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猫は少女と出会う

 羊皮紙に書かれていた課題は『燃える()の製法についてまとめよ』であった。


「せ、先生。燃える水って…水が燃えちゃうんですか? そんな水があったら火事の時困るじゃ無いですか…」


 リュリュは課題の内容が全く理解できていないのか、頭上に()マークが踊っていた。いや本当に?マークが踊っていたわけでは無く、燃える水という物が想像できずに混乱していた。


(燃える水? 製法って事は石油とかじゃないよな。まさか菜種油とか…それじゃ農業じゃないか。そうなると、残るはアルコールか?)


 この世界で俺はまだ蒸留酒を見たことが無い。アルコールと言えばエールとかワインぐらいである。これらの醸造で作られる酒ではアルコール度数は20%が限界のため、ある程度温めないと燃えない。つまりそのような酒ではとても燃える水とは言えないのだ。


(つまり蒸留するって事か。酒の蒸留方法なんて詳しく知らないな~)


 地球ではしがないSEだった子猫(おれ)が、酒の蒸留方法を知っているわけもなかった。地球ならググれば一発で検索できるだろうが、こちらではそんな事もできない。何となく酒を温めて気化したアルコールを集めれば良いというおぼろげな知識程度は持っていた。


「燃える水については先週の授業で話をしたと思うのじゃが、君は居眠りでもしておったのか?」


 押し黙っている子猫(おれ)はさておき、リュリュの動揺した姿を見てアーデンベル先生は少し怒っていた。どうやら錬金術の授業で既に習っていた内容だったようだ。


『せんせい。ぼくたちはまだいっかいもれんきんじゅつのじゅぎょうをうけていません』


「…ん? おお、そうじゃったか。君達は転入してからまだ授業を受けておらぬのじゃったな」


 子猫(おれ)の指摘を()んで、アーデンベル先生は、「済まなかった」と謝罪してくれた。


「それで燃える水って、どうやれば作ることができるのでしょうか?」


「それを教えてしまっては無断欠席の罰にならんのじゃが…授業を受けていないとなればレポートを書くのは難しいかの。…そうじゃ、確か図書館に燃える水について書かれた錬金術の本が有ったはずじゃ。そこで調べるが良いじゃろ」


「図書館で調べるの~」


 本を読むのが苦手なリュリュは、図書館での調べ物と聞いて嫌そうな顔で呟いていた。


「馬鹿もん! 本を読むのは学問に取って重要なことじゃぞ」


 リュリュの呟きを聞き取っていたアーデンベル先生が、リュリュを一喝する。


「は、はい。すいません」


 リュリュはその剣幕けんまくに驚いて、慌てて謝った。


『よいきかいです。リュリュはほんをよむことになれましょう』


 魔法使いのくせに本を読むのが苦手なのはある意味致命的である。子猫(おれ)はこれ幸いにとリュリュに本を読む癖を付けるようにしたいと考えてしまった。


「え~」


 リュリュは不満の声を上げたが、子猫(おれ)は彼女のズボンの裾を噛むと、引きずるようにしてアーデンベル先生の研究室を後にしたのだった。





 図書館は相変わらずガラガラであった。


「何処に錬金術の本があるんだろう」


『そうですね。だれかしってそうなひとは…』


 大量の本から目的の物を探すのは骨が折れる。子猫(おれ)とリュリュは図書館内を見回したが、早々都合良くカーゴ(物知り)な人は見当たらなかった。


『じみちにさがすしかありませんね~』


「そうだね、トホホ~」


 漫画であれば涙でアメリカンクラッカーしてしまいそうな感じを漂わせて、リュリュは本を探し始めた。子猫(おれ)もさっさとレポートを仕上げてしまうために一緒に錬金術の本を探すことにした。





 錬金術の本を探して書架を渡り歩いていると、見覚えのある装丁の書籍が並んでいる書架を見つけた。


(この辺りは魔術に関する書籍かコーナーか。著者は……エーリカか)


 装丁に見覚えもあるのも当然で、そこにはエーリカが魔術についてまとめた書籍が並んでいた。


(トビアスの著書も一応(・・)並んでいるのか)


 さすがにトビアスも魔術学校の校長ともなれば、何冊かの本を執筆しており書架に並んでいた。しかし数から言えば圧倒的にエーリカの本が多数を占めていた。


(大学の教授と一緒で、自分が書いた本を教科書として販売してるのか…)


 この世界で本は貴重品である。何しろ印刷機もないし、普通の紙も無い。全て羊皮紙に手書きである。魔術学校の入学料が高いのは教科書代の為だとも噂されているくらいである。


 子猫(おれ)としてはトビアスの書いた本に興味が有ったのだが、まずは錬金術の本を探すことが先決だと思い直して、再び書架の間を彷徨うろつき始めた。




「にゃっ!」(危ない!)


「きゃぁっ!…誰、こんな所に子猫を連れてきたのは?」


 子猫(おれ)が次の書架に移ろうとした時、そこで危うく少女に踏まれそうになってしまった。子猫(おれ)と少女は叫び声を上げて飛び退いた。


(ん? この少女は?)


 子猫(おれ)を踏みつけそうになったのは、燃えるような赤い髪を三つ編みにした美少女だった。子猫(おれ)と彼女とは、魔術学校にある塔で出会っていた。


「…普通の子猫がこんな所に来るわけもないわね。誰かの使い魔…ああ、そういえば貴方、女の子と一緒に塔に登っていたわね」


 少女は鋭い目付きで子猫(おれ)を睨んでいたが、


「にゃっ?」(何?)


 と子猫(おれ)が小首を傾げて可愛く鳴くと、少女の目から鋭さが消えていく。


(チョロいぜ、お嬢ちゃん)


 子猫(おれ)は内心ほくそ笑む。少女はしゃがみ込むと「チチチチ」と舌を鳴らして手を差し出した。


「にゃ~」(しょうがないな)


 子猫(おれ)は少女の手にじゃれついて指をぺろぺろとなめる。


「きゃぁくすぐったい」


 塔で出会ったときは目付きの鋭い強面の少女だと思ったが、笑うと凄く可愛い。


(うん、美少女は笑っているのが一番)


 などと本を探すのも忘れて少女と戯れていると、


「猫ちゃん何してるの?」


 書架の影からリュリュが顔を出した。


「!」


 リュリュの顔を見た少女は驚いたのか、動きが固まってしまった。


「どうしたの?」


 子猫(おれ)をじゃらしているポーズで固まった少女を見て、リュリュは不思議に思ったのか近寄ってきた。


「(そういえば、貴方(・・)はこの子猫()の御主人様の侍女だったわね)」


 少女は小声で呟くのを子猫(おれ)は聞き逃さなかった。


貴方(・・)? この()はリュリュのことを知っているのか? リュリュの方は…)


 この少女の事を知っているのかと子猫(おれ)はリュリュを見上げるが、


「猫ちゃん、この子に遊んで貰っていたの?」


 リュリュは、キョトンとした顔で子猫(おれ)にそう話しかけてきた。


(リュリュの方はこの少女を知らないのか…)


 少女の服装は仕立ても良く、平民が着るような物では無い。裕福な商家か貴族の子女だということが分かる。


「…」


 少女は無言で立ち上がると、「あの?」と声をかけるリュリュを睨み付けながら、書架の影に消えていった。


「…猫ちゃん。私あの子に嫌われているのかな~」


 少女に睨み付けられたリュリュは少し涙ぐんでいた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

お気に召しましたら、ご感想・お気に入りご登録・ご評価をいただけると幸いです。誤字脱字などのご指摘も随時受付中です。


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