猫は説得する
「トビアスは今どこにいるのじゃ?」
「校長…トビアス君は、ゴーレムの工房に…」
「彼処か…」
エーリカからトビアスの居場所を聞き出したアーデンベル先生は、スタスタと早足で研究室を出ていった。
「ちょっと、アーデンベル君、待って…よ~」
エーリカの叫びはアーデンベル先生には届かなかった。
一人研究室に取り残されたエーリカは、途方に暮れたように天井を仰ぎ見た。
「エーリカに変身したのは、失敗だったな~。どうやってつじつまを合わせようかな~」
エーリカはそう呟くと、頭をポリポリと掻きながらその場の座り込んでしまった。
そう、アーデンベル先生の研究室に現れたエーリカは、子猫が変身した姿だったのだ。
子猫は、アーデンベル先生のライバルであるエーリカの言うことなら話を聞いてくれるかと思ったのだ。
(何とかボロが出ないように上手く取り繕えたが、まさか惚れ薬を持ち込んだのがエーリカだったとは予想外だった。…しかし、アーデンベル先生は本当にエーリカと張り合っていたんだな~)
アーデンベル先生は、エーリカというライバルの出現で妙な方向に張り切ってしまったようだった。
(さてと、さすがにエーリカの姿のままトビアスの前に現れたら、化けの皮がはがれる。エーリカには、このまま消えてもらうとして…さて、どうやって惚れ薬の使用許可をもらうかだけど…)
エーリカは、何か妙案はないものかと必死に考えた。そのエーリカの目に、棚に並んでいる瓶が目に入った。それはどうやらアーデンベル先生が作った薬のようだった。
(…ん? この薬は…。これなら、先生の説得に使えるんじゃないか?)
棚においてあった瓶の一つにエーリカの目が留まる。
(アーデンベル先生が作ったものならそれぐらいの効果はあるだろう。よし、この手でいくか)
研究室のテーブルに座ると、エーリカは羊皮紙をペンを取り出し、アーデンベルとトビアスに向けて手紙を書き始めた。エーリカの筆跡を真似て書いた手紙は、トビアスでも見破られない自信がある。
手紙を書き終えると、俺は変身を解いて元の子猫の姿に戻った。
(さて、トビアスの所に戻るか)
手紙を咥えると、子猫は実験室を後にした。
◇
ゴーレム工房に戻った子猫が見たのは、アーデンベル先生に問い詰められているトビアスの姿だった。
「これは一体どういうことじゃ? トビアス君説明してくれるかな」
「…え、ええ。この仮面の少女は、クラリッサ嬢に害をなそうと、学校に侵入した不審者ですじゃ。エーリカ先生の使い魔が捕らえたので、ここで尋問をしようと…」
「尋問? そんな事を何故君がする必要がある。本当に不審者なら王都の警備兵に突き出せば良かろう」
「そ、それはそうなのですが…。先生も御存じのように、この学校に不審者が侵入すること容易くないですのじゃ。そして彼女の姿…もしかするとこの学校の生徒かもしれぬと思った次第で、もし学校の生徒であれば、警備兵に突き出すのは、その…学校的に不味いと思った次第で…」
汗をダラダラと流しながらトビアスは必死にアーデンベル先生に状況を説明していた。
「この少女が学生じゃと? そんな物、仮面を取って顔を見れば一発で判明するじゃろうが」
「それが、この者が被っている仮面が取れぬのですじゃ」
「取れぬじゃと? ほぉ、もしかして呪われているのか?」
アーデンベル先生の目が仮面にロックされる。どうやら彼も仮面に興味を持ち始めたようだった。
「ふむ…確かに取れぬのじゃ。…呪われているなら、解呪してやれば良かろうに」
仮面が取れぬ事を確かめた後、アーデンベル先生はトビアスに再び向き直る。
「呪われているのでは無く、マジックアイテムである仮面の機能だと思われるのですじゃ」
トビアスは、仮面を取る事ができないことや、恐らく仮面が原因で精神に作用する魔法…魅了の魔法等が…効果を発しないことをアーデンベルに説明する。
「なかなか興味深いマジックアイテムじゃな」
トビアスの説明を聞いて、アーデンベル先生の目が爛々(らんらん)と輝き始めた。
「そうなのですじゃ。詳しくこの仮面を調べたい…いや、この者の正体を見極めるためにもこの仮面を取らねばならぬのですじゃ」
「う、うむ。確かにこの者の正体を確かめるためには仮面を取る必要がある…が、しかしその為に禁忌とされている惚れ薬を使うというのは…」
錬金術を専門としているとはいえ、アーデンベル先生も魔術の探求者である。かなりレアなマジックアイテムである少女の仮面に興味を持ってくれたようだった。しかしトビアスと違いそこは年の功というか、禁忌のマジックポーションを使うほどではないと自制心が働いていた。
(いまなら…)
「みゃー」(これを読んでください)
子猫は咥えてきた手紙をアーデンベル先生とトビアスに渡す。
「この手紙は…エーリカからか? |こんなもの≪手紙≫よこさずに直接言いに来ればよかろうに…。いったい彼奴はどこに行ったのじゃ?」
手紙をちらりと見て、アーデンベル先生は子猫を睨む。
『てがみにかいてあるとおりです』
「なになに…『クラリッサとプルートの様子が分かったので、次の開拓村に向かいます。それと惚れ薬は、アーデンベルの上級毒消し薬で効果は消せるでしょ? 効果が消せるなら、私は使用に賛成だよ。できればトビアス君の為に使ってあげてね~』だと。…ふん、相変わらずはしっこい奴じゃ。あの薬を見つけると、はさすがだな」
手紙を読んだアーデンベル先生は、悔しそうな顔をすると羊皮紙をくしゃくしゃと丸める
「サラマンダーの召喚」
と精霊魔法を唱えた。すると、彼の手の上に小さな炎の蜥蜴が現れ、羊皮紙を瞬く間に燃やして灰に変えてしまった。
一方トビアスの方は、
「『クラリッサとプルートをよろしくね~』だけですか。エーリカ先生、せっかく王都に来られたのならこちらに顔を出して下されば…。いや、それはそれで問題があるのじゃが…」
と手紙を見つめながら何事かぶつぶつと呟いていた。
(トビアス、エーリカに会いたかったのかな? まあ、次にエーリカに会ったらそう言っておこう。それよりも今は…)
『どうでしょう。ほれぐすりをしようするきょかはいただけないでしょうか?』
子猫がアーデンベル先生にそう告げる。
「儂は、惚れ薬の使用に関しては、儂とトビアスそして持ち込んだエーリカの同意がなければ使わせないと考えておった。そして、その中でもエーリカは滅多に王都を訪れぬから、アレの使用許可が得られることはないじゃろうと思っておったのじゃが…」
『では…』
「うむ、使用を認めるのじゃ」
アーデンベル先生は子猫に頷いて、惚れ薬の使用許可を出してくれたのだった。
『助かります』
子猫はアーデンベル先生に一礼すると、まだぶつぶつと呟いているトビアスに、『使用許可が下りました』と告げて正気に戻ってもらった。
その子猫の背後で、
「(これで上級毒消し薬の実験もできるのじゃ)」
とアーデンベル先生が小声で呟くのを聞き逃しはしなかった。
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