猫は女神に質問する
「わ、分かったから、ミカンの皮の汁を飛ばすな」
『分かれば良いのです。信仰は大事ですよ。…それで私に聞きたい事とは何でしょうか?』
"好奇心の女神"がすました顔で聞いてくるが、褞袍を着て炬燵ミカンでは威厳もへったくれも無い。しかしここでまた茶々を入れるとミカンの皮の汁が飛んでくるのでぐっと子猫はこらえた。
「まずは、ムノー神がどんな神様なのか教えて欲しい」
子猫は、クラリッサの故郷を支配しているムノー教の主神であるムノー神について質問することにした。
『ムノー神…ですか?』
ムノー神と聞いて、何故か"好奇心の女神"は表情が硬くなる。
「そうだ。カーン聖王国ではムノー教の以外の信者が迫害されている。そんなことをしたら、神様の間ではムノー神の評判が悪くなるだろう。ムノー神はどうしてそんな事をしているのか、知りたいんだ」
神様達にとって信仰心は力の源である。信仰心を集めた神ほど、地上に影響力を及ぼすことができるのだ。だから神は神官達を使って皆信者を集めることに熱心である。しかし、それも他の信者を害してまでとは神様も思っていない。そんな事をすれば他の神様からハブられてしまうことになる。
『ムノー神……、プルートさん。実はムノー神という神様は存在しないのですよ』
「…えっ? ムノー神が存在しない…」
子猫は"好奇心の女神"の爆弾発言に驚いてしまった。
「……そ、それってどういうことなんだ? かなりの数の信者がいるはずの神が存在しないって…一体全体どういうことなんだよ」
馬鹿なことを言う"好奇心の女神"に子猫は、食ってかかった。
『それについては、神様の間で取り決めが有り、地上の方々には秘密なのです』
"好奇心の女神"は、某魔族神官のように口に人差し指を当ててそう答えた。
「…秘密って何だよ。神様が秘密とか怪しすぎるぞ!」
"好奇心の女神"の態度に怒りゲージがMAXまで跳ね上がった子猫は尻尾と背中の毛を逆立てて「フー」と唸った。
『そ、そう言われましても…何しろ神様の名誉に関わることなので…お話しすることは…』
"好奇心の女神"は困った顔をするが、子猫の追求は止まらない。
「きちんと説明しろ。信者を止めるぞこら~」
『そ、そんな。困ります。貴方にはもっと信者を勧誘して貰わないと…』
"好奇心の女神"の神官の中で最も信者を勧誘しているのは子猫である。その子猫が信者を止めてしまうと、"好奇心の女神"の信者の増加は一気に止まってしまうだろう。これには"好奇心の女神"も慌ててしまった。
「じゃあ、きちんと説明しろ。どうしてムノー神は存在しないのだ?」
『うう、どうしましょう。…ではこれは神様の間でも最高級の秘密事項なのです。外部に…神々の信者に漏れると大変なことになります。……プルートさん、絶対に秘密を漏らさないと誓えますか?』
「…仕方ないな。絶対に口外しないと誓おう。何なら秘密保持契約でも結ぶか?」
『では、これに署名と拇印を…』
"好奇心の女神"は何時準備したのか、秘密保持契約書をそっとケージに差し入れた。
(…ってマジに書類作ったのか)
子猫は女神の差し入れた契約書を受け取ると、その内容を確認する。
「エーーーっと、何々…神官プルート(以下「甲」という)及び"好奇心の女神"(以下「乙」という)は以下のとおり,秘密保持契約を締結する。(1)甲は乙が話すムノー神の秘密について第三者に開示しないものとする。…… 本契約に反し甲が秘密を開示してしまった場合は、乙は全力を持ってその秘密の漏洩を防ぎ、甲はその魂を対価として乙に支払うものとする。……」
秘密保持契約の内容は、要約するとムノー神の秘密を公開するな。公開したら罰則として魂を"好奇心の女神"に取られるという物だった。
(魂を対価として支払うって…悪魔か死に神の契約書みたいだな)
子猫も秘密を漏らすつもりはないので、魔法の手でサインを行い、朱肉に肉球を押しつけて拇印を捺印した。
「ほらこれで良いか?」
『…はい、結構です。プルートさん、良いですか。ムノー神の秘密を漏らすことは、多くの神様を敵に回すことになります。それを肝に銘じてください』
"好奇心の女神"は真剣な顔で子猫にそう言った。
◇
『まず、先程も言いましたがムノー神という神様は存在しません。これは嘘ではありません』
「うむ」
子猫は頷く。
『では、何故人間達がムノー神という架空の神を信仰するようになったかと言うことですが…』
何故かそこで"好奇心の女神"は息を飲む。
『…神様…下級神が集まり、ムノー神という神様を捏造したからなのです』
「…捏造した?」
子猫は「神様を捏造した」という意味が分からず、首を傾げた。
『ええ、捏造してしまったのです。発端は、下級神が集まった飲み会だったのです。…最初にどの下級神が言い出したのか定かでは無いのですが…信者の少ない下級神達で、信者が集まりそうな教えの神様を作りだして、信仰心を集めようという話になったのです』
「…」
『神酒に酔っ払った上での悪のりだったらしいのですが、それが何故か本当に実行されてしまったのです』
「…しかし、そんな詐欺めいたやり方を他の神様達…中級神や上級神達が見逃してしまったのか?」
『以前話したと思いますが、この世界には現在上級神は不在なのです。また中級神もほとんどが不在で、中級神も数柱しか居ないのです』
「それだと、不在の神様達の神官は神聖魔法を使えないんじゃ…」
神聖魔法は神の力によって奇跡が発動する。神が不在であれば、神聖魔法は発動しないはずなのだ。子猫は不思議に思って尋ねると、
『不在の上級神と中級神達は、自分の代理を務める影を残していったのです』
神様の影…つまり車田○美ばりの黒抜きの神様のシルエットが神界に残っており、上級神や中級神の眷属に当たる下級神がそれを使って信者からの信仰心受け取り奇跡を起こしているのだと、"好奇心の女神"は教えてくれた。
(実は、ムノー神の話より上級神と中級神の大半が不在で、影と代理の下級神が代役を務めている事実の方が信者に知られちゃ不味いんじゃないのか?)
子猫はそう感じたのだが、とりあえず今はそれを頭の隅の追いやり、ムノー神の話を聞くことにした。
「上級神と中級神が見逃したとして、信者が迫害されている他の下級神は、どうしたんだ」
『それが…最初はほとんど信者が居なかった為、問題にされませんでした。しかし、その僅かな信者の信仰心ですが、受け取る神が居ないため、信者を持たない下級神達に均等に配給されることになったのです。それは信仰心を自力で得られない神にとっては、まさに福音でした。ムノー神を支える下級神の数は瞬く間にふくれあがり、その他の神様達も無視できない勢力になったのです』
そこまで話して、"好奇心の女神"は溜め息を付いた。
「しかし、そんなに信者を持たない神が大勢いるのか? 信者がいないとは、何を司る神様なんだ?」
子猫はそんな神様を思いつかず、"好奇心の女神"に尋ねた。
『…例えば、不運の神とか、苦笑いの神…靴の神、あと美食の神…』
(おいおい、いったいどれだけ神様が存在するんだ。それに靴の神とか、もしかして付喪神も神様になっているのか…)
子猫が呆れる中、"好奇心の女神"はずらずらと神様の名前を挙げていった。
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