猫は女神に驚かされる
『…便所の神とか…』
延々と信者のいない神を挙げていく"好奇心の女神"。
「…女神、それぐらいでいい。下級神でもそれだけの数の神が団結しているなら、確かに他の神も口出し辛いいうことは分かった」
『…分かっていただけましたか』
"好奇心の女神"は、どや顔を向けてくるが、子猫は内心あきれかえっていた。
(日本じゃ八百万の神といってどんな物に神が宿っているというけど、こちらも同じようにいろんな神様がいるのか。しかし、信者もいないのにどうして神だけが存続しているのか…謎だぜ)
疑問に思った子猫は、信者がいない神が存在する理由を聞いたのだが、
『それは、実は…上級神様と中級神様が、色々とがんばった…そうがんばったおかげなのです』
と頬を赤らめて説明された。
(って、もしかして神様ってナニして増えるのか?)
"好奇心の女神"の思わせぶりな態度で子猫は誤解してしまったが、実のところは神は自分の眷属を作り出す力を持っており、お気に入りの信者が死んだ時にその魂を手元に置いておきたくて、神にしてしまった結果と言うことだった。数千万年。いや一億年以上もある神の長い歴史を考えれば、その数はまさに八百万と言って良い数となる。
『私もそうやってとある中級神によって下級神となったのですが…まさか好奇心を司るとは思ってもみませんでした』
自分の出自を語る"好奇心の女神"は、腹立たしいが、どうしようも無いという感じであった。神となる前に信仰していた中級神の眷属になれたのは嬉しいのだろうが、"好奇心"というマイナーな属性の神となったことには、今でも納得がいかないらしい。
「…もしかして、女神もムノー神の恩恵…信仰心を受け取っていたのか?」
ムノー神について、これだけ詳しい情報を持っている事から、"好奇心の女神"がムノー神に関わっていたと子猫は思ったのだが、
『そんな、私はムノー神には関係しておりません。今までお話したことは、あくまで知り合いの下級神から聞いた話ですので、お間違えの無いように』
と真剣な顔で説教されてしまった。
(俺が神官となる前に恐らく信者はいなかったはず…。絶対ムノー神の恩恵を受けていたな~)
子猫はそう思っていたが、今はそれを追求する時では無い。
「ムノー神が存在しない事は分かった。じゃあ、カーン聖王国の信者が信じている"人間至上主義"の教義は、いったいどの神が広めたんだ? 俺はクラリッサの為にも、その教義を何とかしたいんだが?」
『あの"人間至上主義"の教義ですか…。あれはムノー教が立ち上がったとき、その中心人物が作り上げた…そう神とは関係の無い教義なのです』
「…マジですか?」
『本当と書いてマジです』
「いや、それ当て字だから…」
子猫は"好奇心の女神"の台詞突っ込みを入れたが、彼女の顔は真面目であった。
"好奇心の女神"の話では、最初にムノー神と騙った下級神が神官として選んだ者は、極端な亜人嫌いの人物であり、その為教義が"人間至上主義"となってしまった。ムノー神に関わっていた下級神達の間では、"人間至上主義"の教義を指示するかどうかで、揉めたらしいのだが、他の神の教義と被らないような適切な教義を提示することができず、そのまま定着してしまったのだった。
「つまり、神とは関係なく教義が作られたって事か…。それじゃ、教義を変えることは…」
『私のような下級神ではまず実現不可能ですね。中級神にお願いできれば何とかなると思いますが…、神の教義を変えるとは普通はあり得ませんから』
ムノー教の現在の教義を変更するとなると、ムノー神に関係している神様達に教義の変更について、お願いすることになる。そんな事は下級神である"好奇心の女神"には不可能である。
それにでっち上げられた神とは言え、その教義を変えてしまうというのは神様にとっては不味い事であるようだった。
◇
「ムノー教については、別な手を考えよう。…じゃあ、次の質問だが、この世界には俺のような転生者はどれだけいるんだ? いやどれだけこの世界にやって来ていた?」
『転生者がどれだけ存在するかですか? それは………私にも正確な数は分かりません。ああ、そんなガッカリした目で見ないで下さい』
猫のガッカリとした目付きとはどんな感じなのかというと非常に描写しにくいのだが、"好奇心の女神"は嫌そうな顔をしていた。
『だって、他の神々は自分がこの世界に転生者を連れ込んだなんて、話してくれません。精々噂として聞くぐらいです』
神様がこの世界に転生者を連れ込むには様々な理由が存在する。しかし、その理由は意外とくだらない事が多く、そのため転生者を引き入れたなどということは秘密にするらしい。
現に"好奇心の女神"もこの世界に俺を転生させた理由は、俺が死んでしまった交通事故の原因が彼女の乗り移った子猫にあったからである。
ちなみに俺と子猫を転生させたことは、何故か他の神様達の間に知れ渡っており、"好奇心の女神"はそれをネタに神様達にいじくられている様だった。
「地上の様子を見ていれば、『ああ、こいつ転生者じゃないか』とか分かるんじゃないか?」
『どれだけの人がこの世界にいると思っているのですか? よっぽど目立ったことをしない限り、神様だってそんな人を見つけられませんよ』
「転生者って、目立たないのか? 地球から来たならこちらの世界に無い知識を持っているだろ。知識チートして金儲けなんて余裕だし、下手すりゃ国を盗るか起こしたりした奴もいるんじゃ無いのか?」
子猫は"好奇心の女神"に、図書館で見たパラケルススについて話した。
『ああ、あの人ですか。パラケルススは確かに転生者でしたね。…彼を転生させた神は、中級神様に酷く怒られていましたね…』
"好奇心の女神"はその神を思い出したのか、遠い目をしていた。
「なぜ、中級神はその神を怒ったのだ? …やはり、知識チートはやっちゃいけないのか?」
『知識チートですが…絶対不許可というわけではありません。神神が問題とするのは、その知識がこの世界の魔力バランスを崩すかどうかなのです』
「魔力バランス?」
『ええ、魔力バランスです。この世界…神々の箱船は魔力によって成り立っています。地球でいえば、太陽エネルギーや水・酸素みたいなモノです。魔力が尽きたり、循環できなくなってしまえば、この世界は一気に崩壊してしまうのです』
"好奇心の女神"は、どこからともなく図解パネルを取り出し、まるで○HKの教育番組のように子猫に魔力の循環について解説し始めた。
『御存じのように、神々の箱船は閉じた世界ですが、外部の供給源から魔力を取り込んでいます。そして取り込まれた魔力は、源泉からこの世界に送り込まれます。魔力は、魔法の行使などで消費されますが、生き物によって絶えず増幅されることで、一定量の魔力が世界に残るようになっているのです』
「生き物によって魔力が増幅される?」
『そうです、この世界の生き物の大半は、魔力を循環・増幅させるために、神々が作り出したのですよ』
「神様が全ての生き物を想像したって…地球の神話みたいだな」
『神によって人間が作られたというあの宗教ですね。あの宗教の開祖は、我々神々が人間を作り出したという遺伝子記憶を持っていたのでしょうね。その割りには一神教になっているなんておかしいです。日本の八百万の神の方が神々の歴史に近いですね』
"好奇心の女神"が、遠くを見るような目で十字架をシンボルとする宗教について話したのだが、それには子猫には看過できない内容が含まれていた。
「イヤイヤ、なんで別な世界の地球の人が、この世界の神々の遺伝子記憶を持っているんだ? あり得ないだろ?」
子猫は激しく首を振って否定したのだが、"好奇心の女神"からは哀れむような視線が返ってきた。
『あり得ないって…プルートさん何を仰っているのですか。私達神々は、元々地球に住んでいたんですよ』
「……な…なんだってー!」
子猫は驚愕の雄叫びを上げて固まってしまった。
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