猫はお兄ちゃんになる
岩石巨人との戦いの部分を少し修正しました
「お兄ちゃん!」
ケイロの姿を見てリュリュが驚く。男の話ではケイロは負傷して宿で寝ているはずであり、魔術学校にやってこられるはずが無いのだから当然だろう。
「け、ケイロ君? ど、どうして君がここに…」
男も現れたケイロを見て驚いていた。
ここで種明かしをしてしまうと、もちろんこの場所に現れたケイロは本物では無い。リュリュを騙すネタにしているケイロの姿で現れれば、彼女を連れ出せなくなると考えた子猫が魔法陣で変身した姿である。
「どうしても何も、兄が妹の様子を見に来ちゃ行けないのか?」
ケイロが睨み付けると、男は二、三歩後ずさった。
「お兄ちゃん、…依頼で怪我をしたってその人に聞いたけど、大丈夫だったの?」
「怪我? この通りピンピンしているよ」
ケイロは胸をドンと叩いて、元気だよとアピールする。リュリュは、そんなケイロらしからぬケイロの姿に少し眉をひそめる。
が、そこは脳天気な性格のリュリュは、
「そうなんだ~。良かった~」
ケイロが元気だったと思うことにしたのか、ほっとした顔をする。
(恐らく本当のケイロも元気だから、良いんだけど…チョロいぜリュリュ)
内心、こんなチョロくて良いのかと俺はリュリュを生暖かい目で見ていた。
リュリュがチョロいのはともかく、この男を追い詰めて、リュリュを狙っている依頼主の情報を吐かせたい。
「俺が怪我をしたって? リュリュはそんなデマ話、誰から聞いたんだ」
「だって、この人がそう言ってたんだよ」
「へえ~」
ケイロが男に視線を送ると、男は口笛を吹く真似をしてそっぽを向いていた。もう怪しさ爆発である。
「俺が怪我をしたって、そんなデマを流したのは君か。一体何処の誰なんだ?」
ケイロが男に問い詰めるが、
「…」
男は黙秘権を行使して答えない。
「んーーっとね。たしかトット男爵さんのお家の執事だって言ってたよ。そうだったよね?」
しかし、そこはリュリュが男の素性をベラベラと喋る。それを聞いて男は冷や汗をだらだらと流していた。この国では、身分の詐称の罪は重いのだ。
「トッとじゃなくてトッド男爵だけど…。しかしこんな事が起きるとは…俺はどうしたら良いんだ?」
ケイロの耳は、男が小さく呟いていた内容を聞き逃さなかった。
(トッド男爵? 確か、魔術学校にそんな生徒がいたような…)
ちなみに、トッド男爵家は王都にいる官僚系の仕事を家業とする法衣男爵家である。官僚系と言うことで、読み書きそろばんが必要と言うことで、魔術学校にはトッド男爵家の次男が入学していた。
「…君は本当にトッド男爵家の執事なのかな?」
ケイロが男に向かってそう尋ねると、
「ケイロ君、君が依頼を放り出して、妹に会いに魔術学校にやって来るなんて、全くの予想外だったよ」
男はもうとぼけるのは諦めたのか、やれやれという感じで両手を挙げた。
「そんな見え透いた嘘に引っかかるほど、妹は間抜けじゃ無いよ」
とケイロは嘯いたが、まんまと引っかかってしまったリュリュは、恥ずかしさの余り真っ赤な顔をしていた。
「策も失敗したことだし、俺は帰らせて貰うよ」
男は白々しくそう言って踵を返し校門に向かって逃げ出した。その潔い逃げっぷりにケイロとリュリュは一瞬唖然として動きが止まってしまった。
「…このまま黙って帰すわけ無いだろ。門番、不審者だぞ。捕まえるんだ」
もちろんケイロはこの男を黙って帰すつもりは無い。門番の岩石巨人に男を捕まえるように呼びかけた。もちろんケイロは岩石巨人の主人では無いので、岩石巨人は動かない。しかし、ケイロがそう叫んだことで、男の注意は校門に立っている門番の岩石巨人に一瞬向き、走る速度が落ちてしまった。
「これでも食らえ」
男の逃走速度が落ちた隙に、ケイロは腰に下げていた短剣を鞘ごと投げつけた。
スコーン
ケイロが投げた短剣は、気持ちのいい音を立てて、逃げていた男の後頭部にヒットした。かなりのダメージを受けたのか、男はその場に倒れてしまった。
「お兄ちゃん凄い!」
「よっしゃー!」
リュリュの賞賛にケイロはガッツポーズを取った。
(これで彼奴の背後関係を聞き出せば、リュリュが狙われる理由も分かるぞ)
走って男を確保しようとしたところ、突然目の前に岩石巨人が立ちはだかった。
「邪魔だ! そこをどくんだ」
怒鳴ったが、岩石巨人が聞いてくれるわけもなく、
「フンガ~」
逆に岩石巨人は雄叫びを上げケイロに向かって拳を振るってきた。
(糞、何で俺が襲われるんだ?)
岩石巨人のパンチを躱しながら襲われている原因を考える。
(門番は、学生や入校の許可がない者の侵入と、校門付近の不審者に反応すると言っていたな。俺は学生だし、不審者じゃ無いはずだが…。
って、今俺はケイロに変身しているし、タグも外しているじゃないか。俺が不審者と思われているのか!)
男は学校に入ってきたことから、入校の許可を得ていたはずである。一方俺はタグを持っていないため不法侵入者として岩石巨人に認識されていた。いやタグを持っていたとしても、子猫の状態じゃ無いと逆に疑われることになるのだが…。
ともかくケイロは岩石巨人に襲われる羽目になったのだ。
「お兄ちゃん、あの人が」
見ると倒れていた男が、ヨロヨロと立ち上がり歩き出していた。そしてその前にリュリュに乗るように言っていた馬車が走ってくる。
「クッ、待て!」
ケイロは叫ぶが、当然男はそんな事を無視して馬車に乗り込んだ。それを追いかけようとするが、岩石巨人はケイロの前に立ちはだかる。子猫の状態ならまだしも、慣れないケイロの身体では岩石巨人を抜き去って馬車を追いかけることは難しい。
馬車は男を引き込むと、街に向かって走り去っていった。
(逃がしてしまったか)
ブォン
「う゛ぉい」
馬車に気を取られている間に、岩石巨人は今度はケイロを捕まえようとしてきた。先程までは不審者から一般人を守るために校門の前から動かなかったのだが、ケイロを追いかけ始めたのだ。
(状況に応じて対応を戦い方を変えるのか…やるなトビアス。ってそんな事に感心している場合じゃ無いな。あのパンチにあたると死ねる。早く猫の姿に戻らないと)
リュリュを騙していた男がいなくなった以上、子猫がケイロのままでいる理由は無い。岩石巨人の追求を逃れるために子猫の姿に戻ることにした。
「お兄ちゃん何処に行くの?」
「リュリュよ、俺は街に戻る。お前はクラリッサちゃんの所に戻るんだ」
リュリュの側に駆け寄ると、岩石巨人の攻撃が戸惑ったように止まった。
(今ならすり抜けられる!)
動きの止まった岩石巨人の横を抜けて、ケイロは校門に向かって走る。岩石巨人も追いかけてきたが、一定以上校門から離れると追いかけるのを辞めて戻っていった。
(馬車の行方は…分からないよな)
校門から街に出たが、馬車の影も形も見えなかった。
ケイロは手近な路地に入り、人がいないのを確認して子猫の姿に戻るのだった。
◇
「お兄ちゃん…また来てね~」
ケイロを見送ったリュリュは暫く校門から外を見ていた。
(お兄ちゃん…久しぶりに会ったら凄くかっこよくなっていた…)
リュリュは茂みに消え去ったケイロを見送って、少し頬を赤らめながらそう呟いた。「男子三日会わざれば刮目して見よ」 と言うことわざがあるが、ほんの数日離れていた兄があれほど格好良く見えたことにリュリュは驚いていた。
「にゃー」(リュリュ)
「あれ、猫ちゃんどうして学校の外に?」
子猫は校門でリュリュと合流すると、クラリッサの待つ女子寮に向かうことにした。
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