猫は御主人様を呼び出した
「惚れ薬は使ってはならん魔法薬じゃ。そのことはトビアス校長もよく知っておるはずじゃ。こんな下らん事で儂の手を煩わすな。儂は忙しいのじゃ」
20代の容姿なのに中身は頑固爺なアーデンベル先生から惚れ薬の使用許可をもらうのは難しいのだった。
(困ったな~。どうすればアーデンベル先生は惚れ薬を使っても良いと言ってくれるのだろう)
困っている子猫を余所に、アーデンベル先生は鍋から秘薬をすくい取って、懸命に瓶に詰めていた。
『おねがいです。ぼくのじじょうをきいてください』
「…」
子猫はプラカードにメッセージを表示するが、アーデンベル先生はそれに見向きもせずに瓶に秘薬を詰める作業に没頭していた。
「にゃ~」(見て下さい)
子猫は鳴いて注意を引いたのだが、アーデンベル先生はプラカードを見てくれない。
(て、手強い。…このままでは、許可なんてくれそうにもないぞ。困ったな~)
子猫はどうしたものかと考え込んでしまった。
(こうなったら、トビアスを呼んできて…いや、トビアスはアーデンベル先生に頭が上がらないみたいだし、駄目だろうな…。
いっそ俺がトビアスに化けて交渉をするか。いや、それだとトビアスに会ったときに話が合わなくなるし。ウーン~)
子猫はアーデンベル先生が話を聞いてくれそうな人物がいないか考えこんだ。
(ノーバ先生は気が弱いし、ジーンギス先生は…いや駄目だ、校長であるトビアスでさえ頭が上がらない人に他の先生が意見できるわけが無い。トビアス以上の人じゃ無いと……ん? トビアスが頭の上がらない人物って…)
そこで子猫はとある人物に思い至った。
(そう、そうだよ。あの人ならもしかして…)
その人物に思い至った子猫は、大急ぎで部屋を飛び出した。
◇
完成した秘薬を全て瓶に詰め終えたアーデンベルは、
「これで新しい錬金術の秘法が試せるの~。今日の昼間で掛かると思っておったが、使い魔の猫のおかげで思ったより早く終わったのじゃ」
と瓶の並んだ棚を見てにんまりと笑った。
「ん? そういえば使い魔の猫は何処へ行ったのじゃ? 惚れ薬の使用許可が欲しいとか戯けた事を申しておったが…まあ、良いか。それよりこの秘薬の効果を試さねば…」
そう言ってアーデンベルは、壺を一つ持って研究室から出ようとしたのだが、扉を潜ろうとしたところで小柄な人影にぶつかりそうになった。
「あ、危ない。誰じゃ、こんな時間に。…お、お前は?」
「アーデンベル、お久しぶりね~」
「え、紫の魔女。どうしてここに…」
驚きの余り硬直してしまったアーデンベルは、手にしていた瓶を落としてしまった。
「おっと。危ないわね~。一体何を惚けているのよ~」
床に落ちる前に瓶をキャッチしたエーリカは、それをアーデンベルの手に握らせた。
アーデンベルは瓶を受け取ると、今見ていることが現実なのか確かめるかのように、エーリカと手の瓶を交互に見やるのだった。
「…ど、どうして貴様がここに居るのじゃ」
ようやく我に返ったアーデンベルは、エーリカを指差しながら再度詰問する。
「あらあら、酷い言いぐさね。魔術学校に私の使い魔と弟子が入学しているのよ~。様子を見に来たら悪いのかしら~。それより、アーデンベル、その他に私に言うことは無いの?」
エーリカは、そう言って可愛らしく微笑む。
それを見て頬が赤くなったアーデンベルだが、
「もしかしてこの前送ってきたレポートの事か? あんな物たいした事では無い。 第一変身魔法など使いこなせる物など早々おらぬ。それよりも見ろ、この秘薬を。これがあれば…」
とエーリカを指差して興奮した口調で自分の秘薬について語り出す。
しかし、エーリカはアーデンベルに対して冷ややかな目を向けると、
「…その秘薬を落として台無しにしかけたのは誰かしら~? それに、私が言って欲しいのはレポートの事じゃ無いわよ~。大事な秘薬を救ってあげたことに対してお礼の一つも無いのかしら~」
と、やれやれと言った感じで肩を竦めるのだった。
「くっ…それは…貴様が急に現れるから」
「…あらら、人のせいにするの~。それに落としたのは貴方が不注意だったからでしょ~」
エーリカにそのように言われて、アーデンベルは言い返そうと口をパクパクとさせたが、そこで深呼吸を一つすると、落ち着きを取り戻した。
「……さっきは助かった。これで良いじゃろ。…それより貴様がここに来た目的は何なのじゃ?」
アーデンベルは素直にエーリカに感謝を伝えると、今度は探るような目でエーリカに来訪の目的を問うてきた。
「さっきも言ったけど、私の子猫と弟子の様子を見に来たのよ。子猫の気配がここだったからここに来たのよ~」
そう言って、エーリカは抱いていたプルートをトビアスに見せる。プルートはエーリカに抱かれて安心したのか眠っていた。
「…ふむ。ならもう用は済んだのじゃな。さっさとここから去るのじゃ」
眠っているプルートを一瞥すると、エーリカに対してシッシッと手を振った。
「そうね、私の用は済んだのだけど~プルートの用がまだ残っているわ~。アーデンベル、トビアスが惚れ薬の使用許可を欲しがっているの…。ねえ、アーデンベル、許可を出してくれないかしら~」
身長の低いエーリカは、上目遣いでアーデンベルを見あげそう言った。
「…本気か?」
アーデンベルは、マジマジとエーリカを見つめた。
「本気と書いてマジよ~」
幼児体型のペッタンコの胸を反らしてエーリカがそう言うと
「馬鹿な。60年前、あの惚れ薬持ち込んだのはエーリカ、貴様じゃろ。その時、儂にその管理を押しつけて、ついでに『絶対に使っちゃ駄目よ~』とか言ったのは貴様じゃ」
アーデンベルはエーリカを指差してそう怒鳴った。
「…そ、そうだったかしら~? 昔のことだったから忘れたわ~」
アーデンベルの剣幕に押されたのか、エーリカは目をそらして明後日の方を向くと口笛を吹く真似をしていた。その彼女の額には冷や汗が流れていた。
「相変わらずふざけた奴じゃ」
その姿を見てアーデンベルは再び顔を真っ赤にさせて怒り出した。
「まあ、そう怒らないで頂戴~。確かに私は昔はそう言ったかもしれないけど、それは惚れ薬が悪用されないようにする為だったのよ~。だけど、今回トビアス君が惚れ薬を使いたいのは決して悪用するためじゃない…そう、学校の為なのよ~」
「トビアス君? 学校の為? 何故今来たばかりの貴様がそんな事を知って居るのじゃ」
怒っている癖にアーデンベルはエーリカの言葉尻をちゃんと捕らえており、彼女に突っ込みを入れてくる。
「そ、それは…ほら、使い魔と主人は繋がっているでしょ。王都に来た時にプルートから聞いたのよ~」
それに対し、エーリカは額に冷や汗を流しながら懸命に弁明していた。
そんなエーリカをアーデンベルは不審な目で見ていたが、しばし考え込んだ後
「………まあ良いじゃろう。本当に学校の為なのか、儂が確かめてやろう」
と言い出した。
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