猫と少女と魅惑
「一体何が…クッ、捕まってしまったのか」
意識を取り戻した仮面の少女は、拘束されていることに気付き、逃げだそうともがいた。しかし両手両足はしっかりと縛られておりゴロゴロ転がる程度しかできない。
転がって作業台から落ちても困るため、トビアスは少女が動かないように岩石巨人に押さえるように命じた。
岩石巨人に押さえられ、仮面の少女はもがくのを諦めた。
(さて…暗殺者のお約束で、自殺とか自爆とかしないでほしいんだけど)
子猫はドラマとか映画でありがちな、捕まってしまった暗殺者の自殺を新派していた。しかし仮面の少女は黙っているだけだった。
(フゥ…どうやらお約束な展開は起きないようだな)
子猫は安堵の溜め息を付くと、プラカードを仮面の少女に見せた。
『あんさつしゃさん、どうしてクラリッサのいのちをねらうのかおしえてください』
しかし、仮面の少女はプラカードから目をそらした。
「逃げることは叶わんぞ。諦めて喋って貰いたいのじゃが」
トビアスは髭を撫でながら厳しい声で伝えた。トビアスの方を向いた仮面の少女は「トビアス…校長?」と小さく呟いた。
トビアスが怪訝な目で仮面の少女を見つめると、仮面の少女は俯いて再び黙ってしまった。
(ウーン、困ったな~。こんな状況で使える魔法とか無いのかな?)
エーリカの所で魔法を習ったが、こんな状況でどんな魔法を使えば良いかは分からない。そこで子猫は、
『トビアス校長、こんな時に使える魔法は無いのでしょうか?』
と尋ねた。
『そうじゃな。まずは定番の虚偽判定魔法で質問攻めにするか、魅惑魔法で虜にして喋って貰うか…そんなところじゃな』
トビアスは教えてくれた。
『虚偽判定魔法と魅惑魔法ですか。…たしか虚偽判定魔法は、質問に対して肯定・否定が分かるだけですよね?』
『そうじゃ。しかも質問するたびに虚偽判定魔法を掛ける必要があるのじゃ。今回は聞き出したいことについて、依頼主の正体とか不明な点が多い。虚偽判定魔法よりは魅惑魔法の方が良いじゃろう』
トビアスは杖を手に取ると、魔力を高め魔法を唱える体勢に入った。
子猫とトビアスの会話は動物会話魔法を使っていたため、「にゃーにゃー」という猫語で行われていた。つまり話の内容は彼女には理解できていない。
仮面の少女は、トビアスが魔法を唱える体勢に入ったのを見て身体を強ばらせた。
「全ての源となるマナよ、この者を惑わし、我に従わせたまえ…チャーム 」
トビアスが、魅惑魔法を唱える。杖の先に魔力が集まりそれが薄い桃色の霞となった。呪文が完成すると、桃色の霧は杖から離れ、仮面の少女を包み込んだ。
身動きの取れない状態では逃れることもできず、仮面の少女は魅惑魔法の桃色の霧に包み込まれてしまった。
「さて、魔法はきちんと発動したはずじゃが、上手く魅惑できておるかの~」
魅惑魔法に限らず、精神に関係する魔法はレジストされる可能性がある。レジストできるかどうかは、魔法に消費された魔力量と対象の精神力にかかってくる。
そしてトビアスは、魔術学校の校長だけあり、恐らく普通の人間であれば確実に魅惑されるレベルの魔力を魅惑魔法に込めていた。
(魅惑されていれば良いんだが…)
子猫は少女の様子を窺うが、仮面によって顔が隠されているため、その表情から魅惑されたか判別することができない。
『誰から依頼されたか聞き出せますか?』
『まあ待つのじゃ。迂闊な質問をすると、魅惑が解けてしまうのじゃ。内容をよく考えて質問をしないと不味いのじゃ』
魅惑状態といっても術者の言うことを何でも聞いてくれるわけでは無い。魅惑状態というのは、術者が恋人や親しい友人として認識されるだけなのだ。
つまり恋人や親しい友人がお願いできる範囲以上の事はできない。本人が嫌がる事を強要したり、攻撃したりすれば、たちまち魅惑状態は解除されてしまう。情報を聞き出すにも会話を行って上手く誘導してやらないと魅惑が解けてしまうのだ。
トビアスは顎髭を撫でて質問内容を思案していたが、
「お前さんの親しい友人のトビアスじゃ。久しぶりに会ったのじゃが、お前さんの名前をど忘れしてしまっての~。お前さんの名前を教えてくれないかの」
と仮面の少女に話しかけた。
(なかなか良い話の切り出し方だな。これなら名前を名乗ってくれるかな?)
トビアスの質問は良い線だと子猫は感じたのだが、仮面の少女はトビアスの質問に対して沈黙を保っていた。
「お前さん、久しぶりに会った友人に名前を教えてくれんのか」
トビアスの再度の問い掛けに対し、暫しの沈黙の後ようやく少女は口を開いた。
「…友人なら私を解放して」
「「…」」
子猫とトビアスは少女のお願いを聞いて、顔を見合わせた。
『これはどう判断すれば良いのか。微妙ですね』
『うむむ、なかなか微妙な回答じゃ。これでは魅惑できておるのか、折らぬのか判断がつかぬのじゃ』
トビアスは困った様子で、顎髭の先をくるくると指に巻き付けていた。
確かに親しい友人と言っているのに、自分が拘束されているのはおかしいと感じるだろう。だからといって仮面の少女の拘束を解いてしまう事はできない。もし魅惑されておらず、隙を見て逃げられては大変である。
もちろん子猫は逃すつもりは無いが、万が一と言うこともある。
「…お前さんを拘束しているのは、…それはお前さんが仮面を被っているから本当に儂の友人か分からんからじゃ。名前を教えてくれるか仮面を外してくれれば、直ぐに拘束を解いてやるのじゃ」
(ナイスな切り返しだぜ、トビアス! さて、彼女はどう答えるかな?)
トビアスのナイスな切り返しに、子猫は心の中で喝采を送り仮面の少女の答えを待つ。
「……」
しかし、仮面の少女は沈黙したままだった。
再び子猫とトビアスは顔を見合わせて話し込んだ。
『うーむ、黙っていると言うことは…どうやら魅惑できておらん様じゃの~』
トビアスは残念そうに仮面の少女を見る。。
『魅惑魔法は失敗ですか、困りましたね。…もしかすると、あの仮面が精神系の魔法を阻害するアイテムで、それで魅惑魔法が失敗したのかもしれませんね。暗殺者が精神系魔法対策をとっていない訳がありません』
子猫は、「仮面の少女に麻痺の魔法を何度もレジストされたことを思い出して、仮面にそんな機能があるかもしれないとトビアスに話した。
『仮面がの~。この仮面は魔法学校でも未確認の魔法のアイテムじゃな。そんな物を使う暗殺者となると…こやつの背後にはかなり上位の貴族が絡んでおるようじゃの。…しかし精神系の魔法が使えないとなると…』
『物理的な手段を執るしかない…かと』
少女が黙ってしまっては、こちらとしては最終手段に訴えるしか無い。子猫はトビアスの顔を見上げそう言った。トビアスは困ったように顎髭をもて遊んでいた。
『儂は拷問には賛成できないのじゃが』
トビアスは上を見上げそう言う。
『僕もです。…しかし、クラリッサの為にもやるしかないのです』
現代人である子猫も拷問なんてやりたくは無いが、クラリッサのために心を鬼にしてそういう。
『仕方ないのかの~』
トビアスは不承不承という感じで子猫に頷いた。
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