猫が拷問しちゃいますよ
岩石巨人に拘束されている仮面の少女に子猫は、
『しゃべってくれないとごうもんしちゃいますよ~』
と書かれたプラカードを見せた。
プラカードを一瞥した仮面の少女は、ピクリと身体が一瞬強ばったように見えたが、次の瞬間にはプィッと顔を背けてしまった。
もちろん子猫もこんな脅しで彼女が話し始めるとは思っていなかった。
(さて、問題は拷問と言っても何をやれば良いのか…。念のためにトビアスにお伺いを立ててからやるとするか)
羊皮紙を取り出すと、自分が思いつく限りの拷問の方法を書き出していった。
『拷問ですが、こんなのはどうでしょうか?』
『お前さん、何をしているかと思ったら、こんな物を書いておったのか。どれどれ…拷問の方法じゃと』
羊皮紙を見てトビアスは驚いた顔をしたが、それからまじまじと子猫が書き出した拷問方法のリストを読み始めた。
『…水攻めとか火攻めは分かるが、この三角木馬というのはどういった物なんじゃ。それにアイアン・メイデンとかどんな拷問なのか儂には想像もできないのじゃが…。後、釜茹でというのはまさかと思うが…』
リストを読み終えたトビアスは、呆れた顔で子猫に拷問の内容について質問してきた。
『え~っとですね。三角木馬というのは…、三角の木馬にまたがらせて苦痛を与えるという物です。アイアン・メイデンというのは、鋼鉄製の女性の形をした人形の中に閉じ込めるという拷問です。釜ゆでというのは…』
子猫は、うろ覚えの知識で自分がリストアップした各拷問の方法を説明していったのだが、
『…凄く残酷な拷問ばかりじゃな。お前さん、一体全体何処からそんな方法を聞いてきたのじゃ?』
と、トビアスに子猫はジト目で睨まれてしまった。
(確かに…。地球の拷問方法って酷く残酷なのが多いな~)
実は、こちらの世界では魔法があるため拷問という尋問の手法はそれほど熱心に研究されていない。それに加え、子猫は小説や漫画やTVの中途半端な知識でリストアップしたため、酷く過激な拷問方法ばかりを上げてしまっていたのだった。
兎に角も、トビアスが睨んでくるため、子猫は内心(エーリカ、済まない)と謝りながら、
『えーっと、拷問方法について僕が詳しいのは、…御主人様の持っておられる本に書いてあったからで…』
と苦し紛れな言い訳をついてしまった。
『エーリカ先生の本じゃと。…今の先生はそんな物にまで興味を持っておられるのか。…変わられたの~』
トビアスは、顎髭をいじりながら遠い目をしてしまったのだった。
『それで、結局どうしましょう?』
『うーむ、どうするかの~。羊皮紙に書かれている様な方法じゃが、儂にはとても実行できないのじゃが…。お前さんはできるのか?』
トビアスは、そう言って子猫が羊皮紙を返した。トビアスは魔法使いでありしかも魔術学校の校長という教育者である。その彼にとって、肉体を傷つけて苦痛で自白を強要する拷問という方法に嫌悪感を感じてしまうようだった。
『…僕は猫なので、拷問するのは無理ですよ』
実は子猫も拷問をやりたくはなかった。俺も地球では普通のサラリーマンであり、暴力とは無関係な人であった。こちらで何度も命のやり取りをやって来たが、無抵抗な人間に、しかも少女を拷問するような事はできない。
つまり子猫とトビアスは、やりたくもない拷問方法について悩んでいたのだった。
『やはり魔法で何とかするしかないのじゃが…』
『あの仮面を被っている限り、精神に作用を及ぼす魔法は効きそうにないし…』
子猫とトビアスは二人で「うーん」と唸りながら何か良い方法は無いかと考え込んでしまった。
(こんな時、映画やドラマなら自白剤とか使う場面だな。…そう、自白剤だ!)
名案を思いついた子猫は、トビアスに
『校長先生。魅惑魔法の効果を持つ魔法薬は無いのでしょうか?』
尋ねたのだが、
『魅惑魔法の効果を持つ魔法薬じゃと? …お前さん一体全体何を考えておるのじゃ』
とトビアスは子猫に不審な物を見るような視線を送ってきた。
『仮面のために唱えた魔法が効かない。ならば魔法薬なら効くかもしれないと思いまして。魅惑魔法の魔法薬なら、魔術学校に有りそうな気がするのですが…』
子猫が食い下がると、
『魅惑魔法の魔法薬…それは言い換えれば惚れ薬じゃな。…お前さんそんな物が有ればどうなるか分かっておるのか?』
そこまで言って、トビアスの表情が急に厳しくなった。
『確かに惚れ薬ですね。惚れ薬といえば、恋人が欲しい人にとって夢のアイテムだと思うのですが、それが一体?』
『恋人か。…確かに惚れ薬で恋人は作れるかもしれぬが。…それが魔法薬による強制的なものであっても良いと思うのか?』
『そ、それは…』
トビアスに指摘されて、子猫は惚れ薬のリアルな危険性に気付いてしまった。
(魔法は使える人間が少ないが、魔法薬なら誰でも使えるよな。魅惑状態にする魔法薬が出回れば、それを悪用する奴は…多いだろうな)
惚れ薬だが、小説や漫画で出てくる場合はだいたい恋愛に関する喜劇の小道具として出てくる。しかし、実際に惚れ薬があれば、そしてもしも効果が永遠に持続する惚れ薬があったとしたら毒薬以上に危険なものとなる事が子猫にも理解できてしまった。例えば、惚れ薬を王族に飲ませることができれば、その国を乗っ取ることができるのだ。そんな危険な魔法薬が、たとえ本当に存在してもトビアスの立場としては存在しないと言うだろう。
『誰もが夢見る魔法薬だが、魔法薬を作る物は、それだけは作ってはいけない魔法薬だと教え込まれるのじゃが…。さすがにエーリカ先生も使い魔にそんな事を教える訳も無いか』
トビアスは子猫を見て溜め息を付いていた。
(惚れ薬は確かにエーリカの本には載っていなかったな。子猫もクラリッサと一緒に魔法薬の製作法を習っておけば良かった)
後悔先に立たず。子猫は項垂れてしまった。
『…しかし、何事にも例外はあるのじゃ』
しばしの間、沈黙が流れた後、トビアスがためらいがちに口を開いた。
『例外と言うと…まさか?』
子猫の問いかけの視線にトビアスは頷いた。
『ここだけの話なのじゃが、.……実は惚れ薬は存在する』
『ええっ! 本当なのですか?』
『ここまで話を引っ張って、嘘を言ってどうするのじゃ。有ると言ったら有るのじゃ!』
怒鳴ったトビアスは、ガックリと作業台の側の椅子に座り込んだ。
と仮面の少女にプラカードを見せたが、プィッと顔を背けられてしまった。
それと、「…お前さん、拷問なんてできるのか?」とトビアスが聞いてくる。