猫と仮面の少女(1)
「さて、君はいったい誰なんだ。正体を見せてもらおうか」
気絶した仮面の少女を地面に寝かせると、俺はその仮面を剥ぎ取ろうとしたのだが…
「あれ…取れない?」
少女の頭を持ち上げて仮面の装着を確かめたが、某石仮面のように骨針で食いついているわけでもなく普通に被っているようにしか見えなかった。しかし幾ら力を込めても取ることができず、仮面は顔にピッタリと張り付いたままだった。
「張り付いて取れないとか、接着剤でも使っているのかよ。って冗談は置いておいて、魔法のアイテムだし、そういう機能を持っているのかな?」
顔に張り付いて取れないとか、まるで呪いのアイテムのような仮面だが、正体を隠す為のアイテムとしてそんな機能が付いているのだろうと俺は考えた。
「仕方ない。取りあえず、拘束してから場所を移そう」
仮面の少女の手足を縛り猿轡を噛ませようとして、仮面を被ったままでは無理なことに気付いた。まあ暗殺者が叫び出すとも思わなかったので、拘束だけで良いだろうとロープで手足を拘束する。ついでに武器やアイテムを持っていない身体を探ったのだが、ナイフの鞘と毒の小瓶以外、少女は何も所持をしていなかった。
(暗殺者だし身元が分かる物は持っていないか。しかし、これからどうするかな~。警備の人に突き出してしまうか…。
いやそれじゃ暗殺者の背後関係を聞き出せないかもしれない。やはり自分で尋問したいな。尋問できるような場所か…。女子寮に運び込むわけには行かないし、何処に連れて行くか)
尋問できるような魔術学校の施設が無いか考えたのだが、そんな場所を思いつくことができなかった。
(魔術学校の事はやはりトビアスに聞いた方が良いか…。トビアスなら協力してくれるだろう)
俺は仮面の少女を肩に担ぐと、再び城壁を乗り越えてトビアスの書斎に向かって歩き出した。
◇
トビアスの書斎のある小屋に着くと少女を肩から降ろして、俺は変身を解いた。
そして小屋のドアノッカーを「カッ、カッ」魔法の手で叩きつける。
「こんな夜中にうるさいの~」
十分ほど叩いたところで、眠そうな顔で寝間着姿のトビアスが出てきた。ナイトキャップを被り顎髭にはカーラー代わりのリボンが結ばれていた。
「にゃぁ~」(こんばんわ~)
「使い魔の猫か。人間は猫と違って夜行性じゃないのじゃが。ふぁ~。それでこんな夜更けに一体何事じゃ」
トビアスは迷惑そうな顔であくびを噛みしめた。杖も持っていないので、動物会話を唱えられない為、俺はポケットからプラカードを取り出した。精霊人つくったプラカードは夜でも文字が発行して読めるというチートアイテムである。
『しんやにもうしわけありません。クラリッサをねらっていたあんさつしゃをつかまえてきました』
子猫が仮面の少女を指し示すと、眠そうだったトビアスの目が一瞬で座り顔つきが引き締まった。
「ほぅ、もう捕まえたのか。…うむ、儂の人形が役に立ったと言うことじゃな。かっかっかっ」
拘束されている仮面の少女を見て、トビアスは顎髭を撫でながら自慢げに笑った。
(ミームは役に立った…のかな?)
仮面の少女は子猫の実力で捕まえたのだが、ミームもクラリッサの護衛をしてくれていたので役に立ったはず…ということにしておいた。
『このしょうじょのかめんをとりたいのですが、とれないのです』
子猫は前足で白い仮面をカリカリと引っ掻きながらそう言うと、
「ふむ。顔に張り付いて取れない仮面か…呪われたアイテムのようじゃな~。興味深いぞ~」
トビアスは自分でも仮面を触って取れないことを確認すると、真剣な目付きになる。
『とにかく、このしょうじょをとじこめて、いろいろききたいのですが…どこかよいばしょはありませんか?』
「何でじゃ、このまま不審者として警備兵に突き出せば良かろう?」
トビアスはそう言って、子猫に不思議そうな顔を向けた。
(暗殺者だから警備兵に突き出すと証拠隠滅のための消されそうだよな。そうなると、次の暗殺者が来るだけだな。それじゃ駄目だ、何としても仮面の少女から背後関係を聞き出さないと…)
子猫はそう考えると、トビアスに、『このしょうじょ、もしかしたらまじゅつがっこうのせいとかもしれません』と表示されたプラカードを見せた。
プラカードを見た瞬間、ピクリとトビアスの頬が引きつる。
「…そ、そんな事は無いじゃろう。魔術学校の生徒が暗殺者をやっておるなどあり得ん」
『そうなると、このしょうじょはそとからしんにゅしてきたことになりますね』
「魔術学校の警備は万全じゃ。外部からの侵入者などありえんぞ!」
『そうなると、やはりこのしょうじょはせいとでは?』
子猫がトビアスの矛盾を突くと、彼は少し黙り込んだ後、
「警備兵に突き出す前に、まずは儂らの手で、この者の正体を突き止めるべきじゃな」
冷や汗を流しながらそう言った。
結局子猫とトビアスで、仮面の少女を尋問することになったのだが、
「この者の事は、生徒だけでは無く他の先生にも知られない方が良いな」
少し考え込んだ後、トビアスはそう言った。
「そうですね。知られたらいらぬ騒ぎになってしまいます」
俺もそれに同意する。
「そうなると、儂の書斎は駄目じゃな。朝には研究生がやって来るし、先生もやって来るからの。…生徒も先生も入ってこない所となると…やはり作業場が良いか」
作業場に出入りするにはトビアスの許可が必要である。また巨人の魔力の充填以外では人が近づくことも無い。更に奥の作業場は工作時の騒音が外に漏れないようになっているとトビアスは説明してくれた。
(校長のトビアスが言うならそこが良いんだろうな。しかし今日、いや日付が変わったから昨日か…ミームを作った作業場にまた行くことになるとはな~)
「校長先生にお任せします」
子猫は、トビアスに任せることにして頷いた。
◇
トビアスは小型の岩石巨人を呼び出して、仮面の少女を運ばせた。仮面の少女は結局目覚めること無く作業場に運ばれていく。
(強く叩きすぎたかな? まさか死んじゃいないよな)
少女の怪我の程度は、頭にたんこぶができた程度。回復の奇跡で治療しても良かったのだが、それで意識を取り戻しても面倒なのであえて放置していた。子猫は仮面の少女が呼吸をしていることを確認し安堵した。
昨日と同じ手順でトビアスが作業場の扉を開け、更に奥にある工房に少女を運び、作業台に横たえた。子猫は作業台に乗ると、少女の身体をペシペシと触って武器などを持っていないか再度チェックした。
「さて、どうやって目覚めさせたものか。魔法使いの儂には回復魔法など唱えられんし…」
もちろん子猫は唱えられるのだが、使い魔が回復の奇跡を唱えられることなどあり得ない。
「これを使って下さい。クラリッサが授業で作った物です。少女は、頭に怪我をしています」
子猫はポケットから低級回復薬をそっと取り出して、トビアスに渡した。
「準備が良いの~」
トビアスは低級回復薬の蓋を開けて飲ませようとしたが、仮面を被っているためそれは無理だった。仕方なく、トビアスは低級回復薬を少女の頭に振りかけた。
「…う…ん?」
低級回復薬が効いたのか、仮面の少女が小さくうめき声を上げた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。