けたことなのです…」
子猫はトビアスに、縁談が破談となった件について語り始めた。
ラフトル伯爵の三女、ニーナがバーノル伯爵家に向かう途中で謎の黒ずくめ集団に襲われたこと。恐らく黒ずくめの集団がバーノル伯爵家から送られたものであり、ニーナがそのままバーノル伯爵家に向かっても謀殺される未来しか見えないため、縁談を破談にすることを決めて、一緒に冬虫夏草を取りに行ったこと。そして、冬虫夏草をもってラフトル伯爵家に戻り、縁談が破談となったことを当主ディルクから聞かされたといったことを話した。
「これが僕とエーリカ様が知っている真相です」
(うーん、こうやって話して見たが、縁談はラフトル伯爵家から申し込んだものだし、黒ずくめの集団もバーノル伯爵が送ったという証拠はない。恐らくこの話が漏れたとしても、貴族の間ではラフトル伯爵家が不義理を行ったと思われるしかないだろうな~)
話し終え、子猫は改めてそんな感想を抱いていたのだが。
「なるほどの。うむ、よく分かった。……確かにこの真相がコーズウェル公爵に知られれば、両家の間に争いが起こるやもしれぬの」
トビアスは、顎髭を撫でながら頷いていた。
「えっ? そうなのですか。どうしてそんなことになるのでしょうか?」
子猫は争いが起きてしまう理由が分からずトビアスを見上げて尋ねてしまった。
「お前さんには分からぬ…と、ああ、お前さんがこの国の貴族社会の事情について知っておるわけはないの。では説明して進ぜよう。争いが起こる要因…それは、ムノー教じゃ」
「…ムノー教ですか? どうしてムノー教が原因で争いが?」
子猫は突然『ムノー教が争いの原因』と言われて、びっくりしてしまった。
「うむ。お前さんバーノル伯爵領がこの国の南西に位置しておることは知っておるか?」
「はい」
「つまりバーノル伯爵領はカーン聖王国と接しておる。そのためか、バーノル伯爵領ではムノー教信者が存在しており、実は伯爵もそれを信仰していると言われおるのじゃ」
「バーノル伯爵がですか?」
「そうじゃ。もちろん噂じゃがな」
(つまり、バーノル伯爵がムノー教を信仰しているということか)
トビアスのまじめな表情から、子猫はそう察した。
「しかし、バーノル伯爵がムノー教を信仰しているからと言って、ラフトル伯爵と争いになるわけがないと思うのですが」
「そこにコーズウェル公爵が絡んでくるのじゃ。ラフタール王国では豊穣の女神を国教としており、獣人やエルフと言った人ではない者達を差別しておらぬ。そしてコーズウェル公爵は豊穣の女神への信仰が厚く、そういった差別を最も嫌っておるのじゃ」
(ドロシーはそんな事言っていなかったな。それにジャネットに対して普通に接していたし…)
子猫はその点を不思議に思ったのだが、取りあえずその点は今は追求しないことにして、
「しかし、その信仰とラフトル伯爵家が繋がらないのですが?」
子猫は小首をかしげてそうトビアスに尋ねると、
「む、お前さん、エーリカ先生に聞いておらぬのか。…まあ、使い魔にそこまで話すこともないのかの。ラフトル伯爵家にはエルフ血が入っておると噂されておるのじゃ」
トビアスは、少し驚いた風に教えてくれたのだった。
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