猫はじっと聞いていた
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正体を明かしたメグに対し、アーデンベル先生は全く訳が分からないという感じで首を横に振っていた。
「アーデンベル先生は、先日私の家の寄親であるバーノル伯爵家とラフトル伯爵家の縁談が破談になったことをご存じではないのでしょうか?」
メグは少し驚いた顔をしてアーデンベル先生に尋ねたのだが、
「いや、全くもって知らぬのじゃが?」
と先生は即答した。
「ご、ご存じない。アーデンベル先生? 女子寮…いえ、魔術学校内であれほど話題になった話を知っておられないのですか?」
メグは思わず大きな声でアーデンベル先生に問いただすが、
「うむ」
とアーデンベル先生が頷くと、
「アーデンベル先生は学問…錬金術にしか興味をお持ちではないと聞いておりましたが、まさかこれほどとは…」
とメグはがっくり肩を落とすのだった。
「魔法や錬金術…授業に関係ある話であれば、せめて魔術学校に関わる話であれば興味もわくが、エルフである儂が貴族縁談という醜聞話に興味を持つわけがなかろう」
アーデンベル先生はそう言い切った。
「…確かに先生が興味を持たれない醜聞ではありますが、しかし今回ばかりは先生も知っておられると思っておりましたのに…」
メグはため息をついていた。
「ふむ? お前さんは、どうして儂がそんなことに興味を持つと思ったのじゃ?」
メグの態度に、アーデンベル先生は小首をかしげて尋ね返した。
「それは、…バーノル伯爵家とラフトル伯爵家の縁談を破談にしたのは、あの紫の魔女…エーリカなのですよ」
絞り出すようにメグがそう告げると、アーデンベル先生は驚きの余り口をポカンと開けたまま棒立ちしていた。
「…そ、そうだったのか。…そういえば、トビアスがうれしそうにその話をしていると聞いたが、それが理由じゃったか。ちょうど研究が佳境だったこともあって、聞き流しておったわ」
しばらくして棒立ち状態から再起動したアーデンベル先生は、頭を抱えてそう呟いていた。
二人の会話をじっと聞いていた子猫だが、
(なるほど、クラリッサが狙われる理由はバーノル伯爵家がらみだったのか。つまり、口封じのためにクラリッサは狙われているのか)
ようやくクラリッサが狙われる理由が見えてきたのだった。
バーノル伯爵家とラフトル伯爵家の縁談が破談になった件については、子猫とクラリッサも関わっていた。つまりエーリカと同じ当事者であり縁談が破談となった真相は当然よく知っている。
王都、いや魔術学校でどのような話として噂されているか不明だが、バーノル伯爵としては、破談となった真相を吹聴されては不味いと考えていることは子猫にも想像がついた。
「…しかし、じゃが、そうだからと言ってクラリッサ嬢を害しても良いことにはならぬぞ」
アーデンベル先生は諭すようにメグに話しかけた。
「クラリッサちゃんは…彼女はエーリカの弟子です。そして今回の縁談を破談させることになった事件に絡んでいると聞いております。
…そして彼女は獣人でありながら魔法を使い、しかもドロシー様の…コーズウェル公爵令嬢に魔法を指導する立場となっております。
彼女がもし破談の真相をドロシー様に話してしまったら…。
寄親たるバーノル伯爵家の名誉を守るためには、私にはクラリッサちゃんを排除するしか手がないのです」
首を横に振ってメグはつらそうにそう言うのだった。
(うーん、別にクラリッサも子猫もあの事件ついて言いふらすつもりはないのだが…そう言ってもメグは納得してくれないだろうな~。困ったな~)
どうやってメグに暗殺などと言う過激な手段を止めてもらえるのか、子猫には今良い考えが思いつかない。
「貴族の名誉か、エルフの私にとっては理解できぬ物じゃ。そんな物のためにお前さんがクラリッサ嬢の命を狙うとか馬鹿げておるわ。それと、どうして破談の真相が公爵家にばれてしまうと、王国に不味い状況が起きてしまうのか儂には理解できないのじゃが?」
アーデンベル先生は、お手上げという風に両手を小さく上げる。
「ああ、ドロシー様が、コーズウェル公爵家令嬢でなければ…。いえ今はそんな事を言っている場合ではないのです。…アーデンベル先生、どうか私を解放してください。私が、…シュタインベルグ家がクラリッサちゃんを暗殺しようとしたことが公になることは、不味いのです」
メグは目に涙を浮かべて、アーデンベル先生にそう訴えた。
「何をわがままを言っておるのじゃ。お前さんは未遂とは言え人を…この学校の生徒を殺めようとしたのじゃぞ…」
アーデンベル先生は、メグの言い分にあきれた様子だった。
それに対しメグは、
「クラリッサちゃんには申し訳ないと思っております。彼女が紫の魔女の弟子でさえなければ…。でもたかが獣人一人の命で、ラフタール王国に平安が訪れるのなら安い物なのです」
と余りにも身勝手なことを言い始めた。
「たかが獣人じゃと。何を言っておるのじゃ!」
しかし、そのメグの身勝手な言い分にアーデンベル先生は激怒してしまった。
(たかが獣人とか…メグちゃんってそんな娘だったのか)
一方子猫はメグの酷い言い草に彼女への評価が駄々下がっていた。
「…すみません、確かに『たかが獣人』と言ってしまったことは失言でした」
メグはアーデンベル先生の態度をみてすぐに謝ったのが、それで彼の怒りが収まるわけはなく、
「儂は生徒達には常々人種や思想によって差別などしないように、理性的に振る舞うように教え得てきたつもりだったのじゃが、どうやらそれは儂の勘違いだったようじゃな」
アーデンベル先生はメグを氷点下の視線で見つめていた。
「せ、先生。私は、クラリッサちゃんに何ら差別感情や恨みなど持ってはおりません。あくまで彼女が紫の魔女の弟子であり、そしてドロシー様と親しくしていることが問題なのです。このまま彼女を放置しておけば、破談の真相がコーズウェル公爵家に知られてしまいます。…そうなればバーノル伯爵とラフトル伯爵の間で争いが始まってしまうのです」
冷や汗を流しながらメグは釈明するが、先生の態度は覆りそうになかった。
一方子猫の方は、
(バーノル伯爵とラフトル伯爵の間で争い? 先祖代々仲が悪く、小競り合いを続けてきたけど、ここ十数年は何事もなかったはず。それに破談の理由はバーノル伯爵に非があるが、ラフトル伯爵は友好のためにそれを追求しないと言っていたと思うのだが…。争いが起きる訳などないだろう)
破談の真相がコーズウェル公爵家に知れ渡ることで、両家の間で争いが起きてしまう理由が分からず悩んでいた。
「バーノル伯爵とラフトル伯爵の間で争いが起こるじゃと? 嘘を言うでない」
子猫と同じくアーデンベル先生も理由が分からないという顔であった。
「う、嘘ではありません。現にご当主様からエーリカの弟子を排除せよとの命が…」
そこまで言ったところでメグは口を閉ざしてしまった。
「ご当主様? …地方の男爵令嬢が暗殺者のまねごとなどおかしいと思ったのじゃが、お前さんはどうやら本当のメグ嬢ではないようじゃの」
口をつぐんだメグにアーデンベル先生が探るような視線を向けると、彼女は目をそらしてしまった。
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