猫と炬燵とミカン
肌色の状態だった風呂から上がると、俺とリュリュはクラリッサの元に向かった。
「クラリッサちゃん、具合は~………」
「にゃーにゃー………」(クラリッサ、具合は良くなった………)
子猫とリュリュがそう言って扉を開けた所で二人は固まってしまった。
「私はリュリュさんのお見舞いに…」
「警告、それ以上クラリッサさんに近づくと、排除します」
寮長の部屋で子猫とリュリュが見たのは、クラリッサを護ろうとするミームとドロシーとの押し問答であった。
ドロシーは、具合の悪いクラリッサの見舞いに訪れただけなのだろうが、ミームは登録されていない不審人物としてクラリッサに一歩も近づけないようにしていた。幸いなことに素手のドロシーの脅威度は低く認識されているのか、ミームの対応は、ドロシーをクラリッサに近づけないように前に立ちはだかるだけで済んでいた。
「うにゃーにゃー」(ドロシー何やってるの)
「ちょうど良いところに。リュリュさん、この聞き分けのない娘を何とかしてもらえませんでしょうか」
「ドロシーちゃん、その子は猫ちゃんの言うことしか聞かないの」
「そ、そうなのですか? …使い魔の猫さん?」
ドロシーが子猫に「何とかして欲しい」と視線を移すが、
(クラリッサは…鬱陶しそうだよな~。今は猫で言うところのかまって欲しくない気分って事か…)
ベッドの上でクラリッサは辛そうな顔をして、ドロシーとミームとのやり取りを見ていた。
『ドロシーさん、ざんねんですが…』
「ええー、そんな~」
子猫がプラカードをドロシーに見せると、彼女は打ち拉がれた顔でその場に立ちすくんでしまった。
(諦めろ、俺だってクラリッサに近づけないんだ~)
ドロシーの気持ちは子猫も分かるが、クラリッサが嫌がるのなら仕方ない。ミームの事を説明して、『、クラリッサがおちつくまでそっとしてあげてください』と伝えると、ドロシーは「クラリッサさん、早く良くなってください」と言い残して部屋を出て行った。
◇
「みゃーみゃー」(何事も無かったかな?)
子猫が居なくなってからの出来事をミームに聞くと、
「不審者が五名やって来ましたが、全て退去させました」
と報告してくれた。どうやらクラリッサのことを見舞いに来た女子生徒が何名かいたらしい。ミームは、登録されていない女子生徒を不審者としてクラリッサに近づけないようにブロックしていたのだった。幸いなことに、ミームの脅威度判定は優秀らしく、素手の生徒に手荒なことはしなかったと、ジュンコさんからその時の様子を聞くことができた。
「まあ巨人なんだから仕方ないんだろうけど、この子融通が利かないよね~。なまじ見た目が人間に近いから、相手からすると意地悪されているみたいに感じるみたいでね~」
ジュンコさんはそう言って、ミームの頭をポンポンと叩く。
(うーん、女子生徒までブロックするのは不味いかな。このままだと女子生徒にミームが嫌われちゃうよな)
もしミームが無骨な巨人だったなら、嫌われると言うより恐れられることになっただろう。ミームが人間にそっくりな事が意外と不便なことに子猫は気付かされた。
(女子生徒ならブロックしないようにすべきかな~)
「ミーム、このタグを認識できるか?」
「タグの認識は可能です」
「じゃあ、このタグを着けている女子生徒は、クラリッサに近づくことを妨げないように」
「マスター、了解しました」
子猫はミームを呼びつけると、タグを持っている女子生徒はブロックしないように命令を追加した。念のために今までの命令をミームに暗唱させて、命令がオーバーフローしていないか確認したが、今までの命令を全て覚えていた。
(これなら、さっきドロシーがいたときに命令してあげれば良かったな。…でも今のクラリッサは余りべたべたされるのは嫌みたいだからな~)
クラリッサの様子を見ながらミームの命令変更をドロシーに伝えることにして、子猫は一匹で寮長室を後にした。
子猫が向かったのは、自分達の部屋である。学生達が起きている間はミームで何とかなるだろうと考え、今のうちに仮眠しておくつもりだった。
(ついでに女神に話が聞けると良いんだけどな)
そう思いながら、子猫は籠で丸くなって寝てしまった。
◇
『おおプルートよ、死んでしまうとは情けない…猫は生き返る代償に所持金の半分を失った』
「ちょっと待てや~誰が何時死んだんだ! それにこの世界に復活の呪文あるのかよ。しかも金取るのかよ!」
のっけから惚けをかましてくる"好奇心の女神"に対して、俺の突っ込みのテンションはMAX状態であった。
一頻り突っ込みを入れてから、何度目かの女神の部屋を見ると、以前と違い畳が敷かれその中心に炬燵が設置されていた。炬燵の上にはミカンが山盛りとなった籠が置かれており、"好奇心の女神"は炬燵に入ってミカンを食べていた。何故か褞袍まで着込んでいる"好奇心の女神"だった。
『ちょっとしたジョークです』
「ジョークでも殺されてたまるか! …アレ? 何故猫の姿なんだ?」
何時もなら女神と会うときは生前の姿であったのだが、今回は何故か俺は子猫の姿のままであることに俺は気付いた。
「どうして猫なんだ?」
『随分と猫の身体に魂がなじんだようですね~』
「なるほど、そういうことか~…って、それは不味いんじゃ無いのか?」
『身体と魂がなじむことは良いことだと思うのですが?』
「俺はまだ再転生を諦めてないぞ~」
『フゥ…それはまた執念深いことですね』
溜め息を付くと、"好奇心の女神"はミカンを再び食べ始めた。
(此奴~引っ掻いてやる)
"好奇心の女神"を引っ掻こうと炬燵の上に駆け上がったのだが、そこで子猫はとんでもない攻撃を食らうことになった。
『神にたてつくとは…ミカンの皮アタックです』
「く、臭い~。ミカンの香りがこれほどまで悪臭だったとは…」
人間だったときはミカンの香りなんて気にしなかったが、猫となってしまったためミカンの皮の悪臭に俺はクラクラとしてしまった。
『捕まえた~。子猫なんだから私に勝てるわけないでしょう』
女神に首根っこをつかまれ、子猫はだら~んとぶら下げられてしまった。
じたばたするが、女神が首根っこを離すわけもなく、そのまま子猫は部屋の隅にいつの間にか設置されていたケージに閉じ込められてしまった。
「くそ~ここから出せ~。俺は○パンじゃ無い~」
ケージの檻を肉球で押すが、子猫の力ではどうにもならず、俺は籠の鳥ならぬ子猫となってしまった。
◇
『それで、今度は何の用で私の所にやって来たのですか?』
「幾つか神様関係で聞きたい事があったからやって来た」
『ふ~ん。…って、プルート、貴方は何か困ったことがあったら私に聞けば良いと思ってませんか?』
「おう。だって、寝てるときに会えるから便利じゃん。…神の部屋に来るの面倒だし、次からは夢枕に立ってお告げを聞かせる方向でお願い」
『夢枕って、神は召喚されなきゃ地上には行けないのです!』
「チッ、使えないな~」
『仮にも私に使える神官がそんな態度で良いと思うのですか。天罰を喰らわしますよ』
そう言って"好奇心の女神"はケージの中の子猫にミカンの皮の汁を飛ばすのだった。
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