猫は奉仕される
『リュリュはあのこをしらないの?』
「初めて会ったかな? あれ、もしかして塔であった娘かな?」
リュリュは最初は首を横に振ったが、その後であの娘に塔の上で会ったことを思い出した。
『そうだね。でもしらないなら、きらわれているわけはないとおもうよ』
「そっか。私の気のせいなのかな~」
子猫がそうフォローすることで、リュリュは少し気が軽くなったようだった。
(リュリュの件に絡んでそうだし、あの娘のことは今度調べてみよう)
子猫はそう心にメモして、『さあ、ほんをさがしましょう』とリュリュに伝えた。
「え~っ、もう疲れたよ~」
駄々(だだ)をこねるリュリュを宥め賺して、一時間後にようやく目的の錬金術の本が見つかったのだった。
◇
「えーっと、燃える水の作り方は~」
リュリュがたどたどしく錬金術の本を読んで調べている。
(本の著者は…パラケルスス? 地球の物がこちらに? というより、俺と同じようにこちらに転生してきた奴が書いたとみるべきかな)
本の著者を見て俺は転生者が書いた物ではないかと疑った。リュリュが捲るページをチラ見したところ、そこに描かれている道具は、俺に見覚えのある物が描かれていた。
(ビーカーとかフラスコとか…やっぱり本物じゃ無くて、誰か俺と同じぐらいの時代からこちらにやって来た奴が書いたんだろうな。しかし、そんな奴が来ている割にはこの世界の科学は進歩してないよな~)
地球の知識・技術は、こちらでは貴重な物である。上手く使えば巨万の富を得るものがゴロゴロしている。転生者がいれば絶対に地球の知識や技術で一攫千金を狙うと思うのだが、子猫が知っている限りではそんな技術には出会っていない。
(もしかして、神が技術や知識の普及に制限をかけているとか…あり得るかもな。今度女神に聞いてみよう)
子猫がそんな事を考えている間に、リュリュは目的のページを見つけたようで、一生懸命本を読んでいた。
「えーっと、まずお酒を用意するのね。お酒は酒精の強い物を選んで…お酒を温めると、燃える水の元となる物が発生するのか~」
たどたどしくリュリュが読んでいる『燃える水の製法』の内容は、普通に原始的な蒸留の方法であった。これならばそこらの鍛冶屋で蒸留器具を作れば簡単に普及しそうな物である。
この疑問については、リュリュがレポートを出す時にアーデンベル先生に尋ねてみた。するとアーデンベル先生は、「燃料の問題じゃよ」と苦笑いしながら答えてくれた。
この世界、豊富な森林資源があるから燃料の薪ぐらい簡単に手に入ると思ったのだが、実はそうではなかった。
この世界の森には魔獣が生息している。日常に使う程度の薪ならそれほど時間がかからないが、蒸留酒を造るための薪を切り出すとなると、大規模な伐採を行う必要がある。そうなるとまず魔獣に襲われる。そして護衛を付けてまで薪を採って蒸留酒を造るとなると、ものすごい値段となってしまうのだ。
実際、少量であれば蒸留酒は造れるのだが、一般市民に普及するほどの量を作り出すことは難しいとのことだった。
「燃える水を使った酒は王都ならどこかで取り扱っているとは思うがの~。あの酒はドワーフ達が争って購入する程酒精が強いのじゃ」
(もしかしてドワーフ達は、蒸留したアルコールその物を飲んでいるんじゃないのか?)
この世界でも酒好きのドワーフ達について子猫はそう予想したのだが、それは当たらずといえども遠からずだった。
後に子猫は王都で魔法を使って蒸留された酒を入手することができたのだが、その蒸留酒の度数は98度と、ポーランド産ウォッカのスピリタスのようなお酒であった。もちろん子猫やクラリッサが、リュリュが飲むわけもなく、お酒好きの精霊人に送ってしまった。
精霊人は送った蒸留酒に喜んで、また色々と突っ込みどころの多い魔法のアイテムを送ってくれたのだった。
◇
リュリュが錬金術の本からレポートに必要な事を書き写すのに結局夕方近くまでかかってしまった。
遅くなってしまったのは、リュリュは字を書くのに慣れていなかったためである。冒険者は依頼書など字を読むことはあっても字を書くこと自体は意外と少ない為、自分の名前ぐらいしか書けない人も多いらしい。
「えーん、読むだけでも大変なのに~」
リュリュは半泣きになって羊皮紙に書き写していた。
『まだレポートにするさぎょうがのこってますよ~』
子猫がそう教えてやると、リュリュがガックリとした様子となり、作業効率が落ちてしまったので、
『はやくおわらせたら、カフェテリアであまいものでもたべましょう』
とニンジンをぶら下げてやることで、何とか閉館前に終わらせることができたのだった。ついでに子猫も他の錬金術の本を読みふけってしまった。
「早く帰らないと、ケーキが~」
子猫を抱いたリュリュが駆け足で女子寮に向かう。いつもなら途中でへばってしまうくせに、甘い物が待っていると思うとその足は止まらなかった。
『ゆうしょくのあとでもよいのでは?』
「頭を使ったから、甘い物が食べたいの~」
単に本を書き写していただけなのだが、リュリュは頭を極限まで使ったと主張するのであった。
図書館からの帰り道、子猫はまた襲撃がないかと警戒をしていたのだが、特に何事も無く無事女子寮に帰ることができた。
◇
女子寮に入るなりカフェテリアに駆け込んだリュリュだが、夕食間際のこの時間帯だとケーキといった甘味類はほとんど売り切れとなっていた。
「あーん、私のケーキ~」
と叫んでへなへなと座り込んだリュリュに対し、『ないものはしかたありませんね。ゆうしょくまえにおふろにいきましょう』と子猫は告げて、風呂に入ることにした。
(熱いのは嫌だけど、今日は毛皮が埃だらけなんだよな~)
アーデンベル先生の研究室が埃だらけだったおかけで、子猫の毛皮はかなり汚れていた。リュリュに温めのお湯で洗って欲しいと告げて、お風呂に入っていった。
(うぁっ、うぁっ、うぁっ…女性の裸が~……)
子猫が人間の男だったなら、漫画のように鼻血を出して倒れていたかもしれない。お風呂は、夕食前に入浴を済ませようとする女子生徒達であふれかえっていた。
「あら、リュリュさん。今からお風呂ですの?」
俺達が風呂に入るのと入れ替わりにドロシーはちょうど風呂から上がるところだった。
「はい。猫ちゃんを洗ってしまおうかと」
「クラリッサさんは…まだ入浴は無理ですね。まだお部屋でお休みなのかしら?」
ドロシーが心配そうな顔でクラリッサの様子を聞いてきた。
「クラリッサちゃんは、ジュンコさんのお部屋で寝てるんじゃないかな~」
「ジュンコさん…というと寮長の方ですね? どうしてクラリッサさんはそのような所に?」
「それがね~。今は猫ちゃんと一緒に居たくないんだって」
「…そ、そうなのですか?」
ドロシーは不思議そうな顔をすると、そのままお風呂を上がっていった。
「さて、猫ちゃんを洗いましょうかね~」
ドロシーと別れた後、リュリュが子猫を洗おうと洗い場に向かったのだが、
「リュリュさん、猫さんを洗われるのですか?」
「あ、あの…私も御一緒させてもらって宜しいでしょうか?」
「猫ちゃん、濡れても大丈夫なのでしょうか?」
と綺麗な裸のお姉さん達に囲まれて、子猫はハーレム気分を味わってしまった。
(く、クラリッサが居なくて良かった~)
子猫はのぼせて気絶する寸前まで洗われることになってしまったが、我が生涯に悔いは無かった…。
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